火曜日。
一段落ついてみれば緑谷くんのお世話という秘密ミッションで学校を休んだのはほぼ一週間で済んだ。それでもクラスに来るのは久しぶり。
教室にいた皆は口々に歓迎してくれるけど、覚えてるよりはどうしても静かで、ちょっと寂しくは感じてしまう。
「あー、インターンで人が欠けてるんですね」
「そうそう、みんなさくっと行き先決めてさ」
「カリナっちと緑谷の休学も重なって、偶然だけど一気に人減ったよね〜」
響香と三奈に挟まれるのもなんだか新鮮。普段はもうちょっと距離がある二人の香りに惑わされないよう、私は改めて視線を巡らせた。
「緑谷くんはまだお休みなんですね……。それに百以外の合格者組と、あと轟くんが補講ですっけ」
百はインターン先が特殊過ぎるので通学しながらやってるけど、他の七人(被身子・透・お茶子・梅雨ちゃん・天哉くん・常闇くん・障子くん)はそんなの無理なのでお休み中。
プラス緑谷くんと轟くんが居ないので私が戻っても九人欠けてて……更に──、
「それに昨日は青山も──いや、インフルとか言ってたから今日も休みか?」
「ありゃ、十月からインフルエンザですか」
──青山くんも取り調べやら情報工作やらで数日は来られない、と。切島くんの言葉には全力ですっとぼけておいた。私は何も知らない。
「じゃあ十人も欠けてるんですか。静かに感じるわけですね」
そうまとめると、響香たちが奇妙な笑みを浮かべただけでなく何人か吹き出した。あれ、なんか変なこと言ったかな。えぇと、今笑ったのは。
「上鳴くん、瀬呂くん?」
「悪ぃ悪ぃ、兵怜ちゃんを笑ったわけじゃなくてさ」
「そうそう、居ないのにカウント外のアホが哀れでよ」
「?……え、流石に居ないのは気付いてますよ。まだ登校してないだけかと」
応えながら時計を見ると、ホームルーム三分前。確かに普段なら来てるはずの時間だ。なのに彼はここにいない。
「記憶違いかな、仮免受かったの九人ですっけ」
「八人で間違いねえよ」
「じゃあ病気とか怪我?」
「そういう心配もないです」
不愉快そうな爆豪とおずおずした口田くんさえ、同時にどことなくニヤニヤしてる妙な顔はなんなんだ。インターンでも病気でも怪我でもない? となると残る可能性は──
「まさかとうとう逮捕されました!?」
──ぐらいしか思いつかない。
笑いを取る気なんか無かったんだけど、これは爆笑されてしまった。
いや、だって予想つかないでしょ。轟くんと並んで仮免補講を認められたのが
お昼休み。私と百は日当たりの良いベンチでお弁当を広げている。
こういう人目に付くところで*イチャついてるからモテモテとか呼ばれてたんだろうな……まぁやめないけど。
それに夏休み前から呼ばれてたみたいだから、ぼちぼち七十五日──
「ん!」
「お、モテモテ様じゃん。丁度いい」
「モテモテ様〜! お願いしますノコ!」
「モテモテ様……と、お呼びしても?」
──経ってるんですけどねえ!?
通りかかったのはB組女子、小大さん取蔭さん小森さん塩崎さんの四人。
「なんか様付けに
「では兵怜様と」
「様は外れないんです?」
そんな会話の間にすっかり取り囲まれていた。いや、ズズイッと距離を詰めて来たのは取蔭さん以外の三人か。
……百、今ちょっと離れた?
「えぇと、何か私に頼みたいとか」
「んっ」
「噂のエロティックパワーで!」
「どうか罰と愛を賜りたいのです」
三人が続けて頼んできた、と思いきや。
「んーん」「愛とかどうでもいいノコ」
「待って待ってお三方」
同じ頼み事じゃないんかい。
小大さんは小森さんの袖つまんでるから、二人は同じ目的なのかな?
塩崎さんは愛が欲しいってなんでそんなブリキのロボットみたいな──え、さっき罰って言った? 何の?
いずれにしても、とりあえずさ。
合宿では話さなかったはずのことまでB組女子に知られてるっぽいですね?
「百さーん」
「ひゃいっ!」
ベンチの端っこで震え上がる容疑者。そんな小動物みたいな反応しなくても。
「OK、漏らしたのは百だけどわざとじゃないのね?」
「は、はいっ」
「熟年夫婦かっつーの」
「伝わるでしょコレは」
取蔭さんには誂われたけど百のポンコツはチャームポイントなので良いんだよ。とはいえ自分から吹聴するとも思えず、誰かに訊かれたってことなんだろうけど。
「八百万さんに落ち度はありません。全ては我が罪、鞭打たれるべきは私なのです」
お、おう?
塩崎さんの口調はクセが強くて少し戸惑ったけど、要は合宿最後の夜に見聞きしたものがずっと気になっているのだと。私たち五人が唾液や体温を──服は脱いでない──交換するさまが、なんだか尊いものに見えたのだと。
……気の迷いじゃないかなぁ。
私には訊きづらかったらしく、休学は良い機会だったわけだ。だけど意を決して声をかけたのは先週の金曜──被身子たちもインターンに入った後──のことで、塩崎さんの問いに答えたのは百だけだった。
他に誰かいればこうはなってなかったはずなのにね。
「
「そうそう、そんな感じ。話題はセックスなのに二人して大真面目に話し込んでるの面白くってさ」
「取蔭さんは脱線してるって分かってたんでしょ」
「なんのことかなー」
その話の流れで塩崎さんが『無償の愛』みたいな問いを投げて……百は生真面目に答えたのだ。『いいえ、見返りはありますよ』と。
私や被身子なら快感とか健康とか堂々と答えて終わらせたけど、この感じだと“技能”の話もしたんだね。
「とりあえず百は顔あげて。塩崎さんも罰とかないですよ。そこまで隠してたわけでなし」
「そうなのですか?」
「え、マジ?」「んん?」「ノコ?」
「あんまり広められたら嫌ですけど、まぁ別に」
これについては昔と考え方が変わったところ。百を気遣っての嘘とかではない。だから申し訳無さそうにしつつ謝ってこないんだしね。
「中学の頃はね、“技能”なんておかしなものは隠さなきゃって思ってました。でも雄英に来てみれば使えるものは使い倒さなきゃやってらんないし──」
理由その一、誤魔化してなんかいられない。B組の四人もうんうんと頷いた。
〔
「──それに皆さん、案外聞いてくれますしね。超常生理学の……父の仕事に絡む知識はマイナーなので、伝え広めることにも意義を感じますし」
理由その二は……例えば透の件。
私やお父さんが思ってた以上に世間は、雄英の教師でさえ、超常生理学のことを知らない。仕方のない面もあるけど、危なっかしいなーとも思うわけで(『伝え広める』の辺りで塩崎さんが何やら感涙しててかなり戸惑ったけど)。
ともかく“技能”という実例は興味を惹くフックになりうる。
「最後に。“技能”目当てで私の身体を求めてくる人がいたとして──」
「「っ」」
小大さんと小森さんがビクリと肩を震わせた。うん、やっぱ用件ってそういうことだよね。
……タイミング的に仮免試験に落ちたとかが原因かな。焦る気持ちは分からなくもないけれど。
「私が嫌なら普通に断りますし、ね?」
にっこりと笑顔で威圧する。
誓って言うけれど、これは事実上お断りのつもりだったんだよ。それを百ったら酷い解釈をしてくれちゃって。
「カリナさん、それでは『“技能”が欲しければ自分に媚びろ』に近いですわよ」
「そんなつもりはないけど!?」
ところが小大さん達は私のリアクションにこそ驚いたらしい。百が言ったように取られちゃったようだ。だからモテモテ様とかいう語感が悪すぎるんだって……。
「誤解させたのはごめんなさい。でも私だってそちらと同じで、好きでもない相手に身体を預けるのは抵抗ありますからね?」
「絶対イヤとは言わないんだ?」
「深刻な必要性があって他にどうしようもなければ……かつ一度限りとかなら。もしかしたら」
取蔭さんの問いには慎重に答えた。
さすがにね、【先物代謝】の件はトップシークレットだよ!
何やら小大さんがセクシーポーズ的なものを取ったり(『モテモテ様は色狂いだって評判だから』って通訳は流石に誇張だよね?)小森さんが自分の身体つきを嘆いたりし始めたけど──
「小森さんは自信持って欲しいです。ただし」
──真面目な話、そういうの関係ないから。
ヤだよ、“技能”のためなんて愛のない関係は。
「そんな風に見えてるんです? 一対一じゃないとは言え、恋人たちのことはちゃんと大切にしてるつもりだけど……」
「あぁ、ごめんごめん悪ノリが過ぎたね。
そう言って小大さん達に頭を下げさせる取蔭さん。
あ、なんか分かっちゃったかも。彼女ってB組における梅雨ちゃんなんじゃない? チョイ悪ムーブは目立つけどコミュニケーションの潤滑剤って感じする。
それなら塩崎さんとの架け橋もお願いしたいんだけど──目を逸らされた!? 意図は絶対に伝わってたのに!!?
塩崎さんは“技能”を求めてるわけじゃない。
……それ以上のことははっきりしなかったから放課後に改めてじっくり話したんだけど、どうも言葉通りの意味らしく。
そんなこと言われましてもー。
「……私、塩崎さんの信仰については良く知りませんけど。気のせいじゃなければ、性愛──慾することを悪みたいに捉えてます?」
「溺れれば罪だと、人は堕落しがちだから遠ざけよと、そのように育てられたのは確かです」
「私たち、思いっきり溺れて堕落してると思いますけど」
「八百万さんもそう仰いました。ですが貴方がたの互いを想い合う姿は、我慾をぶつけ合っているだけとは思えないのです」
わーお。思いもよらない言葉にそっと百を見遣ると、やっぱり困った様子。だよねぇ。
どう考えたって私たちの関係は『ぶつけ合い』なくして成り立たない。それ
「やっぱり買い被りのような。……あれ、うーん?」
率直に言うとあんまり面白くない──なんて感じつつ何かが引っかかる。
改めて思い返せば、最初の内の百は私の慾を鎮めるために抱かれてくれてた側面が大きい。あれは百自身のためではなく、塩崎さんの言葉で言えば博愛や友愛に近いのだろう。あの頃は今と違って聖処女だった。
じゃあどうして私はこんなに後ろ向きな、気が進まない感じなのかと考えると……。
あぁ、これは反省だな。嘘を吐くところだった。彼女と私に。
「うん。やっぱりお断りさせてください」
「……そう、ですか……」
「でも、塩崎さんのせいで断る風な態度を取ったのは謝ります。主な理由はそこじゃありませんでした」
「断る理由、ですか?」
頷きながら言葉を崩す。彼女の気高さと比べたら私の理由は本当に俗臭い。でもそれを理屈で糊塗したくはないんだよ。
「単純にね、私の情慾が塩崎さんに反応しないの」
「そ、れは……如何ともしがたい、ものでしょうね?」
「うん。ごめんなさい」
まるで絵画みたいって形容が似合うくらい、とっても綺麗な人なんだけどね。でも【自己再誕】の反応も、こうして話してみた性格的な印象も、うーん……それほどには。
私と彼女の両方に積極性が湧いてないんだから、関係は始められないと思う。
「ちなみに小大さんや小森さんはどうなのですか?」
「二人とも魅力的だと思いますよ。“技能”目当てっていうのが個人的にイヤだっただけで」
「なるほど」
ホッと息を吐いて──彼女の目的は全て達せられたのだろう。「ありがとうございました」と頭を下げて帰ろうとする。
いやいやそうは行きませんよ。
「あ、待って塩崎さん。良かったらコレどうぞ」
「はい?……コレは?」
「見たこともないんです? ピンクローターって言うんですけど」
「ゲッフン!?」
あ、廊下で盗み聞きしてた人が吹き出した。誰かいるのは分かってたけど、今の感じだと小森さんか。
それを居ないものとして、塩崎さんは真剣に私たちからのプレゼントを
「……はて……?」
スイッチを入れて震えさせてさえ、本当になんだか分かってない様子。これまでで一番グッと来た。
グッと来たので、私を遮って百が説明役を買って出る。
「これはですね──」
「!? そのような──」
「衛生面だけ──」
「それは承知していますが──」
かなり明け透けな
「つまり、まずは自らの慾を知りなさいと。カリナさんはそう仰っています」
「あぁ、なんてありがたきお導き……!!」
「今のは百の冗談だから真面目に受け取らないでくださいね?」
やめてよ教祖ポジションみたいな面倒臭いキャラ付けは! 塩崎さん本気にしてるよコレ!!
どうにか彼女を説得して廊下に出ると、もうそこには誰もいなかった──けれど。
あー、ダメだよ校舎を汚したらお掃除しなきゃ。でもこの濡れ具合、話を聞いてて我慢できずに触り始めちゃったにせよ、聞いてただけの妄想力でこれほどたらたらにしたにせよ、どっちにしろ嫌いじゃない。ムフフ、むしろ好き。
「…………情慾とは複雑なものですね……」
「分かる必要はございませんわよ。あれは
いやいや、えっちな女の子は大体好きになっちゃう気がするのでこれは博愛と呼ぶべきでは?