「なるほど! 原理は実に
「できそうかよ」
「造っても使い物になりません」
「問題点を言え」
とはいえ、そのことで技術的
LRADというシステムは、虫眼鏡で太陽光を集めて黒い紙を焼くのと似た部分がある。前者は光ではなく音を集中させるわけだ。
「スピーカーの角度を予め固定すると、レンズさながら焦点距離が決まってしまいます。丁度良い距離だけ攻撃可能で、それより遠くも近くも狙えません」
「クソ武器じゃねーか。角度調整させろや」
「簡単に言ってくれますが、大きな低音を出すスピーカーですよ? いい感じの角度に合わせてネジなどを締めても、振動であっという間に緩みます」
「緩むとどうなる」
「振動波が狙った位置に集束しませんし、音源と対象の距離がふにゃふにゃ変わったら計算通りの合成なんか起こりません。運頼みのクソですね!」
『それをどうにかするのが技術者ではないのか』と言いたくもなったが。というか実際に言ったが。
『できないことをできないと言うのも技術者の務め』、それはそれで納得である。
ならば仕方がない。
“
ホークスにとって手がかりと言える情報は山ほどあった。あり過ぎて絞りにくいとさえ言える。
確かなことから一歩一歩進めるしかない。
「やらかしてることの規模からして、ちっぽけな組織なわけがない」
「そうね」
「それがこんだけ派手にやらかして、具体的な容疑者が挙がってこない? まさか会長に圧力でもかかってます?」
「そう思うならいつでも
「怖いわ〜返り討ちにあいそう」
公安委員会全体に対してなら、有形無形の様々な力は絡んでいる。合法的なものもそれ以外も。
しかし会長個人やホークス周辺の──つまり百が関わった──少数精鋭に内通者は存在しない。各自の
「条件に合致するヴィラン団体は知られていない。これは事実よ」
「ならヴィラン団体じゃないんでしょうよ」
「そうなるわね」
「カネの流れは?」
「もちろん」
ホークスに手渡されたリストには名だたる大企業が並んでいる。実際に異能解放軍との関与がある社名も(ヒーロー側はまだ知り得ぬことだが)複数含まれていた。
猟犬の如く匂いを追う。獲物の隠れ蓑はきっと暴けるだろう。それだけならきっと難しくはない……暴いた後の捕り物だ、肝心なのは。
「攻め手は現場に任せます。ただし絶対に逃さぬよう」
「わーお丸投げ」
「素敵な職場でしょう?」
「変に口出されるよりはマシですがね」
疑っていることを悟らせず。探り当てても気取らせず。なんの準備もさせぬまま一気呵成に一網打尽。
それが理想だ──もちろん容易ではない。というかほとんど不可能だ。
だから妥協や工夫が要る。
例えば──本当の急所はとっくに見当が付いているのに、あえて末端の末端から探りを入れる、だとか。
渡我被身子が炎の中から秘密裏に救い出したのは青山夫妻だけではない。二人から雄英の情報を搾り取っていた側も、存命のまま逮捕され司法の手に委ねられている。
「『“個性”で差別される当事者の会』、ね。資金関係からすると実質的に心求党の下位団体……」
団体そのものに表立った問題は無い。
子供の“個性”に悩む保護者のメンタルケアや、自尊心を持てない子供の為の制御訓練など、間違いなく公共善にあたる活動内容だ。そこに政党が(NPOなどを経由しつつ)出資するのも……票集め的な側面があるにせよ、正当な政治活動と呼んでいいだろう。
ただ、逮捕された二人の様子はおかしい。
諦めたようにぽつぽつと自供した『ただの興味本位』『雄英高校のファンなんだ』などという動機も相当に不自然だが、『個人的にやったことか団体の指示か』を訊かれた時の様子はホークスが確信を抱くほど。
『ありゃ愉快犯の態度じゃない』
ここまでは確定と考えられるほどの怪しさだった。
とはいえ、実際には団体からの命令があったのだと仮定すると……にも関わらず末端が団体を庇う理由は? どうしてそこまで会を守るのかという話になる。
単独犯が誰かに責任を被せる出まかせなら良く聞く位だが、その逆となると。
「中身は宗教団体だったりするんですかね?」
「どうかしら。あなた潜り込めて?」
「え?」
打てば響くようだった会話が、この時はじめて食い違った。
資料をめくりながら目も見ずに話していたホークスは顔をあげて目を瞠る。自分ほどの知名度でそんな団体への潜入はまず不可能だし、それに。
「“一応リーガルは忍ばせたけど深い部分に食い込めない”って、会長が言ってたんじゃないですか」*
「……そうだったわね」
誤りを認めながら、会長も顔を上げる。天井を睨みながら眉間を揉む様子は疲れも露わ。その時点でただごとではない。
疲労はいつものことだが、こんなに分かりやすく見せるような人物ではないはずだ。ホークスは驚いて立ち上がった。気遣いから、上司の湯呑みに茶を注ぎ足そうとして──
「冷さんの誘拐も治崎の件も、確かに悩ましいですが……うん?」
──つい、と不自然に。会長はノートPCを押し退けた。ホークスの目から画面を隠すように。
「いや見ませんて。素人じゃあるまいし」
「そう、よね……」
「本当にお疲れのようで。肩でも揉みます?」
「遠慮しておくわ」
こういう時、気軽に『話くらい聞きましょうか』と言えないのが(肩書上は違うが実質的には)諜報員のつらいところである。余計なことを知るのはリスクでしかない。見える画面も見ないように動く習慣もすっかり染み付いた。
もっとも、半自動的な思考までは中々止められないものだが。
『この状況で会長が頭を悩ませてて、俺に伏せるべきこと?』
平時ならば
轟家の件、治崎の件、背後にいる組織の件──それら関連は隠すわけがない、はずだ。
その程度の信頼関係はあるだろうに……この小さなヒビのリスクを、会長の側は重く見たらしい。
「気を悪くしないで頂戴。オールマイト絡みよ」
「あー。あの人は昔から秘密だらけのようで」
「えぇ……本人にその自覚が無いのは困りものだわ」
じわり。
ホークスを
「……それ、俺が聞いても平気なやつです?」
「機密を漏らすわけがないでしょう。安心して相槌マシンになりなさいな」
「うへぁ」
しかし逃してはもらえなかった。
会長の疲れを
──立場ある人間がたまに漏らす愚痴というものは、本当に、聞き手の胃を痛めつけるものである。
「このところ雄英と調整を重ねてるのは知ってるわね」
「もちろん。……対治崎の防衛プランに関してだと思ってましたが?」
「それだけならオンラインで済ませてる。どうせ細部は現場に投げるのだから」
良い上司、と呼べるかはともかく。
はっきりしているのは彼女に対ヴィラン戦闘の経験など皆無ということだ。だから余計な口出しはしない。では何故わざわざ足を運んでいるのか、という話。
ホークスは少々驚かされた。
「はっきり言えばオールマイトの不始末の尻拭いよ」
「うわ。……ホントにはっきり言いましたね」
「貴方なら腹も立てないでしょう」
「それはそうですけど」
画面越しならばともかく同業者の立場から見れば、彼は決して完璧超人ではない。
それでもヒーロー公安委員会にとって、オールマイトを公然と批判することは……ほぼ不可能である。諸外国の犯罪率の高さをよく知っているから。今の平和を作ったのは間違いなく彼だから。
本来なら公安がやるべき仕事と担うべき信頼を、彼個人に肩代わりさせてしまった負い目は極めて大きい。
オールマイトが邁進してきた(時に非人間的な)『象徴思想』は、そもそも公僕の落ち度とも言えるわけだ。
つまるところ、そういった
「全く、やりづらいったらないわ」
──ということである。
オールマイトの秘密を守っているはずの公安は、その秘密の中身を知らない。
馬鹿げた話だが事実である。
それを認めた頃の情勢では仕方がなかった。
治安は最悪、AFOの部下たちは各方面でろくに隠れもせず好き勝手、その指先は公安内部にも浸透していたのだから。オールマイトからすれば明かせるわけが無い。充分に理解できることだ。
未だに知らないままなのはどうかという批判は甘んじて受けるにせよ、ともかく現時点で、知らないものは知らないのである。
だから──
「お願いします、少しでも良いんです、出久のことを教えて……!!」
「緑谷さん、どうか落ち着いて……」
──こんな風に縋られても如何ともし難い。
保護者の感情としては痛いほど分かるし、言い分も極めて真っ当なものばかりだが。
雄英高校で『何か』があって、緑谷出久という学生が緊急入院となり、そのまま面会謝絶が続いている。なのに家族は面会どころか容態も入院先さえも分からぬまま。
『ある重大な秘密』を守るためだという。
説明できたのはその一点だけ。当然引子は納得できない。
そこで雄英は公安を巻き込んだ。『その秘密を公開する権限は自分たちも持っていないから』と。
「でも校長先生は、委員会の許可が必要だと……!」
「それは仰る通りです。ただその秘密は緑谷さんを守るためでもあります」
「私よりも出久を守ってくださいよ!」
学校の立場が規定上そうなっているのは事実。勝手に開示範囲を広げられては困るのも確かだから、おかしなことではないのだが……。
表に出さない本音においては、面倒極まりないと溜め息が止まらない思いである。
公安という組織はこの機会にオールマイトの秘密を中身まで把握しておきたい。そのような欲は根津も把握しているだろう。
同時に、隠せるものなら隠したいようだ。公安という組織や会長個人を信じきれる根拠が乏しいことは……外からの視点に立てば無理もないと理解できる。
学校としての説明責任(この場合は『説明できていないことの責任』)を公安に擦りつけようなどという動機はきっと薄い。そんな下らない理由でここまで保護者を苦しめるものか。
しかし両組織の紛争は非情で、決して緑谷引子に優しくはないのだった。
……というより、個人の幸福を思うなら答えは分かりきっている。
ただ組織のトップには、私人として自然な善意に従うことが許されていないだけ──その点に限ればオールマイトなど気楽なものだ。
今この場では、義務と正義の折り合いを探る答えしかできない。
「ご満足頂けないのは分かりますが、わたくし共も四角四面に規則をあてはめるつもりはございません。調整を進めておりますのでお時間を──」
「待てというなら! せめて今どこでどうしてるかぐらい──」
「努力しています。ですからどうか今しばらく……」
待てと言いながら期限も示さず、緊急入院と言いつつ容態も明かさず、緑谷引子からの不信が高まるのは至極当然のこと。
それが放置・軽視されたということは──少なくとも無視されたわけでは──ない。きちんとメンタルケアのプログラムが組まれ、できる限りの対処は行われた。
それを時間稼ぎとして、公安と雄英は互いの柵を乗り越えようと話を進めている。
ただしそれが、一人息子を奪われた親に対する充分なケアだったかと言えば。もとい、そんな状況の親に“充分なケア”などというものが有り得るかと言えば。
答えは火を見るよりも明らかであった。