【完結】愛慾のヒーローもどき   作:土屋 四方

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※激しく独自設定※


死柄木与一も贄の羊の夢を見るか

 お茶子との訓練で無力さを痛感した緑谷は、自身と“個性”との関係を顚倒(てんとう)させた。

 これは『考えるのをやめた』とか『制御を捨てた全開ぶっぱをお茶子に向けた』といった行いとは全く異なる。

 何故なら“個性”は身体機能。『自分を“個性”に明け渡す』としたら心だけでは意味が無い。()()()()“個性”に譲らなければ。

 

 もし仮に──

 【OFA】に意思や心のようなものが存在しなければ。

 緑谷出久の肉体は、目的も合理性もなく“個性”を乱れ撃ちにする肉塊に成り果てただろう。

 

 【OFA】が邪悪な意思を秘めていたら。

 その意思が彼の身体を乗っ取り、周りからは人が変わったように見えることだろう。

 

 実際にはどちらでもなく、【OFA】は正義の心から生まれたもの。巨悪に抗う心が継いできたもの。

 死柄木与一は──あるいはその遺志は──何が行われたかも把握しきれないまま、咄嗟に『緑谷出久の人格・精神(こころ)を保護すること』に全霊を傾けていた。

 

 その結果、九代目の肉体は、

 目的も合理性もなく“個性”を乱れ撃ちにする肉塊のように、周りからは見えているわけだが。

 

 


 

 

 はじめまして、なんて挨拶もそこそこに。

 

 突然の“初代”との面会で泡を食う緑谷に、与一は事情聴取を始めた。

 まずは緑谷出久としての記憶の確認。九月末までにしてきたこと。それらにはっきり答えられたので、いよいよ当日のことについて。

 

 今代が何をした結果()()なっているのか、初代にはまるで分かっていない。まずは事態を把握しなければ。

 ……気分的には説教にも近いが。

 

「つまり君は、自分が【OFA】を持っていることは世の中のマイナスだと考えたのかな」

「そう……なんだと思います。必死すぎてその時は言葉になりませんでしたけど」

「はっきり言わせてもらおう。買い被りだよ。過大評価だ」

「え…………」

 

 この聖火の始まり、与一の兄だった巨悪は斃れた。使命(オリジン)は既に達成済み。

 『平和の象徴』を継ぐにしても、世間はまず【OFA】のことを知らないのだから次代が同じ力を備えている必要も無い。

 

「確かに大きな力だし、ヴィランに渡らないようにという注意は要る。だけど君は──言いにくいけど、人類の宝?ぐらいに思っていないかい」

「……思って、ますね……」

「そんなに大層なものじゃないさ。消え(どき)を失った亡霊みたいなものだし、十代目は居ない方が良いのかも知れない」

「っ!?」

 

 緑谷は──緑谷の精神体らしきものは絶句し息を呑む。しかし与一は取り合わない。

 

「今【OFA】の評価は比較的どうでもいい。考えるべきは身体と心を君に返すことだ」

 

 それが最優先目標。何を訴えられても与一はこれを堅持する。絶対に。

 

 

 

 実のところ与一の主観では、目の前の(イメージ)が本当に緑谷の精神だとすら言い切れない。こんなことは初めて試みたし、落ち着いて対処できたとも言えないからだ。

 『心や記憶の一部を欠いた断片』という可能性は大いにある。もっと悪いパターンでは『与一が認識している緑谷出久像』を繰り返(リフレイン)しているだけかも知れない──。

 

 確かめようも無い話なので、与一はそれを緑谷として扱うが。

 

 

「まず現状共有だ。君にはここがどんな風に見えてる? 僕が盲目だと思って詳しく説明してもらえるかな」

「え、っと……椅子が八つある他は殺風景な部屋、です。金属のドアが一つだけ、窓はなし。壁も天井もコンクリそのままで、壁紙も内装もなくて……息苦しい、感じがします」

 

 まるで箱の内側に閉じ込められているような。唯一の出入り口は頑丈そうなものの冷たく拒絶的で、開放感や温かみは皆無である。

 

「精神的なものだけどね。

 八つの椅子はどういう状態かな」

「貴方が座っているもの以外は()()です」

「ありがとう、同じものが視えてるみたいで良かった。

 これらの座に()()()のは【OFA】の歴代継承者が高め溜め込んできた力。厳密にはそれを視覚化したイメージ、なのかな」

 

 その言葉に緑谷は視線を左右に振った。どちらかの端がオールマイトの席だと考えたからだが、いずれにせよ空席である。

 

「えっと……僕には状況が良く分からなくて」

 

 正確なところは与一も分かっていないが。それでも今代とは違う視点で語れるだろう。

 

「君がやったことは『継承』に近い。八木くんが君に渡したように、君は【OFA】を手放そうとした。

 だけどこれまでこんな風になったことは無い。僕の主観ではまるで天変地異だったんだよ。

 さっきの答えからすると、君はよほどの人物しか相応しくないとでも考えてるんだろう──推測するに、無意識下で【OFA(ぼく)】に【OFA(ちから)】を返そうとした、とか?」

「そ……ういうことになるん、でしょうか。僕はこれまで、【OFA(こせい)】に貴方の──貴方たちの? 人格が眠っているなんて知りませんでしたけど」

 

 真実を知らずとも、緑谷が自らを投げ渡した相手は与一に他ならない。

 

「うーん……うん。君に知らないことがあるのは良くないな。【OFA】のことは全部知ってもらおう」

「いいんですか! 是非!」

「興味を持つのは良いけど目的を見失わないように。君は【OFA】のファンじゃないし、イコールでもない。

 今は“君の力”なんだからね」

 

 


 

 

 現在の死柄木与一は【OFA】の中で生前に近い意識や思考のレベルを保っている。

 しかし最初からそうだったわけではない。特に二代目・三代目の中にいた記憶は朧げだ。

 はっきりしてきたのは四代目から。

 

「四ノ森避影くん、“個性”【危機感知】。彼は力を鍛えることに専念して、初めて十年以上の長期間【OFA】を所持し続けた。

 僕が目覚めたのはその頃だ。今よりはずっとぼんやりとしていたけれど」

 

 悪を斃せという怒りは胸を灼いていた。自分(しょだい)の死後に二人が経験した苦難も……細部はともかく、爆熱だけは癒えない火傷のよう。

 だがそれだけだ。【変速】や【発勁】を使い得るなど発想も兆候も無かった。

 目覚めたといっても意識は淡く、怒りと焦りに激していただけだから。一向に動かない継承者(しのもり)に当時は憤懣やる方ない思いだったのに、彼は淡々と仙人じみた修行生活を通したくらい、与一からは何の干渉もできなかったから。

 

「次の転機が八代目──君も良く知るオールマイトだ。歴代最長の保持者にあたる。

 彼の間に少しずつ拡がって、ここはこんな風になった。それまでは僕の意識だけぽつんと浮かんでいたのが、七代目までの場所が生まれたんだ」

「それじゃ、歴代の方たちと話せたり?」

「いや。在ったのは光の玉というか……熱と力の塊とでも言うのかな。色や形は六つとも同じだったし、意思も感情も“個性”も、全く感じられなかったよ」

 

 八代目の時点でもやはり同様に。

 歴代継承者の記憶や情熱ははっきり覚えているが、各人の個性(せいかく)や“個性(ちから)”まで在ると感じたことはない。

 

 それが変わったのは今代になってから。

 八代目の席が増えることは予想できたし、そこに収まる力がそれまでとは──“個性”を持つ継承者とは毛色が違うのも不思議は無い。

 が、それに留まらず七代目以前のそれぞれにも差異が現れた。未だに理屈は不明のまま。

 

「それでも言葉を交わしたことはない。座にあったのは色の違う光の玉で、僕が何か呟いたら首肯くみたいに光が明滅したことならあるけど……言葉に反応したのかもはっきりしないしね」

「それって……ブツブツブツブツ……」

「考察は後にしてまずは聞いてくれるかな」

 

 傾聴を促してからようやく本題に至る。直近の、緑谷が起こした“天変地異”についてだ。

 

「君からの『継承』、いや『返還』? その結果この空間は爆発的に拡がったんだ。時間もかけず一気に、見通せないほど彼方まで。

 そのせいか酷く脆くてね。『このままだと全体が崩壊する』『そうなれば九代目は死ぬ』と直感した。たぶん歴代のみんなも。

 で、その崩壊を止めるべく出て行ってしまった──んじゃないかなぁ」

 

 曖昧な語尾に「多分」とまで付け加えた。緑谷は反応に困りつつ、とりあえず視線を巡らせる。

 

「でもここは、そんなに広くないような」

「僕が閉じている。一応安全だけど、代わりに外の状況は分からない……そうだな、少しだけ体験してみようか」

 

 言いながら与一は、空間に唯一あるドアへと緑谷を手招く。「一瞬だけだからね」と念押しして垣間見た“外”は……まるで世紀末。

 

 街中を闊歩するヴィラン達にヒーローを恐れる気配はなく、逃げ惑う一般市民もそのほとんどが武装している。

 そのどちらも地肌にレザー、プロテクター、銃弾あたりは標準装備。棘々(スパイク)、スキンヘッド、モヒカンの割合も奇妙に高い。

 

 緑谷の知らない、しかしどうやら日本の光景だった。与一はすぐに扉を閉める。

 

「今のは……?」

「万縄くん──五代目の心象が反映された領域(エリア)みたいだね。

 扉の中(ここ)は安全地帯なんだ、君を保護するための」

 

 尤も、引きこもっている限り与一にも状況が分からない。緑谷の中のことも外のことも。

 

「僕だけじゃなく、恐らく皆も君を護ろうとはしている。

 でもきっと四代目の頃の僕みたいに、はっきりした意識は無いんだ。言い方は悪いけど動物か幼児みたいに、危機感だけで動いてる」

 

 与一にとっても不確かな憶測だらけだが、ここまでは比較的自信がある。彼らが今代を──何らかの過ちでなら有り得ても──意図して害するわけがないと断言できるから。

 また、もし歴代の意識が清明なら自分(よいち)を放置するとは考えにくいから。

 

『……いや、あの二人は良い機会だとか言ってスパルタを施す可能性も……?』

 

 信頼の深さ故に懸念材料が増えてしまった。思いついてみると寧ろ彼らは“夢現でもやりそう”という印象が強い。

 生前の与一の病弱さを深く憂いながら、比喩抜きに血反吐を吐くまで鍛えてくれて──血反吐くらいじゃ続行だったわけだし。

 

「……それと、時代や性格で“護る”の意味は全然違う。だからみんなバラバラに動いていて……現実の君の身体は、意味不明な暴走状態に見えてるだろうね」

「!? そんな、麗日さんや相澤先生は!?」

 

 これまでで最も大きな反応を示したのが、自身ではなく他人の安否。

 与一は溜め息を押し殺し、同情心を黙らせて突き離す。

 

「分からない」

 

 本当のことだ。

 与一は『返還』の瞬間から外部を全く認識していない。

 

「知りたければ君が目覚めるしかない」

 

 こちらは少々の誤魔化し。

 外の状況を知りたいだけなら他の方策もあるにはあるのだから。

 与一はそれについて口を(とざ)した。なのに緑谷は言い当てる。親を──【OFA】の歴々がほとんど縁の無かった『あたたかな家族』を──(ないがし)ろにする方策とも思い至れずに。

 

「目覚めるのは初代でも──ヒッ

()()目覚めるんだ。あの素晴らしいご母堂を悲しませたいのかい」

「ごごごごめんなさい!?」

 

 今の言葉、『初代が再誕できる可能性』が少年の推測によるものなのか、それともこの奇妙な状況における()心伝心なのか、与一にも分からない。

 故にこそ、防衛本能のままバラバラに対処しようとする力を再結集して身体を(同時に“個性”を)統合する過程を、与一は傍観するつもりだ。手を貸さず九代目に任せる。

 手を貸せば乗っ取ってしまうかも知れない──もしくは手を貸さずとも既に?

 

 目論見通りに歴代を宥め、落ち着かせ、それだけでは納得しなさそうな約二名を実力で黙らせることに成功したとして──その結果、現実世界に復帰するのが緑与(みどりよ) 一久(いっく)とでも呼ぶべき混じり者では余りに報われない。救われない。

 少年も、母親も。先代も……初代も。

 

「今投げ出して何になる?

 僕らがとうに死に、八木くんが君を選んだ過去は変わらない。そして今の【OFA】は君の力で、()()()()()()

「なっ、で、も──」

「目覚めた後なら誰かに委ねるのも君の判断だよ。こうして言葉を交わしてること自体、死者がすべきではない干渉だと思う」

「…………」

 

 あえて責任を被せてやると、緑谷の表情が大きく歪んだ。

 与一は懸念を深める。“誰かに委ねる”行為には多大な問題があるが、そのことはまだ伝えていないはず。

 

『……四ノ森くんの死因を知ってる……のか? やはり記憶なり魂なりが既に混ざっている……?』

 

 じっと、お互い瞳の奥を観察する。

 与一には九代目の考えが良く分からなかった。彼の表情は一旦哀しみに曇ったもののすぐに和らぎ、(初代ではなく)自身が目覚めることに意欲を見せたからだ。

 

 となれば──疑問も懸念も多々あるが──話し込んでばかりもいられない。現実世界でどれだけの時間が流れているか分からないが、それが短いに越したことはないのだから。

 

 

「じゃあまずは万縄くんエリアの攻略だ。恐らく難易度は他に比べて高くない──あ、彼や【黒鞭】が弱いってわけじゃないから油断はしないように」

「弱くはないのに難しくない……優しい方ってことですか?」

「確かに優しいけど理由は違う。性格とかよりも反射や防衛本能の話だから」

「……あの、それだとまるで『脇が甘い人』みたいな……」

そうだよ

「えぇ!?」

「ああいや、前後(四と六)が極端だったのかな……?」

 

 




 

 現実世界において、顚倒から一週間ほどが経った日曜日──被身子のメールで泡を食って飛び出したカリナが、夜になって戻ってみると。

 

 “繭”の防衛反応がはっきりと変化していた。触れた者を攻撃するようなことがなくなり、水や食べ物を押し当てればしばらく探った後に受け入れるようになったのだ。

 これなら誰でも水分と栄養を与えられ、食事当番は脳筋カリナでなくとも良い。

 

 ──ただ、当然ながら変化の理由はさっぱりなので太郎の悩みが深まりもしたのだが。

 




 

 

 目標を一つクリアしたものの、死柄木与一は先行きが不安でならなかった。緑谷出久も顔色が悪い。

 不本意ながら与一が手を貸さねば、永遠に進めなかったからだ。

 

 万縄の防衛意識のコアは鎧のように【黒鞭】をまとった男性。外見は本人よりも四ノ森に似ていた。『堅守・安全といえばこの人』というイメージなのだろう。

 緑谷とて軽々に諦めたわけではない。しかしあらゆる攻撃が、クリーンヒットしてもなお一切ノーダメージだったのだ。

 相手は確かに頑健だったが、主因はそちらではない。

 

「君は随分と徹底して『返還』したんだねぇ……」

「自分でそうした自覚は薄いんですが……」

 

 今の緑谷(精神体)は【OFA】を手放した状態。つまり超パワーを失っている──完全に。残り火の一欠片もなく。

 『身体を鍛えただけの無個性』と同義だ。

 

 唯一の幸いは、ここが精神世界で物理的には死なないらしいこと。また常人なら心が折れるか発狂しかねない痛みにも緑谷は異常な耐性を示したこと。

 彼は愚直に再挑戦(リトライ)を続けた。いわゆるゾンビアタックである。それでも単独攻略はできなかったわけで、溜め息もつきたくなる。

 

 二人で肩を落としていた。

 その有り様がよほど情けなかったのだろうか。与一が回収してきた黒い力の塊が、『やれやれ世話が焼ける』とでも言いたげに緑谷に激突──もとい、吸い込まれていく。

 そして少年の腕から現れる、見た目は弱々しくも確かな力を秘めた数本の鞭。

 

「これ、は!?」

「万縄くん……」

 

 これを繰り返すのが正しいことなのか、誰にも分からない。それでも二人は進んでいく。

 

 母のためか。自らのためか。終わりのためか。

 回帰のように。試練のように。弔いのように。

 




 轟邸が襲撃された日曜日前後のことをひたすら書いてきましたが、次話からは作中の日付が進みます。

 が、次回更新までしばらく書き溜めタイムを頂きます。悪しからずご了承ください。


■こぼれ話
 活動報告に供養&愚痴をあげています。本編には関係しませんがご興味があれば。→【愛慾】〜120話 こぼれ話

■時系列補足
 107話の時系列、伏字部分にちょこちょこと追記をしています。以後このテーブルが更新されることは(誤字脱字を除き)ありません。
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