私じゃ被身子の実況はできない。そう告げるとクラスは騒然とした。
想定していたより驚きが大きくて少し戸惑っていると──
「渡我さんは貴女のことを最強みたいに言っていたのよ。それでみんな混乱してるんだと思うわ」
「あぁそういう。ありがとうございます梅雨ちゃん」
ナイスな補足をしてくれた。気が利くなぁ。
そういうことなら、いつも言葉足らずな被身子のフォローは慣れたものだ。
「被身子が言ったのは身体スペックだけの話ですね。確かに腕相撲とかなら私が勝ちます。でもあの子の“個性”は色んな道具を次々に使い分けるトリッキーなもので、対処が難しいんですよ」
〔身体変造〕で強化されてからというもの、【変身】はめきめき成長してヤバいことになっている。被身子は応用を広げていく様子が簡単そうに見えちゃうから、『ズルくない?』と言いたくなるのを百と一緒に堪えたものだ。
【変身】は吸血された時に身に着けていた物も再現する。防具はまだ分かるよ、広い意味で服と呼べなくもないだろう。腕時計やネックレスも装飾品だ。
けどハンドバッグ辺りから『身に着けていた』のガバガバさが目に見えてきて、『ハンドバッグがいけたのでナイフもいけると思いました』ってどうなのよ。明らかに武器でしょナイフは。それはもう【変身】じゃなくて【創造】じゃない?
身体との距離が重要みたいで、長物は創れないしナイフも投げたら崩れ去る。*1硬さも一般的な鋼には劣る。あくまで外見の再現だ。そういった点では確かに【創造】に及ばないけど、速さと多彩さが厄介すぎるんだよなぁ。
その上、だ。
「それに直感というか野生味というか……。
近接格闘やパルクールみたいな、瞬時の判断と三次元の動きが絡むものの適性はピカイチです。天才的と言えます」
私がそれまでの蓄積でどうにか勝ち越せていたのは中三に上がった頃まで。誰もが舌を巻くほどの速度で被身子はその手の技術に馴染んでいった。特に被身子が職場体験から帰ってからというもの、“個性”抜きの格闘戦とか全っ然敵わない。
お母さんも似たようなこと漏らしてたけど、あの子の“個性”って【NINJA】とかじゃないの? 忍者じゃなくてNINJA。そう言いたくなる変な動きを当たり前に織り交ぜてくるのだ。
ちなみにヒーローコスチュームも顔を隠してる上にほぼ真っ黒なので忍者っぽいといえば忍者っぽい……かも?
「ビル防衛なんてシチュエーションなら尚の事、私の勝率は二割かそこら。被身子は間違いなくこのクラスの『最強』ですよ」
────
『──以上が、被身子さんの戦力分析です』
『それほど……なのか。一年の差とは』
『いいえ、あの方は特別です。今回のような戦場では特に』
当然、カリナと同じことを百も把握している。数の差があってさえ勝ち目が薄いことも。
それでも常闇踏陰と【黒影】はカリナを除けば最高のパートナーだ。勝ち筋が無いわけではない。
訓練開始のアナウンスと同時、百は小さな機械を二つ創った。片方を常闇に渡してそれぞれの片目に装着する。赤外線や暗視などのマルチスコープだ。正常な動作を確認するや、常闇の後ろに百がぴたりと張り付くようにしてビルに突入する。
『まずは奇襲を凌ぐこと。それに失敗し同数の戦いになれば負けは確定です』
『……信じ難いが信じるとしよう。諦めているわけではないようだからな』
『ありがとう存じます、常闇さん』
そのような会話を踏まえ、ヒーローチームの作戦は『果断即決』。曲がり角や部屋の入口では手早く様子を窺うものの長く足は止めない。隠れる物のない場所は全力で駆け抜ける。
モニタールームでは疑問の声があがっていた。被身子が潜伏や奇襲を得意とするのを知っているなら余りに危険に思えたのだ。カリナは黙して語らず、代わりにオールマイトが答える。
「時間が限られる以上はリスクも取らなければならない。あのスコープのようなアイテムが無いなら蛮勇と呼ぶべきだがね」
確かに時間制限はヒーロー側の弱みだ。前回のように分かりやすい場所に核があるとも限らない。
更に上鳴と梅雨が質問を重ねる。
「常闇のヤツが“個性”も出してないのは?」
「ケロ。そうよね、【黒影】ちゃんも意識は独立してるようだったから、周りに目を配ってもらえば良さそうだけど」
「普通に考えればその通り! だから何か意図はあるんだろうね──」
オールマイトはちらりとカリナを見やる。彼女はモニターから視線を動かさない。
流石に『出番を奪うまい』と気を遣われていることは察した。
「まず考えられるのは『防御』。ああいった“個性”はダメージを受けても本体に伝わりにくいから、盾のように扱うことがある。それと『誘導』もあるかな。兵怜少女、どうだろう?」
「百ならやりそうですね。心理的なトラップも含めて」
「そうだね、渡我少女にどちらを狙うか悩ませる妙策だ!」
オールマイトの解説通り、潜んだまま二人を観察する被身子はどちらを先に襲うか決めかねていた。
常闇の場合。当然【黒影】が本体を庇うだろう。
百の場合。なんらかの罠を隠し持っているだろう。
どちらにせよ突破はできる、と思う。しかしそこで少しでも時間をかければ、百は重ねて被身子を妨害し常闇は核へとひた走ってしまう。
その形を作らせたくなかった。最終的に勝てるとしても、百の策を成立させた時点で完勝ではなくなると感じたのだ。
──そこまで予想しているなら核の近くを離れず罠でも仕掛けておくべきなのだが……被身子は待つのが好きではないし、カリナと続けて受けに回るのも芸が無い。その判断を百に読まれると分かっていても、核を離れての奇襲を選択する。
二人が昇り階段のある小部屋に入り、手早く四方を警戒してから階段の下に駆け寄った時、とうとう被身子が仕掛けた。
ビル内に転がっていた大きめのゴミを集めておき一斉に上階から落とすだけの単純なトラップ。そこに紛れて被身子自身も落下する──長く引き出した確保テープの端を上階に固定したまま。
常闇達がゴミや被身子を無視し強引に突破すればテープにかかる。百が隠し持っていた仕掛けの一つは強力なバネで急加速するものだったが、これは使えそうにない。
空の一斗缶などが落ちるガランガランという騒音の
モニタールームのオールマイトが早口で疑問を呈する。
「その位置は危険じゃないか挟み撃ちに遭うぞ!?」
常闇からの距離が近すぎるのだ。マントの中から【黒影】が急襲してきたら百との同時攻撃を受ける。
その実況でカリナは被身子の意図を察した。
(……やっぱ怖いわあの子……)
常闇と百はどちらも秩序を重んじる真面目な性格。どんなに話し合っても信頼関係は浅く、お互いが譲り合う一瞬はどうしても生じる。被身子なら身を躱すに充分な隙が。
百とて想定はしていた。迷ったら自分を切り捨てて走れとも伝えていた。しかし常闇は紳士である。
「
「それ躱すのか渡我少──ムッ!? 常闇少年アウト! 八百万少女のトラッ──続けてアウト!」
言葉がまるで追いつかない一瞬で勝負は決した。
「ヴィランサイド、WIN!! 三人ともナイスファイトだったぜ!」
録画をスロー再生するまで、どうやって常闇に確保テープが巻かれたのかはオールマイトにしか分からなかった。一応の面目躍如である。
あの瞬間、上階へと伸びていたテープの端が被身子に向かって引き寄せられたのだ。同時に被身子は【黒影】と百の攻撃をアクロバティックに避けながら位置を調節し、巻き取るように常闇を確保。そこに百からネットが発射されたが、冷静に対処し危なげなく抑えきった。
常闇を捕らえたからくりはもちろん被身子の“個性”である。
「被身子さん、いつの間にそんな……」
「えへへ、ビックリしました? こっそり練習してたんですよぉ」
被身子が手にした箱状のものから平たい帯を引き出す度、勢い良く巻き戻って収納されていく。誰でも目にしたことくらいはある──しかし被身子のコスチュームには付属していないはずの物。
「これは……
「その中心部と似たものですねぇ」
〔身体変造〕の影響で被身子の【変身】は衣服以外にも拡張された。しかし創れるようになったのは単純な形状の刃物やプロテクターまでで、強度も再現しきれない。
要するに見た目がメイン。あくまで【変身】なので機械類は動作してくれない。本人も百達もそれは無理なのだと理解していた……いや、思いこんでいた。
例えばファスナー程度なら本物と同じように開閉できる。金属製のボタンもパチンと閉まる。鎖状のアクセサリはジャラリと鳴る。
つまり、金属的な物性もある程度までなら再現できている──カリナの父からそう指摘されて以来、密かに訓練を積んできた。
「それとこっちは予めコスチュームにつけてもらった強力磁石。組み合わせてテープの端を引き寄せました」
金属の帯を何重にも巻いてくせを付けたものがぜんまい
磁力は難しかったのでコスチュームに用意してもらい──これは百も把握していた──今回のような小技の自由度を高めている。
指先の小さな動作だけで確保テープを引き寄せ、常闇の背後から襲わせたように。
「これは……完敗だな……」
「そうですわね。ただし常闇さん、“今回は”です」
「! あぁ、その通りだ」
二人の言葉に被身子は──
「いつでも受けて立ちますよ、百ちゃんも常闇くんも!」
──A組の『最強』は満面の笑みで応えた。
※被身子→常闇くん
性欲裁判の内容から嫉妬しそうになりましたが、昨夜の内にカリナがしっかり“解消”させました。
次話、なんか不機嫌だった彼とかいつも不機嫌な彼のお話。