■十二日 午後〜
脱出不能監獄・タルタロス。
本来なら即日の面会など許されないが、公安委員会は形振り構わず押し通した。会長の暴露動画による権威の失墜は明らかで、その為に組織同士の力関係は悪化していたにも関わらず──むしろだからこそ、彼女とはケジメをつける必要がある。
……どんな形であれ。
「驚いたよ、いきなり面会なんて」
「
「うん。十……二年?」
「十三年経ったよ」
「意外とニアピンだ。中は退屈だし外のことも分からないから」
「…………」
正直なところ、火伊那の様子は『思ったより元気そう』と感じさせるものだった。時間の経過も不思議なほど感じない。マーサばかりが老けてしまったようだ。
言葉に詰まってしまった面会者に、収監者の方がくすりと笑う。
「マーサさんは分かりやすいな。何か言いづらいことがあるんだろ」
「分かりやすいなんて言われたこたぁないよ」
「おや、旦那さんとはラブラブじゃなかっ──あぁ、旦那さん絡みね」
本当に表情を読まれている。確かにマーサが来た目的は病院の件で火伊那の力を借りるため。
しかし。
「恩があるからね、引き受──」
「待ってくれ」
「?」
「すまない……謝りに来たんだ」
ありがたい言葉を遮って頭を下げた。本当はここから始めるつもりだったのだ。
「十三年前。いや
私は、アンタが何か“ヤバいことをやらされてる”と勘付いてた。証拠なんか無かったし、何をやってるかまでは……最後の事件まで絞り切れなかったが。
“きっと助けを求めてる”と、それは分かってたんだ」
「…………え……?」
「謝って済む話じゃないし、義理も道理も釣り合わないが……悪かったと、思ってる」
改めて頭を下げられても、まず困惑が先に立つ。火伊那にとっては様々な意味で意外すぎて。
薄汚いことをやっていた。それが命令だとしても。知られたくはなかったし、後から知られるならまだしも進行形で気付かれていたなどと思いもしない。
そしてもちろん“何故”と訝る。アイスエイジは頼れる先輩だった。今この時までそう思っていた。『私が隠し通したんだから助けてもらえなかったのは当たり前だ』と。
『どの面下げて、──。
いや…………あぁ、なんてこった。
無理だ……』
道理は明らかに間違いなのに、怒りの
悲しい。信じた人に裏切られていたことが。
空しい。怒ったところで何を取り戻せよう。
疲れた。
「…………それで? 詫びだけじゃないんだろ」
「……そうさね」
マーサの謝罪を受け取れる者は既にない。その感情は擦り切れてとうに手遅れだ。
そしてゆっくりと関係を温め直すような時間も、今はとっていられない。
治崎廻の狙撃・殺害。
この目的に照らせば火伊那は──レディ・ナガンは最善手に違いない。無論、よりによって彼女にやらせるのかという葛藤はあるが。
ただしオールマイトや他のヒーローでは安心しづらい類のミッションだ。非情に命を奪えるかという点で。
『……どうして引き受けたんだろうな……』
火伊那とて酷い依頼だと思った。しかしすんなりと応じていた。過去の件に恩赦だか免罪だかと報酬を並べられても、前向きな気持ちはゼロだったのに。理由は良く分からない。
『……反発する気力も湧かない、か……』
マーサからはどうでもよさそうに見えた。善も悪も救も殺も。断る方が面倒だっただけ、とも取れる。
二人ともとりあえずカリナのことは考えないようにしていた。護送車内の沈黙は奇妙の一言である。
もちろんマーサはあれがどういう反応か承知しているし、だからついつい頭を下げそうになってしまうが……。
違うだろ、詫びたいのはこんなことじゃない──などと思っても、あの様子では諦めさせるのも一筋縄ではいかないだろう。少なくとも火伊那本人がきっぱり断らない限りは執着が続くと見た。
『断ってもらうにせよ……断る、よな?』
よもや受け入れはしないだろうが。
仮に
それはとんでもない未来のようで──思いもよらぬ救いかも知れない。
十三年前、嗅ぎ取った力の大きさに尻込みしてしまった。踏み込めば家族に累が及ぶと火伊那を見捨てたのだ。
償う方法などありはしないが、家族として特別扱い
■午後七時
◆整備棟
秒単位で時刻を合わせたデジタル時計が定刻に合わさると、遠くから銃声が響き北の空に照明弾が上がった。
色は青と緑。『命中/沈黙』。同時に半球形の煙幕が急速に薄れていく。
つまり治崎は延髄に銃弾を撃ち込まれて死んだ──生きているとしてもとりあえず動いてはいないということ。
光と同時、病院の全方位から一斉に突入する。
「被身子、透、無理しないでね」
「リナリナがそれ言うの!?」
怒られちゃった。被身子からの無言ジト目なんて本当に珍しい。ゾクゾクしちゃうからやめて欲しいの分かってるだろうに。
いやまぁ過ぎたことは脇に置こうじゃないか。会議の終盤からついさっきまで学校で性欲発散体操(第一〜第五)に励んでたとか、そのせいで(準備中も色々創ってた)百がダウンして来れてないとか、被身子と透も体力がカツカツとか、言っても仕方ないし。
私は〔身体変造〕で疲労もゼロのツヤツヤフルパワーなんだけどね。一人で行かせてくれないんだもの。*
治崎とお父さんのいる職員棟はオールマイトの担当だ。冷静じゃない自覚があるので近付かず任せることにした。
私たちの分担エリアへ真っ直ぐ駆ける──整備棟には患者さんがいなくて、いるとすれば職員さんだけのはず。
「襲撃だ! ケースB連絡!」
「通信ができねえ!」
出入り口周辺を警備していた三人組は、なるほど会議でも話にあった通り。よくみるヴィランに比べるとずっと統制が取れてるし、装備もおおまかに揃ってる。鎧……というか、パワードスーツ?
「二人は
リーダーっぽい大柄な一人が殴りかかってきて、たぶん私らを足留めして部下の二人は中へ……とかしたいんだろうけど。こっちはそれをさせたくないわけで。
「俺が時間、を!?」
パァン、と出鼻を挫いた透明人間の猫騙し。
面食らった男の横を駆け抜け、援護するか退避するかまごついてる二人を被身子と一人ずつ撃退。彼らを救おうとしたリーダーの背中を透が襲う。
完全な背撃で、やや非力な透でも頭を揺らす位はできそうだったけど──
「ぬぐ、そこかぁ!!」
「っとぉ!?」
──相手にダメージなし(透もちゃんと避けた)。硬いなぁ……急所を守ってるし動作アシストみたいな機能もありそう?
まぁ今ここでは三対一なので、速やかに
「二人ともざっと覚えよう、硬いプロテクターと革ベルトの配置。
フルフェイスのメットと首周り、脇、股下……合理的すぎて不合理だね、刺したら死ぬようなとこばっか守ってる。こんなとこヒーローは攻撃しないっての」
「ガミさんどこ殴ったの?」
キュートな透が私に聞かないのは筋力差が大きいから。ガードの上からの金的はゴリラ筋肉がないと効果が薄い。
まぁ被身子の真似ができるかっていうとそれは別問題だけど。
「
「えぇ……」
簡単に言うなぁもう可愛いんだから。間合いは詰めなきゃいけないし相手の呼吸と合わせなきゃ意識は奪えないし、『疲れてるから一番楽なやり方』にしては難易度がおかしい。
「透はさっきの一発目、ナイスアシストだったよ。あんな感じでいこう」
「分かった、攪乱と民間人の保護ね」
「うん、行こう」
相談は最小限。整備棟は裏手からもう一組のチームが攻め入ってるけどそれだけだし、そもそもここはさくっと済ませて他の手助けへ回る算段でもある。
だから今は目の前のことを全力で、だ。他のことは今は脇に置く。
後方で巻き起こった赫と蒼の火柱のことも。
空で何かが爆発したことも──とりあえず敷地の外へ落ちていったみたいだしスルー。
お父さんのことはオールマイトがなんとかするだろうし。
……そしてあのセクシー筋肉お姉さんのことも! 今だけは! 我慢だ!! 絶対あとでお母さんにかけあって会わせてもらおう。
そして性的な関係を前提にお付き合いしてもらうんだ!
近属にとって大きな誤算の一つが、ヒーロー側のもつ情報量だった。
電気的な盗聴はもちろん、音響系の“異能”による盗聴もノイズ発生機などで対策はしてある。完全には防げないにせよ──また屋外にいる荼毘の様子は聴かれるにせよ、室内のことまで把握されるのは想像の外。
それを為したのは一見すれば勝利の痕跡にも思えるホークスの羽根である。
一方、極度の集中状態をずっと続けていたホークスは突入メンバーに加われていない。
病院上空にはいるがあくまでサポートの位置付けだ。
そして現在、『もっと強く止めておけば』と後悔しつつある。
◆空中戦Ⅱ
何故か雄英にいた(実は半ば泊まり込みになっている)発目明が常闇に売り込んだ飛行ユニットの出来は悪くなかった。少なくとも速度はかなり出せると認めた。
そして二人が強く主張するから──常闇は仮免も持っていることだし──自分も同行して攪乱程度の飛行に限り、渋々許したわけだが。
「いくらスピードが出せたって直線で飛んじゃダメだ、案外簡単に照準──」
『うおぉ!?』
「退けツクヨミ!」
夜を切り裂く“レーザー”の熱線。高高度に滞空するホークスの眼下で、ツクヨミは危うい曲芸飛行を続けている。煙が晴れたおかげで“レーザー”も見えやすくはなった。
「聞こえないのか、撤退だ!」
病院内にはヒーロー側が
だから繰り返し伝えたが、間違いなく通じてはいるのだ。
『断る! 見えないのか、避難の列だ!』
「見えてるが……くそっ」
体力さえ万全なら今すぐ降下して役目を替わっているところだ。確かに今、“レーザー”の目を空へ引き付けておく意味は極めて大きい。
常に屋上にいるあの移動砲台は、地上に下ろした患者の避難経路を脅かし続ける。しかも一番居て欲しくない位置取り──避難がしにくくなる角度──からあまり動かない。恐らくは意図的に。だからツクヨミが撤退すれば……。
『空から俺が狙えばこそだろう、違うか!』
「違わない! だがもっと緩急をつけて──」
『いや、ヤツの慣れの方が速い──!!』
ツクヨミとてただ全開で明の
ただ、先ほどの際どい一撃で気付いたことがある。実のところ一瞬は命中していたが、それにしては──?
今は十一月、午後七時。【黒影】が月に狂う宵の刻だ。
安全装置として懐には点灯中の光源がある。これをギリギリまで弱めながら──
「何を!?」
『師よ、心配は要ら──』
言葉の後半は聞き取れなかった。ついに熱線が【黒影】の翼を捉え、装備していた推進装置の片側が爆発を起こす。
「ツクヨミーっ!!」
無理をおしてでも身体は急降下の姿勢をとっていた。しかしそれを留める雄叫び。
『──無傷だ! 問題ない!!』
そんなバカな。しかしツクヨミは真っ直ぐ“レーザー”へ向かっている。速度こそ落ちているものの安定しており、片翼が駄目になった飛び方ではない。
『コイツはオレ向きだ、任せて欲しい!』
暗さにより強化されているおかげという点はもちろん大きい。
しかし【黒影】は元々、極めて
例えば爆豪のかなり本気な【爆破】をまともに食らっても、『痛い』や『熱い』より先に『眩しい』を嫌がるほどに。つまり光以外は大したダメージにならないレベルの防御力。
そして“レーザー”の破壊力は主に高熱が
『任せろってツクヨミ……!』
インカム越しの絞り出すような声。ノイズ越しでも分かる切実な懸念。
本心では止めたいのだろう。撤退しろ、そうでなくともせめて距離を取れとか、焦らず時間を稼げとか。
しかし実際そう言ってこない。距離を詰めたこの情勢判断が正しいということだ。『ただ頭上を飛び回るだけで病院にも“レーザー”にも脅威にならない』と判断されればあの火は地上へ向けられてしまう。最低でも見せかけの攻めっ気*は必須なのだ。
故に積極的に攻める。
気負う必要などあろうか。勝てないまでも負けない──いや、負けなければ勝ちだろう、この状況なら。
「格上との戦いには慣れている」
独り
熱線の威力、照射時間、最短の発射間隔……どれも今がフルパワーとは限らない。次の瞬間には何段階か上の攻撃になる可能性もある。
──それがどうした。
そんな可能性はいつものこと。クラスメイトが相手でさえ驚きの無い勝負などなかった。ましてや
だから相手を見る。そうすれば──
《フミカゲ!!》
「あぁ!」
──
そして超高熱の影響を必ず受けてしまうのが……その発射口である。今までは無かったジュウという排熱音、僅かによろめくような体勢。
誘いかも知れない。それを承知で叫ぶ。
「【黒影】!」
《ゥオラァァア!!》
影絵の怪物のごとき剛腕を屋上に叩きつけた。
たまらず回避した“レーザー”。続けざまに
このまま押し込めれば避難経路が上から狙われる
民間人へのリスクを低減するために、本作戦はとにかく速さを突き詰めている。
目標は
その間、“レーザー”の敵意を惹きつけながら踊っていれば(この場では)ツクヨミの勝ちである。
もちろんそれは易いことではない。一瞬の油断で即死ということもありえる。それを承知で常闇踏陰は──少々興奮していた。
良くないことだとは思うが字面としては大好物なのだ。