戦闘訓練があった日の放課後。
クラスの皆から反省会(および質問責めの会)に誘われたけど遠慮させてもらった。話しておきたい相手がさっさと帰りやがったせいだ。悪いけど被身子は百と一緒に頑張って欲しい。
「轟くん。私は貴方に何かしてしまいましたか」
「
追いついて声をかけると、またこれだ。訓練前と同じ尖った敵意。
推薦入試の時は直接話してさえいないし、入学初日もこんなことはなかった。今日になっていきなりだ。
戦闘中と直後だけはそんな余裕もなかったみたいだけど……あっ、こら。
「待ってくださいよ、こっちは本当に心当たりがないんです」
「お前が善意でやったことだから有難がれってのか」
「はい?」
何の話だ。別に悪意とか抱いてないけど善意だって特に無いぞ。そして無言で帰ろうとするな。
「……」
「待ちなさいってば。私は本当に何もしていません。ちゃんと聞かせてください」
「っ、馬鹿力が……!!」
轟くんの制服をむんずと掴む。彼は無視して離れようとしたが──動けない。中学時代にボスゴリラと呼ばれた女を舐めないでもらおうか。
というかもうちょっと鍛えた方が良いぞ。
「私に勝てないことはみっちりと教えてあげましたよね? さっさと白状した方が早く帰れますよ?」
尋問終了。
私は全然関係ないこと……ではないか。原因はお母さんみたいだから。
「それ、母が勝手にやったことですよ。今初めて知りました」
「なんでアイスエイジが
「んー……エンデヴァーの本名が炎司なら、知り合いっぽいことは言ってましたけど」
昨日の夜、個性把握テストでのことを報告した時だ。
『炎司の子が氷……? あのバカタレめ……』
どうもあれは、轟くんが氷を使えること自体を嫌悪していたような。
とはいえ、その日の深夜にエンデヴァー本人に突撃してたなんて私は全然知らなかったし、その関係で今朝の炎司さんが不機嫌を丸出しにして『アイスエイジの娘には絶対に負けるな』とか
「お前が母ちゃんに何か言ったわけじゃねえってのか」
「ええ。そもそも何を伝えるって言うんですか」
「……とか……」
「?」
モゴモゴ言うのをじっくりと聞き出すと……はー、拗らせてるなぁ親子揃って。
エンデヴァーのオールマイトコンプレックスは有名だ。轟くんはずっとオールマイトを越えろと育てられてきたんだろう。
その厳しさだけでもかなりヒネそうだけど、救いを挙げるなら一貫性だけはあった筈だ。オールマイトを越えろ、オールマイトを越えろと。
それが今朝になって突然アイスエイジという名前を出された。轟くんからすればとっくに引退した古いヒーローに過ぎず、父親が自発的に目標をブレさせるとも思えず(なんだかんだ尊敬してない?)、ならばアイスエイジの側からアクションがあったのだろうと。
で、アイスエイジとの接点なんて娘──私しか居ないから何かしたのだろうと。私が彼を哀れんで、同情して、お母さんに訴えたんじゃないかと。
はぁー。推理小説家にでもなると良いよ。
ガバガバだよ? 穴だらけにも程がある。けど彼の中で私が厄介者にされるまでの筋道は一応把握できた。
「てめぇが言ったんじゃなけりゃ、アイスエイジは何しに来たんだよ」
「それも推測になっちゃいますけど」
お母さんの性格と──轟くんの特徴的な髪色を思えば。多分間違いない。
「深くは聞きません、答えなくても良いです。……『個性婚』、ですね?」
「…………」
雄弁な沈黙だこと。
私は昨夜、バクゴーの“個性”を『勿体ない』と評した流れでこんな話をした。
轟くんは超常性に守られてない──防御を捨てた超常性が攻撃に偏ってたら凄そうだ、と。その“個性”は自らの【ヘルフレイム】によって苦労もしてるらしいエンデヴァーにとって夢のような
──余りにも、不自然なほど、都合が良い。
彼が氷系の“個性”を持つ女性と結婚したって遺伝する形質を選べるわけじゃないんだから。……たぶん轟くんには、兄や姉はいても弟や妹はいないんだろうな。確かめるのは流石に気が引けるけど。
子供の“個性”がエンデヴァーの求めに合致しなければ見放され(あるいは普通に育てられ)、合致したなら本人の意向を無視してトップヒーローに育て上げる。
うん、お母さんはブチ切れだね。間違いない。
もしかしてもしかすると、エンデヴァーは昔お母さんを狙ってたのかも知れない。氷系だし引退前のランキングは割と高かったし。歳だって近……あれ? お母さんの方が少し若いはずだ。なのに名前呼び捨てってますます怪しいんだけど。
まぁお母さんが個性婚に頷くわけないからエンデヴァーはフラレた形だ。ざまぁ。
昔何があったかはさておき、『奥さんと子供が苦しんでるとしたら炎司の性根を叩き直してやる』とか考えるのがお母さんなのだ。前途多難そうだけど。
「なぁ、もしかしてアイスエイジって」
「なんです?」
「うちのクソ親父に惚れてたりとか──」
「あ゛???」
危うく手が出るところだった。もちろんこの場合は暴力的な意味で。
「……わりぃ」
「ツギ、イッタラ、ナグル」
「分かった言わねぇ」
よろしい。
────
オイラ、雄英高校一年A組の峰田実。飽くなきエロスの
今日のハイライトはもちろん、初お披露目のコスチュームに包まれた女子達の
それもグレートだった。素晴らしかった。が、放課後にもっとすげぇ爆弾が投下されたんだ。
戦闘訓練の反省会をしようと、教室には結構な人数が残ってた。ただ兵怜ちゃんは用事でもあったみたいで謝りながら出て行ってた。その状況で、爆豪の奴が言ったんだ。
「おいレズ女」
って。
その呼び方は流石のオイラでも無いわーとしか言えないけど、コイツの言うことにケチをつけ始めたらキリがない。皆も早々に諦めてるほどだ。
それに渡我ちゃんパイセンが兵怜ちゃんのことスキスキなのは誰が見てもバレバレだからな。事実ではあるんだろうぜ。
でもよ、パイセンの反応は予想を越えてきた。あの子はきょとんとして訊き返したんだ。
「どっちのことです?」
ってヨォ!!! 繰り返すが兵怜ちゃんは居なかったんだぜ?
これってつまり、この場にはもう一人レズっ娘がいるってことじゃねぇか。しかもパイセンがそれを把握してる! ってことは!?
流石に『黙らせるために引っ叩く』なんて漫画みてーな墓穴を掘る女子は居なかったしパイセンも慌てて取り繕ってたけど、クラスの誰かに視線が行きそうになってたのは間違いねぇ。
同じクラスの女子達の間で百合の花が咲き乱れてるなんて知っちまったらよぉ。そりゃお前、オイラが間に挟まるわけにはいかねえよ。
こうしてオイラは、クラスの女子を性的な目で見るのは止めたんだ。もうお前ら全員くっついちまえ。そしてもっといちゃいちゃしろ。
オイラには分かる。兵怜ちゃんはそれ位の甲斐性があるエロの大器だぜ。
────
などと、峰田が
爆豪は“レズ女”を問い詰めるかのように言葉をぶつけている。
「てめぇの予想を聞かせろ。俺達の訓練、半分野郎が炎も全開で使ってたらどうなってたと思う」
「半分野郎って轟くんのことです? そう言われてもどの位の火力があるか知りませんし」
「んなもん俺だって知らねえ」
無茶苦茶な問いだが……被身子は一応考えてみた。
訓練の状況設定ではビル火災を起こしかねない炎は使いづらかった。本人が言っていた『氷ほど細かいコントロールができないので急造タッグに向かない』という判断も妥当だろう。
それらの前提を外してみる。
火事になりえないシチュエーションで、制御もきちんと出来るとして。その結果どうなるか?
悩むまでもない。万が一直撃しようと〔身体変造〕は見る間に火傷を修復できるのだから。
思い返せば爆豪を捕える直前、大きめの爆破を正面突破していた。衝撃は爪盾で逸らせるとしても火傷の一つも負わないのは流石におかしい。すぐに治して誤魔化しただけだろう。
後で問い詰めなきゃ、と被身子は心のメモ帳に書き留める。
「……具体的な予想は“個性”をバラすことになっちゃうので、私からは言えません。でもリナちゃんは炎を凌ぐ手段も持ってますよ」
「そうかよ、チッ」
舌打ちを隠さない爆豪。百などは不快に感じたが、被身子は不思議と苛立たなかった。彼が真剣に勝ち筋を探していて、次こそカリナに勝つのだと本気で思考を巡らせているからだろう。
「てめぇはどうなんだ。奇襲抜きで正面から、あいつに勝てんのか」
「一対一なら六割くらいは勝てますね」
「被身子さん、最近の模擬戦は七割近く勝ってますわよ」
「そうでしたっけ?」
被身子の軽い返答と、呆れたような百の補足。爆豪は不愉快そうに眉を歪めた。その脳裏には屈辱的な敗北の瞬間がリピートされている。あれをどう凌ぐかということさえ、今の彼にはイメージできない。
しかし──
「…………ハッ」
爆豪は笑ってみせた。悪鬼の如き表情ではあるが、越えるべき高い壁があることを確かに喜んだのだ。
被身子は決して彼に好感を抱いていないが、こういう所は悪くないと思う。
「ぜってーブッ潰す。首洗って待ってろや」
「望むところですねぇ」
被身子は本心から応じた。剥き出しの感情は心地良い。偽りのない闘争心には安堵すら覚える。
悪くない気分だった──次の瞬間までは。
「てめぇも半分野郎も、もちろんあの
カリナに言及された瞬間、被身子は半ば無意識に動く。爆豪も含めて周りが気付いた時には既に冷たく触れていた。彼の、喉仏に。
「次言ったら許しませんよ」
実際には指先でそっと触れただけだが──殺す気なら抵抗の余地はなかった。慌てて距離を取る爆豪の背中からはぞわりとした怖気が消えない。
なお今の動きは“個性”とは関係なく、視線誘導や無拍子に似た技術の複合である。*1
「ってめ……!!」
「リナちゃんの髪のことに触れないで。分かりました?」
爆豪の射殺すような吊り目と、被身子の柔らかさを装った猫目がぶつかる。そうなれば当然、引き下がるのは弱い方だ。
爆豪が舌打ちを残して教室を出たことで、クラスメイト達は止めてしまっていた息を吐いた。
「ビビったぁ……」
「喧嘩じゃ済まなくなるかと思ったぜ」
「ケロ。でも渡我さんは警告しただけだもの、悪いのは爆豪ちゃんだと思うわ」
そんな会話を聞き流しつつ、百は被身子の背中を優しく撫でる。
「百ちゃん……」
「(よく我慢しましたわね)」
「うん……」
喧嘩どころではない、警告など話にならない。
被身子ははっきりと殺意を抱いていた。理性で抑えたに過ぎない。この場では百だけがそれを分かってやれる。
──その距離感から梅雨は何かに勘付いてしまったし、峰田も胸の内で激しく拍手喝采していたが。
仮に気取られると分かっていても、百は同じようにしただろう。
……つまり実際には全く分かっていない。百なので。
爆豪:くじ運とカリナ&被身子のせいでデクから意識が逸れる
緑谷:大怪我の回数と成長の機会、それぞれマイナス1。
次話、AFO雑考その2。