■会議前
オールマイトの調査では不明だった部分も含め、与一さんからの聞き取りで情報は出揃った。歴代継承者の──もとい、【OFA】に内包されていた要素は一通り分かっている。
……うぅん、分かったと言い切るには推測の割合が大きいかな。
与一さんが持って生まれた仮称【継承】。生前の彼に与えられた仮称【肉体増量】(?)。
歴代のうち五代目の【黒鞭】は緑谷くん、三代目の【発勁】は与一さんに宿っているそうだ。
それ以外、つまり【変速】【危機感知】【煙幕】【浮遊】は治崎の方にあると考えられる。
「一つ一つはそこまで脅威じゃない、はずだったんだけどね……」
「そうですか?【変速】とかヤバげな響きですし、【煙幕】の
「うん。【発勁】もあの回数であんな自壊を起こすものじゃなかった。【継承】の中で強化されてたってこと、なのかな」
その辺りの仕組みは分かりっこないのでスルー。今は脅威度の正確な予測と(あるならば)対策の構築だ。
まだ一つ、大事なのが抜けてるし。
決して無視できない最後の構成要素、これは消去法的に“個性”ではないはずだから──そうだな、〔マイト〕とでも呼ぼうか。代々受け継ぐことで高められた純粋かつ並外れた身体能力。オールマイトの
これを与一さんは“半分も受け取っていない”という。緑谷くんの方には全く行っていない。残りは……簡単な消去法だ。頭痛じゃ済まないよ。
「強敵も強敵ですね……しかもこれが他人に渡りかねないとか……」
「それは無いと思う。【継承】は僕の中にあるから」
そうなら良いけど、どうかなぁ。
「ソレは
「む。断言は難しい……それに継承されうると警戒しておくのは悪いことじゃない、か……」
「杞憂なら良いんですけどね。無視できるほど低い確率とも言えなくて」
「え、そうなのかい」
頷き返す。根拠もなく可能性だけを憂えてるわけではないんだ。
彼はかつて押し付けられたものを『
「でもそれ、違うと思うんですよ」
「違う?」
「そんな“個性”ではない、と。今ここに与一さんが身体を持って存在してるんですから」
「……」
現に目の前に身体はある。ここから逆算で考えよう。
これを実現した“個性”はどれか? 歴代のどれでも【継承】でもできそうにない。なら押し付けられた何かがやったことになる。
「その何かが【肉体増量】みたいなものならその身体も作れたでしょうし、【パワーストッカー】に
例えば片腕に筋骨を強化する構造を予め作っておいて、いざという時には負担を
これならSMASH!! 級のパンチも放てそうだし、何より連発ができないから実質的には『パワーをストック』とも言える。本人以外からはそう見えてもおかしくない。
そんな想像に与一さんは哀しげに頷く。
「あぁ、それは……ごめん、ありえるな……」
「え、なんで謝るんですか」
「兄さんの言葉を疑わない方がおかしかったし、何よりあの頃はね。兄さんも騙されてたかも知れない」
「あの頃って黎明期ですか?……あ、そっか」
言われてみれば当たり前な話。
警察による秩序が暴力で壊されて、各自の身に宿る超常で日々を生き抜いていかなきゃとなったら、正直に自分の能力を明かすなんて馬鹿げている。隠すのが普通でさえあったかも知れない。
そんな世情なら『自身の“個性”を周りにはあえて誤認させてた』って仮説もありえるか。うん。
「! つまり兵怜さん、そうなると──」
「パワーをストックしてるのが押し付けられた“個性”じゃないとしたら、じゃあ〔マイト〕はどこにあるのか。これも消去法で【継承】しか考えにくいですよね。そして──」
「〔
「かも知れない、ですよ。かも」
実際のところは分からない。だけど溜め込まれた力がどこかに雲散霧消してしまうかというと──いや普通なら死者の力は消えて無くなるものだけど、与一さんの実在を目の当たりにすると──まだ何処かに在るんじゃないか、と疑ってしまうのだ。
◆
私をただの子供と侮る雰囲気はなかった。脳無の件で少し発言してヤベー奴と知られたおかげだ。助かる。
「──以上が、治崎が得つつある力の内訳です。もちろん現在持っている【オーバーホール】や【クロノスタシス】、各種“筺”が使えなくなることはないでしょうし、また同時に取り込もうとしているもう一体の脳無も【超再生】以外に何か……“レーザー”の熱線のようなものを持っている可能性があります」
会議室に静寂が満ちて……誰かがまさかと呟いて周りから睨まれた。
私は誇張したつもりはない。彼らも(強がることはあっても)過剰に怖がりはしない。脅威度は過不足なく伝わっただろう。
これで頼まれた役目を果たせたと、やれやれと。私は安心して──しそうになって。
直後、目良さんの言葉に打ちのめされる。
「そういうわけで皆さん、ヒーロー公安委員会は治崎廻の身柄を
この男は例外過ぎる。悪魔と罵られようと本件について我々は
「──殺せ、という指令ではないのだな?」
「おい、親父」
「そんな質問をさせたことをお詫びした上でお答えします。治崎が身体の一部を他人に与えると【継承】が行われる
「公安が人殺しを命令すんのか……!」
「やめろショート。彼らも言いたくて言っているわけではない」
「構いません、ヒーローはそれで良い。
「何言ってっか分かんねえよ!」
「ショート、飲み込めなければ出て行け。それより──フィンガード、質問をいいか」
フィンガード。フィンガード?
……私だ。私が、私の言葉が。
「なんでしょうか」
「……治崎から誰かに【継承】が行われたとする。その時【オーバーホール】なども承け継がれるのか」
質問は沁み込んでくる。それを問う重要性も分かる。
ここでイエスと答えたら。治崎が殺される確率は上がるんじゃないか。
ここでノーを選んだら……治崎から誰かに移した方が楽な位だな。受け継いだ誰かは恐らくやがて自壊する。【オーバーホール】や【超再生】で治し続けなければそうなる。
どっちにしても人が死ぬ。
私の返事がそれを決める?
会議の時間を空転させる沈黙が自分一人にのし掛かっているのが分かって、なのに「ちょっとだけ待って下さい」すら出てこない。
泣きそうな思いで舞台袖を見やる。目良さんもエンデヴァーも殺そうとする被身子をみんなが必死に止めている。
皆の後ろからは与一さんも気遣わしげに見ていた。彼を通した伝言がリフレインする。
本当に厳しくて泣きたくなるけれど、この場ではそうもいかない。できるはずだと信じてもらったことだし。
「……どちらでもありえます。判断材料が少なすぎですね」
分からないことは分からないと答えた。
また、承け継がれない場合は遠からず亡くなるだろうという予測も。
「──以上です」
「うむ、よく答えてくれた」
……褒められても困る。知ってることを答えただけだ。
治崎の脅威度を伝えたように──もしくは炎司さんに筺の素材を伝えるように──事実という凶器は時に
学者って職は理性の徒だと思われがちだけど、お父さんに言わせれば違う。“学者としての純粋さ”をとことんまで突き詰めるなら、その先は“知り得た事実の奴隷”でしかありえない。どんなに感情が拒んでも、不合理な結果を招くとしても、事実だけは偽れない無我の存在。
……実際にこの役どころを担ってみるとつくづく実感する。
これ私向いてないわ! 引き受けちゃったから今回は最後までやるけど!
お父さんは分かってた。私も最近分かり始めた。
事実だけじゃ回らない。戸村家みたいなケースで少しでも助けになりたければ。
治崎が殺されるのが嫌なら速やかに無力化すればいい。それを自分で出来ない私は弱いんだ。
──そんな筋合いがあるとしたら、『治崎を殺す役目』を期待される人だけ。
自然と視線が引き寄せられていた。その枯れ枝のような体が背負う魂に威圧され、金色の光を幻視したのはきっと私だけじゃない。
「……どうか、安心して任せて欲しい。もう引退した身だし、汚れ仕事には丁度良いさ。言うほど清廉潔白でもないしね」
自嘲するような言葉で、大きな声でもなくて。いっそ頼りないと感じそうな要素は多いはずなのに。胸の前できつく握られた拳が何かを取りこぼす心配なんてこれっぽっちも湧いてこない。
なんだか悔しいけれど、『この人に任せておけば大丈夫だ』と信じられる。そう感じてしまった。
だからこそ、それをこそ──、
「勇み足ですよオールマイト。誰も貴方に任せるなんて言っていないでしょう」
──
「つい先ほど連絡があって、手配が間に合いましたので──オールマイト、不躾ながら貴方は
「サブプランだって……?」
「はい。メインが失敗した場合にはお願いします」
「
あの治崎を、オールマイトでもエンデヴァーでもない誰が止めるって? ホークス、ベストジーニスト、エッジショット……みんな同じく疑問の表情だ。
ミルコは『オレかぁ?』みたいな顔してるけど。違うと思いますよ。*
目良さんは直接疑問に応えず、耳にはめたヘッドセットと短い言葉を交わす。そして校長に通信端末を預けてきた。
「通話の映像、スクリーンにお願いします」
「了解サ!──んん?」
画面を一杯に埋め尽くしたのは闇堕ちしたオールマイト蛮族風。
違った、お母さんだ。そういえば雄英についてから見かけなかったけどどこで何してたんだろ?
「アイスエイジ……彼女が“メインプラン”?」
『そんなわけないでしょう、オールマイト』
はっきり否定しながら、お母さんはごそごそとカメラを固定して。『私はただの迎えです』と一歩引いた。
空いた画角に座っていた“メインプラン”。
その姿に私は──
ぷっつん。
「っヤバ、確保です! 私じゃなくリナちゃんを!」
舞台袖で被身子が叫んだ。すぐに百が応えた。
「了解です、お二人も被身子さんを離して! ついでに与一さんも!」
「えぇ?」
与一にはわけが分からないし、会場のヒーロー達はもっと理解不能。
先ほどまで人の情が無いのかと疑われるほど冷徹に、しかし極めて理知的にヴィランの危険性を解説していた少女が、なぜ突然スクリーンを隠すように仁王立ちしているのか? 背は低いもののそこそこ邪魔である。
──幸い、カリナがその人物を見上げる表情は舞台上からしか窺えなかった。
慾に溺れ、情を請い、熱を
「はーっ♡ はーっ♥」
「校長センセ、リナちゃんの出番終わってますね下げますよ!?」
「あ、あぁうん大丈夫なのサ」
『カリナ? あんた映像越しでも──』
「おばさま、まずは
『お、おぅ。世話かけるね』
与一がまごついている間に、四人はてきぱきとカリナを拘束し拉致していった。シンリンカムイも驚くほど*実に手際が良い。
「どこ連れてきます?」
「近いのは生徒指導室だけど」
「あそこソファも無かったじゃないですか」
「あの机じゃ硬いし狭いもんね」
「お二人とも何をなさってたんです!?」
少女達が去っていく。賑々しく、しかしひどく深刻そうに慌ただしく。
ワケもわからず与一も続き(もちろん後で追い返される)お茶子が「お騒がせしてホンマすんません!」と頭を下げて扉を閉めたけれど、しばらく誰も口を
壇上にいる根津やオールマイトも、聴衆にあたるヒーロー達も、画面越しの二人も。
すぐに会議を再開しろというのも無理な話だ。直前までの緊張感からあまりにもギャップがある。
だから、その緊張感と最も遠い人物が最初に呆れから復帰した。
『マーサさん、あの子なんかの病気か』
『ある意味そうだね。あんたには重ねて迷惑かけそうだ』
『
『…………』
『え。何その哀れみは』
『……バカ娘が失礼しました、会議を続けましょう』
『マーサさん?』
どんなに奇妙な空気でも、会議を進めないわけにはいかない。今こそプルスウルトラである。だって“メインプラン”の中身はまだ何も話していないのだから。
とはいえプランの概要は──あえて語らずとも一目で明らかではある。
映像が小刻みに揺れるのは移動中の車内だから。広いワゴン車のようでやけに無骨な内装は
ようやく出番です。