【完結】愛慾のヒーローもどき   作:土屋 四方

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※人の心とか無いので注意※


(ブルー)の産物(アーカイブ)
スケプティックにも心くらいある


 異能解放軍の地下施設で、近属友保は一人端末を叩く。【人形(ヒトガタ)】の“異能”により遠隔地の人形(にんぎょう)を操作しているのだ。

 

 想定外の緊急対応による焦りもあるが、それ以上に怒りと苛立ちがその指に力を伴わせる。

 タァン!と一際強い打鍵と共にデータ入力が確定し、脳無による転移が発動。

 

 かつては出来なかったことだが、【人形】の操作対象を目印にすれば遠隔地との行き来が可能になった。

 この方法では近属自身を運べないという問題はあるが、かつてと比べれば革新的な正確さだ。

 

 カメラの視界が黒い泥で覆われ、同時に目の前にも泥が現れる。

 泥の中から現れたのは、黒服に身を包んだ三体の人形、荼毘、そして轟冷。

 ……以上である。冬美の拉致は失敗した。

 

「無様だな荼毘。私の言いたいことが分かるか」

「説教なら後で聞いてやる。それより()()()()もう殺していいよな殺させろよ」

「…………」

 

 どうやら怒っているのは近属だけではないらしい。

 

 ……ある程度は理解もできる。

 今回の轟邸襲撃は明らかに待ち伏せされていた。実行自体は荼毘が決めたこととはいえ、切掛となる情報は青山家からもたらされたもの。

 自分たちから尻尾を振ってきたくせに、ものの数ヶ月でこれでは二重スパイを疑うのは当然である。近属としてはあの弱者どもにそんな器量があるとは到底思えないが、単なる不始末だとしてもそれはそれで、極道者が『ケジメ』などと呼ぶ概念の適用対象ではあるのかも知れない。近属はそんな旧習に興味は無いが。

 

「言っておくが、例の場所に来るのは夫婦だけだぞ。息子までとなると──」

「分かってらぁ。親が死にゃガキも反省すんだろ」

 

 何が反省だ、ただの憂さ晴らしのくせに。

 そうは思いつつ……ここで止めても無駄だろう。丁度いつもの胡麻擂りに来ているタイミングでもある。

 

「また待ち伏せされるとは考えんのか?」

「だから構えられる前に済ませるっつってんだ。今朝も来てる頃だろ」

「……そうだな、ここは拙速が最善か。目撃者は()()()()残すな」

 

 荼毘は指図されることを好まない──が、今回は気に入ったようだ。別に彼の機嫌を鑑みての指示ではないのだが。

 

「そりゃ()()()()()ってことで良いんだな?」

「青山夫妻やその監視・護衛だけを殺せば疑ってくれと言うようなものだろうが。(みなごろし)の方が組織への害は少ない」

 

 言いながら数本の瓶を手渡す。特徴的すぎる炎の色を紅に変える特製の薬剤で、ホークス相手の腕試しや定期的な憂さ晴らしといった犯行から“蒼い炎”という情報が漏れることを防いでいる。

 実質的には燃焼を妨げて火の温度を下げるものなので、本気の──エンデヴァーと激突する可能性もあった土曜夜などの──戦闘では使えなかったが、隠蔽効果は高い。

 

「了解。すぐに戻らぁ」

「当然だ。体熱の問題など考慮してはやらんからな」

 

 轟邸に行かせたのとは服装も体格も異なる人形を伴わせ、定期会合の場所へ転移させる。

 こちらは想定外のこともなく、戦闘ではなく放火のみといったところ。荼毘は建物ごと炎に包み、宣言通りすぐに帰還した。

 ──正確に言えば行きも帰りも、近属が面倒な計算をしてワープさせてやっているわけだが。

 

「んじゃ、“戦利品”を旦那に渡してくっから」

「戻ったら問題点は山ほど指摘してやる」

「へいへい」

 

 少しは気の晴れたような軽い口調で荼毘は去っていく。もちろん“戦利品”を連れて。「行こうぜお母さん」などと、親しげに呼びかけながら。

 

 


 

 

 今回の一件、防衛側(ヒーローサイド)は口が裂けても成功や勝利などとは言えない。

 しかし襲撃(だび)側も狙った戦果からは遥かに劣る。

 

 そもそも狙っていたのは冷・冬美両名の拉致。実際は冷しか拐えていない。

 ワープの直前、荼毘は全く警戒していない角度から攻撃を受けたのだ。負傷としては打ち身程度だが驚愕は大きく、待ちに待った好機だと思い切り暴れた二人は拘束から逃れてしまった。

 

「母親だけでも拐えたのは幸運(たなぼた)に過ぎん。猛省するがいい」

「うるせえな……分かったそう睨むなよ。否定はしねえ、認める。だが()()()()予想するか?」

「ありえんな。かといって()()を讃えるようなことは言うな」

「誰が讃えるかクソ気持ち悪ぃ」

 

 近属は深く同意して頷いた。実に全く気味が悪い。

 荼毘の腕と思考を激しく打ち据え、冬美たちを解放した一発の水弾──とっくに絶命していると思われたバックドラフトの、末期の人助け。あんな自己犠牲と自己陶酔を、世間はさぞ持ち上げるのだろうが。なんとも血(なまぐさ)い“正しさ”ではないか。

 

 

 ともあれ、まずは冬美を拐えなかったこと。

 これは荼毘にとって痛恨なのだろうが、近属にとってはそこまでではない。最善が『両名の拉致』なのは明白だが、『冬美だけ』よりは『冷だけ』の現状が遥かに勝る。エンデヴァー個人にも彼に依存し始めた世間にも、より大きなダメージを生むだろう。

 

 しかし情報面の失態は未だ腹に据えかねている。

 まだ知られたくはなかったことが少なくとも二つ漏れた。特に片方は極めて重い。

 

「ワープの瞬間を見られたのは実に痛い……」

「あんたの人形もな」

「貴様のせいだろうが!?」

「忘れてたら不味いから指摘してやってんだろ」

 

 本来ならば轟邸を脱出後、瀬古杜岳に入って一時的にでも追手を振り切り、その状態で泥に沈むはずだった。それならばワープ系“異能”を疑われても断定はされない。

 実際は──目撃者が多すぎてもはや隠蔽は不可能である。模造脳無事件とも間違いなく関連づけられるだろう。

 

「中心はあのポニテ、八百万とかいうガキか?」

「恐らくな。公安でインターンというのも聞かん話だが……」

 

 いずれにせよ想定外の連続だった。惣門に近付いただけで声をかけられたのはやはり危険信号だったのだ。この時点で近属は撤退を提案していた。荼毘はもちろん聞き入れなかったが。

 

「あの時点で退いてれば、とか言うなよな」

「アァン?……フン、過ぎたことだ。エンデヴァーの信用失墜は異能解放においても前進となる」

 

 門外の時点で近隣のヒーローに連絡が回り、すぐにバックドラフトが現れたこと。待ち伏せと捕縛の危険性。

 戦力面はともかく『仮に捕らえられた場合に秘密を守れるか』という点では全く荼毘を信頼できない近属は、慌てて人形たちに黒スーツ+サングラスという定番の──故に携帯させていた──扮装をさせ、公安の連絡要員を襲った。

 

 その時点での目的は『放置すると厄介そうなエリクシルを情報的に孤立させること』だったが、(後になってみれば)公安本部≒目良(めら)も別ルートで事態を把握していたようだから効果は薄かったのだろう。

 それでも離脱のために人形を近付けても警戒されにくかったのは公安職員を装っていたおかげだ。瓢箪から駒という話だが。

 

 

 

 また、恐らく推察されただろうことはもう一つ。

 

「[冷却器(ラジエータ)]についても知られたか」

「おい。人の大事な弟をパーツ呼ばわりしてんじゃねえぞ」

「お前も言っていただろうが」

「俺は良いんだよ家族なんだから」

「…………」

 

 狂っている。言葉にこそしなかったが、近属は迷わず断じた。

 

 ヒトの肉体から“()”の()部分だけを取り出し、歪な生存状態を維持するだけの人工的な代謝装置と共に(はこ)へ封じた狂気の産物──能幹筺(カートリッジ)。アレを“生存状態”と呼べるかは甚だ疑問だが、“異能”が発揮されるのは確かだ。【オーバーホール】による分解と再構成で()()()()()のは言うまでもない。

 冷却モジュールは荼毘の体内に埋め込まれ、酸素や栄養は彼の血液から得ているし、老廃物も彼の身体へ流して来る。それは間違いなく轟夏雄から造られたものだが──自らの素顔を使って(かどわ)かし、魔獣(ちさき)に委ねてあり方を歪め、更に家族を襲う道具として使役しておきながら同時に弟扱いするなど。どこを取ってもマトモではない。

 

 もっとも近属に言わせれば、“異能”が解放されていない世の中は大抵のものが狂っている。だから荼毘の有りようも、ただ狂っていると思うだけだ。

 それよりも気がかりなのは──

 

「貴様自身のことは? 妹にも聴かれたのではないか」

「気付いたにしちゃ迷いが無さすぎた。ありゃ必死すぎて頭にも耳にも入っちゃいねえよ」

「……まぁ、そのようには見えたが」

 

──荼毘の本名と正体について、だ。

 

 転移で逃れる直前に加えられたバックドラフトの一撃は、荼毘を大いに呆然とさせた。二人をどちらも取り逃がしてしまうと覚悟するだけの決定的な隙だったのだ。

 

 小さく「おかあ──」という音が口から漏れたのは意図せぬことで、冷が硬直したのも幸運でしかない。

 それが冬美にも聞かれていたらという懸念を、荼毘は重ねて否定する。

 

「それに……仮に冬ちゃんが気付いたとして。焦凍やクソ親父に伝えたとしても。連中が燈矢(オレ)のことを公表できるわけが無ぇ」

「ふむ。それは確かに」

 

 近属としてはそれで充分だった。

 彼の過去と正体はヒーロー社会を揺るがすに足る大きな力を秘めている。それを最高のタイミングで明かし、世間を踊らせてやれるならよしとしよう。

 

 

「では反省点としては、ぁー……“弟”に無理をさせ過ぎたこと位か?」

「それなぁ……夏くん()()だと俺の継戦時間を延ばすのが精一杯なんだよな、やっぱ。あの泡を凍らせたら“ぶっ壊れ”やがって、旦那に治してもらうまで“寝込んでた”」

 

 夏雄に対する不安定な扱いは狂気なのか諧謔なのか。きっと本人にも分かっていない。

 

「…………念押ししておくが、母親は()()能幹筺(カートリッジ)にするんじゃないぞ」

「ったりめーだろ。最低限ビデオメッセージは撮ってからじゃねーとよ」

「ならば良い。まずは身体を治すがいい」

「お、珍しいな。んじゃお言葉に甘えますか」

 

 



 

 

 それから近属はスケプティックとして異能解放軍の幹部会に向かった。

 そこではキュリオスからもトランペットからも想定通りに責められたが、全てを押し付けられる便利な存在が荼毘である。

 

「ヤツが急に襲撃を決めたからリークが直前になった──だが今回は八月の件と違い報道ヘリは間に合ったじゃないか。問題ないだろうキュリオス」

「あそこで事件が起こるって分かってて飛ばしたみたいになるでしょうが。情報工作の重要性なんて誰より知ってるくせに」

「知っているとも。その担当が貴様だということもな」

 

 その開き直りはもちろんキュリオスを納得させるものではない。しかしそれで構わなかった。

 

「粛清については何が問題だ? 情報提供者は貴様らが育てたわけでもなく、転がり込んできただけ。偽報を流した可能性が高いのだから始末は必須だろうに」

「…………」

 

 トランペットは肩を竦めただけで無言。一定の納得を示した。青山親子を始末したがるのも分かるし、やり方が合理的だとも認める。

 感情的には気に食わないの一言だが、そちらは今さらだ。

 

 これまでのスケプティックがそうであったから、今のスケプティックもこうで居られる。

 リ・デストロは違和感を抱いたようだが……この場では追及しない。

 

「……いずれにせよ事態は動いた。エンデヴァーへの信頼を突き崩すことには大いに意味がある」

 

 十一月(らいげつ)にはヒーロービルボードチャートの発表。頂点は引き続きオールマイトか、ついにエンデヴァー逆転かと注目度も例年以上に高い。

 このところオールマイトの事件解決数は目に見えて減っている。譲位の可能性は充分だ。

 

 ──もしその場で、妻を失った新たな象徴がすっかり腑抜けていたら?

 そもそも今のエンデヴァーへの信頼は妻が築き上げたものではなかったか?

 

 象徴の光が……いや、火勢が弱まれば犯罪は増える。ある程度は意図的に増やすこともできる。

 そうなれば。

 自衛の力を求める者。それに恐怖する者。何らかの機会を見出す者。ヒーローに怒りをぶつける者。

 あらゆる擾乱(じょうらん)は解放軍の利となるだろう。

 

「掻き立て煽り踊らせよう──解放の日は近い」

 

 額に掲げる解放()のサイン。

 この場に集った四人にとって、それが共通の理想であることは間違いない。




 青山両親については次々話にて。
 次話は事件を報道で知った側の視点から。
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