透に大きな怪我がなくて本当に良かった。
……ダメだなぁ、帰りを待つのってすごく苦手みたい。その場に行ってヴィランしばき倒して解決!ってできれば良いんだけど。
──あれ? そんな分かりやすい現場に立ち会った覚えが無いな……!?
■日曜日 朝
緑谷くんの栄養補給は欠かせないので曜日に関係なく病院に来ている。管を留置するとか色々試したけど上手くいかなくて、毎回例の脳筋ルーチンを繰り返してるのは歯痒い限りだ。
それでも休息は必要なので、繭の様子を見つつ待機するだけと決めた。新しく試すとかはしない……平日の間にやったことのデータ整理とか、ちょこちょこお仕事はしちゃうんだけど。
ダメダメ、せめて雑談でもしなきゃ。
「ちょっとお父さん。流石にこのメモは酷いんじゃない」
「ん?──あぁ、実際にやるわけないじゃないか」
「当ったり前でしょ」
なんなの、『超常の発動に必要最低限の器官とそれを維持する人工臓器のパッケージング』って。こんな殺すより酷いこと何食べたら考えつくの?
「【OFA】が“個性”を溜め込んで継承する仕組み、仮説の一つも思いつかないからダメ元でね……」
「人の手でやるならどうするかって? でもこれ、仮に倫理を捨てたって実現できないよね」
「そうなんだよなぁ」
喋りながらコーヒーを飲もうとするので、横から強奪してカフェインレスの苦いお茶と交換。いくら【先物代謝】があったって使い手がへろへろだったら『コーヒーによる胃の荒れ』とかまで先送りしちゃってヒドいことになるんだから。*
「仮に人体実験を厭わなくても……一卵性双生児が百組は犠牲になる」
「具体的な数出さないでよ怖いから。対照実験のためだろうけど」
「ごめんごめん」
言いたいことは分かっちゃうんだよなぁ。
何か新しいやり方を編み出す上での大きな壁は、『被験者の個人差』と『偶発的失敗/成功』。これらのせいで成功や失敗の原因が分かりづらくなる。
個人の体質に特徴があったのか、執刀者や作業者がたまたま失敗したのか、そもそもやり方が不味いのか?
その見分けだけでも大変な試行回数が要る。
「何か試した人を、ぱっと
「え」
「ごめん、現実逃避だったね。無いものねだりをしても仕方が──マーサさんが来てくれたみたいだ、暫く頼むね」
……愛妻成分不足で闇が濃いめのお父さんは霙理ちゃんの“個性”を知らないはず。
だけど──かつて彼女を監禁してた死穢八斎會の資料にあった恐ろしい“個性”、【オーバーホール】。あれと【巻戻し】が揃ってたら……?
ま、まさか、ね。お父さんみたいに常識や良識を脱ぎ着できる人はそんなに多くないし。
嫌な想像を頭から追い出そうと苦労する──その必要は全然無かった。
テレビから轟邸でのニュースが飛び込んできたから。
……百、百は無事なの……?
幸いすぐにメッセージが来た。
あっはい。大人しくしてます。
──と、私は良い子(笑)なのでこうなったけれど、被身子は何かがピンと来ちゃったらしい。あの勘働きって理屈としては繋がってない(断定できる根拠は無い)決めつけだから、私や百にはついて行きにくいんだけど、青山さん達が危ないと思ったようで。
百からのメッセージの後、被身子から長文のメールが届いた。
パニックを起こしかけた私は悪くないと思う。
メールを受け取ってすぐ、申し訳ないけどお父さんに繭の番を代わってもらった……ものの、正直言って途方に暮れてしまう。
被身子は軽くお願いしてくれたけど、それを嬉しくも思うけれど、『焼け跡から五人の生存者を救出』を『焼け跡から四人分の遺体を発見』に誤魔化せって話よ? ハードル高いんだわ。
とりあえず青山くん(一家)絡みだから百に連絡したら、公安本部がよしなに巻き取ってくれて助かった。国家権力ってステキ。
(……微妙に後が怖いけど、今考えることではない)
私もじっとしてられず現場へ行っちゃって……でもその場では何にも分からず(分かっちゃ困る)百経由で搬送先を聞くなんて無駄な動きもしつつ病院につくと──被身子は手術中だった。
背中の広い範囲に大火傷、他にも骨折やら打撲やら。
扉の前で被身子のご両親と一緒に祈るしかない。お父さんには悪いけど大学病院に戻るのも今は無理。
ともすれば暴れ出しそうな被身子のお母様をゆるく抱擁する。
彼女は何度も「どうして」と呟き、その度に首を横に振るような仕草を見せた。刺激しないようにゆっくりと言葉を選ぶ。
「…………私も、その。正直言って驚いたんです。被身子が知らない人のために身体を張ったって聞いて」
微妙に心外そうなお父様と違い、お母様は小さくうんうんと頷いた。
かつての被身子を知っていれば信じられない変化で、とってもヒーローらしくて、でもいまいち喜べない。
だからって身を削った人助けを
「被身子は……逃げ遅れたんじゃなく分かってて炎に飲まれたみたいなんです。だから早めに助け出してってメールが来ました」
この点、私は被身子の期待に応えられていないので──応えたのは百と公安──、多少責められたのは仕方がない。
そりゃお二人からすれば『知ってたなら(焼かれる前に)救け出して欲しい』と思うだろう。怒るのも当たり前だし、なぜそうしなかったのかという批難は信頼の裏返し。
でもメールが送られたのは崩落の直前だったし、恐らく時間稼ぎのために被身子は火事の現場を具体的に書かなかった。全く、悪知恵ばっかり働くんだから。
ともあれ私の悪知恵も功を奏し、一度は感情的になったお母様が少し落ち着きを取り戻す。
「……ごめんなさい」
「いいえ。私も、罪悪感が強くて」
「カリナさんのせいじゃ」
「まぁ最終的には放火魔のせいですけどね」
そんなことを
普段通りって大事。私が落ち着いてなきゃ相手も落ち着けない。
「そのメール、読ませてもらうことは」
「んー…………被身子って普段からあんまりメールしませんよね」
「ええ、カリナさん達とも?」
「はい。顔を合わせてても言葉じゃもどかしそうですから、文字だと余計に伝えにくいみたいで。こんな長文は初めてですし、あちこちに飛ぶ文面なので意味不明かも……」
炎の中から送られたメールはかなり誤字脱字が多い。それもあってご両親に直接は見せにくいけど、内容はお伝えしておこう。
私なりの解釈であることはきちんと前置きしてから。。
「現場は〈
目を見開くご両親。
「それ……は……」
「被身子はきっと言葉にしないか出来ないでしょうけど。ご両親には感謝してるんじゃ──あ、なんかこの言い方って縁起悪いですかね?」
「ふ、ふふ。そうね、なんだか不吉だわ」
それからすぐに手術室から医師が出てきた。家族でもない私は遠慮するつもりだったけど、お母様が引っ張り込んでくれて……簡単にまとめれば、背中に広範囲の火傷が残る以外はほぼ問題なさそうだと。
それはつまり、時間をかければ百が治しうる傷というお話だった。
■同日 午後
もっとずっと悪いことも心配してたから、被身子の容態にはむしろホッとした面もある。あったはず。
でも警察の人に伴われた青山くんの真っ白な顔を見たらそんな安堵が吹っ飛んでしまった。
百から聞いた流れだと、彼はこれからご両親の無事を知らされる。
喜ばしいことだ。青山くんも、分かんないけど多分喜ぶのだろう。
それが腹立たしく感じられて。許せなく思えて。
手術室の前では堪えきった独善的な激情を、彼にはぶつけてしまいそう。だから病室には入らないことにした。
「盗み聞きとかされたら困りますし、ね」
感情的な自分を誤魔化すための独り言。
それを聞かれてしまった。
「その辺は小官が防ぎますが」
「あ、すみません今のは……言い訳みたいなもので。警察の方を信用してないとかでは」
ぺこぺこ頭を下げて、ぴたりと閉めたドアの外に並んで立つ。警官さんは静かな人で、室内の話し声は微かに聴こえてきた。
……青山くんが特別に悪いとは思わない。きっと反省も後悔もしている。だから私の怒りは全く理不尽で、ほとんど八つ当たりだ。
メキリ、と。
気付いたら拳を握り締め過ぎて骨が砕けていた。もちろん怪我自体はすぐに直したけど、中にも聴こえたみたいで百から叱られてしまう。
こんな失敗は滅多にないことで、自分に落ち着け落ち着けと言い聞かせて──でもそんな様子は多分(よく誤解されるように)冷静沈着に見えたのだろう。
客観的には『日常的に自傷して痛がる素振りも見せない子供』なわけで、隣の警官さんはドン引きしつつも放っておけないと思ったらしい。
私の前にしゃがみ込んで、頭を差し出してきた。……なんで?
「普段は断りますが特別です。頭でも耳でも撫でて構いませんよ」
「え、いえ、ご遠慮します……?」
「猫はお嫌いでしたか」
「
「おや」
玉川と名乗った警官さんは確かに首から上が猫だし、小さなお子さんとかを怖がらせない意味での効果は抜群だろうけど。
「私こんな見た目ですが高校生ですよ」
「知っていますが、アニマルセラピーは年齢を問わないでしょう?」
「玉川さんは猫じゃありません」
「ふむ」
頷きながら立ち上がって、彼は何やら私を褒め始める。見た目で差別しないのは良いことだとか、流石は博士の娘さんだとか。
普段ならお礼と愛想笑いで流してたけど、今は微妙に虫の居所が悪い。
「いや、今言いたいのは『人間です』よりも『猫じゃない』ですから」
「……似たようなものでは?」
「猫好き過激派に言ったら怒られますよ。それに言葉が通じる『ヒト』を触ってもアニマルセラピー効果はあんまり」
「あぁ。思い上がるな、と」
「乱暴に言えばそうです」
随分トゲトゲした言葉を投げかけてしまった。
──後から思えば、きっと優しくあやしてくれたんだ。改めて御礼言っとかないとなぁ。
思いついたことがあるのでお父さんに電話して、親子でしか通じない淫語隠語でその有効性について確かめた。よし。
軽くノックして病室に入らせてもらう。
「罰が軽すぎると言うがな、青山。実際には生きている両親を死んだと偽り、しばらくは交流も断ち、仲間にも嘘を
「楽とか辛いとかじゃなくて、それは僕と両親のためでしょう? 仮に承服しなければ困るのは僕らの側だ」
中では丁度彼への
「……受け入れておけば良かったものを。悪い顔したバカが来たぞ」
「私の扱い酷くないです?」
なんてこと言うんだこの担任教師。こんなにフレンドリーな笑顔なのに。
「青山くん」
「ごめんなさい」
「私に謝る理由は無いでしょ?」
お、怯えてるぅ。無理もない気はするので追及はしない。
それより今後の話だ。
「強制じゃないですが、強制と感じても構いません。ひとつ奉仕活動をお願いしたくて」
「……うん。出来ることなら」
「青山さん、きちんと内容を訊いておきませんと酷い目に遭いますわよ」
「百さん???」
なんで私が悪者なのかなぁ! 説明はちゃんとするってば!
「『個性
「……コセイシッカイ*検査?」
初耳という反応を示したのは青山くんだけではなく、刑事の塚内さんもだった。
無理もないよ、ごく少数の経験者と専門家以外は自分から詳しく調べなきゃ知る機会が無いし。
「例えばアイスエイジ──ううん、砂藤くんがいいかな。
個性診断で彼の【シュガードープ】を探るとしましょう」
“個性”を自覚してない子供向けの個性診断。
血液とかの色んな検査で超常器官の当たりをつけ、それが胃であれば色んなものを食べてもらって発動条件を探る。
「キムチ鍋で発動ナシ、アイスクリームで発動アリだとして、それだけだと温度がキーかも知れません。そこで熱々のお汁粉を食べてもらう──そんな試行錯誤を通して、お汁粉もアリなら『甘味の摂取が発動条件』みたいな診断を下すわけです」
ここまでが普通の個性診断。青山くんも特に疑問は無いはずだ。
「人工甘味料はどうかとか、担当さんによっては甘味の種類も──果糖とブドウ糖で差があるか、とか──調べるかも知れませんが。
でも甘いものが条件と分かったら
辛いもの一つ取っても、唐辛子と山葵じゃ辛味成分は全然違う。キムチで発動しなくても山葵漬なら発動する、かも。
あるいはキムチ鍋でも量次第で発動できる、かも。
何が秘められているか、確かなことは試さないと言い切れない。
しかし刑事さんは怪訝そうだ。
「そんなことあるのかい? 素人からは無駄にも感じられるけど」
「ほとんどの場合は無駄なのでやりません。でもそこまでしないと見誤る“個性”もたまぁーに……そこそこあるんですよ」
常識ってやつは多くの場合で正しいけど、時には邪魔な思い込みだ。
「A組でいったら轟くんとかそうでしょ。
仮に彼が記憶喪失とかで“個性”の使い方も忘れて、彼の血筋や【半冷半燃】を誰も知らない状態で個性診断を受けたとして。
そしたら【冷却】か【燃焼】、先に確認された方で診断書が出ちゃうかも知れません。両方なんて低い可能性は
「なるほど……珍しいケースのために思い込みを捨てて、何もかも調べ尽くす検査というわけだね」
刑事さんに頷き返して視線を戻す……と、青山くんはひどく苦い顔をしていた。
うん、ご想像の通りだと思うよ。痛くも辛くもないけどひっどく面倒だから。
少し前に受けた
彼が悉皆検査を受けた経緯には若干のお仕置き成分があるけれど、内容的には既定の検査項目を漏らさず全部やっただけで、苦しめる意図で行われた検査なんか無い。当たり前だけど。
「苦行と受け止めるのも無理はないと思いますよ。刑事さんが仰ったように、大部分を無駄と感じるでしょうから」
「そう感じられるだけで無駄ではないんだよね……?」
「もちろん。学問の発展のため、まだ見ぬ未来のため──まぁいつどんな風に役立つかは分かりませんし、そんな日は来ないかも知れませんが。科学ってそんなもんなので」
青山くんが頷けば、相澤先生からも特に反対意見は無かった。
──ここに校長先生がいたら『他には?』って訊かれそうだけど、やっぱアレは【ハイスペック】がおかしいんだよ。
青山くんに──正確には『【AFO】で“個性”を与えられた人』に──悉皆検査を受けてもらうことで、具体的な誰かを救おうとしてるなんて可能性は普通出てこないもんね。
緑谷くんのこと、ちょっと行き詰まりを感じ始めてるので。
何らかの突破口になると良いんだけどなぁ。