Mr.コンプレスに吐かせた情報は、それだけでは余りに断片的だ。
七月の十八日頃、午前中。
木椰区ショッピングモール中庭でパフォーマンス中だった手品師の近くにて。
誰かがワープという単語を口にした。
ほぼこれだけ。
しかし治崎にはこれまでも集め続けてきた断片がある。
壊理が奪われたのが五月半ば。『運び屋』の活動もその頃から。
八斎會の壊滅は六月末。七月に入ると『運び屋』の仕事もぱたりと絶えた。裏社会でも連絡がつかなくなったという。
その理由は一切不明だったが──
──ワープ能力を使えなくなっていたとしたら?
『滑稽なことだ。俺までそんな
普通、後天的に“個性”が喪われるようなことは無い。
しかし『運び屋≒ワープ使い』が拐ったのは他ならぬ壊理だ。【巻戻し】ならそれを為しうる。他に何が起こってもおかしくはない。
つまり、
『──全てを合理的・計画的な行動だと思い込んでしまっていたか……』
更に現在の治崎は、近属を介して異能解放軍の情報網を使える。解放軍は驚くほど手広くその根を広げていた。
彼一人では極めて難しかったことだ。
ショッピングモールに店を構える一般人などからコンプレスの証言を補完することも。
警察関係者からワープ系犯罪が(荼毘の件以外には)起きていないとの確証を得ることも。
そして行政関係者から、戸籍関係の書類を漏らしてもらうことも。
『
七月から姿をくらませた仇が、一般人として過ごしている可能性も考えてはいた。しかしそれなら戸籍や仕事などは前もって手配しておくのが当たり前だろう。だから直近のものは除外していたというのに。
七月も下旬になってから慌てて手続きを行うなど有り得ない杜撰さである。壊理の力を知らなければ無理からぬ話だが。
確証はまだ無い。そもそも不要だ。
糸は繋がった。『戸村霑または霧がワープ能力を喪った元運び屋だ』と考えても矛盾なく筋は通る。
目星さえついてしまえば[審問官]で確かめるだけ……いや、戸村霙理とやらの顔を見るだけで確定する可能性もあるが。
『警察じゃあるまいし、証拠など足りなくても──戸村家が空振りでただの一般人だったとしても──構うものか。襲ってから確かめればいい』
自らの思考にズキリと頭が痛む。
肌が粟立つように肺が震える。
あぁ、分かっているとも。忘れたことなどない。
仁侠とは。侠客なら。そのように育ててもらった。恩も感じている。
とはいえこれまでだって、そんな風には振る舞えていなかった。個性破壊弾を造っていた頃などは開き直って気にも留めなかったはずなのに。なぜ今になってそうありたいなどと願うのか。
──分かりきっている。喪ったからだ。もはや教えだけが唯一の
どうせ他にやりたいことなど無い。
『親父の言う極道として生きる、か……それも悪くないのかもな』
言うまでもなく、復讐を遂げてなお生きていればの話だが。
『戸村リサイクル』はきちんと登記を済ませた法人だが、その本質は城砦に近い。主に霙理を護るための。そして煩わしい人間関係をシャットアウトするための。
商売のことなど二の次以下である。
例えば店構え。
北側の割と近くに国道が通っているというのに、看板の一つも無い*ばかりか陰気臭い壁が『ここに店など無い』と主張している。背の高い“異形型”が壁の上から覗いてもジャンクの山脈が視線を遮るだろう。
敷地に入りたければ東西どちらかへ数ブロック迂回して南側の狭い道へ回り、知らなければ見落とすような──いかにも怪盗が好みそうな──出入り口を見つけなければならない。
個人との売買など最初からお断り。他のリサイクルショップが直せず廃棄するものを安く大量に引き取って、それをまたリサイクルショップにまとめて売るという、商売としてはおかしな取引がメインだ。
直接売った方がより儲かるに決まっているが……これでも充分に儲かっているので。
「霙理、そろそろ休憩にしましょう」
「もう? 休み過ぎじゃない?」
「お前が働き過ぎなんだよ」
そうなのだろうか、と霙理は首を巡らせる。霑の周りに積まれたガラクタの山は……お昼前から少しも減っていないようだが。そして当のダメ兄はソファでゲームに興じているし、なんなら昼食後からずっとそうだったが。
「霑くん何もしてないよね」
「バーカ。見ろよ、ゲーム機壊してないだろ」
「【崩壊】の訓練ってこと?」
「それとアレだ、動作確認ってやつ。はーつれぇつれぇ」
明らかな戯言だが霧は何も言わない。姉が甘やかすとは思えないので、兄についてはきっと放置で良いのだろう。確かに五本指で触れてはいるし。
ただ、自分についてはダダ甘な姉である。
「私はもう少し──」
「霙理。大丈夫ですよ」
「無理なんてしてないよ。直すのが楽しいの」
本心だ。疲れなど全く感じていない。昼食を食べて、食休みもとってから働き始めて、ほんの二〇分しか経っていないのだから。
しかし霧の方も甘やかしたいだけではないらしい。外とのやり取りや面倒な経理を一手に引き受けている姉は、申し訳無さそうに霙理の仕事を遮る。
「……正直に言いますと、直すペースや量が異常だと注目されかねません」
何せ元手も時間もかからない。“個性”を使っていますと高らかに叫ぶようなものだ。使うにしてももう少し手控えるべき──カリナ曰く、『きっと余所もそうしている』ように。
「あぅ。ごめんなさい」
「霙理が謝ることではありません。仕事以外も楽しめることを見つけましょう」
「んー、仁くんには昨日会ったばっかりだしなぁ。じゃあ今日は英語やる」
……霧としては、もう少し遊びらしい遊びをと願うのだが。
本人は勉強も楽しんでいるし、霧は遊興に興味が薄い。カリナ達に頼るのは(変なことを教えられそうで)ありえない。
「……分かりました」
結局霧は頷いた。恐らくは最善に近いであろう『外を駆け回って遊んで来なさい』を言えないことに思い悩みながら。
しかしこの時に限れば、霙理を外に出していなくて正解だった。
けたたましい非常ブザーが平和だった午後を引き裂く。
「なんだ?」
「……パトロール中の麗日さんですね。警戒レベル四、『即時避難』です」
「え──」
霙理はお茶子のことを心配しかけたが二人はそれを許さない。リュックを背負わせ防災頭巾を被せ、更に霑の背中に括り付けるように背負い上げてしまった。
「暴れんなよ」
「……分かってるもん」
霙理も含めて訓練はした──カリナがさせた──流れである。撃退ではなく避難。霑も今のところはそのつもりだ。
霧も避難袋を担いで支度を済ませた。手にしたタブレットには周辺の地図が表示され、今も赤い点が明滅している。
「方角は?」
「北側、すぐ外です」
「そっちなら平気だろ、逆から出られる」
そう、北側は壁とジャンクの山。よほど細かい地図でなければ南側の隘路は省略されることもあり、入り口は分かりづらい。時間は稼げる──はずだった。
ズン、と重い振動を伴う轟音。室内にまで鉄錆の臭いが届ける風圧。
【オーバーホール】により分解され、外壁はあっさりと突破された。
実技のために着替えているところへ、スマートフォンが緊急警報を鳴らした。
まず地震とかではない。私と被身子と百、三人分の端末しか鳴らなかったから。
送り主はお茶子、本文は無し。位置情報だけ。場所は戸村リサイクルの近く。
「──私、行くわ。被身子はまだ火傷あるからダメ」
当然のように駆け出そうとした被身子を制して、物言いたげな百に視線で訴える。一番速い移動手段、カタパルトよろしくと。
真面目な彼女が『学校を抜け出すことに迷いが無さすぎる』と言いたいのは分かる。でも私のズルさも良く分かってるよね。
手続きの問題で、私はまだ(書類上は)休学中だったりするのだ。緑谷くんに拘束されなくなったから自主的に学校に来てるだけ、という。
だからって勝手に飛び出したら後から大目玉を食らうだろうけど、お茶子のヘルプコールを無視するなんて選択肢は無く、そして他の誰よりも私の方がマシである。
──なんか先生からは諦められてる気もするしね!
そんなこんなを目と目で通じ合い、数秒後には百の創ったグライダー状の乗り物で射出された。体育祭の障害物競走でやったアレの改良版だ。
これが一番速いし、雄英の敷地外で“個性”を使い続けることにもならないし、ということは相澤先生が後ろから睨んできても支障なく飛べるってこと。どこを取っても完全に合理的である。
見下ろす景色はすごい勢いで後ろへ流れていく。走るより速いし直線を進めるんだからこれが最速。それでも気は逸る。逸ってしまう。
お茶子や霧さんには私の位置情報を送る設定にしたから、急行してるのは伝わってるはずだ。
どうか、どうか無事でいて。
深くフードを被って顔を隠していたから、お茶子達はそれが手配中の逃亡犯だと気付いていたわけではない。ただ、地図を見ながら辺りを見回す彼に声をかけたところ「戸村リサイクルという店を探している」という反応だった。
その時点で警戒レベルが引き上がる。あの店を訪ねてくる客人などそうそう居ないのだから。
お茶子のインターンを受け入れてくれた地元ヒーローは緊張感を隠し通した。
にこやかに「あぁ、あそこは分かりづらいですよね。ご案内しましょう」と……目を離さなければ無体な真似はしないだろうと応じたのは、確かに見通しの甘さではあったのだろう。
しかし──
「
──店の入り口が分かりにくいから。案内を頼めばヒーローに張り付かれて鬱陶しいから。
たったそれだけの理由で殺傷と破壊を選べてしまう者もいる。
これほどの振れ幅など想定しない方が普通ではあるが、だとすればその普通さが仇となった。
手近にいるヒーローに手を伸ばしながら、少し後ろに控えたお茶子に向けて頭を振る治崎。
その掌は一旦は防がれた。しかし【オーバーホール】に打撃は要らない。腕を滑らせてあっさりと分解を発動する──もちろん再構成なしで。
同時にばさりとフードが捲れた。そこから飛び出すのは告命の矢。
「ガキの割に優秀だな……」
狙い通り動きを止めはしたものの、治崎からすれば制限時間ができてしまった形。とはいえ目的地は目と鼻の先だ。壁の向こうからブザーが聴こえてくるほどに。道は分からないがもう真っ直ぐ進むとしよう。
その前に子供を始末していくか、と少しだけ悩んで──
「な、お前っ!?」
──真後ろから延髄を刈ろうとした回し蹴りをぎりぎりで回避した。
確実に動きを遅くしたはず。【クロノスタシス】をその身に受けたものの、〔
奇襲を決め損なったことに心の底から歯噛みしている。
『マズい、一人じゃ勝たれへん……!』
お茶子の方は既に因子切れで、もう一度針を喰らえば終わりだというのに。
治崎の身のこなしからは圧倒的な格闘経験が見て取れた。更に【崩壊】に似たモノと速度を奪うモノの複数能力。しかも躊躇いの欠片もなく人を殺せる精神性。
「……救援信号はすでに出しました。投降してください」
「…………」
恥ずかしくなるほどあからさまな時間稼ぎだった。どう考えても治崎がそうするわけがない。
今はヴィランから目を離せないが、その足下に倒れているのは完全な死体だ。ここまでやる人間を言葉だけで止められるかは疑わしい。
実力ではもっと難しいので、お茶子はどうにか彼の意識を惹こうとするも──
「指定ヴィラン団体『死穢八斎會』幹部、治崎廻ですね。被監視義務、所在通告義務、その他諸々の違反で手配がかかっています」
──その言葉はますます時間稼ぎを疑わせた。
何より、治崎が彼女に背を向けて壁に向かっても攻撃してこない。これでは自力でどうにか出来ないのが明らかだ。
だから無視することにした。
南側──戸村リサイクルの北側にあたる無骨で陰気な壁を大規模に分解して道を作る。
山と詰まれたジャンク品に顔を顰めながら最短距離を突き進むと、丁度南側へ逃げようとする者達と目が合った。
! あぁ、あぁ、ようやく。
距離はある。頭巾も被っている。
しかしあの赤い瞳は、俺の姿に見開かれてから恐怖に揺れた。今ではなく過去の影に怯えた。
間違いない。そんな反応は他の誰でもない。
「久しぶりだな、壊理……!!」