【完結】愛慾のヒーローもどき   作:土屋 四方

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 シリアスの間に百合回想を挟みたくなるのは仕様ですのでご容赦ください(開き直り)。


6. 襲来Ⅲ

 戸村一家を護りながらの逃走は──特に逃げ始めてから暫くは──地獄のようだったとお茶子は振り返るだろう。

 余裕など全く無かった。最初に駆け込んだ警察署は()()()()破壊され、脱出時には自身と三人を生かすので精一杯。瓦礫の下に沢山の死傷者がいること、それを自分たちが巻き込んだことも承知していながら、誰一人助けられずにただ逃げた。

 

 警察からの緊急手配でヒーローが救援に駆けつけて……どんどんと駆けつけて、戦力的には楽になったものの、心痛はますます募る。被害者が増え続けるから。

 どこへ逃げても他人を巻き込んでしまう。かといって逃げなければ確実に死ぬ。

 

 多少なりとも冷静さを取り戻せたのはカリナが合流してからのことだ。そして思考を取り戻せば選択肢は一つしか無かった。

 

「「雄英へ!!」」

 

 物理的にも人員的にも極めて堅牢な要塞。まずは戸村一家をきちんと護れるよう場所を移さなければ。

 二人の指示に従って進路を変えつつ、霧は(エリクシル)に連絡をとって迎撃体制の手配を求める。

 

『確かに承りました、お任せ下さい!』

「頼みます」

 

 一人のヴィランに複数のヒーローが殺傷され、平和だった街が広く無差別に荒らされ、しかもそんな危険人物の狙いは一般市民だという。まして生徒が現場にいるとあっては、教師が悩むはずもない。

 雄英で保護すると同時に迎撃するプラン。根津校長はあっという間に具体的な配置などを決めていく──カリナが発し続けている位置情報から見て、ヴィランが正門前に来ることは間違いない。

 

 当然ながら授業は全て中止。

 生徒は数名の例外を除いて全員避難。

 正門周辺に並ぶ教師陣も、ある程度の迎撃体制を整える時間は取れた。

 

 ──ただし、カリナやお茶子の気付いたことをじっくり報告・共有するような時間は無かった。

 例えば【クロノスタシス】の前髪を教師陣はまだ知らない。

 それだけでなく──、

 

 


 

 

 雄英の先生方で最も制圧に長けるのは? オールマイトは番外ってことにすれば、満場一致で香山(ミッド)先生(ナイト)だ。“制圧”には『死なないように』が含まれるから。

 ただ、今回みたいなシチュエーションだと【眠り香】の射程が問題になる。味方を巻き込まないよう、広域散布じゃなく相手に近付く必要があって──そのターゲットとして治崎はあまりに危険だ。

 

 触られただけで致命的な“個性”、技術を伴った格闘能力、おまけに痛みとかに全く怯まない精神力(というか自暴自棄というか)。

 この三つが揃ってる状態で迂闊に近付いたら、オールマイトでさえカウンターで痛手をもらいうる。

 

 自慢じゃないけど──マジで自慢にならないけど──ここに来るまで一番沢山の致命傷を喰らった私が花丸をつけちゃおう。治崎、ヤバい。期末試験で向かい合ったオールマイトよりよっぽどやり辛いわ。

 あのさぁ、治せるからって痛くないわけじゃないでしょ? 貴方だって洒落にならない痛みを何度も感じてるはずだよ? 生半可な執着じゃないんだろう──それ以上は想像も及ばない領域だ。

 

 もうこっちは〔身体変造〕の因子が残りカツカツ過ぎて全く笑えない。身体を張ることで守れた命もあったし、血を流した意味もありそうだから後悔はしないけれど。

 

 あ、マズいわ急いで鼻の穴ふさいどかなきゃ。

 

 

 

 話を戻すと、そんな治崎の危険性は映像とかからも見て取れるだろうから。

 “個性”、格闘技術、精神力。このどれかを崩そうとするはずで、となれば当然──

 

「「「トオサヌ」」」

「ちっ」

 

──エクトプラズムが脚を止めさせ、パワーローダーは地面を陥没させ、セメントスもその周りを隆起させて。

 こんなことで治崎の進撃は防げない。でも思考と選択肢を絞ることはできるし、何より視界が塞がる。

 彼が【オーバーホール】で進路(あな)を拓くのは正門方向に決まっているのだから、そこに相澤(イレイザー)先生(・ヘッド)が待ち構えていれば容易く【抹消】の餌食、という寸法だ。

 

「! なんだ?」

「好き放題してくれやがって。だがここまでだ」

 

 間違いなく【オーバーホール】は停止した。微妙なとこだったけど時計針っぽい前髪もただの髪のように垂れた。

 ──だけど。

 

 治崎の背後上方から飛び降りて【眠り香】に捉えようとするミッドナイト。私は横合いから勢いよく飛び付いてその落下点をズラす。

 

「!? 兵怜さ──ッ!」

 

 驚かれたけど責められることは無かった。私がそうしていなければ、彼女の身体はぶっすりと抉り()かれていただろうから。

 治崎の身体からは何本もの(とげ)が生えていて、セメントの壁は内側から蜂の巣にされてしまった。更に直後──

 

「無事ですかイレイザー!?」

「っ、俺はいい治崎を止めろ!」

 

──大規模な分解(オーバーホール)。物理的にも“個性”的にも完全に解放される治崎と、複数の呻き声。

 相澤先生の様子を確かめたり怪我をした誰かを憂えたりする暇はない。相澤先生の言った通り、駆け込みギリギリの三人に迫る治崎を止めなくちゃ。

 

 私とミッドナイトの落下地点には先を読んで──たぶん制止を振り切って──被身子が来てくれている。

 

 顔全体で『不本意です』と訴えながら、彼女は手にした氷の塊を私の口へ放り込んだ

 ありがとね。お礼は後でゆっくり。

 

 さぁて治崎、“能幹筺(カートリッジ)”とか言ったっけ? 【抹消】も潜り抜けたその狂気の棺桶……私の中で()()は遺体だ。

 ……既に亡くなっている、ということにするしか……。

 もう冒涜(なお)させない。お弔い(はかい)をさせてもらう。

 

 劣化版(マイナー)氷河期(アイスエイジ)】──〔負循環〕!

 

 




 

 

 もう半年近くも前、巨人騒ぎで背を縮めた後のことだ。

 それまで諦めていた可愛い系のファッションも楽しみ始めて、かつこれまでの服は着られないってことで、コスチュームを作り直すことになった。

 

(ヒーロー科に入ってからの訓練で装備を見直す人は多い。だから被服控除も最初の一回だけなんてケチなことは言われない──もちろん上限はあるけど)

 

 で、被身子たちから三枚のデザイン画を渡された。百以外の三人が考えてくれたもの、ただし無記名。

 手癖で誰のものか判らないよう、全て百が清書してあった。純粋に見た目の好みで選んでくれというわけだ。

 それは分かる。『自分の発想は実用一辺倒だから』と補助に回ってくれた百も含めて、皆の気持ちも嬉しい。だけどさぁ。

 

「どれも思いっきり可愛い系に振ってきたね!?」

「え、そういう趣旨じゃなかったの!?」

 

 驚きの声で応えたのは透。

 後で教えてもらった彼女のデザイン案は……言ってしまえばニチアサ系。変身ヒロイン肉体派。可愛らしさと勇ましさが同居した、たぶん一番『ヒーローらしい』姿だったと思う。

 

「可愛い系にせぇへんなら今のをお直しする方が安上がりやし」

 

 透の言葉に頷いて節約志向なことを言っておきながら、そのお茶子のデザイン案が実は誰より高予算だったのは驚いたっけ。

 ゴシックじゃないロリータ、みたいな。お花背負ってるを通り越してお花に埋もれてたよねアレ。妖精とかそういうファンシー&ファンタジーな系統だった。動きは制約しないように色々考えてくれてたけど。

 

「可愛い系って言っても色々ですしねぇ」

 

 実はぱっと見だけで心は決まっていた。それをしっかり射止めた辺り被身子は流石だ。

 アイスエイジっぽい要素を残してくれた──もとい、()()()()してくれたのも被身子だけだったしね。

 

「えっと、どれ選んでも恨みっこ無しだよね?──う〜ん、じゃあこのペンギンで」

「えー!?」

「ペンギンは南極やろ!?」

 

 選ばれたはずの被身子、無言。『しろくま繋がり』のつもりだったんだろうなぁ。ホッキョクグマがいる北極にペンギンはいません。

 

「見た目で選んだだけだもーん。あと考えてる新機能にも都合が良いしね」

 

 

 そんなわけでデザインは決まった。

 あとは苦手とする遠距離攻撃を補う工夫(ギミック)を大きな(フリッパー)に仕込んで、それから背中には小型のクーラーボックスを──

 

「「「「だめ」」」」

 

──背負うことにしたいんだけど。

 

「いやあの」

「「「「だめ」」」」

 

 聞ーいーてーよー。

 心配されるのは分かるよ、実際に凍死しかけたんだから。でもアレは私が一人でやったことじゃないし、やれたことでもない。不可能だよあんな出力は。

 

「お父さんが神経質に調べるのみんなも見てたでしょ」

「マーサさんは真っ青なお顔でしたわよ」

「お義父様だって使わせるために調べたわけじゃないです」

「どうせリナリナは無茶するし」

「しそうやなぁ」

「うへぇ味方が居ない」

 

 そんなに言うなら積極的には使わないと約束はしよう。でも、そう。かつてお母さんも言った通り『いざって時はいきなりやって来る』。

 

「その時にアイスが無くて後悔するなんて嫌だし……ていうかその場合、怪我したら私が怒られるやつじゃない?」

 

 使えるはずの能力が使えなくなるってことだし、ましてこれは危なっかしく思わせてしまうだけで実際には危なくない話だ。私としても『なるべく使わない』以上の約束はできない。もちろんわざわざヒヤヒヤさせはしないけど。

 

 

 お互い譲らずのすったもんだや言い争いや仲直りえっちの果てに、最終的にはお互いが妥協した。

 四人の誰かから氷を渡された時だけ使っても良い。一人で使うのダメ絶対。

 

「…………必要な時はちゃんと渡してくれるって信じてるからね? こらこらこら目を逸らさないの!」

 

 




 

 

 そんなわけでペンギン姿である。頭と背中と翼以外はボロッボロだけど、今大事なのは翼。水滴を()()()()()()()()()ギミックは無事だ。

 被身子のおかげで発動できた劣化【氷河期】でも、このスーツがあれば立派な遠距離武器になる。

 

 

「治崎ぃ!」

 

 わざと声をかけながら放つのは小さな小さな氷の刃。翼を大きく振って、側面の穴から無数の氷片を飛ばす。

 普通の捕縛なら一発ずつしか飛ばさないものを大盤振る舞いしてるけど、人の体温でもすぐ溶けちゃう程度のものだ。元々大怪我をさせにくいように考えたものだし、治崎にとっては尚のこと脅威にならない。

 

「……」

 

 だから彼はすぐに前を──霙理ちゃん達の方を──向いた。そうだよね、こんな小さな傷は無視できると思うでしょう? こっちとしても不確実だから全力で数をばら撒くし、内心はヒヤヒヤだけど。

 しかして狙いは的中した。

 

 まず片脚の推進が止まったようだ。治崎が地面を滑る軌道が大きく曲がり、速度もガクンと落ちる。

 即座に屈んで直そうとした所でもう片脚。両方の滑走が止まり、そして直せない。治らない。ビンゴ。

 

「待っ──」

 

 なまじ直前に【抹消】を受けながらでも使えた分、余計に何が起きたか分からなかったのだろう。治崎は脚をもつれさせるようにバランスを崩しかけ、それでも放たれた前髪が真っ直ぐ伸びていって──

 

「霙理!」

「霙理さん!」

 

──霧さんは抱えていた霙理ちゃんのことを雄英バリアの内側へと投げ渡すようにして、百は慌てて受け止めながら身を捩る。

 直進していたところを逸れたせいで、治崎から霙理ちゃんへの射線が辛うじて通ってしまったらしい。百はその身でそれを塞ごうとして。

 

 ……そこまでは、見ていて理解できた。

 

「今、の……?」

 

 見間違い? それとも治崎が狙いを外しただけ?

 

 いずれにせよ、次の瞬間にはもう治崎の姿は無かった。

 轟邸でも百達が見たという『黒い泥』。こんなにもヒーローに囲まれた場所からあっさりと脱出する厄介過ぎるワープ能力。

 それが、あの“蒼炎”と治崎を繋いでいる。もしかしたら何処かへ消えた八斎會も。

 

 

 

 霧さんと霙理ちゃんは護り切れた。霑くんは最後の最後で怪我をさせてしまったけど命に関わるほどではない。それはまぁ、良いことだけど。

 

 呆然と、後ろへ振り返る。

 被身子と香山先生の、他にもお茶子や沢山のヒーローたちの、後ろ姿が並ぶ。私と同じく、言葉を失ったままに。

 

 ──ここに至るまでどれだけの被害を出してきたのか、まざまざと見せつけられる。

 たった一人の……変な話『常人サイズの』ヴィランに。

 

 

 さほど間を置かず、救助・復興のために動き出したことは言うまでもない、けれど。

 不甲斐ない私たちに、一般市民からの失望の声や激しい罵声が浴びせられたのも──きっと、当たり前なのだろう。




■今回の被害者
 治崎が「しん!」と言ってくれないので分かりづらいですが、ミッドナイトの迎撃時に使った“能幹筺”の()()は原作でスピナーに抱きついていた坊主頭です。
 幾つ持ってるかって? たくさん。

■カリナによる破壊
 詳しくは次話以降にて。“能幹筺”は概念的な何かではなく物理的な形あるモノなので、壊すことはできます。壊し方がイマイチだと即修理される理不尽ボスですが。
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