【完結】愛慾のヒーローもどき   作:土屋 四方

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 本日二度目の更新ですのでご注意ください。


3. 前提(2/2)

■十一月十二日・午前一時

 

 病院を急襲した治崎が“繭”に触れた時のこと。

 

「ぬ、ぐぅッ!?」

 

 これまで“能幹筺”にしてきたものとは全く異なる構造のお陰で、その目論見は達成されなかった。

 【OFA】の側も度重なる異常事態に混乱の極みにあったが……はっきりした意識がなくとも彼らはヒーロー。治崎の邪悪な意思に抗わないわけがない。

 【オーバーホール】の危険な腕を取り込むようにして拘束し、同時に九代目の肉体を排出する。

 

 二代目か三代目の無意識によって頑健な肉体に成長させられているものの、緑谷出久であることは確かだ。

 ──ただしその肉体に【OFA】は既になく、宿るのは【黒鞭】だけだが。

 ともあれ、意識が無いだけで五体満足と言えた。

 

 続いて初代の力と魂も外に出される。こちらは新たに肉体を形成するために即時とは行かなかったが、【OFA】の核である『()()()受け渡す個性』だけは絶対に渡すまいと。

 

 この状況で、“繭”からうぞうぞと生えてくる肉塊(よいち)を相手に効率最優先の情報交換を行った太郎も中々に異常だが、それはさておき。

 

 治崎は【OFA】が人を渡り歩く異常な“個性”だと知っていた。筺化の失敗は想定できたことで、また何かが外にこぼれ出ようとしているのを座視するわけもない。

 治崎にとって〔融合〕は病気を取り込むようなもので、積極的にやりたくはないが──この場合はメリットが大いに上回るというもの。

 

(【OFA】が明確に反撃してくるような意思を見せた今、〔融合〕すれば自分にまで干渉を仕掛けてくる(おそれ)はある。元々の考えではこの場合、直接〔融合〕するのではなく安全弁として脳無に叩き込み、その脳無を取り込むつもりだった。コンプレスから取り返した片方をその為に連れて来ている)

 

 片手が引き抜けない状態にされたのは想定外。こうなれば脳無および【OFA】と同時に〔融合〕して自らを生まれ変わらせるしかない。

 近属で試した際に脳無との〔融合〕はむしろ容易だと分かっていたから、壁になるのは【OFA】だけだ。時間がかかるとしても確実にねじ伏せて見せよう。

 

 ──その判断は歴代を更に慌てさせたらしい。

 

「ぅ、ぐ、あぁ!?」

「死柄木さん!?」

 

 できることならこれまでに蓄積してきた力も渡したかったのだろう……が、そんな時間は無い。もたもたしていれば全て治崎に飲み込まれてしまうとばかり、与一は乱暴に弾き出された。

 

 そこからは大忙しである。

 咆哮をあげながら歴代の抵抗を捻じ伏せようとする治崎も、巨大な心臓のように拍動する肉塊のことも構ってはいられない(太郎はそちらを熱心に観察していたが)。

 緑谷を叩き起こし、とにかくここから逃げるとだけ説明し、太郎のことは彼に委ね──並行してせかせかと()()()()()

 

 

 与一がカリナやマーサに言い訳することは決してないが、たった今押し込まれた(あるいは飛び込んできた)【(3)(rd)】を使ったことなど一度も無い。またかつて兄から与えられた『身体を造る個性』共々、以前とは比較にならないほど強化されてもいる。

 加えて言えば、彼は元々“個性”を駆使して戦った人間でもない。

 

 要するに、加減を間違えた。

 

 壁をぶち抜いて外へ飛び出したのは意図したことだが、速度も威力もあまりに過剰だったのだ。

 この時の衝撃で与一はトラックに轢かれたより酷い肉塊になった*ほどなので、緑谷が咄嗟に【黒鞭】を解いていなければ太郎は即死していただろう。

 

 ……という事実は、二人の性格上カリナやマーサには伝えにくいわけだが。

 

 

 

 この時たった一つ、奇跡的な偶然が起こった。与一はもちろん緑谷にも現在地が分かっていなかったのだから、本当に全くの奇運である。

 太郎を置いて飛び出した二人が、そのまま大きな放物線を描いて落下した先が──緑谷家だったのは。

 

 




 

 

■十一月十二日・午前七時

 

「そうですか。それで今、引子さんの態度に何か言うことは?」

「…………僕は……」

 

 デクくんというかデクさんというか、いやでもやっぱりデクくんなんやろね。私らがお家に来た時、私と目が合ったら物凄く申し訳無さそうに頭下げてきたから。

 や、こっちこそ謝りたい位で。謝って欲しいわけでは全然ない、どころか謝られたくないまであるけど。そのズレた責任感とこっちをまるで責めんところはデクくんやなぁって。

 

 そして今も、その責任感は迷走しとるんかも知れん。

 最初に死柄木さんがざーっと(多分かなり()(しょ)って)話してくれた感じだと、引子さんにデクくんの“個性”を洗い浚い明かしたのも、引子さんからここ二ヶ月の話を聞き出したのも、治崎の件をヒーローに連絡しようとしてそれを止められたのも、止めた引子さんを必死で説得してたのも……どれも死柄木さんが主体なようだった。

 本職のヒーローが駄目ならカリナちゃんを呼ぼうと彼が言い出した時、古いヒーローノートからお義母様の昔の連絡先を引っ張り出してきた*のはデクくんみたいやけど……全体的に受け身っぽい。状況に流されとるみたい。

 

 カリナちゃんがピキッとるのはその辺が原因やよ。

 

「僕は全然、分かってなかった……母さんにどれほど心配かけちゃってたのか。継承のことも勝手に決めちゃって、それに……」

 

 高校入学前の継承について、引子さんが『せめて一言くらい』と(いきどお)るのは無理も無いことだと思う。

 だけどそれを理由に、『もう息子は一切ヒーローと関わらせない』というお母さんに言い返さないのは……それでええんやろか。誰にとってもよくないんとちゃう?

 

「僕はこれ以上──」

「そうですか」

 

 あ、ほらもう見切りつけた。怖いでこうなると。

 

「引子さん、そういうことなら私たちは勝手に動きます。死柄……与一さんからの情報を元に作戦を立てて病院を取り戻しますよ、緑谷くんを巻き込むことなく」

「え、そ、そうですか……?」

「それがお望みでしょう?」

 

 一応デクくんに向けたよりも柔らかな笑顔。春までと違って縮んでからのカリナちゃんは声も丸っこくて可愛らしい。

 ──今ばっかりは、太郎さんのことで焦る気持ちが圧になっとるけど。

 

「ただオススメはしません。引子さん全国ネットで顔流れたんですよ? 自衛はどうするおつもりですか」

「自衛って、でも私はヴィランに協力したわけじゃ……」

「その理屈が通じない人が襲ってくるんじゃないですかね」

 

 カリナちゃんは(というか私も)三人をここに残していこうとは考えていない。

 引子さんをご近所自衛団みたいな人らが襲う危険(リスク)も大きいし、しかも壁に血まみれの大穴*空いてんねんで。家に籠るとか難しい上、雨風も凌がれへんやろコレ。

 

「与一さんが再三ヒーローとの合流を促してるのは引子さんのためでもあります」

「私なんかより出久が──」

「その時に緑谷くんがじっとしてるとは思えませんけど」

 

 言葉に詰まる引子さん。

 理屈で詰めるカリナちゃん。

 どの辺で止めようか悩んどる私。あと百ちゃんもかな。だけど──

 

「厳しいことを言わせてもらえば、ここに残るなんて選択肢はありません」

「…………」

「いつまでも済んだことをぐちゃぐちゃ言っデ!?

 

──私らが止めるより一瞬早く、大きな拳がゴチンと振り降ろされた。

 

「カリナ。言葉が過ぎる」

 

 もちろんお義母様だ(別の誰かならヒミ様が痛い目を見せて止めている)。

 ただし娘の言葉を遮っておきながら、やっぱりカリナちゃんの親御さんなのだった。

 

「娘が失礼しました緑谷さん。

 ……ただ、言い方はともかく内容は外していません。あなたは考えを次に進めなきゃいけない」

 

 引子さんは何か言い返そうとしたけれど、それを掌一つで封じる。自覚して使いこなす外見の威力。

 

「ウチもね。一人娘が無茶やって、ワケの分かんない死に方しそうになって、それでどうにか生きて帰ってきたり。そうかと思えば好き勝手に伸び縮みして寿命が削られたりしてるんで、気持ちはかなり分かると思いますよ」

 

 ──なぁ、ちょっと、今の! 空気読んで私も透も我慢しとるけど、今のカリナちゃんったら!

 ついさっきまで『間違ったことは言ってないもん』と不満ミエミエだったのに、身内からの歯に衣着せぬ言葉でしょーんと萎れてくの最高に可愛かったと思います。今にも床に正座しそう!*

 

 ホントなぁ、USJの件は言うまでもないとして、本人は全然大したことじゃなさそーにしとった体育祭だってとんでもないことよ。普通人間ってそんな一気に縮んだりせぇへんて。嬉しそうに服とか贈っとった太郎さんもちょっとズレてる気ぃするわ。

 今さらにも程があるけど。

 

「息子さんの命や安全を心配する、これは当たり前です。そこを誤魔化されたら何だってする、これは賛否ありそうですが私もやるでしょう。

 でも今、とりあえず命は助かっていますね。なら次に進まないと」

「……今度はお宅の旦那さんや、よそのお子さんの命を考えろと? それは……分かりますけど……」

 

 引子さんは渋るような反応を見せた。それは、気持ちとしては分かるけども。

 正論としては誰か(たにん)を気遣うべきだ。そうある(ほう)がより正しいはずだ。

 

 なのに。

 

「そうじゃない──いえ、そうできるならそれでも構いませんが。()()()()()他にもあるでしょう」

 

 ヒーローであり親であるアイスエイジは、その正しさに拘らない。

 ──カリナちゃんやヒミ様がこんな感じなの、絶対この人の影響も大きいって。

 

「息子さんは生きてた。喜ばしいことです。

 なら次は、()()()()()どうしたいかでしょう。他人(うちのひと)とかじゃなく」

「!?っお母──」

「引子さんが太郎さんの心配までしてられるわけないだろ。何を無茶な期待してんだい」

 

 噛みつきそうになったカリナちゃんは黙らされた。かと言ってもちろん、お義母(かあ)様がお義父(とう)様を心配してないなんてことはありえない。お二人は割と見てて恥ずかしくなるレベルの鴛鴦(おしどり)夫婦やし。

 

 ただ相手(いんこさん)の立場を受け入れている。その上で同時に、どこまでも自他に厳しい。

 それは時々──今回も結局のところは──人を刺す。やっぱり親子(そっくり)

 

「私が出久のことを考えてないと?」

「考えてはいるんだろうさ。

 でも引子さん、アンタ出久くんの前で泣いただろ?

 

 

 ……“母親が泣いた時点で、子供は自由意思なんか出せない”というのは……そりゃそうかも知れん、けど……。

 だからって一切泣き顔を見せないなんて、それは随分難しいことに思えた。

 

 ──だけどよくよく思い返せば、お母ちゃんの涙どころか困った顔さえ、(こっそり盗み見た他は)ほとんど見覚えがないのだった。

 

 




 

 

 我が子を想う親の情を、マーサはもちろんカリナでさえも(ないがし)ろにしたわけではない。ただ引子(と出久)がその情をどんな形で落ち着かせようが、そのことと病院での戦いとは無関係だ。

 ここには太郎を想う家族の情も介在しているが、ヒーロー的な義としても同じ結論になるだろう。

 

 ではあの病院をどう攻めるか。

 マーサは早朝に歩き回って、【煙幕】にも濃淡があることに気付いた。地表近くよりは高い所の方が薄い。

 そして夫が籠もっていた秘密施設──すなわち“繭”の安置場所──が最上階近くなことだけは知っている。

 更にそこから、人間大の砲弾が外へ飛び出したというではないか。

 

 

 つまり──角度によっては外から視線が通るのではないか。通らないまでも重要な経路になるのではないか。

 

 だとしたら考えられる作戦は。

 その為に最適な戦力は──()()()()()()の中での最適は?

 

 

 そんな思案が(あらかじ)めあったから、マーサは引子との話が終わるのを待たず公安に連絡を取っていた。

 会長がいない今、組織を回すのはあのワーカーホリック・目良(めら)善見(よくみる)だろう。伝えた内容に頭を抱える様子が目に浮かぶ。しかしマーサはこれまでに色々と恩を売ってきたし、駄目なら対案を出すしかない──恐らく彼は頷くはずだ。

 

 

 これが通るならマーサは……過去の罪と向き合うことになる。

 家族への情は時に強力な誘惑を囁く。今回の件で緑谷引子に道理を誤らせたように。あるいはカリナに引子への暴言を吐かせたように。

 

 マーサとて潔白ではない。家族を持つ者として恥じるつもりは──いや、恥じてはいたのか。逃げてもいたのだ。

 娘にはもちろん夫にさえ言えていないのだから。しかしこうなれば誤魔化してはいられない。殴られようと軽蔑されようと正面から頭を下げることしかできない。

 

 ──それは間違いの精算などではなく、きっと新たな誤りだ。

 だって結局のところ、マーサは太郎とカリナのことが最優先なのだから。

 

*
『身体を造る個性』で再建済み。

*
出久のスマートフォンなどは全て病院に保管されたままなのでクラスメイトに連絡を取るのも苦労した。

*
与一(肉塊)と出久が飛び込んで来た時のもの。

*
出久は未だ床に正座しているが、誰かがそうしろと言ったわけではない。




 次話、25日くらいになるかもです。
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