スピーカーの角度調節。それはつまるところ照準システムだ。
だから前もって完全固定はしておけない。そこまで時間をかけずに動かせる必要がある。
反面、攻撃時には狙った場所にぴたりと音を集める為に揺るぎなく固定しておきたいのだが……このスピーカーが発するのは重低音。大きな和太鼓のようなものだ。ビリビリと、力を伴って振動する。
自由度と精度と耐久性、この三つを高い水準で同時に達成しようというのだ。いくら爆豪が手段を選ばずとも困難な問題であった。
「ダメですねー、全然固定できてません」
「……すまん、爆豪」
「いやいや爆豪氏が無茶です! 筋肉でどうにかなる精度じゃないですから」
障子目蔵による手持ち──保持力不足。
「ぐぁぁああ!!?」
「だから言ったじゃないですかー」
「すまねぇ爆豪、硬さが足りなかった……!」
「硬さの問題じゃないんですって」
切島鋭児郎の【硬化】──振動破砕。*
理論実証されたLRADシステムはこの振動を抑えつつ保持する機構を持っているが……これが実に重い。移動砲台として使うには余りにも。
その重量を数字として聞かされ、オールマイトでさえ『素早くは動けなくなるね』と言われた。
その時点で砂藤力道などによる運搬プランも瓦解。
爆豪も行き詰まりを感じずにはいられなかった。
が、この難題の突破手段は存在する──A組生徒の中に。
流石の治崎も正面から雄英を攻め落とすつもりは無いのか、一週間ほどは平和が続いている。表面的には“泥ワープ”による犯罪も起こっていない。
いわゆる“強個性”とされる人に夜間の単独行動などを控えてもらうような話(
これで多少なりとも被害が防げれば……厳しいかなぁ……?
ともかく、青山くんも復学して霑くんの負傷も全快するくらいが経った十月の末。
昼休みに入ってすぐ、百のスマートフォンが鳴った。
「非通知……どなたでしょう。失礼しますわね」
一言断って通話を始めた瞬間、その表情が大きく曇った。どう見てもポジティブな反応じゃない。
すぐに〔身体変造〕で聴力を強化して──
「は、はい! 八百万百でございます。間違いございません」
『突然ごめんなさいね、今大丈夫かしら』
──相手の声に、私も思いっきり顔を
「えぇ、学校は今昼休みに入ったところで」
『よかったら少し時間を貰えない?』
うへぁ。良い予感がしないなー。百も同意見の模様。
「リナちゃん?」
「ちょっと離れようか──小声でね。かけてきたの、公安の会長さんだ」
被身子たちはちょっと驚いただけ。三人からすれば百のインターン先のトップって認識だろうから、『何の用事だろう』『クレームとかは無いだろうし』ぐらいの疑問しか湧かないのだろう。
「イヤな人なんです?」
「イヤっていうか……油断ならない人、かな」
「珍しいね、リナちゃんがそんな風に言うなんて」
「私も良く知らない人にこんなこと言いたくないけどねぇ。微妙に借りもあるし」
何度かやり取りはしたけど直接会ったのは一回だけだし、その時はこちらの希望を汲んで個性届に秘匿指定をかけてくれたんだから、悪い印象なんてほとんど無かった。
だけどなぁ。
「あのお母さんが名指しで『気を許すな』って言ってきたから」
「マーサさんが? 怖っ」
「でしょー」
実際、私はあの人から何か頼まれたら断りづらいと感じている。厄介なことに恩義って負債には契約書とか借用書とかなーんにも無いんだよ。ヒーローとして働くことで返すつもりではいるけれど。
しかも返済を始める前に、百のアポイントを捩じ込むことで利子が増えちゃったし。
百としても強引に面会を取り付けた自覚があるから、返済のために何をさせられるのか戦々恐々という反応。
ただ──どうもそういう話ではないらしい。
『身構えなくていいわ。今日はお礼を言いたいのよ』
「お礼、ですか?」
『正式なものは
「──なるほど」
百と一緒に肩の力を抜く。なるほど“
「でしたら
『もちろん』
快諾を受けて、私たちは急いで食堂に行ってお弁当を買い──会長さんはもうお昼を済ませたというので五人分──、指定された応接室に足を運ぶ。
「お待たせ致しました!」
「急がせてしまったみたいね、ごめんなさい。もっと落ち着い、て──」
「?」
百に続いてぞろぞろと部屋に入ると、会長さんは何故か目を丸くした。
想定より大人数だったのかな……ん? あ、やば。
青山くんを釣って疑惑を確定させた透、青山くんの両親を護った被身子、戸村リサイクル周辺を警備して治崎と最初に接敵したお茶子、それらを統括指揮しつつ冬美さんを護った百──私、形式的には部外者か!? アポを取るとこから先は百次第って建前だったもんね!?
「えと、私は遠慮した方が……?」
「あ。いえ、カリナさんには公安にご助力をお願いする以前からご相談に──」
「いえ平気、平気よ。兵怜さんにも感謝しています」
百の早口な申し開きは遮られた。そのまま会長さんは深く腰を折る。
お礼の内容は、以前に私から百に伝えた*のと同じような話。私たち、特に百による積極的な働きかけが無かったら、状況は今よりずっと悪くなってるはずだと。
現段階だと公にできないことが幾つか──筆頭は青山さんの生存かな──あるので表彰とかは出来ないけれど、出来ないからこそ、こうして感謝を伝えたかったのだと。
「本当にありがとう。貴女たちの働きは多くを救い、また
今日のところは消え物で悪いけれど、気持ちだけでも受け取ってくれるかしら」
そして高級フルーツの籠を押し付け──そのまま帰ろうとする。
えー、うーん。
迷う。迷うから訊いてみよう。
「あの、会長さん。お時間があるなら少し座っていきませんか。というか次の予定ズラしてでも休んでください、とんでもなくお疲れのご様子ですよ」
割と強引に押してしまった気もするけれど。栄養ドリンクや漢方薬の香り漂う会長さんをソファに座らせてフルーツを切る。
なお私の食事は左右から(たまに後ろからも)あーんして貰えるので役得バンザイ。
「本当ならリカバリーガールに診てもらって欲しいんですが」
「無理ね。ベッドに縛り付けられそうだもの」
「自覚症状あり、と」
食欲も無いとの仰せ──お昼済ませたって嘘じゃないか──なのでスムージーというかヨーグルトドリンクみたいにしてお腹に入れてもらった。
どうにか食べられそうなので今切ってる分は水筒か何かに入れて持って行ってもらおう。
「保冷剤はつけますけど早めに飲み切って下さいね」
「ええ、何から何までありがとう」
「ほんの二〇分座っておられただけですのに、先ほどより顔色が優れて見えますわ……」
「そんなに? 見苦しいところを見せたわね」
あくまで肩肘張ったまま、悪く言えば私達の好意を受け取りきらない会長さん。
少し不機嫌になってきた被身子がチクリと刺す。
「最近、相澤先生──イレイザーヘッドが良く言うんですよ。『今のトップツーは見習うなよ、どっちも自己管理がなっちゃいないから』って」
「っ……それはとても、とても耳が痛いわね……」
あ、なんかチクリで済んでなさそう。クリティカルっぽい凹み方してる。二人のどっちをより意識してるか分かんないけど、『アレと一緒にされたくない』的な?
「エンデヴァーはしゃあないんとちゃう?」
「気持ちは分かるけど……でも事務所まわりの治安は悪くなってるって」
──会長さんの眉間の皺が僅かに深さを増した。お茶子の言葉に応えた透も、心休まる話題ではないことに気付いたようだ。かなーり不自然に話を逸らす。
「あ、えっとえっと。事務所と言えばリナリナ、マーサさんが“正式には引退してない”って聞いたんだけどホント?」
「ん〜答えにくい質問だね、“引退”の意味による」
「事務所を畳んだだけだからーとか」
あー。一般市民じゃなくてサイドキックから出てきた発想っぽいねソレ。
「ヒーロー免許は返納してないよ。『それなら現役だ』って考えも確かに聞くけど……」
「勤め先がなくても?」
「そうだね、事務所を閉めた時点で“引退”って思う人の方が世間では多いかな? 新聞とかにもそう書かれたらしいし」
エンデヴァー事務所の話に戻りかねないので言葉を選びながら続けた。公安を責めるみたいなニュアンスになりかねないから。
「ヒーローは公務員だから国からお給料貰えるんだけど、その狙いは──ほら、ヒーロー法務でちらっとやったでしょ?『地域の安全
だからここ最近のエンデヴァーについて、口さがない人たちがヒーロー失格とか
まぁその最中も通りすがり的に人助けやヴィラン退治はしまくってるみたいなんだけど。成果はとても大きいんだけど。
透は彼じゃなくお母さんの話をしてて、だからエンデヴァー批判とかのつもりは全く無いまま続ける。
「ん〜? なのに『無所属の免許持ち』はアリなんだ?」
それはその──割ときわどい。ここだけ取り出したら『地域を守らない根無し草からは免許も取り上げちゃえ』みたいに聞こえるっての。
確かに地域の安全・安心って考えだけで言えば、『無所属の免許持ち』は存在意義を為せてないとも言える。
でもそれをナシには出来ないでしょ。
「ふふ、そりゃアリだよ透。ナシだったら免許もらう前から就職先決めとかないと」
「あっそれもそうか。……うーん、でも免許だけ取って採用全部落ちちゃったらヒーローって名乗りにくそう!」
「それイヤですね。私たちは百ちゃんが雇ってくれるから安心ですけど」
透は冗談めかして笑い、被身子がそこに乗っかった。
有り得ないこととして語ってるけど、どうかね?
「あら、どなたにも入所試験は受けて頂きますわよ?」
「「えっ」」
二人揃って固まるのが可笑しくてお茶子と笑ってしまった。
や、百はたぶん本当に試験やるよ。合格率百%くらいのやつ。
そんな風に、空気は和ませられたかなーと……思ってたんだけど。
「…………」
「……会長さん?」
どうも何か失敗したらしい。顔色はむしろ悪くなってる。やばいやばい。
「あの、何か悪いこと言っちゃいました……?」
カリナは分かっていない──知らないので自覚しようのない──ことだが、会長からすると冷や汗が止まらない思いだ。
そもそも彼女が入ってきて驚いたのも『報告書には無かった名前だから』が一番の理由ではない。他の顔ならばあからさまには反応しなかった。
しかし兵怜カリナは兵怜マーサの、すなわち氷壁ヒーロー・アイスエイジの娘である。
公安の忌むべき恥部、レディ・ナガンと親交があったにも関わらず、彼女の逮捕や収監について何事も言って来ない、不気味な元ヒーロー。アイスエイジの気性は事なかれ主義とは程遠いはずなのに。
前会長の銃殺事件は十三年前。
カリナが二歳の頃で、アイスエイジ事務所は長期の休業中だった(後にカリナの“個性”が判明したことでそのまま廃業となる)。
若く有望なヒーローによる突然の凶行。
しかし何も言わなかった。完全な沈黙で、だから彼女の考えが分からない。
もっとはっきり問えば。
公安がナガンにやらせていたことを、アイスエイジは勘付いているのではないか?
自爆じみた大規模凍結は直情的に見えることもあるし、寡黙なために分かりづらいけれども、彼女は決して考え無しなタイプではない。
久々で突然の接触は二年前。
アイスエイジの
会長の主観では『こちらから探りを入れるような隙をくれなかった』ような印象。やはり考えが分からない。
母に似ず弁舌をふるうタイプの娘に、何を何処まで伝えているのかも。
事務屋としての委員会から言わせれば、事務所が公費支給の行政単位だ。要するにパトロールやヴィラン捕縛といった働きに対価を受け取るには
だから現在無所属のアイスエイジは、例えば五月の対巨人戦でも報酬が発生していない──
また、免許を生かして自主的に行っている『“個性”で差別される当事者の会』での個性訓練も委員会からは
もちろんそれは、条件が同じなら誰にでも同じ対応になる*のだが。
だからといってアイスエイジやその娘が不満を覚えないとも限らない。
カリナにそんなつもりは一切無かったものの、透との会話も『母の待遇をもっと良くして下さいよ』という要求にも感じていた。
──結局この後、会長は丸一日ほどの休養を決めたという。
ナガンさんはいずれ回想とかの形ではなく登場します。ファンの方にご納得頂けるかは……(目をそらす)。