解放軍に合流する前の治崎は独自に
そのせいか過大評価があったかも知れない。いや、他の諜報手段を過小評価していたというべきか。
『そんな侮りは捨てるしかないな。俺一人ではもちろん組のやり方でも、前回*や今回の仕込みは叶わなかった』
助けられた。そのお陰で。
『──これが形になれば
……果たすべき義理になったかもな』
死穢八斎會が劣っていたというのではない。やり方が根本から異なっている。
特徴的なのは、実質的な
例えばある家族の場合──
娘にはほとんど視力が無い。そういう動物の“異形型”だからと思われる。
家族は娘を愛し介護したものの、親族にも例がなくいつも手探り。限界を感じて『“個性”で差別される当事者の会』の門を叩いた。
このNPO法人には異能解放軍の息がかかっている。
ただしここを通じて会員に囁くのは、何も法や危険をおかす行為ではない。
心から会員の幸せを祈るような顔で吹き込むのだ。
娘は言われた通りエンジン音に耳を澄ませてみた。するとすぐにお誂え向きの偽装車両を
──それが本物である必要は別に無かったのだろう。娘は喜びやる気を出したのだから。
いよいよ団体は『近ごろヴィランが狙っているから』と
すると。
『え、これ大っきいトラックとかじゃないの? 絶対おかしい。すっごく重いモノ載せてそうな音してるよ』
こんな経緯で、食堂へ出入りする業者のワゴンに偽装していた装甲車両を見抜き、秘密裏に訪問を繰り返していた公安委員会の会長を捕らえることに成功したのである。
「成果は極めて大きかった。ただ効率は最悪だな、会の活動はほとんどのケースで単なる社会奉仕にしかなってない」
この点は解放軍に言わせると、『心求党を清廉潔白な政党としてアピールするため』や『世間に反感を持つ者の受け皿になって勧誘し易くするため』、『デトネラット社などの節税』といった複数の目的があり、“単なる社会奉仕”とも言い切れないのだが。
効率が最悪な点だけは近属も頷く。
「しかしお陰で最後の一押しが転がり込んできたじゃないか。棚ぼたというヤツだ」
「俺にとっては
「そう聞くとまるで稀代の悪女だな?」
「悪女というより愚か者だ。それも比類のない」
「あぁ、ならば狙い撃ちにしなければ。そして
近属の指摘は誤りではないのかも知れない。善悪を脇において『一方的に利用しやすい人間』を類型化すれば、『子育て中の親』は上位に挙がってくるだろう。子供のためならば“何でもする”親も少なくない。
「そう言われれば合理的……いややはり
もちろん二人は善悪など歯牙にもかけない。
効率性、合理性、実現可能性……幾つかの面から検討して、治崎は小さく頷いた。
「得られたモノは極めて大きく、そして恐らく他のやり方では得られなかった情報だ」
「だろうな」
その女性は筺にされるような強力な“個性”など持っていない。家族に『“個性”で差別される当事者』がいるでもない。
異能解放軍が様々な形で張り巡らせたアンテナは彼女を感知できなかった。
では何故こうして利用できるかと言えば話は簡単。女性の側から相談を持ちかけてきたのである。
政治家に頼ろうと考えた時、陳情先として心求党を選んでくれて本当にありがたい。
選んでもらえたのはこれまでの地道な活動のおかげ。傘下組織の努力の賜物。
実のところ──その構成員は大半が異能解放軍
そんな人々の小さな善意を踏みにじり、
■
新たなナンバーワンヒーローの息子、そして公安委員会の会長と立て続けに暴露された
これらは一般市民が抱くヒーローへの信頼に大きな大きな衝撃と傷をもたらした。それは間違いない。
なのにまだ決壊せず持ち堪えている要因として、『身近さの欠如』を指摘できよう。
轟家を『自分たちと同じ普通の家庭』と考える者は少ない。ヒーロー公安委員会も一般人からすれば『良く知らない』お役所。
どちらも感覚的に“遠い”。どこか他人事なのである。
──第三の、そして最後の
《え、これもう撮ってるんですか? わわた……え、うぅんこんなのやっぱり無理……飛んじゃったのでナシでお願いしま──使わないで下さいね》
話術が違う。
カメラに向かって話すことにまるで慣れていない。それが一目で分かる。
《大体なんでいきなり撮影に来るんですか、分かってたらもうちょっとマシな服……》
装いが違う。
拘束衣でないのはもちろん、かっちりとしたレディーススーツでもなく、誰もが知る大衆向け衣料品店のもの。サイズもぴったりは合っていない日常そのものの姿。
諦め悪く撫でつけている髪も、はっきり言ってしまえばやや野暮ったい。
《──あぁもう、はい、そうですね。本題で》
視線が違う。熱の揺るぎなさ、希求の切実さがまるで異なる。
捕まって言わされているのではない。この女性は自分からこの告発を行っているのだ。
ともすれば冷や会長の映像が(相対的に)信頼を損ないかねないが……ほぼ無編集で流されている。治崎たちにとってそうする価値のある訴えだと判断された。
《本題、そう。スゥー、ハァー……私の言いたいことはたった一つです》
そしてシンプルさが違う。
十年などという時間の隔たりはなく、登場人物も少なく、何より──
《私はただ、
──
スピーチとしては酷いものだ。彼女は自らの名前も息子の学年も、話そうと思っていたことの半分ほどしか言えていない。
またこの動画が撮られた時点の引子は何も知らない。一方的で偏った主張ではある(もちろん視聴者の側も【OFA】を隠すべき事情など知る由もない)。
それでも、撮影スタッフに背中を擦られながら涙と
幾度も雄英を訪れ、その度に難しい話をされて──この会合は根津や会長にとっては微速前進だったが──
これも生の映像ではないようで、背景情報を淡々と補足する(とても分かりやすい)シーンに切り替わったりもしたが、映像としてのまとまった印象は引子が映る度に崩れる。
《出久は──
《出久だけが──
《出久さえ帰ってくれれば──
荼毘のそれとは違う方向で、とことんまで煮詰まった熱量。
それが呼び起こす暴力的なまでの共感。理屈を超えて
引子の告発単体であれば即座に雄英を責める一般人は半分にも満たない……多く見積もっても三割程度だろう。
しかし今、この計画的に組まれた『流れ』においては。
ナンバーワンに裏切られた。委員会に見下された。
名門高校さえ生徒と親を蔑ろにしていた──違う、
ネットの動向を監視していた近属が初めて自ら一石を放り込んだ。不要かも知れないが、予想外の方向へ転がる前に。
三つを意図的に
轟冷や会長を疑うならそれは緑谷引子を疑うことである、かのように。雄英高校の責任を追及しその子供を取り返すには委員会の隠蔽体質も完全に払拭するしかない、かのように。
この投稿自体は多くの批判にも晒されたが、そんなことはどうでもいい。悪意と注目を浴びた小石は次第に大きくなって転がり始め、そうなれば濁流は
その先に待つのが極めて短絡的で幼稚な考えでも。あるいはそれを分かっていても。
立ち止まることはできない。それは現在進行系の引子の嘆きを引き伸ばすことだから。“善良な”市民でありたければ、“正しく”ありたければ──これがたった一つの選択肢。
ヒーローなんて信じるな。
また騙されるぞ。
かくて第六の喇叭は高らかに終末を喚ぶ。
黙示録においては神の使者が無数の不信心者を殺し始めるのだという。
しかし現実に殺されるのは善良な一般市民だ。また恐らくは、
ヒーローを信じないならば大切なものは自ら守るしかない。
自衛の為の戦力。総人口の約八割がその身に宿す
『ヒーローになんか任せておけない』
この一言で“個性”を振るうことが、今日まではヴィランとして責められ、明日からはヴィジランテとして──それどころか理想的な市民の義務として再定義される。
ヒーローをヒーローたらしめるのは“個性”ではなく能力でもなく、なんとなれば人を救わんとする意志ですらなく、信頼されるかどうかだけなのだと言わんばかりの。そしてそれは既に失われたと吐き捨てるような。
無音の崩壊が始まった。
最初は分かりづらくとも確実に。不可逆に。
責任の有無はさておきタイミングとして、その決定打となってしまったのは──最後のトドメを刺したのは──緑谷引子による涙の訴えに他ならない。
次話……カリナ達の出番が来ないので悩みましたが、先にジャック放送の裏側を明かすことにします。
はっきり言えば解放軍の話。