【完結】愛慾のヒーローもどき   作:土屋 四方

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※おっさんとネズミしか出てきません(80話ぶり2回目)。


それらの名は(Their Names.)

 太郎の勤める大学病院に“繭”が運び込まれてから五時間以上が過ぎた夜半のこと。

 ようやく一つの区切りをつけ、太郎は簡潔な報告にまとめる。これしか言えることはない。

 

「非侵襲的な*1 検査は可能な限り試しました。大部分は“繭”に遮られ、現時点では“生きていること”位しか分かりません」

「な──いえ。生きているなら希望もある」

「この点は確実と見ています。

 敏感な防衛反応や宙に浮いている点だけでなく、幾重にも遮られて不明瞭ながら心拍と呼吸らしき動作を確認できたので」

「…………()()、少年……」

 

 この時点の太郎は知りようの無いことだが、繭に見えるものは【(5)(th)】と【(6)(th)】の塊である。内部を探ろうとする異物を【危機感(4th)知】で感知し、【(7)(th)】で緩やかに避けようとする──そこまで速くはないので牢への出し入れなどはどうにかなったが。

 

 もちろん【抹消】は試した。今のような状態になった直後から幾度も。“繭”のせいで本人を全く視認できず、効果は無かったが。

 

「緑谷……カリナのクラスメイトですね。ようやく患者さんのお名前を聞けるとは」

「しまっ──!!」

 

 慌てて口を覆う八木。宥めるようにその膝を叩いた根津。

 

「博士には全てを話すべきと判断するのサ。構わないね?──()()()()()()

「オールマイト?」

「校長…………」

 

 この場にいるのは三人だけで、看護師も検査技師も一切が遠ざけられている。緑谷の名前すら今の今まで伏せていた。

 この時点で病院側からすれば極めて無茶な話であり、この期に及んで太郎にまで隠し通すことは現実的ではない。

 

「分かり、ました──ぬん!!」

「! 本物……」

 

 一時的にマッスルフォームを見せて納得させてから、二人は話し始める。

 知りうる限り全てのことを。

 

 


 

 

 最終的に目指すところは暴走した“個性”の解除。

 即ち緑谷出久の救出である。

 

 しかし常識的な方法──例えば血液検査とかCTとか──では状態をまるで把握できない。

 こうなると強引な方法も候補にはなってくるが、わけも分からずぶっつけで試すのは余りにもリスキー。せめて情報が必要だ。分かっていることは全部。

 

 それは【OFA】を知るということ。

 

 

 カリナの凍結と蘇生に際して、太郎にはAFOのことがある程度まで開示されている。だから【OFA】の秘密はそれを補完するように理解を助ける──かに、思われたのだが。

 

 専門家は幾度も首を傾げて話を遮った。

 八木はその度に言葉に詰まってしまう。

 

 

 例えば。

 

「“脆い器に継承すれば身体が爆散する”?」

「は、はい。そう聞いております」

「それは──何を根拠に? 試したらそこで継承が途絶えるのでは」

「……確かに……?」

「試してはいないが先代はそう仰っていた、ということですね」

「ハイ……」

 

 あるいは。

 

「“力をストックし、それを渡す個性”……では八木さんは、受け継がれる前はそのような細身だったのでしょうか」

「いえ、これは比較的最近に負った傷による衰えで継承とは無関係です。先代より引き継ぐ前から、体格にだけは恵まれておりました」

「つまり【OFA】は筋肉を嵩増しするのではなく、パワーを上乗せするものだと」

「そうです──現状の説明にはなりませんが」

「緑谷くんではなく、貴方の現状も説明がつかないんですよ。“力をストックする”だけでは」

「……私の……?」

 

 八木の反応に、太郎はひんやりとした視線を横にずらす。

 

「根津くん?」

「以前から不可解ではあったのサ、オールマイト。継承、つまり【OFA】を“手放した”という君の弱体化はゆっくりと時間をかけるもので、将来はともかく継承の直後は、同じ力が二つ存在するかのように見えてしまう」

「ムゥ。これでも衰えているのですが……確かに継承以前に戻ってはいません」

 

 根津は根津で、過去にオールマイトの話から幾つかの違和感を(先程の“身体が爆散”含め)拾い上げてはいたらしい。

 しかしその解明は棚上げだった。主に【OFA】の秘密を守り通すため、そして追究すべき差し迫った理由も無かったから。

 

 だとしても本人には共有しておけと太郎は思ってしまうが……今ここで責めても詮無きことだ。

 

 

 ──もっと聞き捨てならない話も、八木は当たり前のように話してしまうから。太郎の視点からはツッコミで忙しい。

 

 

「!? 待って下さい、今の話をもう一度。

 それは確かですか、八木さんは目にしたことが?」

 

「今の話? AFOが“個性”を奪い与える件でしょうか」

「“望まぬ個性に苦しむ者からそれを奪い”という(くだり)です」

「えぇ、はい。奴は自分の力を誇示することを好みましたから、目の前で“個性”の移動が行われたことはあります」

「“()()()()()? “異形型”のできることだけ真似るのではなく、身体的特徴まで移し替える?」

「? 何を驚いておられるやら分かりませんが、()()

 奪われた者は奴に感謝して──博士?」

 

 太郎は思わず額を覆い、(かぶり)を振って嘆息する。

 偉そうなことは言うまいと思いつつ、何故そんな曖昧な理解で流してしまうのかと問い詰めたくて堪らない。

 

「ならばそれは、“個性を奪い与える個性”なんて低レベルな奇跡ではありませんね」

「な、それは……どういう……?」

 

 


 

 

 動物に類する“個性”の持ち主は少なくない。最も有名な【兎】のミルコを例としよう。

 仮にAFOが彼女から【兎】を奪ったとして──彼女の()()()()()()か?

 

「【兎】の長い耳が……縮んで、人の耳に変形すると言いますか」

ますます……現実離れ……まさか、いやそれしか……失礼。耳が無くなるわけではないのですね」

「はい。実際これに近い事例を私は見ました」

「疑ってはいません。その事象をどう理解するかという話で」

 

 中には例外も居るだろうが、いわゆる異形型の器官は“個性そのもの”ではなく“個性の産物”だ。だからミルコの耳は──【エンジン】の排気筒も【パワーテイル】も──【抹消】では消えない。

 

 AFOならば奪える、そこまではいい。だが奪うだけなら肉を抉り取られた傷痕でも残りそうなもの。

 しかし実際はそうではなく、人間本来の器官に置き換わるという。

 

 

 つまりAFOが“異形型”から奪う際には。

 ①超常中枢の取り出し、②中枢がかつて身体に及ぼした作用のキャンセル、③改めて(恐らく遺伝情報に沿って)身体を再分化──言わば三つの超常が起こっている。

 

 他人に与える場合もこれに近い。

 ①超常中枢の埋め込み、②(休止状態ならば)中枢の活性化、③既にある身体と辻褄を合わせながら*2 器官を再分化──といった感じだろう。

 

 常識外れどころの騒ぎではないが、多分きっと恐らくは。

 ……そのような超常が自在に使えたら、数えきれないほどの重病人や難病患者を救えるものを。

 

「益々わけが分かりませんね。“個性を奪い与える”と聞いた時も相当に驚きましたが、まさかそんなに“()()()取り除く”ものだとは」

「──“優しく”、ですって?」

「失礼、不用意な物言いでしたか。

 もちろん使い手および使い方は優しくなどなかったのでしょう。“個性”の性能としての話です」

「…………」

 

 流石に憮然とするオールマイト。トゥルーフォームであってもその威圧感は相当なものだ。

 しかし太郎は怯むどころか「更に不愉快にさせてしまいますが」と続けた。

 

「その点では弟さんの方が“雑”ですね」

「雑、ですって……!?」

「七代目の方は貴方に継承した後も【浮遊】できたのでしょう?」

 

 それは間違いない。八木俊典に【OFA】を渡した後も、志村菜奈は宙を舞っていた。

 

「しかし、それを“雑”などと! 【OFA】は()()()()()()()()()()ではありませんか!」

 

 八木にとっては揺るがぬ事実である。見たままの、客観的な。言葉遊びなどしている自覚(つもり)はない。

 ──これを()()と呼ばず何と呼ぼう。

 

 もちろん、重すぎる責務を“呪い”などと称するのは余りにつらい。“聖火”と讃えたい気持ちは自然なものだろう。

 しかし事実とは無関係だ。

 

「貴方も歴代も()()()()()()()()()でしょう。奪ってきた結果が今の緑谷くんです」

 

 緑谷は──その黒い繭は、検査用の寝台に接していない。【浮遊】している。

 他の様子からも、『【OFA】が歴代の“個性”まで溜め込んできた』とする解釈が最も可能性が高い──確証は無いし疑問も山積みではあるが。

 

「力を……“写し取る”とでも言いますか、そのようにして力を()()()、内側に()()()()()。それを当代に還元していれば七代目はもっと速く翔べていたでしょうに、そうはせず……悪く言えば、(プール)した」

「な……何を根拠に!!」

 

 八木の怒りも反発も、太郎は理解する。真っ当な人間らしい怒りだと認める。

 その上で蹴散らすことにした。緑谷の治療には──正しい現状理解には──邪魔(さまたげ)だから。

 

「あなたへ継承して【浮遊】は減速しましたか」

 

 していない。

 

「彼への継承で貴方はすぐ弱体化しましたか」

 

 していない。

 したとしてもあの戦いの後遺症ほどではない。

 

 ということは背理的に、【OFA】が当代に“全て惜しみなく与えていた”可能性も消える。

 今緑谷の中にある力は、かつて七代目・八代目の中にあったはずなのに、二人に恩恵を与えてはいなかった──与えていたならば手放した時点でその分だけ衰えるはず。

 

「私も失礼を申しました。緑谷くんの話に戻りましょう」

 

 些か強引に話を進める。

 一つの疑問に拘ってばかりも居られないから。

 

 

 ──実はこれでもまだ太郎なりに気を遣っている。言葉を選んだ結果が先のやり取りだ。

 

『なんとも……皮肉というか因果というか』

 

 最も率直な感想は内心に留めた。

 ──オールマイトに殺されかねない気がしたから。

 

一は全の為(【ワン・フォー・オール】)全は一の為(【オール・フォー・ワン】)、ね。

 使い手や使い道は別として、性能面だけを評価すれば……その名前、いっそ()()()()相応しくも思える』

 

 などと口に出すほど命知らずではない。

 ましてや『そもそも()()()()──』などと、根拠もない憶測を捏ね回すような暇も無い。

 

 


 

 

「ともかく緑谷くんについて。

 色々と検査を──率直に言えば試行錯誤を──しなければ、何も進まないでしょう。時間は覚悟してください」

「でしたら一刻も速く」

「もちろんその為の話です。八木さん、貴方は医療関係の知識やご経験は?」

「私ですか? 応急処置と救急救命程度ですが……」

 

 厳しい表情で頷いた太郎は、次いで根津に雄英教師陣の知識や経験を問い始める。

 しかし求められるレベルは専門的で、あまり期待に適うものではなかった。あまつさえ──

 

修善寺さん(リカバリーガール)を派遣してもらうことさえできないと?」

「雄英でも訓練の怪我人は毎日なのです。数日程度ならともかく──」

「もっと長丁場です。何日かかるかなど約束できない」

「そうなると彼女の派遣は無理なのサ……」

 

──専門家も高校を離れられないと言われては。

 人手が明らかに足りていない。

 

「ではどうしろと?」

 

 太郎の仕事を阻むもの、その一つは箝口令。

 根津たちは病院のスタッフにさえ緑谷に近付かないで欲しいと願った。【OFA】の秘密が漏れることを恐れて。

 本来はチームで行うものを全て太郎一人で担うなど無理があり──それでも今日は何時間もかけてどうにかしたわけだが──、続けるのは現実的ではない。

 

 そして障害(ハードル)はもう一つある。

 

「先ほどご覧になったでしょう。僕一人では検査の全てがあまりに非効率だ」

「それは……理解しています」

「ならばできる人間が必要でしょうに」

「…………」

 

 問題は“繭”(みどりや)が見せた反応だ。

 相澤は牢に押し込むことができた。八木は直接触れることにも支障無かった。

 しかし根津からはゆっくりと離れていき、太郎に至っては(八木が抑えていなければ)距離を詰めることもできなかったのだ。

 

 緑谷出久からの心理的距離に応じて反応が変わるのだとしたら、彼の生存を示す傍証とも考えられるが。

 単純に手間を取られること甚だしい。

 

 

 二人の教師とて緑谷を心配していないわけではない。いっそ最大規模の医療チームを編成してありとあらゆる処置をとって欲しいとも願っている。

 しかし同時にこんな状況でさえ、【OFA】の秘密も軽視はできないのだ。

 

 あの超パワーが──時にヴィランのトラウマともされるオールマイトの力が──当人の意志さえあれば譲渡可能だなどと知られたら。そして当代が誰か露見したら。

 ヴィランは我先に緑谷引子を狙うだろう。『息子を頷かせさえすればあの力を手にできる』と浅はかな考えで。

 

 ()()()オールマイトは家族(じゃくてん)を持たなかった。家庭も子供も持ったことがない。

 ──そして同じ理由で、その護り方を()()()()

 

「博士お一人で挑んで頂くわけには……」

「! オールマイト、それは!」

 

 呻くように零れた言葉を、根津は慌てて止めようとするが──吐いた言葉は飲み込めない。

 ここまで我慢を重ねていた太郎も、とうとう遠慮会釈なく冷気(いかり)を露わにする。

 

「それを緑谷くんのご両親に言えますか」

 

 

 

 

 

 ──双方の妥協の結果、最終的な落とし所としては。

 

 オールマイトほどとは言わずとも緑谷と心理的な距離が近く、

 太郎ほどでなくとも専門的な知識があり、

 また秘密の扱いという点で根津も一定の信頼を置ける者が一人、助手として選ばれた。

 

 

 十月、一年A組の教室は二〇人しか揃わないことが常態化した。

 

 休学に入った生徒は二名。

 緑谷出久、そして兵怜カリナである。

*1
ここでは『検査対象を害するおそれがない』程度の意味。

*2
でなければ【兎】を与えられた人間は耳が四つに増えかねない。




 次話、第二部エピローグ(兼・第三部プロローグ?)。

 第三部は、はい。
 流血沙汰が増えます。
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