1. 切り替える
治崎廻のターゲットは高校ではなかったのだから正確ではないのだが、メディアはかの一件を『雄英高校襲撃事件/バリア防衛戦』と呼び表した。
その勇名に『失態』『お粗末』『惨敗』といった酷評を添えて。
教師や他のヒーローから言い訳や反論は一切出ない。正しい評価だと言わざるを得ないから。被害が余りに甚大だから。
深刻そうな顔のコメンテーターがカメラに示したフリップには二つの数字が並んでいる。被害に遭った面積を示したもので、これは当然治崎の方がずっとずっと小さい。比率でいえば五〇倍以上も開きがあり、そういう意味では小規模に見える。
が、その下に貼られていた紙が剥がされるとスタジオから驚きの声があがった。
“民間人の被害者数”として示された数字にはほんの二倍程度しか差がない──これは詐欺的なもので、『死者数』『重軽傷者数』が混ぜてある。五月の件では(山奥の時点から早めの避難もできたため)被害者の数は抑えられつつ、被害に遭った者は多くが亡くなった。対して治崎の件では(避難する暇も無かったために多数が被害にあったものの)民間人から死者は出ていない。そのことが意図的に伏せられた報道だ。
続けてコメンテーターが紙を捲ると──
──今度は悲鳴じみたリアクション。
巨人はヒーローを一人も殺していない。ゼロだ。
対して治崎のヒーローキルスコアは三。しかもその一人は
……今度は負傷者の数を省いている点で印象操作も甚だしいが。
それでもそれは、間違いなく事実なのだった。
十月半ば。
流石の相澤先生も合理性を持ち出すことなく出席させてくれた全校集会の場で、根津先生はずっと遠くにいるにも関わらず、その毛艶の悪さが分かるほどだった。声にも言葉選びにもいつもの調子は伺えない。
『悲しいことに、僕らは大切な同僚を喪った。君たちに頼れる先生を喪わせてしまった。情けなく、申し訳なく思う……しかし今は、一旦僕らへの怒りを抑えて、どうか彼の安眠を祈って欲しい。
──黙祷』
──毎度々々薄情なことだ。私は死者の鎮魂よりも生者の体調に気を取られてしまう。
だって直接の接点は数えるほどだったから。
かといってもちろんどうでもいいなんて思ってないし、怒りも悲しみも嘘ではなく。どうか安らかに──
あぁ、どうしても私が
雑念ばかりで申し訳無い。振り払えそうにない。だからもう全員いっぺんになってしまう。どうか皆さん、どうか安らかに。
顔も名前も知らない【
そして、そして──
被身子の期末であっさり捕縛されて、あの時はちょっと悔しそうだったな。
『──顔を上げて。……うん、もっとはっきり。僕じゃなく、上の校章を睨むつもりで。
……いいネ! 俯いて祈る時間も大切だけど、僕らは前へ進まなきゃならない。もちろん先日のヴィランへの備えも整えながら。怖がってる場合じゃないのサ』
いっそ冷血にも思える
事情を知ってれば、分倍河原さんに続いて戸村一家も雄英預かりになることに関連したアレコレだと分かる。知らなければ一般的な注意事項に聞こえるのかも。
それを挟むことで、多分パワーローダーの死と次の話題とを切り離そうとしたんだろう。
私たちヒーロー科の仮免保持組にとって十月は『インターンの季節』であり、仮免試験に落ちたなら『鍛え直し』という感覚になる。
一方ヒーロー科以外では……実はもう文化祭の準備が始まっていたらしい。見た目の変化はまだ無いけど、委員を決めたり場所取りをしたり保健所とかの許可を取ったり。
そういう段階。ヒーロー科は優先度下げられてるヤツだ。
そこへ来て根津先生の言葉は──
『そして……来月に予定されていた文化祭は延期を決定したのサ』
──講堂全体を揺らすような反応を齎した。ブーイングみたいな具体的な形にこそなってないものの、感情的にはそれに近そうな。
個人的には校長先生の挙げた理由は尤もだと思う。今の私達に必要なのはお祭りという非日常よりも平和で退屈な日常の方。
日常に戻らずお祭りっていうのは、不謹慎とか言われるだけでなく向き合う機会を逸してしまうから──お祭りに集中してたら
まぁこれは、文化祭の扱いが軽めなヒーロー科の反応というやつで。
体育祭とは違って主役になれる普通科と経営科は、密やかだった囁き声が次第にどよどよざわざわと音量を増していく。先生方もすぐにはそれを止めなかった。
ガス抜き的な狙いがあったのかも知れないけど、その不満は別の怒りを
「ふざけないでください!!」
金切り声と悲鳴と罵声。慌てて止めに入る
講堂の逆端にいる私達には何もできないし、最初に叫んだのが誰かも確かめようがないけれど……そうだよね、パワーローダーはサポート科の先生だったから……。
気まずい空気で講堂を出る途中、懐かしい声で呼びかけられる。
「や、久しぶり兵怜さん」
「え、わ、江川先輩。随分鍛えましたね」
記憶より二回りくらい巨きく厚くなってて、一瞬誰だか分からなかった。
「これでも筋肉教の信徒だからね」
「なんですかその怪しげな宗教は」
「伝道師さまが何を言うやら」
「何それ怖い」
同じ中学の二つ上。雄英では世間より更に珍しい
歩きながら、久々な割にぽんぽんと会話が弾むけれど、彼にはそれでも違和感だったらしい。
「元気ないね?」
なんてこと言うの先輩。この状況で元気ハツラツだったらサイコパスじゃない?
「私のことなんだと思ってます?」
「モテモテボスゴリラ様」
「上の学年にまでぇぇ……!!」
しかも“様”まで付いてる辺り、B組発の最新トレンドがそっちまで伝わってるのか……切にやめて欲しい。
その願いが通じたわけではなさそうだけど、先輩は急にマジ
「パワーローダーは良い先生だったよ。俺もサポートアイテムで何度も世話になった」
「……はい」
「『無個性とか危なくて見てらんねえ』とは何度も言われた。でも『諦めろ』とは言われてない」
「…………」
「兵怜さんは?」
──三年生、かぁ。悼み振り返ることと、断ち切り目指すこととが両立している。前を向くことは忘恩ではなく感謝なのだと。
「諦めろって言われても無視するタイプですね」
「だよね、知ってた」
「私のことなんだと思ってます?」
「じゃあ俺は下の階だから」
「先輩!?」
お喋りしながら一年の階まで来といてわざとらしい! お節介どうも!
さて、通常授業──に戻るはずはなくて。
HRでは私達のパトロール分担や連絡体制などの通達があった。校内も完全に安全ではない……というか、安全にするための取り組みだ。
また、明日以降の授業では戦闘訓練などでも余力を残すようにと。振り絞ってぶっ倒れたところに治崎が来たら死ぬぞと。
そんな警告が済むと、次は実際にパトロールの経路を回ったり警報器の場所を確かめたりすることになった、けれど。
「兵怜。すまんが例の、治崎の脚の件で話がしたい」
「了解です」
来ると思ってたので伝えるべきことは考えてあった。百を含む数人の名前を挙げて同席させて欲しいと頼む。
「分かった、声をかけてくる。五分後に校長室な」
「はい」
相澤先生は頷いて去っていった。百は最初から隣で聴いてるし、その人選については(“能幹筺”の正体は伏せたまま、伏せておきたいことがあるとだけは)被身子たちにも昨夜の内に伝えてある。
だから少しだけ時間ができた。
ここを逃す彼ではない。
「おい。俺にも聞かせろ」
「…………無理です。貴方の実力は知ってる。覚悟も買ってるし百を助けてくれて感謝もしてる。
──でも仮免が無いのは別問題ですから」
「やりようはあっただろーが」
轟邸での件はお説教を受けただけで実質的なお咎めは無しになったらしい。というか罰する名目が無かったはずだ。全部百がやってくれたことだろーに悪知恵つけちゃって。
でも今回はダメだ。ぶっちゃけた話そこまでする必然性やメリットがない。
彼以外にも戦力は沢山いるんだし、彼が目覚ましく輝けるシチュエーションでもない。
「治崎は無理です。【爆破】じゃ何度でも直されてしまう──殺すなら別ですが」
「殺すわけねーだろブッ殺すぞ」
「「「殺すわけねーだろブッ殺すぞ!?」」」
私だけじゃなく、近くにいる百・切島くん・上鳴くん辺りと声を揃えて復唱してしまった。殺伐と面白いこと言わないでくれます?
「【爆破】でも不殺くらいできるってんだよ」
「爆音も閃光も範囲デバフじゃないですか、周りの邪魔です。一対一でやろうってんなら殴ってでも止めますからね」
「……ちっ」
以前の彼なら一人で勝ってみせるとか言っただろうけど。やっぱり仮免試験辺りで変わったな。
……あ、そうだ。
「
言うだけ言って煽ってみようのコーナー。
「……てめぇ、幾らなんでも──」
「“無理”ですか?」
「できらぁっ!……それが出来りゃいいんだな」
「そんなの私には決められませんよ。でも将来的にも絶対役に立つでしょ?」
「…………」
いやぁ、こっちは相当無茶を言ってるよ。流石に出来るとまでは言えないか。無理とも言わず、早速その実現方法を考え込んでいるけど。
それはともかく「エルラドってなんだ?」「黄金郷?」とか言ってる友達に返事くらいはしてあげなよ。
「
「
「はい、理想としては。しかし原理的に不可能でないと言うだけで、対ヴィラン戦闘に用いるとなると……」
百も難しそうだと判断したようだ。音波の位相を揃えたりズラしたり、数理的な計算と繊細な調整が求められるからね。ましてや素早く動き回る人間サイズのターゲットとなると──ついでにこっちも動き回るなら──、普通に考えると無理ゲー。
だけど、まぁ。
「サポートアイテムでもなんでも手段を選ばずに、かつ最終的に使うのが
「っ……ハッ、上等じゃねーか」
そんなこんなで爆豪を上機嫌なまま追い返した。
だって、目標与えずにただハブって暴走とかされたら嫌だし。そういう意味ではまだあんまり信用してないぞ。
百と二人で校長室へ向かう途中、覚悟はしていた溜め息を
「はぁ……あのですねカリナさん」
「言いたいことは分かるけどそこまで気を回したくなーい。爆豪にも損ではないんだし」
私がね、彼を褒めるようなことを言ったから。嘘ではないにせよ事実を良い方向へ寄せて話したから。
必然、被身子は爆豪を討つだろう。もちろん(昨夜たっぷりガス抜きはしたから)訓練の範囲内には上手いこと留めるはず。
「ぼっこぼこにはされるだろうけどね〜」
「…………ふむ、これがバカリナ」
「!?」
百から言われるの初めてなんだけど!?
「え、なに、どゆこと」
「爆豪さんに厳しく当たるのは被身子さんだけではないということです。透さんもお茶子さんも八つ当たりをぶつけるに違いありませんわ」
それは──んん、確かにあんまり考えてなかったけど。だけど反省以上に嬉しくなっちゃうな。
「あー……むふっ」
「なんですのその笑顔は?」
「いやー。百の中で、二人はもう爆豪をシバく側なんだなーと思って」
「……客観的な戦力評価のつもりですが」
「うーん、状況次第だけど。それより百は? 我慢してない?」
百は爆豪をシバこうとはしないだろう──仮にしようとしても、ほぼどんな状況でも返り討ちにあうけど。
ただし理由は別だ。
透やお茶子が苛立ちを爆豪にぶつける、ということは──
「……しばらくは気を抜けませんから。夜はたっぷり英気を養いませんとね」
「やったー!」
──百は私をイジめてくれる、ってことだ。ひゃっほう!