経験が違えば別人にもなる。
緑谷出久は決して責任感のないタイプではない。
雄英に入学した頃こそ、少年らしい憧れに浮ついてもいた。
しかしUSJと体育祭の経験、そして【OFA】の
一方で、その意志とは裏腹に──彼は実戦経験に恵まれなかった。
腕や脚を丸ごと潰したのは入試の一度きり。個性把握テストで一本、初回戦闘訓練でも一本、体育祭の騎馬戦では数本の指を砕いたものの、それだけといえばそれだけだ。
つまるところ、入学からの五ヶ月は極めて平穏な歩みだった──【OFA】の継承者にしては、例外的なほどに。
その平穏を── /
──その平穏を、緑谷出久は。
『僕は弱過ぎる。何も為せてない、誰も守れてない』
自責と不甲斐なさを抱えて歩んできた。
その考えはある意味で自己中心的だし、驕慢でもあったかも知れない。しかし彼だけを責めるのも酷というものだ。
『“平和の象徴”の使命と責任。AFOがいなくなっても、やらなきゃいけないことがある』
天秤の片側に重い責任を載せたのはオールマイトなのだから。緑谷はそれに釣り合う実力と成果を欲しているに過ぎない。
USJでも体育災でも何もできなかった。
職場体験では確かな成長を掴んだものの……中間試験後のトーナメントは苦い思い出ばかり。
『あんな、あんな情けない負け方──!! 葉隠さんが本当にAFOの手先だったらどうするんだ!?』
何でもアリとまでは言わないが、奇策も搦め手も否定はしない。冷静に振り返れば透の作戦はルールの範疇だ。
むしろ称賛したい──罠に嵌まったのが自身でなければ。
悔しいが言い返せない。全くその通り。
しかしながらこの経験は、まだずっとマシだった。
ミスをして負けたのだから。言わば“正当”な結果だ。
期末試験でも同じ過ちを繰り返したこと、それ自体も不甲斐なく思う、が。
クリア
“不正で不当”な結果。
こんなにも、こんなにも惨めなことはない。
──もっと焦れ。
常闇と【黒影】を一人で止めることなど到底できなかった。
──足掻く、足掻く。
上鳴の成績向上にもあまり貢献できなかった。
──求めて、喘いで、僅かに進み。
仮免試験を前に、空気を蹴って宙を駆ける技を不安定ながら身に着けた。
────そして、
──その平穏故に、
『時間をかけよう。ゆっくり、ゆっくりだ』
そう考えていた。
焦ることはないのだと──むしろ焦ってはいけないと。
継承から力が定着しきる迄の間も、
二代目や三代目の意識がはっきりしていたら『脆弱』と断じるであろう、
『重ね重ねありがとう、八木くん。君のお陰で緑谷くんを気遣ってあげられる』
彼の代で大いに鍛えられ、また続けて無個性の人間に宿ったことで、この力は一つの壁を超えてしまった。
【OFA】が蓄積し極大化した歴代の“個性”を、九代目は全て操れるかも知れない。
もちろんそれは一年や二年ではなく、ずっと将来の話。
達成するには数多の困難や危険を伴うし……そもそもそこまでの力は必要とされない方が望ましい。
AFOは既に亡く、【OFA】は原初の役割を終えたのだ。
『強過ぎる力は……人を孤独にするからね』
誰より孤独だった兄の流儀で言うならば。
【OFA】という
しかし最新作は違う。時代は変わった。平和な学園モノでいこうじゃないか。僕は昔から芒星社と百迅社の読者だったし。*1
模造脳無事件が起きる頃になると力はすっかり定着した。こうなると与一にも、継承者の知覚や感情を通して周りの状況が分かるようになってくる。
『えっ、最近は同性愛もポリアモリーも普通なのかい? 良い時代になったなぁ……』*2
などと、ほのぼの感心していられたのは──せいぜい七月までの話。
期末試験以降、憂いと懸念は深くなるばかりだ。
溺れそうな行き詰まりに藻掻く九代目の心。
《オールマイトから
今の所あちらからの一方通行で対話は叶わず、与一には睡眠を深くしてやる位の手伝いしかできない。
『……良くないな。今の彼にとって【OFA】はまるで呪いだ……』
どうにかして自己評価を高められないものか。
もし言葉が届くなら言うだろう。親から愛されていることをきちんと受け止めてはどうか、と。
しかし少年の問題意識が家族に向くことはない──この年頃にはありがちな心理だが。
《“力”は充分なんだ。僕に足りないのは“自信”と“経験”、かな。でも自信なんて“努力”の先にしか……》
与一には継承者のことがよく分かる。特に今のように自分を見失っている時は本人以上かも知れない。
しかし今一つはっきりせず、何か違うという感触だったが──ライバルの言葉で得心がいった。
緑谷の無意識は『図星』と叫んだ。
こんな皮肉が飛び出したことには緑谷自身も驚いていた。
内側から観測する与一はきちんと理解して、そして──認めたくないことだと、深く重い息を溢す。
『これじゃまるで……平和のせい、だな……』
“できないはずがない”と信仰しながら、成功体験の少な過ぎる心が“できもしねぇ”と身構えてしまう──それが今の九代目だ。
爆豪は違う。“できもしねぇ”なんて思わない。いつだって“ヤってやる”べく挑んでいる。
彼のそんな
そして──挑めていない。
緑谷がそれを望んでいるわけでは決してないけれど、もし今もAFOが/マキアが/模造脳無が──つまり何らかの巨悪が──健在なら、彼はこんな苦しみと無縁なことだろう。
その目的に正面から“やってやる”と挑めたはずだ。
巨悪は斃れ、
つまり『責務は軽い』のに『力が大き過ぎる』。
もちろん平和は悪いことではない。だから与一は過大な力──
緑谷の自己評価もどうにか改善できないか考えたこともあるが……生来の性格に根差すものでもあり、それを捻じ曲げることは難しいばかりか正しくない。
そう結論づけた与一はきっと清すぎた。善人すぎたのだ。
正しいとか間違いとか、そんなことより緑谷の
早い段階で食い止められていれば。
緑谷引子が病院で泣き崩れるようなことは避けられただろうに。
※原則ネタバレはしませんが、これだけは。
※緑谷出久が死ぬような展開はありません。