【完結】愛慾のヒーローもどき   作:土屋 四方

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※残酷な描写あり


3.『エンカウンター』の隣で

 もし誰かに『義賊ってなんだ?』とか訊かれたら、俺は内心困っちまうね。んなもん答えようが無いから。きっとどう言ったって伝わらんよ。

 

 ただ俺自身の中では……そうさな、例えば脳無を適当に暴れさせてたまたま近くにいた一般人を殺すのはダサいことだ。狙いを定めない暴力は義賊的じゃない。

 もっとも、見ず知らずの一般人を助けるのも義賊のやるこっちゃないし、俺はスケプティックの所業を知ってて止めなかったわけだから、ヒーローじゃないのはもちろんヴィジランテですらないわけだが。

 

 ──とはいえ、いつも必ず義賊としての生き様を貫けるかってーと難しいもんで。不甲斐なさっつーか、大袈裟に言えばアイデンティティの揺らぎ的な落ち着かなさはこれまでも何度か味わってきた。

 ……カッコ悪い話、極貧もやし生活とかな。

 

 こんな七面倒臭い生き方、他人からすれば『捨てちまえ』とも見えるんだろうが……そういうもんじゃねえのよ。

 

 


 

 

 九月半ば、分倍河原を捨てに行った先でひでー目にあった。片腕は辛うじて繋がってるだけで中までボロボロ、闇医者に駆け込んだ時には冗談抜きで瀕死だったようだし。

 だがまぁ、あのボロ倉庫(?)でのことを振り返れば……雇い主のことはなんも漏らしてねえし、何より死なずに逃げ(おお)せてるし、義賊(マイルール)的にはセーフ判明。

 

 問題はその後のこと。

 スケプティックの奴から呼び出しを受けた。俺は異能解放軍のメンバーってわけじゃなく短期(スポット)のバイトみたいなもんだから、それ自体はいつものことなんだ、が……。

 

 行くな、会うな、逃げろ。

 義賊の勘。嗅覚、本能。呼び名は何でも良い。全てがガンガンと警鐘を鳴らす。理屈じゃない、とにかくやめとけと。

 

 とはいえしばらくは迷う余地も無かった。下手に動けば本気で死ぬってんで、正直にそう報告して先延ばしにする他どうしようもない。

 スケプティックも一応は納得したし、義賊的にも半端な仕事は請けたかねえ。無理なら断るのもプロだ。

 

 だけどなぁ……こんな大怪我で頼るのは初めてだが、案外腕の良い医者だったみてえで。動けば動ける程度になっちまった。

 それからは悩んだ。かなり真剣に。

 

 だがエンデヴァーの屋敷が襲われる映像で腹を括る。スケプティックがどうにかしてワープを使いこなし始めたのが分かったからだ。逃げ場なんて無くなるだろう。

 

 死ぬのは良いが犬死にはダメだ。

 逃げても良いが恐怖じゃダメだ。

 いくら愛されても愛は返せない。

 ──あぁ、これまでと同じだ。何も変わらない。

 

「……本当に行くのか……?」

「あ? なんだよ嫁さんにでもなったつもりか?」

「何人かいる情婦の一人のつもりだよ」

「やめとけやめとけ。殺されんぞ」

「…………」

「金は置いてく。そんだけの関係ってことにしとこうや」

 

 良い医者で良い女だ。だから二度と会うまい。

 

 




 

 

 轟邸が荼毘に襲われた翌日のこと。

 

 

「まずは脳無を返してもらおうか」

「返せだぁ? 捨てて来いって依頼だったろーが」

「だがどこにも捨てていない。持ち歩いてるんだろ【圧縮】したまま」

 

 スケプティックに指定された場所から泥に飲まれるワープで移動したため、コンプレスには自身の現在地すらはっきり分からない。内装は幾度か仕事を請けた隠し倉庫と同じだが、似せてあるだけで全く別の場所かも──そんな警戒心。

 それも過剰ではないのだろう。猛獣に睨まれているようなこの息苦しさからすれば。

 

 理解はできないがとにかく危ない。

 絶対に渡すべきではないと判断した。

 

「あんなおっかねえもん持ち歩きたいかよ?」

「適当な嘘は後悔の元だぞ」

 

 スケプティックはこれまで以上に強気だが圧迫感の源ではない。倉庫には彼の人形の他、知らない顔も二つあって──素早く走らせたはずの視線を逃さず見抜かれる。

 

「あん? なぁスケさん、こいつびびってんじゃねーか可哀想によぉ」

「スケさんは止めろと言ってるだろ」

 

 軽薄な口調の青年。黒髪、軽い火傷の跡、幽かな焦げ臭さ。そこから連想されるのは──

 

「はじめましてMr.コンプレス、俺は荼毘。“轟冷誘拐犯”の方が分かりやすいか?」

 

──やはり。現在血眼で捜索されている凶悪ヴィラン。

 ではもう一人は? そちらはフードを取ることさえせずに問うてくる。

 

「まだるっこしい。おい、脳無を捨てたのか答えろ」

「いや捨ててない。──っ!?」

 

 答えるつもりなどなく、しかしはっきり答えていた。

 ──今やオーバーホールの前で隠し事は不可能である。

 

 “能幹筺(カートリッジ)”。“個性”でも“技能”でもない超常現象の発生源。

 荼毘の弟を[冷却器]に造り変えたように、八斎衆の一人・音本(ねもと)(しん)を[審問官]として()()しているのだ。

 

「今手元にあるのは? お前に押し付けられたのは六体だったな」

「六体ぜ──っ!?」

 

 慌てて自らの口を塞ごうとするコンプレスだが、人形たちがそれを許さない。咄嗟に逃げようとした先は蒼炎で遮られ、がっしりと組み付かれてしまう。

 乱暴に腕を拗られ床に押さえつけられながら、それでも[審問官]の前に沈黙は許されない。

 

「ろく、たい、全部あ、ぐが、ァるっ!!」

「下手に隠そうとするな。心が壊れることもある──らしいぞ」

 

 言葉とは裏腹に、気遣いのようなものを一切感じさせないフード男の声。震えの来るような怖気の正体はこいつだと確信し、コンプレスは余裕を装って詐術の(いとぐち)を探る。

 

「素直に答えたって壊れるこたぁあるんじゃねーの?」

「それもそうだな。じゃあ好きにしろ」

「他人に関心なさすぎじゃね? 上司に似て根暗な野郎だなオイ」

「で? 脳無を圧縮した玉はどこにある」

 

 まぜっ返しても挑発してもろくに響かず、真実を強要される。トドメに──

 

「落とさねえように全部飲み込んであ……ごっば、が、ぶ

「……これか」

 

──答えと同時に他人の腹を“個性”で開き、そのまま躊躇いなく臓腑にまで手を突っ込むその狂気。言葉で揺らすなどできそうもない。

 胃の中に吊るされた袋が思い切り引っ張られ、極細の繊維で結わえ付けていた奥歯が強引に引き抜かれてしまってさえ、痛みを感じる余裕もない。

 経験したことのない重傷に死を確信し──直後に治療らしきものが施され、嘘のように全ての傷が消えはしたものの、確信は変わらず続いている。

 

『生かして帰すつもりは無えな……』

 

 そもそも荼毘が素顔を晒して自白したのがおかしい。スケプティックからコンプレスへの信頼度など──これはお互い様だが──決して高くないわけで、つまり知られても構わないのだろう。どうせ殺すから。

 

 たった今重傷を治されたのだって、動機は慈悲や人情ではありえない。

 胃液と血に塗れた避妊具(コンドーム)から取り出された六つの玉以外に、まだ用事があるだけだ。

 ──オーバーホールにとってはむしろこれが本題だが。

 

「もう一つ答えろ。先ほどの泥のようなもの以外に、ワープに類する能力を知っているか」

「ワー、プ?」

 

 息を吐いて痛みを逸しながら、コンプレスは密かに安堵していた。ほとんど心当たりが無かったからだ。裏社会の人間なら誰でも知っているようなことしか話さずに済む。目の前の相手を喜ばせるのは実に気に食わない。

 

「そりゃアレかい、一時期わりと噂になった『運び屋』のことか」

「お前のいう一時期とはいつ頃だ?」

「俺が聞いたのは六月だな」

 

 ──二人が示唆しているのは間違いなく黒霧のことだ。五月半ばに壊理を拐ってから六月末に【巻戻し】を受けるまでの間、短期間で金を稼ぐために積極的に仕事を取っていた。コンプレスや義爛のような情報通は(というかマメなヴィランならば)当たり前に知っていることで、復讐者もそこまでは把握している。

 

「そいつの正体や居場所に心当たりは」

「無えな」

 

 そしてその先が分からない。足取りも素顔も。だからこそ黒霧は大胆に荒稼ぎしていたわけで。

 

 【真実(まこと)()き】は──もとい[審問官]は──信頼されており、拷問などにかける必要は無い。知らないものは知らないと答えれば片付くのだからコンプレスにはありがたいことだ。

 ……そんな風に甘く見ていた。

 

「他にワープと聞いて思い当たることは」

「知らねーって──いや待てよ、どこかで聴いたな」

 

 まさか、自分が覚えていない記憶まで引きずり出されるなどとは思わなかったのだ。

 

「詳しく教えろ」

「誰かが『ワープ』って言うのがたまたま耳に入っただけだぜ?」

「いつ、どこで」

「あーっと……七月、半ば頃か?」

 

 知らない。本当に覚えがない。

 自分の口が勝手に動くのは恐怖そのもので、情報の対価に命乞いを願うような小細工さえ機を逸してしまう。

 

「いや半ばは過ぎてたな。かなり暑かったし」

「七月下旬……? おい」

「いや。我々は転移脳無を使っていない時期だ」

「ビンゴか……!?」

 

 オーバーホールの狂喜はコンプレスに吐き気を催させたが、当然質問は止まない。

 

「詳しい日付は」

「七月の……十八かそこら」

「時刻は」

「午前中としか分かんねえな」

「場所」

「木椰区ショッピングモール。内側の広場っつーか、ストリートパフォーマーとかに開放してるスペース」

「ストリート?」

「表の顔は手品師(マジシャン)でね」

 

 その言葉は全て真実だ。問う側はそれを知っているし、答える側も納得できる。確かにその頃もそんなことをやっていた。いつか分倍河原に言った『一般人を偽装する』一環として。

 しかしワープ……ワープ?

 

「言っていたのは誰だ」

「知らねえ。これでも人気者でね、人垣の外まで視線は通らねえよ」

「声は?」

「女。たぶん子供だろう、いや? どっちもありえるか……」

「はっきり言え」

「声は高かった。だが口調や言葉遣いはやけに落ち着いててな」

「覚えている限り会話を再現しろ」

 

 オーバーホールはもちろん、コンプレスも知らないことだが──それは黒霧から姿を変えた霧を留めるためにカリナが投げた言葉(くさび)だ。

 

 

 

ワープはしない──? でき──すか?

 

「相手の言葉なんかほぼ聴いちゃいないんだが……」

「なるべく推測は交えずに。聞き取れた部分だけだ」

 

──、行って下さい。追いません──。

 

 その時のコンプレスは観客に囲まれており、カリナはその外側。普通に話していた部分は全く分からず、力のこもった断片を聴いたに過ぎない。

 結局、『落ち着いた女子の声』として引き出せたのは先の二つだけだった。

 

 ……が。超常が露わにしたせいで、今度はコンプレス自身が思い出してしまった。

 オーバーホールの問いからは外れるので胸に秘めていられるが、七月に聴いたもう一つ。女ではない青年の声。恐らくこう叫んでいた。

 

おいキリ!

 

 そして自動的な連想が繋がってしまう。

 耳に覚えがあるようで、何時(いつ)とも何処とも分からずにいた()の声と。

 

ナメた真似すんじゃねえ。おい、ロープ。

 

 分倍河原を捨てに行って酷い目にあったあそこだ。……思い返せば誰一人お互いの名前を呼んでいなかったのは意図してのことだろう。それは結構なことだが、そのくせ三人は顔も声も隠していなかった。

 更に言えば、雄英高校の制服を着た背の低い子供も……ヘルメット越しだったので断言まではできないが、ショッピングモールの声と同じ……?

 

 言えない。言えない。

 あの家族思いな偏屈者のことも、卑猥で愉快な子供のことも。

 こんな獣の贄には惜し過ぎる。

 

「その女の声を他のどこかで聴いたことは?」

 

 しかし連想してしまえば隠せない。コンプレスは細かな違いや不確かさを頭の中に並べ立て、必死で口を噤もうとするが──

 

「無駄な足掻きだな。今度は不確かな推測も含め全て吐け」

 

──この“病気”の使い方をオーバーホールは良く知っている。問い方に慣れている。

 小手先で隠せはしない。

 

「聞いたぜ、先月(くがつ)にな」

 

 

 許せない。認められない。

 ──義賊は、盗む者だ。

 

 

『ふざけんなよ。義賊から盗もうってか?』

 

 


 

 

 コンプレスは本職の奇術師さながらに指先や意識誘導を習得している。その目的は【圧縮】をより活かすため──というのも間違いではないが、事実の半分以下でしかない。

 彼にとって【圧縮】は小手先の技術などなくても強い。わざわざ活かすまでもなく、単体でも便利な“個性”だと評価している。

 実は色々なことができて、しかもそれを隠しやすいのだ。そこに奇術を重ねることで、『ただ縮めて持ち運んで元に戻すだけ』の能力だと()()させてきた。『他には何もできない』と。

 

 思い込み。

 それはえてして──奇術師の思うツボである。

 

 

「く、そが……!」

 

 

 コンプレスはかつて六体の脳無を預かった。

 それらを()()飲み込んでいるという真実があり、その彼の胃から六つの玉を取り出した。

 必死で顔を上げた。六つともオーバーホールの手の中だ。悪くない。

 

 ──何かを感じたのだろう。[審問官]がその意を暴かんとする。

 

「何を隠してる?」

「はぁ? そりゃお前、愚問ってやつだろ」

 

 するりと答えられたのは、それが真実──信念だからなのか。コンプレスにとって、偽装のためではあっても魂をかけた魔法の如く。

 

「分かりきったことじゃねえか。『タネもシカケもありません』さ」

 

 どの口が言うやら、もちろん細工は流々なのだが。

 

 

 オーバーホールの手にある六つの内、本当に脳無が入った玉は二つだけだ。

 【圧縮】した個体を別の個体の腹に入れ、それを更に【圧縮】して別の個体に飲ませた三重(さんじゅう)の入れ子構造、それが二つ。外から順に解いていけば無傷で取り出すことも可能だが……。

 他四つのダミー玉は似たような多重【圧縮】で炸裂力を高めた、要するに爆弾だ。

 

 

 ──ショウ、ダウン。

 コンプレスはふっと力を抜いた。やることは単純、全ての【圧縮】を()()()()()するだけだ。爆発的な膨張は内側から脳無の肉体をぶち破り、そこへ四つの爆烈が追い打ちをかける。

 オーバーホール達はもちろん、コンプレス自身も巻き込んで。

 

 

 

 ここが地下施設でなければ大騒ぎになっていただろう。

 

 オーバーホール、重傷。

 ──即座に完治。

 スケプティック達の軽傷も同じく。

 

 黒い肌の脳無は二体のみ回収された。

 Mr.コンプレスは生死不明ながら、少なくとも逃げきりはした──殺されてはいないし“能幹筺”にもされていない。

 

 六体の脳無と新たな“筺”を得るつもりだったスケプティック達からすれば大損といえよう。

 コンプレスの起こした(捨て身の)大爆発は間違いなくスケプティック達の予想を上回り、確かな打撃を与えた。

 

 ……しかしながら。

 彼が死を覚悟しても護りたかったもの。義賊の矜持にかけて盗ませまいとした情報。それを守り通すことは、残念ながらできなかった。

 木椰区ショッピングモールには多くの一般人がいて、それはつまり、異能解放軍という数のネットワークならば数日も待てば拾い得る情報だったから。

 

 

 ついに、ついに治崎は具体的な手がかりを得た。

 そこにいるとは限らないが、先々で情報を吐かせ辿り辿って追い詰めてやろう。憎き仇。唯一の目的。死すら生温い。

 どう苦しめてやるか、どう後悔させたものか。痛み、薬、情? 決まっている全てだ。

 だから生きたまま──あぁいや、死んでも死なせてはやらないが。

 

 舌舐めずりするように。逸る脚を抑えつけて引き摺るように。

 ──凶獣(ちさき)、出撃。




 コンプレスの治療をした闇医者はオリジナルキャラクターですが、多分もう出番はありません。

 外傷に有利な“個性”持ちで、無免許だからと怪我人を放置することができない優しい心の持ち主──そんな少女だった。
 質の悪い大人達におだてられ利用され、そうと気付く頃にはヴィジランテどころかヴィランとして手配されており表の世界に戻れなくなったのが本人的に黒歴史。
 『自ら望んで闇医者になった』ことにしているがそんなわけはない。親や教師が適度にいい加減であれば、時機と運に恵まれれば、カリナのように裏道的に仮免許を得る道もあったかも知れないが。
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