【完結】愛慾のヒーローもどき   作:土屋 四方

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※冒頭の爆豪パートは、ONE PIECEで良くあるような『扉絵だけで少しずつ進んでいくサイドストーリー』のイメージです。


3. 悔やみて改めず



 

 

『ダイナマイト・メカニクス1』

 

 爆豪勝己はサポート科を訪れた。

 LRAD──離れた座標にだけピンポイントで爆音を響かせてターゲットを無力化できないかというカリナの案は、流石の彼もアイテム無しには不可能と認めざるを得なかったからだ。

 

 そしてそこには幽鬼が居た。

 

 雄英高校サポート科・一年H組所属、発目(はつめ)(メイ)。引きつったまま貼り付く笑みと血走った目は爆豪さえ震えを覚えるほど。

 敬愛する師を喪い、しかし自らの細腕では怨みの晴らしようがない。これまでに生み出した作品(ベイビーちゃん)たちも治崎(かたき)相手には無力だろう。

 

 どうすれば。どうすれば。

 

 そんな彼女に爆豪は、仇に抗しうる道筋(プラン)を持ち込んだ。

 

(つづく)

 

 




 

 

 治崎が校門前から消える直前のこと。

 カリナによって機動力を奪われた彼は、最後の足掻きとばかりに前髪の針を伸ばした。

 それは一直線に霙理へ向かい、それを庇う百に突き刺さる──かに見えたが。

 最終的に傷を負ったのは戸村霑ただ一人。彼は自らの身体で攻撃を受け止めたのだ。

 

 負傷については既にリカバリーガールが強引に治したので問題無い(本人は大暴れして拒んだが)。

 ただしあの瞬間を目撃した者には小さくない違和感が残っている。

 

見間違い? それとも治崎が狙いを外しただけ?

 

 カリナの目が確かならば、治崎の針は霙理ではなく霧に襲いかかった。

 霑はそこまで百を嫌っていない(比較の上ではマシな方である)が、かといって身を呈して庇う程ではない。咄嗟に身体が動くとしたら霧か霙理が狙われた時くらいのはず。

 

 

 もっともカリナは、この疑問を本人にぶつけるようなことはしなかった。

 単に『百だけでは霙理が危険』と判断した可能性もあるから。治崎のミスかも知れないから。

 

 しなかったというより、暇がなくて出来なかったというべきかも知れない。

 “能幹筺(カートリッジ)”対策の方が優先度が高いから。

 それ以上にそれだけでなく、『〔負循環〕の件で恋人たちのご機嫌を取ること』と『使い果たした〔身体変造〕の因子(リソース)補充』という超重要最優先任務を二つも抱えて、()()()()()から。

 

 



 

 

■十月下旬

 

「先日のヴィランは治崎廻。死穢八斎會の若頭で、オーバーホールというヴィラン名も良く知られていた。凶悪で強力なヴィランとしてネ」

 

 既知であったはずの情報に、霧は鈍痛と吐き気を覚える。

 

「八斎會がかつて霙理くんを監禁していたとは聞いているのサ。しかし、そんなヴィランが一体どうして霧さんを狙ったんだろう?」

 

 

 

 雄英高校・校長室。

 

「僕らには君たちを護る義務と意思がある。そのことで君たちが僕らに負う負債や義務は無い。けれど情報提供をしてくれるなら仕事はやりやすくなり、君たちの安全性もより高まる……といった辺りで納得しては貰えないカナ?」

 

 巨大な、実際以上に広く感じられるデスクを挟んで向かい合うのは、片や校長の根津と香山(ねむり)。片や霑と霧。霙理は保健室で待っている。

 

「納得も情報提供もしねーよ。黙って“善良な一般市民”に奉仕しろ」

「貴方ねぇ!」

 

 霑の態度を咎めようとしたミッドナイトの言葉は小さな手で遮られる。

 

「構わないのサ、無理に聞き出すつもりは無いのだから」

 

 この場に他の教員がいないのはその意思表示でもある。根津を護衛する意味でミッドナイトだけは同席しているが、彼女一人では霑と霧に何事か強いるほどの戦闘力は無い。

 もっとも、本気で無理強いするなら──暴力をも辞さず実効性だけを最重視するなら──そんな手段は採らないだろうが。

 

「吐かせるつもりなら簡単だってか。やっぱクソだなヒーロー」

「子供を盾に取るとでも? そんなことリカバリーガールはもちろん兵怜くん相澤くんも許してくれないサ。僕はこの通り貧弱だからね、できるのは筋を通してお願いすることだけだよ」

「その“お願い”はお断りだ。それで終わりだろ」

「あぁ、君の言う通りなのサ。呼び立てて済まなかったネ」

 

 退室を許す言葉に、霑は鼻を鳴らして踵を返す。『行くぞ、霧』などと声をかけることはしない。必要ないと思ったから。

 しかし彼女はついて来なかった。

 

「おい霧?」

「…………しが……霑……」

 

 振り返るとそこには見知らぬ表情。

 葛藤。逡巡。恐怖。およそ霧には似つかわしくないと思えるもの。

 咄嗟に思い浮かんだのは『何らかの“個性”による精神攻撃』だった。

 

「テメェら──!!」

「ちがう、ちがいます。彼らは何も」

 

 その的外れな敵意は霧が止めたものの──しかし彼女はその先を言葉にできず、顔を塞ぐようにして押し黙ってしまう。

 

 霧からすれば、八斎會の生き残りに狙われる覚えは大いにある。それを誰にも話していないだけで、彼らを潰したのは他ならぬ霧なのだから。

 無論、『黒霧のやったことは今の自分とは関係無い』なども居直るつもりもない。

 

 

 罪悪感はずっとあった。

 ただし、誰かに懺悔するつもりも露見するおそれもない、凪ぎきった湖面のような罪の意識。

 それが今や時化(しけ)のようだ。ろくに言の葉も浮かんで来ない。

 

 


 

 

 なぜ殺した?

 当時は【ワープゲート】を失うことなど想定しておらず、放置してもリスクは知れていたのに。

 憂さ晴らしだ。

 霙理の扱いに覚えた怒りを雑に叩きつけた。それ以外の意図や目的や計画など、何も無い。

 

 だから横着をした。

 実のところ霧は、誰によって・何のためにかの虐待が行われていたかということすら、正確に確かめていない。ドクターの遺したメモで子供(えり)の存在を知った段階から組織ぐるみであることは確実視しており、故に組長(トップ)は確実に消すと決めたが……ただそれだけ。

 

 組員も余さず念入りに刈り尽くしておけば今のような事態は起きていないものを。ただただ(おこた)ったばかりに現状がある。

 ──霙理が恐怖のあまりに直接実行犯の名前や特徴を挙げられなかったことは、もちろん言い訳にならない。他ならぬ霧が無理に思い出す必要はないと止めたのだから。

 

 投げ遣りでズボラな殺傷。

 受けた側はごく自然な感情として恨むだろう。当たり前だ。今の霧も、黒霧であった頃すらそう思った。

 

 ならばなぜ残した?

 やるならば徹底すべきだ。怨みを残せば禍根を生むなど当たり前なのだから。

 原因は……原因は……?

 

 

 なんであれ、ほぼ無敵の逃走手段(【ワープゲート】)がある内は復讐の(あぎと)に噛み砕かれる心配などまるでせずにいた。

 この点は、【巻戻し】を受けて今の姿になった時点で少しだけ改めたのを覚えている。

 いずれ八斎會の生き残りが自分の前に立つ可能性も全くのゼロではなくなったな、と。

 

 ()()()()()()()()

 

 そんなことを思った。端的に言えば()()()()()()()()のだ──あの頃は、まだ。

 

 


 

 

「わたし、は……」

 

 今は違う。

 死にたくない。大人しく殺されてやるわけにはいかない。

 

「霧、はっきり言え」

「…………」

 

 ()()()()()

 仕事を雑にこなした甘さが。覚悟を決めたようで執着を引きずる浅ましさが。子供可愛さにあっさりと変節した定まらなさが──まるで兵怜カリナのようではないか。

 

「とりあえず戻ろうぜ。こいつらに聞かせてやることもねえだろ」

 

 ()()()()()

 自らの無関心さが。死穢八斎會という集団は意識しているつもりでも、組の歴史や組長の人品と同レベルで、治崎という個人にも注意を払わずにいたことが。

 真実きちんと警戒していれば、彼の顔や名前が意識に刻まれないはずは無い。それだけの危険度がある。

 

 なのに先ほど根津に言われるまで、『ヴィラン名:オーバーホール=若頭』に関する情報と先日の襲撃者とが結びついていなかったという衝撃。

 八百万百が『知識偏重の頭でっかちにならないように』と度々自戒する(まさ)にそれ。知っていただけでは役に立たない。致命的な手落ち。

 

「いえ、霑。私は……」

 

 ()()()()

 治崎廻に狙われている人間(じぶん)の周囲という危険地帯に霙理を置いておくなんて。かといって、独り出ていけば彼女は安全か? なんとなれば自分への復讐として霙理が狙われることさえありうるのでは?──治崎のやり口が渡我被身子と似たような陰険さを伴うならそれ位はやりそうだ。

 

「話しておいた方が、良いのではないかと」

あぁ? メンドくせーな」

 

 そして──あぁ、今更だ。あまりにも今更だ。

 そして、()()()()()

 

 人を殺した。霙理はどう思うだろう。

 それを隠した。霑は責めるだろうか。

 面の皮の厚いこと。『罪悪感はあった』などと顧みたところで、そこに罪自体への悔いなど無かったのだ。罪が必ず連れてくる不可避の業が怖ろしかっただけ。

 過去形ではなく今もそう。

 

 そして突きつけられた治崎という最悪の業。稚拙な暴虐の報い。

 

 霧には『たった一人生きて、奪われる苦しみを味わえ』などという具体的な敵意は微塵も無かったが、それさえ今は罪に思えた。()()治崎を『単なる運とタイミング』で生かすなど、その方がよほど馬鹿にしているから。

 彼女の心は告解を求めているのかも知れない。

 しかし──、

 

「必要ならまず俺に言えよ。それかあのエロガキでも巻き込んどけ」

「エロガキとは、どの」*

「兵怜に決まってんだろ」*

「確かに」

「そもそも本当に言う必要あんのか?」

 

──霑は責めない。探らない。暴かない。

 

「霙理が聞いて喜ぶ話じゃねえんだろ」

「……はい」

「お前も気分良く話せるもんじゃなさそうだしよ」

「貴方が喜ぶ可能性はありますが」

「クソどうでもいい」

 

 真実などというものに、彼は大した価値を見出していないから。

 それはもちろん(霧にとってはありがたくとも)最適からは程遠い姿勢だ。

 

「霙理くんの安全に繋がる可能性は?」

 

 だから根津は問い質した。霑に睨まれても引き下がりはしない。

(なおこの時、味方であるはずのミッドナイトまで根津を睨んでいた。霑たちのやり取りにただよう成熟直前の青臭さを噛み締めていたらしい)

 

 霧は目を伏せ、話すべきだと覚悟を決めようとする──しかし。

 

「『治崎のメインターゲットは霧だ』。この情報の他にまだ必要か?」

「……必要では、ないネ。一つを除けば」

 

 霑は重ねて遮った。

 それで根津もラインを見定めた。

 

「ミッドナイト、済まないが部屋を出てくれるカナ。一つだけ、安全に大きく関わる質問をしなければならないから」

「校長……」

「大丈夫。彼らは後先を考えないタイプじゃないよ」

 

 

 

 不安を見せながらも言われた通りに護衛が退室し、部屋に残ったのは三()だけ。

 そして根津が投げかけるのも、宣言した通りたった一点だけ。

 

「死穢八斎會という組織は今もあるのかい? 消えた彼らを追うことに人手が割かれているのは確かなのサ」

 

 “()()()死穢八斎會”。

 霑はすぐに(おおよ)そを察した。

 霧は一瞬戸惑って……後から自嘲が追いついてくる。

 

「消え──なるほど。隠蔽はヒーローのお家芸でしたか」

「公開が害になる時はネ」

 

 死穢八斎會という指定ヴィラン団体が壊滅したとか監視から逃れたといった情報は一切公になっていない。霧はそのことから『八斎會に生き残りがいても監視下にあるはず』と考えていた──公安委員会の発表を、そうと気付かぬ内に信じていたのだ。

 

 その欺瞞を責めようとは思わない。自分が愚かだったと戒めるだけ。ヒーロー側も謝りはしない。

 

「清廉でも潔白でもないのは認めるよ。僕らは誰かを護りたくて働いている。伏せることもするサ、今の君たちのように」

「組織としての八斎會は、すでに警戒不要です」

 

 とはいえ根津の皮肉は普通に不愉快だったので、霧は必要最低限を答えて会話を打ち切った。

 踵を返す霧を、根津も呼び止めはしない。

 

「情報感謝するヨ」

「戻りましょう霑。手数をかけました」

「あぁ」

 

 


 

 

 霧の過去に罪があるとして、その追及は後回しとするしかない。治崎および“蒼炎の誘拐犯”や“泥ワープ使い”の脅威度が極めて高いからだ。

 彼らを追う上で、『八斎會の壊滅』という情報は大きい。

 

 治崎はどう考えても単独犯ではない。八斎會以外のバックがいるということ。

 八斎會を追っていたマンパワーを、その未知の組織へと振り向けられること。

 その組織に“泥ワープ使い”が所属しているなら、分倍河原仁との接触があったとも考えられる。結節点は模造脳無事件。

 

 この情報が引き起こす変化は小さくない。

 この変化が連れてくる男はとにかく速い。

 

 サポート企業・デトネラット社やIT企業・Feel Good Inc.という偽装(カヴァー)は、異能解放軍という実体をよく覆い隠している。

 危ない橋も幾つかあったが、これまでの所は幸運*にも助けられ、一般市民にまで浸透した数の繋がりによる誤魔化しはほぼ完璧に作用してきた。

 

 ──()()()()()

 ヒーロー公安委員会が標的を絞れていなかった今までは、だ。

 

 

「エンデヴァーさんがあれだけ動いて尻尾も掴ませないのは大したもんです。それならそれで裏側から探るだけ。得意分野ってやつですよ」

*
心当たりが多いので

*
面倒ごとなので

*
例えば今筋(マスキュラー)の捕縛が致命的になっていないのは、彼が興味の無いことを記憶しないお陰。




 そろそろ完璧な潜伏は難しくなってきた異能解放軍。
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