【完結】愛慾のヒーローもどき   作:土屋 四方

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 しばらくは小粒なサイドストーリーです。


間章Ⅲ
磨き溢れ(Swamping)(to)煌めき( Twinkle) または 哲学的沼船


■十月中旬

 

 個性悉皆(しっかい)検査は『世の中の“個性”の典型的なパターン』に囚われずあらゆる可能性を洗うため、どうしても長い時間がかかる。

 もちろん全て医療倫理に則った検査であり、無意味な内容は無いけれど、同じことをほんの少し条件を変えて繰り返す検査項目などは……穴を掘っては埋め戻すようにも感じられる。

 被験者にとってストレスなのは間違いない。

 

 原則、未成年には不適切だと太郎は思っている。

 カリナが百を襲った後は自発的に言い出したのと必要性も認められたので受けさせたが、それは心身ともに健康だったからだ。

 

「カリナ? ご両親を喪って間もない高校生(こども)に悉皆検査を勧めたというのは本当かい?」

 

 そんな状況の人間に受けさせるべきものではない。

 緑谷の件に手を取られているために検査担当ではない太郎が気付いた時には、すでに青山優雅の検査は完了目前になっていたが。

 

『ひぅ!? 待ってお父さん落ち着いて!?』

「僕は冷静だよ」

『だから怖いんだけど今回は冷静でもなくない?!』

 

 両親を同時に、それも放火によって亡くすなどという悲劇は……人生経験の豊富な大人でも心を病むだろう。まして子供なら。

 確かに少々怒りが先行したかも知れない。

 

『えーと……ごめん、これ本当のことは話せないや。ただ信じて欲しいのは、〈保護者を喪くしたばかりの未成年に検査を強いるようなこと〉はしてないよ。誓ってしてない』

「…………」

 

 嘘ではないのだろう。余分な変数が増やされているから。

 例えば『命を落としたのは青山優雅の両親だが保護者ではなかった』とも取りうる。『青山優雅は年齢を偽っている』かも知れないし『検査を受けているのは青山優雅ではない』のかも……他にも可能性はあって。そうすることでカリナは秘密を埋没させた。

 

 少なくとも娘はそれを正しいと信じているらしい。それくらいはカメラ越しの通話でも分かるつもりだ。

 

「……なんだか遠くに行ってしまったなぁ」

『いや、お父さんを怒らせるのは未だに怖いんだけど』

「おや? ……ふふ」

『? お父さん?』

 

 笑いながら前言を撤回する。あぁ、当たり前だ。この子もまだまだ子供なのだと。

 

「『親なんかが怖いのは子供の間だけだ』って、僕も昔は信じてたなと思ってさ」

 

 

 

 説教じみた話をしておいて、道理に合わないかも知れないが──太郎は少々興奮していた。青山が悉皆検査を終え、その結果を見たことで。

 ありえない──いや現に存在はしているから、完全に未知の事例というべきか。

 

 しかし幸い、彼がそうなった原因は比較的はっきりしている。他の医師や学者とは違い、AFOの実在を知っている太郎にとっては。

 理屈は分からないものの、『後天的に、他者によって植え付けられた、他人の“個性”』。カリナが『全身が塗り潰されたかのように均質な“不偏”』*と指摘した異常性。

 

 その実態を観察した結果、太郎の概括は──

 

『これはまた、オールマイトに言ったら怒られそうだなぁ』

 

──改めて、【AFO】と呼ばれた“個性”は『()()()』ということ。

 

 予定には無かったものの、説明のために青山本人を呼び出した。今後に関わる事実が判明したからだ。

 

 


 

 

腹痛を克服できるかも知れない?」

「そうです。いえ、腹痛が無くなるのか威力が上がるのかは正直はっきりしませんが、少なくとも今とはかなり変わると考えられます」

「教えてください!」

 

 食い付いてきた青山くんは……うーん、確かにご家族を亡くしたばかり*とは感じられないな。

 空元気の可能性はあるけれど、わざわざそれを挫くこともないだろう。

 

「落ち着いて、順番に行きましょう。まず僕は、事情があって“巨悪”のことを知っています。君が【ネビルレーザー】を()()ことも」

 

 この言葉は彼を強張らせてしまった。単なる前置きだから責める意図はないとお詫びを挟んで続ける。

 

「青山くんは、『身体に合っていない不自然な“個性”だから副作用が出る』という認識なんですよね」

「はい。……違うんですか?」

「ええ、恐らく。検査の中で、ヘソ以外からレーザーを射てないか試してもらいましたが──」

「ハハ……ちっとも出せませんでしたよ」

「──はい。ですがあの時、()()()()()()()()()()

「???」

 

 仮に『レーザーが出る』ことを発動と呼ぶなら、ヘソ以外のどの部位でも発動はしなかった。だから青山くんは首を傾げるのだろう。

 でもここで超常と呼んでいるのはその手前。レーザーになる前のものと思われるエネルギーが、『何処からか生じた』という超自然的な現象のことだ。

 

「エネルギー……?」

「こんな喩え方は不愉快かも知れませんが、今の青山くんを高出力レーザー砲だとしたら、身体のほとんどは砲口ではなく電源装置なんですよ」

 

 カリナは全身が偏りなく超常器官だと言ったけれど、その機能までは均しくなかった。ヘソの器官だけが『発射』を可能とし、そこ以外の全身は──他に適切な表現はあるかも知れないが、ひとまずここでは──『給電』を担当している。

 そして今の彼は、その大部分を使っていない。

 

「今の使い方だと、レーザーのエネルギーを生み出していたのはお腹辺りの組織()()。とてももったいなくて、無理があって、それこそ“不自然”とも言えるでしょう」

「……! ということは──!」

 

 そう、だから話は単純だ。使っていなかったジェネレータがあり、ごく一部のそれに負荷が集中してしまっていたのだから、今後は全身のそれを無駄なく使えば良い。

 その結果が腹痛回避か威力向上か、はたまたその両方かは分からないが。訓練次第でどちらかに寄せるようなこともできそうだ。

 

「当たり前ですがここでは試さないで下さいね、それと暫くは個人練習も控えましょう」

 

 青山くんは真剣に聞いてくれていた。

 なのにその表情が急に曇ってしまう。

 

「相澤先生に見てもらって、何かあればリカバリーガールに助けて貰える状態で、少しずつ進めることをお(すす)──」

 

 これは、焦りだろうか。どんな事情であれ学校はしばらく休んでしまっているはずだから。

 いや焦りというより……罪悪感……?

 

「ヒーロー志望の若者には、焦れったいかも知れませんが」

「……いえ、その通りにします」

 

 ふ、と自嘲のような息が混じったのは、気のせいでなければ“ヒーロー志望の若者”辺りかな。

 うーん、とても心配だけど僕からどうこうできることは少なそうだ。

 

 ──だけど、あまり考え込んで欲しくはない。その“個性”そのものについては。

 少し意識の矛先をずらしておこうかな。

 

「先生方に頼りづらいならカリナも助けにはなるでしょう。背景事情は知ってますよ」

「カリナ……兵怜さん?」

「おっと、失礼しました」

 

 職場での僕は未歳根という姓を使い続けている。こうして混乱を招くこともさほど多くない(変えた方が学会などで手間がかかる)から、変え時を逃してるだけだけれど。

 

「改めまして、カリナの父です」

。ぁ、でも、あー。そう聞くと納得です。兵怜さん、凄く詳しいので。それに髪の色も──」

「……」

「あっ」

 

 ……別に表情は変えていないつもりだけど、彼はしまったという顔で口を噤んでしまった。

 うっかり言ってしまっただけで、踏み込みづらい領域なのは分からなくもない。

 

 

 僕は両親も祖父母も日本人だけど、髪は脱色したような明るい色をしている(“個性”の影響かは不明)。珍しがられることは多いけれど、幸いにも汚いなどと見られることはなくて、エメラルドグリーンとかそういう形容が典型的だ。

 対してマーサさんは二色とも落ち着いた暗めの髪で……カリナはこれを、三つとも受け継いだ。親の目から見てもなお、『とても目立つ』と『明るい髪が浮いて調和が悪い』は客観的評価だと認めざるを得ない。

 どこか一房がまとまって明るいなら見え方もかなり違っただろうけど、全体に散らばってしまっているから。光を透かす明るい翠髪は、歯に衣着せずに言うと……白髪っぽくも見える。

 幼い頃はかなり嫌な思いもさせてしまったし、だから染めるという選択肢もあった。でも──嫌がったんだよなぁ、カリナ。そして僕らはそれを少し喜んでしまってもいた。

 

 

「お気遣いすみません、大丈夫ですよ。親として少し罪悪感があるだけで、本人はさほど気にしていないようです」

「そう、なら良いんですが……」

「髪の色くらい気分で変えられる子ですし、実際服によって変えることもあるようですから。そこまで深刻ではないかなと」

 

 そんなに重く捉えることじゃない、と言ったつもりで……でも全く伝わっていないような強張りがある。

 

 何かあったのだろうか。話を訊くと、以前カリナのいない場所で髪について言及した生徒がいて、被身子さんがそれを厳しく咎めた*のだと。それはそれは怒っていて、クラス内では恐怖伝説の一つなのだと。

 伝説……? 他にもありそう。

 

 あの子、人の外見や服装にはほとんど興味が無いのにカリナのことだけは特別扱いの聖域だから。あれも愛の形には違いないけれど。

 

 

「──おっと、話が逸れすぎましたね、すみません。私からは以上です」

 

 学校の話を挟んで仲間たちを意識すれば、立ち止まって考え込むようなことにはなりにくいかな、と思った。

 

 A組の生徒は特に、あまり考え過ぎると辿り着きかねないから気を遣う。

 

 



 

 

 嘘はついていない。しかし説明を簡略化はした。『何か質問は?』と促すことも避けた。

 無個性つまり天然器官だった全身が、今は超常器官にすっかり置き換わっているという事実には、答えの出ない不満が色濃く付き纏うから。

 

 太郎は恐れたのである。

 例えば、青山からの次のような質問を。

 

()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 答えようが、ない。

 遺伝子だけみれば、幼少期の髪の毛が残っていて変化が無いことを確認できた。

 しかし細胞のありようとしては……少なくとも同じではない。

 

 そのことが個人としての同一性を揺るがせるか否かは断じ難いところだ。テセウスの船よろしく、人体の構成物質は日々入れ替わっていくのが当たり前だから。

 職業としてだけでなく思想的にも学究の徒でありたい太郎からすると、どちらとも断言はできない。それが青山を深く傷付ける可能性があると分かっていても。

 

 

 あるいは、こんな発想に飛躍した可能性もあった。

 

『(超常器官に変えるまたは置き換えるなんて)そんなこと、無個性の僕でなければ危なかったのでは?』

 

 元から別の超常器官であったなら、この改変作業はリスクが跳ね上がるものと考えられる。

 そうなればA組の生徒はこんな連想が働きかねない。

 

『まさか脳無はそうやって生み出された?』

 

 USJと林間合宿の合わせて二度も脳無に遭遇したなら*、あの非人間的な無感情や無反応は印象的だったことだろう。

 巨悪(AFO)による個性譲渡と脳無とが結びつけば、『自分もあんな風になってしまうのでは』との怖れも湧くかも知れない。

 

 これまでのところそんな兆候は全く見られないし、一般論としてもやや根拠薄弱な恐怖ではある。が、これも太郎にははっきりと否定できない。

 答えを知るのはAFOのみ──いや、当人でも無理だ。仮にこれまで無個性への譲渡で問題が起きていなくても、青山の安全を(医者が納得するレベルで)保証できるほどの検証が行われたとは考えにくいから。

 

 

 と、そういった疑問に向き合ってしまえば不安の拭いようがないので、なるべく考えないようにしてもらったわけだが。

 

 一方で検査結果だけから言えば、彼の身体は至って健康である。

 ……驚くべきことに、健康そのものなのだ。全身が作り変えられたといっても過言ではないほどの変化なのに。

 

 なんと『優しい』“個性”なのかと、驚嘆を禁じ得ない。

 

 この特異性(やさしさ)は一つの仮説を想起させた。証拠も何もない想像なので誰かに話すことはないが、太郎の中ではそれなりに説得力のあるストーリー。

 

 

 【AFO】という力が“個性”を与える対象者は、そもそも本来の(スタンダードな)使い方としては──無個性の人間、なのではないか?

 

*
50話「緑谷くんの秘密(おかしなこせい)(真)」

*
極秘事項だが青山両親は存命。

*
14話『ちょっと男子ぃー』

*
太郎は確保された脳無の所見は細かく知っているが、事件当日の状況は大まかにしか知らない。




 次話は対ビッグスリー戦終盤の振り返り。峰田など。
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