仮免試験の最中。
なんや爆豪くんが暴れとるから手伝うこととかあるかなぁと来てみたら、丁度ヒミ様に制圧されていた。
同時にデクくんも
「え、ほんとに? なんで??」
周りの
言うたのがヒミ様じゃなければ嘘って決めつけたかも。そのくらい驚いた。
「私にも分かんないです……お茶子ちゃん、今は試験をがんばりましょう」
「う、うん!」
──でも、試験後の本人はすっかり魂が抜けとって、どうしてそうなってもうたのか聞けていない。
ただでさえクラスの半分以上が不合格で暗い雰囲気が漂ってるのに、デクくんはそこに一層の湿り気を加えてしまっている。
もっとも爆豪くんはドッカンボッカン騒がしいから、そこは一安心。
爆発音で心が安らぐってのもどうかと思うけど。
「どうにかできんかなぁ……」
「緑谷くんのこと?」
「あ、うん」
カチャカチャと卵を泡立てながら、上の空で口に出てたみたい。“技能”使いながらぼんやりしたらアカンね──カリナちゃんレベルならともかく。
「確かにどうにかしたいけどねぇ……」
コンロの前でスープをかき混ぜたり揚げ物の面倒を見たり使い終わったお皿を洗ったり、カリナちゃんは考え込みながらでも十本の爪をフル稼働させている。見てるだけでこんがらがりそう。
ここに引っ越してきて一番びっくりしたのはお家自体やけど、負けず劣らず驚いたんが家事のやり方。カリナちゃん、“個性”使いまくるんよね。
家の中なら誰でも多少は使うけど、カリナちゃんはなるべく全部“個性”でやる。なんなら手でやった方が速いことまで。『訓練になるから』って。
確かにすっごい細かいことやっとるから、鍛えられるのは間違いないと思うけど。
でもその爪動かす〔身体変造〕も跳ねた油の熱を逃がす〔ベクトル透過〕も、私らの個性因子ごりごり消費しとるんよね。
──こうして見てるだけで『今夜もいっぱい補充するんだ……♡』みたいな気分にさせられるので自重して欲しい。
まぁ私もカリナちゃんの因子
「──お茶子、そんなに混ぜなくて良くない……?」
「へ? あっ!?」
焦げるもんやないからって油断してた。慌てて〔
間の過程をすっ飛ばして、透明だった卵白が真っ白になってぼんと
「あー、固くなり過ぎてもた……」
「どれどれ? うん、離水はしてないから大丈夫だよ」
「ごーめーんー」
「いやいや、すごい時短だったじゃん」
うーん、それは確かに。人力でメレンゲ立てるのってもっと大変なはず。
覗き込んでいたヒミ様も不思議そうに泡立て器を持ち上げている。
「〔減速〕した方が早く済むなんて不思議です」
「ねー。空気が抜ける前に次の空気を混ぜ込むって感じらしいけど、いまいちピンと来ない」
「カリナちゃんでも分からんことあるんやねぇ」
「……お茶子は私のことを傲慢キャラに見過ぎじゃない?」
「そっかな」
もう“個性”とかは使わないのでお喋りしながら仕上げに移る。
粗熱を抜いたゼラチン液にオレンジジュースを混ぜたら、何度かに分けてメレンゲを馴染ませて、と。後は何時間か冷やせばふわふわムースの出来上がり。
「冷蔵庫いれとくね〜」
パタンと扉を閉めても応えがなくて、あれ?と思ったらヒミ様がカリナちゃん成分の補充中やった。二人とも口が塞がってたら返事はでけへんね。
一応、コンロの火は全部消えとるみたいやけど。
「……揚げ物、代わる?」
悪い気もしつつ声をかけると、十本の爪が素早く動き出す。菜箸はフライを取り上げ、お玉はお鍋の上でぐーるぐーる……あぁ、そゆこと。
「みんな、ご飯できたって〜」
声をかけつつ、棚から出したスープ皿をカリナちゃんの視界の隅に置く。……お玉がぺこりと動いたのはお辞儀なのかな。とにかく盛り付けはやってくれるみたい。
百ちゃん透ちゃんとお料理を運んでいって、食卓の準備がすっかり整ったら、改めて三人でキッチンへ向かった。
大きな咳払いをしに。
ご飯がいつもわいわいできるのは、ここでの生活のすっごく良いところ。
……こういう言い方は良くないけど、不合格になってもた三奈ちゃんや響香ちゃんとのお昼は割と気ぃ遣うから。
もちろん、皆が皆そうではないけど。
「気にし過ぎじゃないかなー?」
「ですです。別に見下してるわけじゃないんだし普通にしてれば良いと思います」
「それはもちろん、見下してなどおりませんが──」
百ちゃんは私に近い感覚。今のクラスの雰囲気に、何か居心地の悪さを感じてまう側。
「何かできることはないのでしょうか。皆さんを励ますような」
「んー…………」
透ちゃんとヒミ様、それにはっきりは言わんけどカリナちゃんも。『別に普通にしてれば良くない?』派。
「百やお茶子の力にはなりたいけど……ごめん、あんまり力になれない気がする。ほら私って無自覚に傲慢らしいし?」
冗談めかしてもあんまり冗談にはなってへんと思うんよ。
「それはそうやね」
「お茶子さん……!?」
心外そうな反応やけど実際その通りやろ? 透ちゃんも同じようなことを感じたらしい。
「リナリナならどんな風に励ますの?」
「まずストレートに『後悔って時間の無駄だよね』を飲み込ませて──」
「はい今日のバカリナ〜」
「こういった件では戦力外ですわね」
「二人とも酷くない??」
酷くないと思うなぁ。後悔が時間の無駄だとしても、そーゆーこととちゃうやんか。
なので主に百ちゃんと、色々話してみた結果──。
デクくんと爆豪くんの大喧嘩って、実のところ何を争ってたんやろ。そこからよう分からんことに気がついた。
透ちゃんと百ちゃんは離れた場所におって事態を知ったのは試験後だった位だし、強制的に止めたヒミ様も『気付いた時にはどっちもヒートアップしちゃってて』と経緯は知らないらしく。私も似たようなもの。
だからまずは聞き込みをして、事情を明らかにしようと。
そういうことになった。
百とお茶子の主導で、クラスメイトに話を聞いて回った。
不合格だった皆に見聞きされない時を見計らいながら、数日かけて何があったのかを明らかにしていく。
■証言/A吹・T闇*1
「緑谷ちゃん、試験の前からすごく思い詰めた様子だったわ」
「あぁ。まるで世界を背負う
「…………重圧でね、押し潰されそうに見えたのよ」
梅雨ちゃんと常闇くんは、試験開始時から喧嘩が始まる辺りまで緑谷くんの近くにいたらしい。彼が『やらかした』瞬間も、二人は目撃していた。
要救助者の上にコンクリが落ちかけて、慌てて弾き飛ばしたそれがバクゴーに向かってしまったのだと。
彼が職場体験の頃に身につけた〔フルカウル〕の、細かな調整ミスに見えたという。
「原因までは分からないけど、どう見ても故意ではなかったわ。あれは事故よ」
「そうだな。しかしそれは一部始終を見ていたから言えることだ。ましてあの結果では」
「ケロ、それはそうね……緑谷ちゃんも『マズい!』って反応だったし」
それがまるで狙い澄ましたようで、バクゴーが避けなければ直撃していたというから……運も無かったと常闇くんは言う。
ともかく緑谷くんは、ダッシュでバクゴーの近くに行って深々と腰を折ったらしい。
梅雨ちゃん達が見ていたのはそこまでだ。
■証言/飯田
「あぁ、緑谷くんの謝罪からは見えていたよ」
続きは天哉くんから聞くことができた。
梅雨ちゃん達とは逆の位置──バクゴー側にいた彼は、飛んできたコンクリート塊を『爆豪くんを狙った攻撃か』と勘違いしたらしい。それ程にきわどい軌道と速度だったと。
その誤解は緑谷くんの謝罪で解けたものの、バクゴーがそれで済ませるわけがない。
「止めるべきか迷ったんだが……爆豪くんは拳を握っていて*2 緑谷くんも甘んじて受ける様子だったので……その」
「下手に口挟む方が長引きそうですね」
「はっきり言えばその通り。一発殴って試験に戻るならそれが最善に思えたんだ」
それは私でもそうする気がする。止めなかったことをどうか後悔しないで欲しい。
なんにせよバクゴーは拳を振るった。無抵抗で殴られた緑谷くんに対し──
『できもしねぇクセにしゃしゃって来んじゃねぇよウザってぇなァ!!』
──そんなことを叫び、怒り心頭で何度か荒い息を吐いたものの……それ以上の追撃はせず、試験に戻ろうとしたという。
「え? じゃあデクくんから手ぇ出したん?」
「いや、きっと最初は
去り際、バクゴーは緑谷くんから何かを言われ、それがきっかけで胸倉を捻り上げた。緑谷くんも強く押し返し……その後はもう、どちらも手がつけられなかったらしい。
(天哉くんは誰より必死に止めようとしてたみたいで、どんな手段であれスパッと止めた被身子にすごく感謝している)
(講評によれば、二人の喧嘩で周りの要救助者に被害が出なかったのは天哉くんの功績らしい。……聞けば聞くほど酷い暴れっぷりだ)
「緑谷くん何言ったんですかね?」
「すまない、内容までは。それほど声を張ったわけでもなかったから」
■証言/障子
「──あぁ、はっきり覚えている」
見てはいなかったけど聴こえていたという、……なんだかとても不機嫌そうな障子くん。
「……なにか悪いこと訊いちゃいました?」
「いやすまん、兵怜たちは何も悪くない。
アレは救助訓練で、要救助者を探して耳を澄ましている最中で──そんな時に喧嘩を始められたのでな」
「あぁ……そりゃあんな爆発音うるさくて堪んないですね」
「いいや」
彼ははっきりと首を横に振った。バクゴーは喧嘩を始めるまで最小限にしか【爆破】を使っていなかったと。
そして断言する。
「アレは
「……一体何を?」
障子くんって割と穏やかな印象だったんだけど。彼がこうもはっきり不快を示すほどの言葉を、緑谷くんが?
「緑谷は殴られたことではなく爆豪の言葉に噛み付いていた。『そんなこと言うな』と。──『だったらかっちゃんはもう挑まないのか』、と」
「──は?──え、ええぇ……」
それは、ない。それはナシでしょ緑谷くん。
百は今一つピンと来ないようだけど。
「? カリナさん、どういう……?」
「えっとね、バクゴーの『できもしないことするな』に、緑谷くんは『君は挑まないのか』って返したわけじゃん?『“できもしないこと”に“挑むんだろ”』って」
そこまでは分かります、と百は頷く。
「それでどうしてお怒りに? むしろ爆豪さんの克己心を信じ、その強さを讃えているのでは」
「あ、百はそう取るのね」
「ピュア過ぎますねぇ」
一般論としてなら百の解釈は間違ってない。
でも今回、“挑む”の主語はバクゴーで目的語は私(か被身子)だろう。自意識過剰ではないはずだ。
「緑谷くんはさ、バクゴーが私や被身子に勝つことを“できもしない挑戦”って言っちゃってる」
「……あぁ。それは、腹も立ちますわね……」
もちろんこっちにも自負がある。現時点では客観的にみても
だから被身子はあっさりと緑谷くんの肩を持った、けど──
「言ってることはその通りですけどね」
「んー、私達の言葉ならバクゴーの反応も違っただろうけど……緑谷くんってのが、ね。尚のこと聞き捨てならない」
「? インネンの幼馴染だからです?」
おや、今度は被身子が首を傾げた。
「
「え、バクゴー仲良いのに?」
「障子くんや常闇くんに言われる方がまだマシだと思う」
疑問符が重なっていくのが見えるようだ。
覚えてはいるんだろうけど、ぱっと出てこないのは興味が薄いからだろう。被身子はあんまり気にしないもんね。クラスメイトとの、これまでの戦績なんて。
「だってバクゴーや障子くん常闇くんと違って、緑谷くんは。私や被身子に
「む?……そう言えば? そですね、切島くんともまだ直接ぶつかったこと無いです」
「その立場の彼が言うのはちょっとなんか……」
「──兵怜の言う通りだ」
障子くんは深く頷いて続ける。
「八百万が『最優』『最強』と評したこと、悔しいが認めてはいる。現時点の順位は明白で、二人には
力の差はそれを俺に教えてくれた。恐らく、爆豪にも」
私は何も言わず、頷きもせず、だけど視線も逸らさなかった。中間試験後のトーナメント、初戦で障子くんを破って優勝した『最優』として。
彼は怒るでも猛るでもなく、かといって諦めるでもなく、その熱を欠片も無駄にしないよう握り締めたまま。
「できるという確信を。いけるという勝算を。掻き集めて積み重ねて、ようやく勝ち目が見える。あの日の葉隠のように」
「…………誰が相手でも当たり前では?」
「被身子、ストップストップ」
自分だって去年ミルコさんとこ行くまでそういう挑み方はしなかったくせに。話の腰を粉砕した被身子の言葉にまで、障子くんは頷いて。
「その通りだ。普段の授業ならまだしも、大切な試験の場で未完成の技を使っていた時点で、俺は緑谷の肩は持てない」
あー……それは確かにね……。
仮免試験の場で何があったかは大体分かった。緑谷くんのミスそのものはきっとそこまで重要じゃない。
その後の会話……というか、大きな言い方をすれば『失敗や敗北に関する価値観の差』みたいな話だ。
そのお陰で、なんて恩着せがましい言い方はしないけれど──結果的に
緑谷くんは。
緑谷くんは……。
「障子くんありがとう。それにヒミ様もカリナちゃんも、別にホントのこと言うてええよ?」
おっと、お茶子に気を遣わせてしまった。
私も本音では障子くんに同意なのはバレバレらしい。被身子は言わずもがな。
「んーん、お茶子が悲しいのはイヤだよ」
「なら平気。悲しくなんかないから」
「…………お茶子さん?」
「そんなに逃げ腰にならんでよ、別にカリナちゃん
うわぁ。うららかじゃない。
笑顔だけどうららかじゃないよ。
どうか緑谷くんはお茶子からの友情パンチを感謝と共に噛みしめて欲しいものだ。
──パンチで済む保証は無いけど。