「十年以上この職に就いてきて、こんなことは初めてだわ」
──カリナさんにご尽力頂き、かつ先方も驚かせてしまいつつ、どうにか面会が叶いました。
ご予定の隙間の僅かな時間、直接顔を合わせられただけでも……仲介が無ければ難しかったでしょう。
「型破りなことは承知しております」
「それは構いません。
カリナさんが過去に一度関わっただけという薄い
中学生だったカリナさんに──仮免取得で実力を示したとはいえ──個性届の秘匿指定を認めて下さったことから見て話の分かる方だろうと、勝手ながら心に留めておりました。
「ですが公安委員会でインターンと言われてもね。私たちは事務屋で、ヒーローではありま──」
「もちろん書類事務をお手伝いする気はございません。
「なんのことかしら?」
「公安の方がなんと呼んでおられるかは存じ上げませんが、無いはずはない。絶対に必要ですもの、
会長さんの表情は揺れません。驚きも動揺もなく、先生方ならば見せたであろう面白がるような気配もない。
職務の冷たい品定め。仮免を携えたわたくしは、既に子供扱いの対象外です。
「おいそれと答えられないことは承知しております。公には“無い”としか仰れないでしょうし」
「“ありません”からね」
はい。その建前を崩そうとは考えていません。
「ですのでお売りしたいのはわたくしの“実働”よりも情報──いえ、もう少し露悪的に申しましょうか」
「……試しに聞かせて頂戴?」
この瞬間にも話を打ち切られる可能性を思えば、少しは興味を引けているようです。
あのカリナさんが“親切なおばさんだったよ──
「組織的犯罪に繋がっていると目される人物を複数確認しました。一人は天下の雄英関係者、もう一人は世間に広く名と顔を知られた大物」
「…………」
「このことが明るみに出れば公安が堅持したいであろう平穏は──」
「ちょっと待って」
おや。続きを促されたように思いましたが遮られてしまいました。
「
「脅すだなんて。リスクを申し上げたのみですわ──そういう方向性の組織でしょう?」
「なるほどね」
いえ、本当に脅したつもりなど無いのですよ? ヤオヨロズグループは公安委員会にも寄付や資金援助をしていますが、わたくしがその額を左右できるわけではありませんし。公安の予算額からすれば決して大きな割合でもありませんし──まぁ失いたくはないでしょうけれど。
「マーサさんの影響なのかしら……」
「……」
大袈裟な溜め息まじりの言葉は、どう答えても
「余計なことも言わない、と。良いでしょう、お茶とコーヒーはどちらがお好み?」
「ありがとう存じます。コーヒーを頂けますか」
「どうぞ座っていて頂戴」
腰を浮かせかけたところを制されて、そこへゆるりとした言葉が続きます。
「ちなみにさっきのアレ、“露悪的”というやつね。貴女が売るという“情報”を言い換える程度を想定していたのよ」
「言い換え、ですか?」
力が抜けて冷たさも無い、“とっても親切”そうなその声音で──
「そう。『情報を売る』じゃなくて……『仲間を売る』とかね?」
「っ──」
──不意打ちにそれですか。品定めは終わったような雰囲気を出しておいて。全く油断ならず、実に頼りになりますわね。
「たとえ冗談でもレトリックでも、“仲間を売る”だなんて口にしては信用を失うかと思いまして」
「ふふ。“冗談でもレトリックでも”、ね」
あぁ、どうも完全に『
「わたくしは仲間を売りません。言わば『買い上げ』たいのです」
目的が歪まぬよう明言したのですが、これは言葉の選び方が良くなかったようで誤解をさせてしまいました。
「買い上げ……? まさか、誘拐でも!?」*
「いえ、失礼しました。実際どこまで関与しているかはまだ不明瞭ですが、可能な限り『被害者』として扱いたいのです。『犯罪を教唆された者』は避けられないかも知れませんが、『加害者』にはしたくない」
「それは……当人たちの行い次第です」
「もちろんです。ですから『加害者』になる前に幕を引けないかと」
法を曲げようとは考えません。誤魔化しもしな──少なくともカリナさんほどはしないつもりです。
わたくしは事実の方を無くしてしまいたい。
ですから今、こうして大義名分を得に来たのです。
「……断っておきますが、人手はあまり割けません」
「! ありがとうございます!」
「あら、それは油断ね。いけませんよエリクシル」*
最後にちくりと『体裁を
「いえ、お貸し頂ける限りの助力は使い倒すつもりでおりますよ? つきましては早速ですが、日中の監視をお願いできないかと──」
ともあれわたくしは、世にも珍しいヒーロー公安委員会のインターン生となったのです。
もちろん、ごく一部の方々しか知らぬままに。
「──聞いていたわね?」
「もちろん。イイですね、実に俺好みだ」
「ちょっと。羽根を忍ばせてないでしょうね」
「人をストーカーみたいに言わんで下さいよ。ヒーローとしてプロとして、好みの仕事ぶりだと」
会長が滞在しているホテルの一室には盗聴器など無かったが【剛翼】は隠されていた。それによって別室で聞いていたホークスは百を高く買っているようだ。
「結局“大物”の名前も割ってないじゃないですか、会長なら聞き出せたでしょうに」
「“この家族”を監視していれば知れるということよ。わざわざ言う必要も聞き出す必要も無い」
百の置き土産はある家族の常時監視依頼。“雄英関係者”、イコール“仲間”であり“被害者”……その氏名を渡してきたのだから、既に事態は動いている。
「自分で捕まえそうな意気込みでしたもんねぇ。応援しちゃうなぁ」
「……はっきり言いなさい」
聞く前から想像はついたが、ここは敢えて吐き出させておこう──ホークスはこのプランを本気で嫌悪していたから。
「秘匿指定のことで首輪をかけて、いずれ『ホークス
「そんなに褒めないで頂戴。実現性さえ確かめていないわ」
褒め言葉ではない。もちろん褒められた行為でも。そんなことは双方分かっている。
それでも──具体的なことは何もしていなくても──そのような悍ましい案が二年前から存在している。
他に類を見ない、子宮に宿るという“個性”。それはもしかすれば望ましい“個性”を次代へと継承する手段になるかも知れないなどと──当時中学二年生の子供を相手に。
それを抜きに個人としても優秀ではあったが。
「確かめるおつもりで?」
「現時点で進めるつもりは無い──状況次第ね」
「
ヒーロー公安委員会の会長。組織のトップであり、かつ女性だからという点でマーサとカリナが直接【自己再誕】の真実を──当時分かっていたことは全て──伝え、秘匿指定の必要性を訴えた相手。
カリナには同情しつつ、それはそれとして、己の同情心すら利用し尽くす女傑/女怪である。
会長に比べれば凡人で構わないと自認するホークスだが……彼からすると、その件に反対する理由は人道面だけではない。
「そもそも会長の人情味あふれる計画がなくたって、兵怜カリナは引き込むべきじゃありません」
「あら初耳ね。性格分析?」
……
「書面上の印象ですが、フィンガードは『優秀なガキ』でしょう。例の戸籍登録、相当な無茶をした形跡がありました」
「無茶、お節介……『本当に赤の他人?』とは思ったわね」
「同感です。正義感に溢れる反面、“見て見ぬ振り”ってやつをできない気がするんですよ」
それはそれで良い。ホークスの弁は半ば褒め言葉だ。
問題はそういったヒーローの本質部分ではなくそれ以外。薄暗闇を歩き続ける適性の有無。
(いくらホークスでも、正義感などではなく幼女可愛さで戸村家の件に関わったカリナの適性を正しく測れてはいないが)
「優秀なエージェントの直感として聞いておきましょう。その点エリクシルは?」
「あの娘はできるんじゃないですか。敗北を知っている様子でしたし」
確かに百は自身の弱さを日々実感している。直接戦闘力でカリナや被身子に勝てないのはもちろん、透にもお茶子にも抜かれてしまった。
他の面で優っていようと負けがなくなるわけではない。目を逸らし見ない振りをしても弱さは消えず、直視して挑みかかれば心を刻む。
向上心が強いほど“見ぬ見ぬ振り”を学ぶ機会は多い。百の人物評は概ね妥当だろう。
しかし肝心の、『公安を最優先にできるか』という点では──
「二人が自分の意志でエージェントになったとして、裏切る確率が高いのはどちらかしら」
「そりゃフィンガードでしょう。彼女が牙を剥くかは不明瞭ですが、エリクシルには牙が無い」
「──落第ね。あんなに分かり易いのに」
──心配要らないというホークスの言は呆れと共に切り捨てられた。
「会長? なんで俺いきなりディスられてんです?」
「エリクシルは
「……あっはは」
全くイメージに合わない。本当に意味が分からず、半端な笑いを浮かべてしまう。
「女心は今後の課題かしら。
恐ろしく一途な『恋を勝ち取った若者』、あれは危険よ。外敵には容赦しない」
「……もし
「戦争ね。勝ち目なんてなくても彼女はそうする」
本当に? 疑わしく思うものの、女心の理解で女性と争うつもりはない。ホークスは素直に諸手を挙げた。
「さて、飛び入りのお客様については終わり。本題よ」
「頭と胃が痛いですねぇ」
ホークスらや警察からなる模造脳無対策本部は、残念ながら目立った成果を挙げていない。
七月頭にエンデヴァーが襲われた件を最後に模造脳無の出現自体もぱたりと止んでいる。市民の安全は喜ぶべきことだが……情報も途絶えてしまった。八月半ばには対策本部の縮小が決定され、リューキュウやプッシーキャッツを含むビッグネームを拘束し続ける体制も終了。
……というのは表向きの話で、裏ではホークスの寝不足──福岡と関東圏を往復する日々──が続くのだが。
そこへ飛び込んできたビッグニュース。
九月になって分倍河原が保護された一件だ。
聴取の録画映像を注意深く睨みながらホークスは呟く。
「──演技とは思えませんね」
「その点は医療関係者も検査結果も保証しているわ。典型的な──重度の、薬物中毒者の容体だと」
逃亡の危険性は無いと判断され、彼は今も雄英にいる。
ほとんど何も喋れないが、【サーチ】したラグドールは彼なら“模造”ができると保証したし、マンダレイの【テレパス】による呼び掛けには多少反応を見せた。
「これ、マンダレイさんは何を──あ、どうも」
会長が手渡した資料によると、〈あなたは分倍河原仁か〉と問えば『多分そうだ』と肯定を──そして他の名前には否定を──返し、また〈注射〉や〈ロープ〉などは言葉にも物にも強い恐怖を示したという。
「どこかに捕まってクスリ漬けで働かされていた、くらいしか読み取れませんね」
他にも予測できることはあるが……いや、いささかあやふや過ぎる。
「大きな手がかりはこちらかもね」
「発見時の状況ですか──Mr.コンプレス?」
「
「臭いですね」
この第一声は調書の記述ではなくコンプレスへの疑い。
プロヒーローから逃げ果せたこともある
早速中身に目を走らせれば、コンプレスは『囚われの分倍河原が処分されるところを連れ出し、病院かどこかに放置するつもりだった』と述べたらしい。
「……?」
「意図は汲み取れて?」
「いいえ。誰が得するやら意味不明です」
「同感だわ」
欺罔にしては狙いがはっきりしない。ヒーローの動きを誘導する要素が欠けている。もちろん分倍河原は体内まで含めて念入りに身体検査済だ。
事実だとしても不可解──なぜ殺してしまわない? 考えたくはないが相手はヴィランだろうに。
(
分倍河原の様子から、監禁者が同情したとか情報漏洩の心配は無いと判断したとか……様々な可能性がありえるが。
「これ誰が……あん? 会長、“元ヒーロー”の名前黒塗りじゃないスか」
「発見者に話を聞こうと?」
「順当な手順でしょう。よくまとまった報告で、この人の記憶はきっと信用できます。他にも手がかりになるものを見たかも知れない」*
頷きながらも問いには答えず、会長はついと視線をズラした。その先の画面では分倍河原の聴取映像が──いや、同じ映像の続きだが場面が変わっている。
明るい屋外で、ぼんやりと立つ分倍河原は小さな女児──戸村霙理──に話しかけられており、しかし反応を見せない。
ホークスは手元の書面を確かめながら呟く。
「コンプレスが分倍河原を放り出したのが……この子の家の裏だったと。ヴィランが置いてったイカツい大人によく懐いてますね」
「病人への慈しみかしら。ほら、付き添いの“元ヒーロー”も来たわ」
のっしのっしと画面に入ってきたのは。根津の情報操作によってコンプレスを捕らえつつ取り逃がした
──裏事情を知らぬホークスは大きく表情を歪めた。
「うわー……
「さっき貴方は、兵怜カリナを引き込むことに反対してたけど。最大の問題は彼女自身よりも母親ね?」
「えぇ、分かって頂けてるようで安心しました」
“母胎”の件をナシとしても、公安の暗部に愛娘を引き込めば
公安はこれを避けたい。
映像の中でリカバリーガールと話しているのは、数代遡れば海外にルーツを持つという元ヒーロー。
「……遠い血縁という噂については?」
「真偽不明よ。さほど調べてもいないわ、意味が無いから」
「仕事上の付き合いはあったとか」
「頻繁に会ったり連絡を取ったりしていないのは確かよ。遠くない場所に住んでいたから、偶発的な接触はしばしばあったようだけど」
「……少なくとも他人ではないわけだ」
が、兵怜マーサは何もしていない──ように見える。公安に問い合わせることも、独自に調べるような動きも。
ホークスの言った通り、一定の親交はあったはずなのに。不気味なほど何のアクションも無い。
兵怜マーサは暴きかねないと思われている。
畏れられているといっても過言ではない。
公安の忌むべき罪科の象徴──レディ・ナガンこと
ナガンと本格的に関わるのは今すぐではないので、ここでは匂わせのみ。
ナガンの過去には本作のオリジナル要素を追加し、また原作では明言されていない事件の時期も十三年ほど前と独自設定をしますが、原作ではっきり描写された過去の行いは、本作の過去でもやっています。現在タルタロスにいることも原作通りです。