■十一月十一日(土)・午後八時頃
は?
一年で一番大事なこの日になんってことしでかしやがるんですか?
せっかくの楽しい空気が台無しなんですけど。
今すぐこの迷惑な連中を滅多刺しにぷすぷすっとしたくなるのを、みんなから真面目に止められてしまって……テレビやネットで情報収集したり、学校からのメールで『よっぽどの急用以外は自宅待機』的な指示があったり。もう元のお祝いムードには戻れっこありません。
豪華な晩ご飯を終えて、いよいよこれからだったのになぁ。
リナちゃんのお誕生日会:
早くも皆、きりっとヒーローモード……いえ、顔色はかなり悪いですけど。無修正惨殺映像で気分を害したようです。
もちろん私だってあんなので喜びはしませんし、轟くんのことを思うとユーウツではありますが、何をどう頑張っても生き返るわけないですし、今すぐ出来ることもありません。
だからヒーローモード切ってゴロゴロイチャイチャしましょうよ〜。
とか、口にしないだけの分別は身につけた私です。言ってしまうと百ちゃんやお茶子ちゃんは余計カタクナになりますからね。言わない方が目的達成率が高い……なんか相澤センセみたいでヤですけど。
ともかく我慢して、構って
「──今できることは何も無いっぽいね」
「見かける情報も怪しげなモノが増えてまいりましたわ」
「本当に治安が悪なってる報告もありそうやけど……」
「私達が止められるわけじゃないしね……」
ですです。まして雄英生の私達が姿を見せたら、落ち着いて欲しい人達を逆にヒートアップさせちゃうかも知れません。
だから今日はいちゃいちゃしましょう? ね?
と、そんな目論見はもうちょっとで達成されつつありました。いいえ、皆で仲良くお布団には入ったのです。
流石のリナちゃんもそういう気分にはなれないようで、皆で頬を寄せ合って綺麗な感じにおやすみなさい。
良いんですけどね、これだって幸せですから──もう誰にも邪魔されませんように。
■十一月十二日(日)
何かデジタルな……着信音? で目が覚めました。すぐに
なんだか早い気がして時計を探すとまだ四時過ぎ。一体誰が──と首を巡らせる前に、背筋がゾクリと凍ります。リナちゃんの体温が、居ない。
「百ちゃん起きて!」
分からないまま叫んで寝室を飛び出し階段を駆け上がり──ぎりぎり! ぎりぎりセーフ!
「離して被身子、行かなきゃ……っ!!」
「
一人でこっそり出ていこうとしていたリナちゃんを玄関で確保。なんですか随分キマっちゃってますね。外に裸の美女でもいましたか殺しますよ?
ドタバタしている内に皆も起きてきて、暴れようとするリナちゃんもフゥフゥと息を挟みます。
「百ちゃん、止めても無駄っぽいので出かける支度を」
「ええ、始めております。カリナさん行き先は? カタパルトは使いますか?」
「……お願い。お父さんの病院に、急行したい」
歯を食いしばるリナちゃんに目線で促されて、ポケットからスマートフォンを取り出すと……なるほど。
お母様からの緊急招集ですね。お父様の病院が深夜に襲われた、ですか。ざっと見て百ちゃんにパス。
「リナちゃん、これならなおさら私達を置いてくなんてナシでしょう?」
「…………ごめん、頭、回らなくて」
「まぁリナちゃんファザコンですしね」
もちろん私達だって心配はしています。お父様は全く戦えない人ですから──あの優しい顔で実は武術の達人みたいなこともありませんから──護らなきゃいけないのも確か。
だけどそれだけならお母様がやってるはずなんですよね。
お母様は、お父様の隣ではない場所からメールをくれたのです。きっと今のカリナちゃんよりずっと厳しい表情で。
「……カリナさん、病院への突入は引き止めざるを得ないかも知れません」
「いい、行けるとこまでで……ううん、お母さんと合流しよう。ごめん、ごめんね皆」
「謝らないでください」
地域の人間からはワイン病院と親しまれている。単に長い名前を略しただけの呼び名だったのが、今では正門側から見上げる病院外壁にもブドウのイラストがあしらわれている──はずだ。
しかし今、病院施設を目視することはできない。視線が遮られている。
「お母様、落ち着いて……」
「被身子、今のあたしは冷静じゃない。突入しようしたら殴ってでも止めとくれよ」
「が、がんばります」
正門の前には、必死で『マテ』をする蛮族が二人。ホッキョクグマだろうがペンギンだろうが同じことだ。
「皆も私のこと止めてね」
「お義母さまとカリナちゃんが同時に暴れるのはちょっと……」
「プルスウルトラが過ぎるからなんとか耐えて欲しいな」
内部の状況は分からない。しかし普通に考えれば、中には沢山の入院患者がいる……はずだ。
いくら太郎を救うためでも、無闇に突入などできるわけがない。
──早朝、マーサはここを訪れた。夫からの連絡が途絶えていたからだ。何らかの明かせない事情で*病院にこもりがちになり、それでもマメな連絡だけは欠かさないはずなのに。
その時点で異常は既に起こっていた。濃霧(煙?)のようなものが病院全体をすっぽりと包んでいたのだ。
正門横の守衛室はかろうじて霧の外。中を検めると当直は縛られ連絡機器は壊され、しかし簡潔なメッセージが残されていた。
急ぎ裏門も──煙に入らぬよう敷地を大回りして──確かめに行くと、そちらも同じ状態だった。
この時点で午前四時。日の出まで二時間近くあるまだまだ暗い時間だ。黒に近い紫色の煙幕は極めて視認しづらく、近属の想定よりはかなり早い段階で事態を知られたことになる。
残念ながら、その早さが何を成したわけでもないが。
昨日の暴露放送のせいで普段よりヴィランが活発な一夜だった。今はまだ大きな問題にまでなっていないが、自衛したい市民とヒーローとの小競り合いも多発しており、ヴィジランテ的な活動を取り締まれなくなる未来は近い。
結果、大学病院の占拠という事態でも早朝から即応できるヒーローは多くなかった。
そんな中、冷静ではないマーサや仮免高校生たちに代わってメガホンを握っているヒーローは、“大恩があるから”とサイドキックを連れて駆け付けてくれた。
なお、“大人しくリハビリなんてしていられなかったから”というのも大きい。
「立てこもり犯に告ぐ! 要求はなんだ! こちらには交渉の用意があるぞ。知っての通り大忙しなんでね!」
久々のコスチューム姿を見せたインゲニウム=飯田
未だ薄明の午前五時だが、大学病院を丸ごと占拠していることからヴィランは明らかに集団だ。ここが“現場”に留まらず“戦場”になる可能性を思えば避難を促すしかないわけで、近所迷惑など気にしていられない。
(近隣を回るサイドキック達は民間人の態度が固いことをひしひしと感じるが……それも考慮の外。自分たちが信頼されることよりも市民の安全の方が優先される)
しかし繰り返されるインゲニウムの呼びかけはほぼ黙殺された。言葉での応答は皆無であり、それ以外のリアクションもたった一度。
正門の外にいるインゲニウムやマーサ達に、煙幕の内側から足音が近付いてくる。その姿はぼやけたシルエットしか視認できなかったが、何者かはすぐにはっきりした。
「ぅ
ブランクもあってか退避が遅れたインゲニウムを撫でる高熱。直接焼かれてはいない。その火焔は煙幕の内側を
メッセージは明白。『入るな』。
外に危害を加えるつもりがない……とは信じがたいが、少なくともそういうポーズだろう。
最後に“蒼炎”──もとい荼毘は、旅行用のスーツケースを滑らせてきた。ガタガタと揺れながらインゲニウムの手に収まる。
その時にはもう、彼の姿は消えていた。
スーツケースの中身は子供だった。怪我もなければ罠も無い。
ヴィラン側の思惑としては『入ってこない限り患者やスタッフに危害は加えない』とのメッセージである。
実際に彼らは外への出入りと連絡こそ制限しているものの直接的な危害は加えていない。医療行為も(監視のためにかなり邪魔してはいるが)医師・看護師に任せてやらせているし、その様子を子供にも見せ、外に伝えるよう言い含めた。
『だから入ってくるな』と。
ただ、人選に少々問題があった。小さくてスーツケースには詰めやすかったのだろうが。
「わた、ゎ、わたし……」
「うん、落ち着いて深呼吸しよ? ほら吸ってー。吐いてー」
暴露放送で流れた会長の声に聴き覚えがあり、自分の罪を察してしまった。昨夜の内に過呼吸で救急搬送されたばかり。
一晩で多少は落ち着いたところ、ヒーローやその卵に囲まれて罪悪感が再燃している。
彼女自身に怪我が無いことは分かった(しばらく後に『ヴィラン達は暴力をふるったりお医者さん達を縛ったりはしていなかった』との証言も得られた)が……
すぐにでも太郎を救い出しに行きたい。その目的に照らすと今は何も進んでいない。ヴィランに場の支配権を握られ、奪い返す目処もなく。
病院の周囲に現れたヴィランを二人がかりで捕えたりもしてみたが、内部と繋がる情報は無し。間の悪いことに野次馬しにきた(?)ヴィランもいて、特に秒殺ではあったものの、だからなんだという話である。
時間ばかり過ぎる焦り。むくむくと膨らむ悪い想像。自分には何も出来ないという無力感。
あぁ、とカリナは重い重い息を吐く。
『こんなの、耐えられるわけない』
共感を覚えた。
“こんなの”を──緑谷引子も味わったのかと。
羞恥に苛まれた。
深く考えないようにしていたが、頭の隅では彼女を『浅はか』と責めていたらしい。校長や会長ならただ拒むだけでなく解決を模索しているはずだから、『もう少し待ってくれていれば』……などと。
下らなくて嗤えた。
そんな根回しが何になる。仮に先ほどの荼毘が日時を指定して人質交換などのプランを示してきたとして、ならその時刻まで平常心で待てるか? 無理に決まっている。そんなのは無事や安全を確かめた後の話だ。
今この時、元気にしているにせよ何か苦しんでいるにせよ──あるいは手出しのしようもない“繭”に包まれているとて──それを知り確かめなくては。
まずはそこ。でなければ何も始まらない。始められない。
ファザコンと言われようと……家族なのだから。
そんな風に緑谷引子のことを思って迎えた午前六時。
巨大な球状の煙幕範囲をいよいよ露わにする
カリナとマーサが即座に反応する。『アイスエイジ』の緊急連絡先への着信音だったからだ──ただし。
「なんです今の?」
「初めて聞きますわね……?」
被身子と百は知らない。体育祭に巨人が来た時のものとは違う。
マーサとカリナも本当に久しぶりに聞いた。
「……お母さん、その番号まだ生きてたんだ」
カリナは驚いたように言うが、その耳に残っている方がマーサには驚きだ。これは休職中に──つまり幼いカリナが個性診断を受ける以前に*──使っていた番号で、今は公開すらしていない。
『ネットを使えない人が、昔のメモなどを頼りにかけてくるかも』という滅多にない可能性のため、あくまで念のために残してあるだけなのだ。
──そんなレアな着信でなければ、今この時ばかりは取らずに後回しにしてしまったかも知れない。本来は当然に取るべきなのだが。
マーサは悩みながらも
そして……困惑を露わにする。
「は。……いや失礼、んん……? あぁそのカリナは、娘は丁度近くにいますが」
「私? 誰から?」
電話の主はカリナと話すためにマーサにかけて来たらしい。
なおも戸惑いながら母親はその名を口にし──それは誰もを驚かせた。
あまりにも予想外すぎて、静寂の後に奇声があがるほどに。
「……ミドリヤって、名乗ってる」
次話、とても長い一話または分割して二話で、何が起きているかをはっきりさせます。現時点で『一体何が起きてるんだ』と思われるのは当たり前ですのでご安心下さい。
分割するとしても間をおかずに公開したいので、少し遅れるかも知れませんがご了承下さい。