配慮を忘れた
治崎による“
お父さんのメモによれば『超常の発動に必要最低限の器官とそれを維持する人工臓器のパッケージング』。これは実に必要十分な説明で、素直に読めば意味は分かるはずだ。
素直にというか、人間らしい心を殺して読解すれば。『そんな狂気を誰が実際にやるんだ』という常識的な倫理を捨てれば。
「ま、さか…………!!」
ある程度は覚悟を決めていた百が最初に察して、吐き気を堪えるように自らをかき抱く。ほとんど同時に根津校長が、少し遅れて相澤先生が思い至ったようだ。
更にその空気から察して──
「なぁ、嘘だろう? こんなのクソネガティブな俺の妄想に違いないそうに決まってる……」
「これより最低な発想はそうそう無いと思いますよ」
──おずおずと訊ねた
そして最後の一人、
概要は話した。管先生の義憤も落ち着いた。
じゃあもっと具体的な話をしていこう。
「つまり箱の中に入ってるものは──①超常器官、②後脳、③ごく限られた循環器系、④栄養や酸素を供給する人工臓器、⑤必要最低限の神経系、⑥操作用の電気部品。最低でもこの六つと考えられます」
「相澤、お前の生徒ヤバ過ぎだろ」
「俺のせいにしないでください、特にコイツは」
「“特に”ってそんな」
相澤先生の小粋な
「超常器官と後脳は発動に必要。循環器系はその維持に必要で、栄養や酸素は外部供給──ただ体内に埋め込んでる場合は、濾過装置みたいなものを挟んでユーザの体液を利用してるのかもです。いずれにせよ老廃物は出ますし」
空気が重い。聞き手を務めてくれるのは根津先生だけだ。
「……電気部品で後脳を刺激して、神経系はそれを超常器官へ伝えるということカナ?」
「はい。超常器官の動かし方は、少なくとも一般的な“発動型”であれば『後脳が知っている』という理解で構いません。
つまり後脳を刺激すれば超常は起こせる──ほら、カエルの脚の筋肉に電極さしてピクピクさせる実験みたいな。アレよりはずっと複雑ですが概念としては似たようなものです」
「どうだ相澤、自慢の生徒の合理的思考は」
「これは兵怜のじゃなくクソ
「ム、その通りだな。悪いことを言った、謝罪する」
「いえ、平気です」
相澤先生はフォローしてくれたものの、実はお父さんの発想なんだよなぁ……あ、校長が察して物凄い微妙な顔してる。ですよねー娘の私もどうかと思ったもの。
まぁそんな気分的な問題より、本題の方がずっとずっと気が重い。
辛うじて対処のしようはあるっぽくて、そこだけが救いだよ。
「そして治崎の【オーバーホール】は、
「ならお前はどうやって治崎を止めたんだ」
「ありゃ? 相澤先生なら呼び出した人選でお分かりだとばかり」
相澤先生から声をかけられて、私が挙げたのは三人。百と菅先生、あともし可能なら『ビッグスリーの【再現】の
私の知る限りではこの三人の“個性”が最適だ。
(梅雨ちゃんの毒液や三奈の【酸】は、体内に埋め込まれた“能幹筺”まで叩き込むのが難しい。仮に【毒蛇】とかなら、まず牙を刺してその先端から液体を注入するとか*できそうだけど)
(“個性”がどうであれ、三奈には仮免がないし梅雨ちゃんも治崎相手じゃ自衛も
「血、というよりは体液だネ?」
「はい。結果からの推測ですが、【オーバーホール】では混ざってしまった液体を
昨日の私は正門前に辿り着くまでに何回も死にかけて──その度に治しつつも重傷を負って──大いに血を流していた。それをペンギンの翼に溜めておいて、凍らせて弾丸として撃ち込んだのだ。
以上!
……なーんてふわっとした説明だと、血液の専門家はもちろん納得しない。
「しかし兵怜よ。それで壊せたのはたまたま血液型が違ったおかげではないのか」
「確実性が無かったのは仰る通りです。でも血液型は関係ないと見てまして」
「ム?」
菅先生の言ってるのは抗原抗体反応*のことだろう。型の異なる血液を混ぜると固まってしまう。これは生体内で起これば命にも関わる大問題、なんだけど……。
“能幹筺”の中では事情が違う。栄養や酸素の供給、老廃物の排出、どちらも人工臓器に頼っている点で。
血液に凝固が起きたらその装置が濾し取って取り除く、はずなんだ。そういう機能がなきゃ超常を起こせる状態を保っていられないから。
つまり私の血は“能幹筺”内の液性だけではなく、もっと致命的なところにまで問題を及ぼしたはず。
「機能的に不可欠な脳組織はあっても、血液脳関門*は取り除かれている、と推測します」
「! っ、いや確かに、それなら辻褄は合うか……」
「循環器系を簡略化したりユーザの体液で栄養補給したり、場合によっては危ないお薬でブーストしたり。諸々を考えると無い方が好き勝手にできますから」
他人の血液がそのまんまフリーパスで、脳組織にまで浸潤したら? 血液型
壊せなくても一時的な(脳の)酸欠を起こせると踏んだ。【オーバーホール】が【創造】の上位互換でないなら酸素を生み出せはしないはず。だから酸欠は治せないだろうと。
「彼は明らかに直す意図で脚に触れていて、でも滑走の機能は復活しなかった。その結果は私たちにラッキーで、彼にとっては寝耳に水といったところでしょうか。
……新しい被害者を求めそうで、そこだけは怖いですが」
「どこまでも……っ!」
こればかりは個人でできることなどない。主に根津先生から行政やヒーロー委員会を通じて、いわゆる“強個性”持ちの単独行動を避けてもらうとか、そういう検討は丸投げする。
さて、前置きが長くなった。
けどやるべき対処は単純。
つまるところ“能幹筺”は、中に他人の血液や体液を注ぎ込めば不可逆的に壊せるってこと。
(はっきりは言えないけど、【オーバーホール】は恐らく脳組織も治せる。ただ原因を取り除けない限り壊れ続けるという)
中身を守るための
「カリナさん、体液とは何でも構わないのでしょうか?」
「治崎の“個性”にとって血液との見分けが難しくて、かつ脳細胞にダメージを与えられるもの、だね。もしかしたら沢山の真水でも何とかなるかもだけど」
「真水だと?」
「確かに血液を薄めてやれば浸透圧で膨れるだろうネ」
「とすると──」
「でしたら──」
「いやそれより──」
やるべきことが定まると菅先生はどっしり落ち着いて、盛んに対策の検討を交わしている。対照的に言葉を喪ってしまったのが(元から多弁な人ではないらしいけど)天喰先輩だ。
そして、彼は。
「…………な、なぁっ、君!」
「……私です? 一年A組の兵怜カリナですが」
「あ、天喰です──じゃなくて、兵怜さん」
もちろん自己紹介は最初に済ませている。間の抜けたやり取りで少しは緊張も紛れたのかな。
そのお陰か天喰先輩は。
割と命知らずなことを口走った。
「
あ、あ、あ、
あっぶなーーーー!?
「百! 百ステイ! 本当に撃つとかどうしちゃったの!?」
「実弾ではございませんわよ」
「そうだけども!」
むしろ実弾より重めのゴム弾を至近距離で脳天に浴びせたら首とか痛めかねないからね? 私が逸らさなかったら間違いなく直撃コースだったぞ今の。
本当に焦った…………いやでも、ここに居たのが被身子なら誰かの血は確実に流れてたな。それに比べたらマシってことにしとこう。
現実には天喰先輩が危うく逆モヒカンになりかけるだけで済んだわけだし。
まぁだからって、それはそれだけれど。
「相澤先生、百にはちゃんと罰則よろです」
「八百万、お前反省してるか」
「どこにその必要が?」
あらまぁつぶらな瞳で。
「相澤、お前の生徒……」
「常識人だと思ってたんですよ、特にコイツは」
「私との差」
ええい、先生方の茶番はともかく。
百の怒りも先生方の呆れも腑に落ちてなさそうな先輩の話だ。
「殺人にあたるか、ですって? お答えしましょう先輩、そんなことは法律で決まっちゃいません」
「そ、れは……そうだろうけど」
うん、あんな狂気を想定してるわけがない。『生きた人間から取り出され、その機能だけをぎりぎり残された後脳と超常器官』なんて。
比喩というか擬人化的なレトリックなら『生きている』とも言うけれど。私だって『
「『法の定めが無いなら殺人罪じゃない』。ぶっちゃけこの一言でも十分ですが、それだけで納得いかなければこう付け加えましょうか。『仮に殺人だとして、じゃあどうする?』」
沈黙。
無言にならないでよ失礼な。
「べっ、……君、割り切りが良すぎないか」
「あは、正面からそう言ってくれる人はちょっと久しぶりです。……でもね先輩、私だって昨日から体調最悪なんですよ」
「ぅ……」
「気に
「…………すまない、悪かったよ……」
伝わったらしい。
伝えまいと隠していたことを、暴かれて掴まれて、挙げ句に謝られた。
うーん……、よし。
「じゃあ天喰先輩、私からもデリカシーゼロの質問していいです?」
「ゔっ陽キャ怖い」
「拒否権が無いことは分かっておられるようで何より。じゃあ訊きますけどね」
「な、なんだい」
天喰環先輩。
“個性”【再現】は口から喰らったものを身体の一部として再現できる。とても強力で汎用性が高く、多分こんな暴言も何度かはぶつけられてきたんじゃないかと思う。
「先輩って、
百に
「訊いて良いことと悪いことがございます。先輩のお言葉と同レベルですわよ」
「同レベルなら釣り合ってるのに」
ひぃ、軽口を叩いたら睨まれた。そりゃ不法行為に不法行為で返すみたいなもんだから冗談だけども。
「え、ていうか同レベルなんてことないでしょ。口に出すのは小学生くらいだとしても、誰だって考えはするんじゃ」
「初めて言われたよそんなこと……」
「本当に!?」
項垂れる先輩のせいで私の発想がおかしいみたいな空気になったじゃないか。
実は天喰先輩がぼっち過ぎただけとかいうオチ無い? その辺を掘るのは流石に酷だと思うけど。
いやでも、そういうことじゃなくて。
「別に嫌がらせや仕返しで言ったわけじゃないんです。極端な話、天喰先輩がエンデヴァーの髪の毛でも食べて【ヘルフレイム】使えるんなら、そりゃ『喰う』とか言い出しかねない──いや、“軽々しくやっちゃダメですよ”って意味でね?」
超常生理学的には危なっかしいからストップかけるけどさ、子供の内はそういう『さいきょう』妄想よくするじゃない?
そして(本来無視しちゃいけないリスクを仮に無視すれば)きっと実現はできるんだよ、理屈の上では。
無個性だった緑谷くんの肉体を後天的に改変したのは【ワンフォーオール】が内包する超常の一つだ。私の身体が“技能”に対応するのは【自己再誕】がそういう“個性”だから。
なら【再現】だって似たようなことはきっと出来る。
リスクを強調しつつ実現性を匂わせると、先輩は何故か項垂れて両手で顔を覆ってしまった。
なんだ、他でもない自分が考えてたんじゃないか。そりゃそうだよね。
「すみません……俺の子供の頃の夢は『氷河獄炎マッスルヒーロー』でした……」
「氷河が入ってるので無罪」
──そんな天喰先輩との話は、リスクを警告するのがメインであって実際にやろうという意図は無かった。本当に無かったんだ。
でも(安全には配慮しつつ)試さないかという声が出た。
「無茶なのは分かってる、確実に安全とも言えない。だが挑んでみてくれないか、天喰」
あー……。
私の考え足らずだった。
こういう流れになるのも想定はできたじゃないか。
相澤先生は治崎の襲撃で、
【抹消】は睨んでから効くまでに数秒かかるようになってしまったらしい。これを再現して補って貰える可能性があれば無視はできないだろう。
──いや、でも無視する可能性だってあった。
実際にそうしなかったのは……それも勝つための合理だと言えなくはないけれど。
やっぱりそれって。
次は一話だけ緑谷編(120話『死柄木与一も贄の羊の夢を見るか』の続き)を挟みます。
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原作にあった八斎會編のバトルは起こっていないが、過去や“個性”については原作からの改変なし。
カリナはビッグスリーの一人として噂を聞いていたし顔も見たことはあったが、自己紹介して言葉を交わすのは初めて。
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昼休みなどに偶然会い、自己紹介くらいはしたことがある。
ねじれは空気を読まず距離を詰めようとしたものの、
実はその時に天喰も居たが気配を消して一般生徒(?)を装っていた。