【完結】愛慾のヒーローもどき   作:土屋 四方

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※筺の話なので度難(どしがた)注意


き継ぎと台な(Fire to Flame)し または 逃避的自滅

 ホークスによる調査は一定の成果を上げつつも難航していた。治崎や“蒼炎”、“泥ワープ”を擁する集団は、とにかく確定的な尻尾を掴ませてくれない。

 勘や印象というレベルならある程度まで的を絞れているが──

 

『Feel Good Inc.は八割クロ。心求党も全くの無関係ではないな。集瑛社、それにデトネラットはまだグレー……ちょい白寄りか?』

 

──この憶測が正しいかどうかは、実はさほど重要ではない。本質に届いていない。本来なら解き明かして当然の前提で、掴むべきはまだ先にある。

 例えば仮にFeel Good Inc.がクロだとしても、それだけでは手が出せない。証拠云々ではなく、『組織の中で主導的立場にあるのか単なる下っ端なのか』まで把握しなければトカゲの尻尾切りで終わってしまうからだ。

 

 小さな組織でないことだけは明らか。

 治崎らの潜伏場所も不明なまま。

 

『かなり厄介だぞ……とにかく彼方此方(あちこち)に根を張ってる上、統制がきっちりしてやがる。組織挙げての潜伏……いや隠蔽ムーブだ』

 

 普通、組織が大きくなれば足はつきやすくなるのに。

 

 ホークスや公安は、立場を隠して裏社会の求人(のようなもの)にもアンテナを張っている。今のところ大規模な人材(リク)獲得(ルート)は行われていない。

 盛んに行われても物騒だが、無ければ無いで潜入の(いとぐち)に困ってしまう。

 

 守りに入ってはいられないが、積極的な攻めが打ちづらい。

 そこでホークスは少し目先を変えてみた。

 

『何を企んでるにせよ……エンデヴァーさんの周辺は色んな意味で気にかかる』

 

 エンデヴァーの活動はすっかり不規則で無軌道になっている。それでも彼は通りすがりにヴィランを捕らえたり人を助けたりして行くが、活動時間も場所もバラバラ。合理的な疑いに基づく場合もあれば不合理な思いつきに()ることも少なくない。

 

 効果的とは言い難い。しかし探られる側からするとどうだろう。

 敵からはかなり目障りに感じそうだ。事故のような不運で決定的な情報を摑まれかねない。

 なのに実際はほとんどなんの手がかりも得られず、しかもそれが続いている。

 

 運ではない。

 エンデヴァーの動向は何らかの手段で詳しくリアルタイムに把握されている。

 

 思考を打ち切り、スマートフォンで会長に知らせる。

 

「全ヒーローとか全警察とか、そういう周知は敵方にも即伝わると見ていいですね」

『内通者ということ?』

「どうでしょう。あちらさん表では普通の企業とかですから、本人もバイト感覚かも知れません。それか『熱心なファン』や『市民ジャーナリスト』とか」

 

 スパイは居るのだろう──恐らくは無数に。特定する意味が無いほど多く。

 今や誰もが当たり前に、スマートフォンくらい持っているのだから。

 

 



 

 

 “能幹筺(カートリッジ)”の正体を知って、根津はすぐにヒーロー委員会と警察それぞれの上層部に共有している。対応を協議する必要があったからだ。

 

 あまりに惨酷で、ヒーローさえ平常心を保ち難く、一般人にまで知らせることはとてもできない。

 ここまでは良いだろう。議論の余地もなく意見が揃った。

 

 ではヒーローに対しては?

 こちらは少々揉めたが、実のところ選択肢は無い。

 

 各地で複数回に分けて人を集める説明会が開かれた。

 伝える以外にありえないのだ。主に二つの理由から。

 

 一つは『“個性”が一人一つだと思い込むと死ぬぞ』という警告。

 もう一つは自衛を促すため──もっと言えば、『お前が生きたまま捕らえられればお前の“個性”が市民を襲う』。

 

 ()()()()()()()は委員会とて求めるつもりは無い。しかし言外のメッセージをはっきり口にしてしまう者が一人だけいた。

 

「フン、回りくどい言い方をしおって。つまり『()()()()()()()()()()』だろうが」

「エンデヴァー、それは言い過ぎだ!」

 

 即座にオールマイトが(たしな)めたが、冷の捜索──虱潰しの我武者羅に近い──を中断して来ているエンデヴァーは言い回しになど気を遣わない。

 

「ならば『戦わずに逃げろ、それが嫌なら絶対に捕まるな』とでも付け加えておけ。実際、敵の戦力になればマイナスだが逃げるだけならゼロで済むのだからな」

「エンデヴァー……」

「……俺に焦りがあるのは認める、しかし確かめておくべきだ。

 ──博士、仮に自決を選ぶとしたら重点的に破壊すべきは後頭部なんだな?

 

 流石にこの場での説明役はカリナには任せられない。根津としても心苦しくはあったが太郎にアドバイザーを頼んである。

 太郎は淡々と答えた。感情を交える方が残酷だ。

 

()()()壊すべきか、なら後頭部で間違いありません。しかし()()()の方が重要かも知れません」

「というと?」

「こんなもの、知識や技術だけでは造れません。それらに加え治崎というヴィランの【オーバーホール】も必須。ですから『彼の近くで死なない』も重要かと──」

「待て博士、奴にはワープ能力者の支援がある」

「あ……そう、ですね。申し訳ありません」

「いや、治崎さえ止めれば良いという事実は重要だ」

 

 他にも多数が同席しているが誰も口を挟めない。そしてエンデヴァーに向けられる視線には畏怖と共に忌避も混じっている。

 

 蔑むように。『どんな神経をしてるんだ』と。

 『今すでに、轟冷は(はこ)にされているかも知れないんだぞ』、と。

 

 もちろん轟炎司もその可能性は認識している。誰よりも。

 

「筺の破壊については」

「形状は様々だと思いますが、実体のある箱ですので原則的には壊せばそのまま機能停止します。直したという治崎の方が例外──」

 

 つらつらと基本事項を並べ立てた太郎を、まるで責めるようにエンデヴァーが問う。

 

で、治崎のものはどう壊す?

「それは……」

 

 もちろん答えを知っている太郎だが。カリナの推測が最も妥当だと太鼓判を捺した立場だが。

 ここでは答えられない。答える権限が無い。

 

 エンデヴァーにも分かってはいる。激しく歯軋りしながらでも冷静さを失ってはいない。新人ではないのだから。

 正門前の攻防で兵怜カリナが筺を機能停止に追い込んだ方法は、こんな場では──不特定多数のヒーローが集められた説明会場では──明かせない。敵方に伝われば対策されてしまう。

 

 それは分かる。

 しかしだからといって、その方法が自分にさえ明かされないのは何故だ。まさか裏切りや内通の可能性が僅かとてあるとでも? そんなふざけた疑いが?

 

 壊すためには特別な“個性”が必要で、【ヘルフレイム】はそれに適さないのかも知れない──そのような推測はできた。

 それでどうにか……どうにか、自制できている。

 

 

 しかし彼は気付かない。思い至らない。

 『もう一つの理由』は理屈ではないから。

 

 

「──失礼した。

 話を戻すが、そもそも治崎以外の他人にも使えるというのは確かか?」

「恐らくは。【オーバーホール】は『他人の個性を使う個性』ではないのですから、何らかの電気的・薬理的機構によって制御(コントロール)しているのでしょう。

 であれば誰にでも使える、ないしは使えるよう改造することは可能なはずです」

 

 太郎は淀みなく答えた。

 ──こちらも、周囲からは人格を疑われた。

 

 今の回答は一般論とはいえ、他の事実と照らし合わせれば『轟夏雄は既に“能幹筺”にされており、あまつさえ轟冷の誘拐に用いられた』と言ったも同然だ。

 

 捜索は続いているものの、夏雄は今も行方不明。証拠もないし断定もできない。

 だから多くの人間は、エンデヴァーに暗い未来を示す言葉を殊更に避ける。

 

 

 それは紛れもなく優しさで──事実を変える力に乏しい。

 

 

 誰にでも使えるだろうことは客観に基づく推測である。確度はそれなりに高く、危険度は更に高い。これを伝えないことは有害だ。呼ばれた職責に対する裏切りにもなる。

 だから──更に言いづらいことも、はっきり言葉にする。必要と判断する故に。

 

「あと二つ、付け加えさせて下さい。

 一つは、『ご遺体』の練度による判断はできないこと」

「ご遺体?……っ!」

 

 必要なことを言うだけでサイコパスではないので、『素材』などという表現は避けた。そのせいで何人か──オールマイトを含む天性の善人寄りは──首を傾げたが、筺が遺体から造られるのは事実である。

 

 ともかく、その遺体について。

 あるいは──その生前について。

 

 ヒーローにせよサイドキックにせよ厳しい訓練を積んでいるから、つい『元が一般人の“個性”ならば』と下に見る向きがあるかも知れない。

 しかしそれは危険だと太郎は警告する。

 

「訓練を積んでいない一般人でも、まだ幼い子供でさえ、命の危機に晒されるなどして破滅的な規模の超常現象を起こした例があります。

 ……大抵の場合、本人も反動で亡くなってしまうのですが」

 

 自損する前提ならば、威力は数段あがる。

 “能幹筺”を道具どころか消耗品として扱うことに、一層の忌避感が伴うのは──倫理的な人間だけだ。

 

「Shit……なんてことだ……」

 

 大きな掌で顔を覆うオールマイト。しかしアメリカ暮らしの長かった彼ならばきっと思いついているはずだ。

 ──まぁ、偶像には言いづらいことも多かろう。そんな風に考え、そうでなくとも自分の仕事なので、太郎は猶も地獄の蓋を開け続ける。

 

「更に違法薬物なども使われれば、瞬間的な出力は皆さんをも上回るかも知れません」

 

 また、そうした暴発で壊れた筺も治崎なら直せる可能性があることも忘れてはならない。

 

 

 会場に沈黙が落ちた。唾を飲むことさえ憚られる。

 しかし危機感のある者ほど怯まない。エンデヴァーだ。

 

「付け加えたいもう一つとは?」

「“個性”ごとの危険度です。いえ、『狙われ易さ』の方が近いですかね」

 

 もちろん太郎も怯まない。二人は淡々と必要なことをこなす。

 

「例えばベストジーニストやホークス。熟練によって磨き上げられたお二人の“個性”は、素人が思い切り振り回してもさほど恐ろしい武器ではないのでは」

『──はっきり仰いますね〜、その通りですけど』

「ふむ、同意しよう」

 

 リモート参加のホークスが、次いで会場のベストジーニストが頷く。

 それらの真価は力任せのぶっぱからは程遠い。

 

「他にはミルコのような身体能力も、技術がなければ逆に運動性が下がりそうです」

「あんだぁオッサン、しょっちゅう天井に頭ぶつけてた頃のことディスってんのかぁ?」

「おや。被身子さんに伝えたくなる失敗談ですね」

「 言 う な よ 」

 

 被身子にはカッコつけたいミルコである。

 ──話は逸れたが、彼女も肯定した。

 それらは一見脳筋に見えるし、実際そういう側面もあるが、強ければ強いほどに暴れ馬だ。手綱を誤る乗り手は振り落とす。時にその生命ごと。

 

「私がヴィランならこういった“個性”は狙いません。“能幹筺”の使い手は言わばその能力の『初心者』だからです。

 ──逆に、狙うとしたら。

 犯罪心理の分析は、私より皆さんの方がお詳しいかと」

 

 例えば“蒼炎”は──夏雄のものかは不明だが──冷却系の筺を使っていた。仮に冷やし過ぎても自身の“個性”で相殺できるからだと推測される。

 これならば初心者でも問題ないというわけだ。

 

 

 太郎の言葉が染み込んでそれぞれの思考を促し、幾つかの反応が起こる。

 最初の一つは再び画面越しのもの。

 

『【未来視】についての見解も伺おう。私はこの扱いに納得していないものでね』

「扱い?」

「ナイトアイには僕から答えるのサ!」

 

 首を傾げた太郎に替わりマイクを引き取った根津の説明は、……珍しく回りくどい。しかし周りは納得できた。迂遠にもなるだろうと。

 短くまとめれば『戦わずに逃げろ、絶対に捕まらないよう隠れていろ』だ(既にセーフハウスに身柄を移している)。【未来視】が敵の手に渡るリスクを重く見たのも嘘ではないが、戦力外通告とも取れる扱い。

 

「本当に心苦しいのサ。でも……」

『…………』

 

 サー・ナイトアイは苦々しく思いながらも言葉に詰まる。

 

 以前であれば、【未来視】を使えばそんな下手は打たないと突っ撥ねたかも知れない。しかし……たった一度ながら未来は変わった。それは心底喜ばしい変化だが、同時に自信に対する大きな(ひび)である。

 目の前の相手に“個性”を使えれば、一対一で負けることは絶対に無い──と、言い切れた根拠。その予知が一秒後には覆るかも知れないのだ。

 

『──しかし、治崎相手にそれが起きるとは、』

 

 それでも彼は納得できなかった。

 かつて事務所を襲われた*ことは脇に置いても、隠れてやり過ごすだけなどヒーローの沽券に関わる。

 

 ……だから根津は、マイクを横に渡した。

 

「君らしくない楽観だね」

『っ、オールマイト』

「私は資料でしか知らないが、君は長く死穢八斎會を張ってたんだろう? 治崎も君のことは知ってるはずだ、“個性”も含めて」

『それは、……はい』

「治崎の性格分析は、誰がしても似たような特徴が挙げられるね。冷静・合理的・用意周到・大胆不敵……『酷薄・非情』という要素が無かったら君そっくりだ」

 

 ひどい殺し文句だった。

 今も惚れ込んでいるオールマイトから、『君が治崎なら【未来視】を見過ごすかい? 狙わないとしても対策無しでいられるかい?』と訊かれては『見過ごせる・対策しない』とは答えられないし、他ならぬオールマイトが『そんなに安い“個性”じゃないだろ』と買ってくれているのだ。

 これを無視できるサー・ナイトアイ(オールマイトオタク)ではない。

 

 

 

 リモートの質疑が終了すると……会場のマイク係が、そっとマイクを差し出した。挙手しているわけでもないエンデヴァーに。

 少しだけ戸惑ったが会場の空気は分かっていた。注目されている。やむなく受け取って一言。

 

俺は退()かんからな

 

 そうだろう。分かっていた。安堵よりは納得があった。

 太郎の評価に沿って言えば、()()()()()()()()()()()()可能性は充分にある。火傷も体熱も対処できるだろう。

 デメリットがデメリットにならない。それは常時全力で赫灼の獄炎が振るわれ続けるということ。

 ……悪夢である。

 

 それでも。

 エンデヴァーは退かない。退くと思う者もいない。ここ最近ではなく、彼の過去全てがそれを証明している。

 ヒーロー達の間で、『新たな象徴』への信頼がはっきりと共有された瞬間だった。

 

 


 

 

 説明会が終わるとすぐに出ていこうとしたエンデヴァーを、オールマイトは『三分だけ』と呼び止めた。

 そこにベストジーニストも並び、揃って深く腰を折る。

 

「「すまなかった」」

「……何に対する詫びだ」

「侮りと、同情に。“能幹筺”の破壊方法の件だ」

 

 先ほど激していた通り、エンデヴァーには破壊方法が知らされていない。これはオールマイトやジーニストを始めとする数名の上位ヒーローが事前に話し合って決めたという。

 

「なんだと?」

「君が怒るのは当然で、私達が間違っていた。君を……憐れんでしまったんだ」

 

 ミルコなど例外もいるが、今ここにはいないクラストやエッジショットも『エンデヴァーに筺を破壊させるのは余りに哀れだ』と同調した。だから隠した。

 ……エンデヴァーにとっては思いもよらない、率直に言えば下らないと感じる理由。

 

「そんなことで……いや、それはいい。それより破壊方法は? 【ヘルフレイム】は」

「いや、炎とも熱とも関係が無いから直接は難しい」

「ムゥ……」

「でも、君の火力なら治崎の修復も間に合わないだろうさ。他のヒーローなら命まで奪いかねないと止めるところだが、そんな心配は無用だろ?」

「無論だ」

 

 

 秘密によりエンデヴァーが抱いた(わだかま)りは解消された。それだけでなく、ベストジーニストの胸に改めて刻まれる──世代交代の実感。

 現一位は現二位を深く信頼している。それを伝えられて次代も受け止めた。

 

 限りなく長持ちで、しかし永遠には穿いていられないのがヴィンテージジーンズの宿命。

 寂しくとも悲しむ必要はない。

 ♫ゴ・マル・サン……。

 

 

 

 しかし現実主義者(リアリスト)はどこまでも空気を読まない。

 

「あ、それナシでお願いします。液体が分離できなくても気体なら選り分けられる可能性がありますから」

「「「…………」」」

 

 オールマイトとジーニストはもちろん、今回はエンデヴァーも閉口した。

 よりによって今言わなくても。

 

「せっかく使えなくした筺を復活させたくないでしょう?」

 

 確かに誰もさせたくはないけれど。

*
黒霧が八斎會を壊滅させた後、仇の情報を求めて治崎が襲撃した。




 間章でやることではなかった気がしますが……。
 硬い話ばかりで作者が疲れたので一話か二話、平和な話を。少し過去の話になるかも知れません。

 少し間を空けて、14日辺りから次の章を始めます。
 章のタイトルだけ先にお伝えしましょう。
 「DDD(ダンス・ダンス・ダンス)」。お愉しみに!
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