【完結】愛慾のヒーローもどき   作:土屋 四方

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十二日・午後七時Ⅴ〜ありふれた鉛弾

 

 タイミングを揃えての襲撃だったこともあり、院内での戦闘は多くがヒーロー優勢に進んでいた。

 その中では比較的拮抗したのが外来棟である。

 

 ここの担当にはいわゆるトップヒーローがおらず、単体戦力としては比較的低め。

 そこで彼らは数人でチームを組んだが、患者もバラバラでいた(かつ必ずヴィランがついていた)為に不意の遭遇戦となるケースも多く……本来なら避けるべきことも色々と発生している。

 民間人から死者・重傷者を出さないという一線は誇りにかけて守り切ったが。

 

 

◆外来棟

 

 カリナ達が駆けつけた時、外来棟は暗く静まっていた。光が無い──地下での戦闘で電気系統が破壊され、建物まるごと停電したのだ。

 それでも一階の待合いロビーに集められた職員や患者らは落ち着いた様子。ヒーローが囲んで安全を確保し、手元を照らす灯りにも困ってはいないらしい。

 

 リーダー役と思われるヒーローに声をかける。

 

「入院棟は手が足りたようなのでヘルプに来ました」

「お、君たちか……んん、誰か耳が良かったりするかい?」

「救助漏れを探してる段階ですね? お役に立てそうです」

 

 時間が無いために深くは聞かなかったが、外来棟を担当するチームは戦闘に秀でたメンバーが複数人深傷(ふかで)を負っている。万全なのはA組で喩えると瀬呂や峰田のような系統ばかりで、これを『残って漏れを探す組』と『民間人を護衛し回収班へ引き渡す組』に分割する余裕が取れずにいたのである。

 

 

 早速の〔身体変造〕。

 こうなると停電はありがたかった。特に蛍光灯など、電気機器の多くはかなりのノイズを発し続けるから。それが絶えてしんと静まった、かつほぼ無人と分かっている棟内なら、カリナの耳と鼻は人の気配に敏感だ──呼吸さえしていれば。

 逆に言えばこちらの会話なども聴かれうるということだから、ハンドサインで簡潔なやり取りをしながら上へ上へ。

 

『二階、クリア。三階も……クリア』

『早いな、大丈夫か?』

『七階に人間数人とロボットたくさん』

『悪かった』

『いえ。四階もクリア』

 

 初対面なのだから能力に信用が無いのは当たり前。だからといって進行を遅くするなどありえないわけで、無人のフロアはさくさくと進んでいく。

 しかし五階に着いたところでカリナが全員を止めた。

 

『七階で人が()()()

 ロボットが()()()

 水の音』

 

 一見わけが分からないメッセージだがここでは全員が察する。“泥ワープ”だ。

 

『使い手も?』

『不明。でも“近属”と呼ばれてる』

『リーダーか。逃がしたくないな』

 

 近属の能力には不明点も多く──ヒーロー側からは彼が“泥ワープ”でもあると確認できていない──今の面子で強引な突破には乗り出しにくい。

 どうしたものか、と円陣を組もうとしたその時。

 

 断続的に揺れていた窓が一際(はげ)しい悲鳴をあげた。その外からも見下ろせるかつての遊歩道エリア、そこに現れたのはまるで極小の太陽である。

 

「ぇ、は?」

 

 その光景に信じられないと呆けた声を漏らしたのはカリナ。声を出すなと咎められるより前に窓から外へ躍り出た

 断固として反論を許さない言葉を、必要最低限だけ残して──

 

「被身子透、無茶しちゃダメ。あと()()()()()()()殺すのもダメ

 

──片手を窓枠にかけて形態(モード)変化(チェンジ)、ミルコよりなお太くなった脚力で、思い切り外壁を蹴る。

 

 いっそ『もう一人』が躓くなどしてくれればカリナは急ブレーキをかけただろう。しかし丁度で間に合いそうなので重ねて空を蹴って速度を稼ぐ。

 

 だからエンデヴァーの白炎が焼いたのは、割って入ったカリナだけ。

 

「ッガ、ァ!

 

 獣じみた苦鳴を上げながら〔身体変造〕。生命維持。膝を折れば障りがでる。心臓と肺の再建。意識を失う前に。因子(リソース)が尽きる。皮膚は諦めろ。

 それともう一つ。前を見ろ。

 

「…………」

 

 正面には二人。一人は両手を開いて立ちはだかり、もう一人は地べたに尻をついて歯噛みしている。

 同時に二人は泥に飲まれた。撤退らしい。

 

 へ、へ、ざまあみろ。

 気絶する直前、カリナは無意識に呟いた。

 

 



 

 

■同日・同時刻

 

 

◆職員棟

 

 治崎は既に死んでいる──少なくとも現時点での生命活動は止まっており、復活の兆しも見あたらない。

 オールマイトだけでなく、太郎の厳しい目で診ても。離れた位置からの外見上では。

 

 恐ろしい正確さで脳幹を撃ち抜かれ人形のように倒れ伏した。その銃創ははっきり見えている。あの部分は運動機能の根幹を司るため、破壊されると呼吸はおろか痙攣のような身動きすらできなくなる──つまり酸素は得られない。

 そうなってから既に八分。常に酸素を必要とする脳細胞には不可逆的な問題が数多く発生しているはず。

 ……はず。

 

 このような認識を踏まえ、依然として治崎は警戒対象である。当たり前のことだ。不用意に近付けば襲いかかって来るぐらいに思っておくのがこの場では正解。

 オールマイトも同じ認識を共有している。治崎は警戒対象──それは、すなわち。

 

 

 “レーザー”が力尽きるのと前後して、有象無象と呼ぶべきロボット兵が集まって来た。オールマイトにとっては豆鉄砲でも太郎の命は十分に奪いうる火器が多数向けられ──こうなればもう相手をする必要は無い。

 

「失礼します、博士!」

 

 分厚く大きな防災頭巾のようなものを被せつつ、その身を抱えて飛び出す。与一と緑谷が貫通し、そしてレディ・ナガンの狙撃が通ったのと同じ穴から。

 その背中へと銃撃が追いすがる。()()()()何の問題にもならない。

 一方、部屋に残された治崎は警戒対象であって()()()()()()()()。誤動作か戦闘による破損のためか、何らかの理由で何発かの銃弾が彼に向かったことも、故に問題ではない。

 

 

 ──()()()()()

 

 

 しかしその弾丸は強烈に活性化させた

 

 

 

【危機感知】

 

 

 

■十一月十二日・午後七時〇九分

 

 

 その瞬間──オールマイトが地面に太郎をおろす少し前──、消えていたはずの【煙幕】が猛烈な勢いで広がった。元の綺麗な半球とは似ても似つかない歪んだ輪郭ながら、その範囲は病院の敷地外にまで達する。

 煙自体に攻撃性はない。だから着地体勢のオールマイトは僅かにそれに触れてしまい──

 

「オマエがイチバンつよいカ?」

「っ!?」

 

──次の瞬間には肉薄されていた。

 やむを得ず、近隣の民家に見えた深い植え込みに太郎を放り込む。……仮に太郎がいなくとも、空中でその剛腕を避ける方法など無い。

 背後から迫ったはずの黒い影は(勢い余って)前方に回り、アッパー気味にオールマイトをかち上げる。

 

「ぬぐぉぉお!?」

「ナン、ダ。よわい、カ」

 

 防御した腕は痺れている。折れたかも知れない。そんな痛みは忘れ、空を蹴って真下へ。

 

「判断が早過ぎないかね!」

「ゴ、ゴ。いいゾ。イヤ、わるくナイ」

 

 クリーンヒット……したはずだ。頭頂部を打ち下ろし、しかし怪人は前屈みになった程度で膝さえ折らず、嬉しそうですらある。

 

 黒い肌。ところどころに露出した筋繊維。首から顔面にかけて布状に──()()()()()()()()()()──広がった体組織の奥で、不気味な眼光と薄ら笑いだけが浮かんでいる。

 はっきりしないその面相も、やはり一致はしないような。

 

「治崎、では……なさそうだね……?」

「ちさき」

 

 不意に流暢な復唱。()()()()()()()

 

「アイツはいいヤツ、ダ。つよい、ヤツ」

「…………」

 

 “フード”は識っている。【煙幕】の内側のことは感じとれた。

 識っているが解ってはいない。あの感覚と実際の強さがどう結びつくものか。

 解り方は教わった。経験、経験だ。元居た場所には良さそうな相手が何人かいたから、それらの強さを測れば次からはもっと上手くやれるだろう。

 

「オマエ、は……ハズレ」

「っ待て!」

 

 病院へ。地を蹴った“フード”をオールマイトが追う。

 しかし元々飛行能力を持った脳無であり、その上──

 

「ンだあ……?」

 

──空中で確かに命中した銃弾に、()()()と回転して勢いを殺した。それは単に推進力を持つだけではありえない、すなわち【浮遊】の振る舞いである。

 浮かんだまま振り返るも、狙撃手を見つけられない“フード”。ナガンの髪でできた弾丸からはダメージは受けておらず、むしろ【危機感知】の方が痛かったという不快感は……晴らせないようだ。

 

 幸い、それ以上に楽しめそうな一撃が腹にめり込んだ。

 

「その力を! お師匠の“個性”を!」

「グ、ゥ」

「悪事に使わせなど──許すものか!!」

「ゥおおぉぉ!?」

 

 治崎であろうとなかろうと、【浮遊】を奪ったことから考えれば抹殺対象と見做すしかない。

 そして()()オールフォーワンと戦い続けたオールマイトの本気モードである。会議で挙がった【危機感知】も働いているらしいと洞察し、故に組み付きという手を選んだ。

 もろともに病院への放物線を描きながら、“フード”を掴み・引き付け・同時に殴り・また掴む。これならば感知していようと対処のしようがない。

 

『堅く柔軟な筋肉と兵怜少女の予想通りの【超再生】、だが──ダメージの(とお)しようはある!』

 

 未知の“個性”でも攻撃してみた手応えから解析する。膨大な経験に支えられた観察は──オールマイトのそれはかなり感覚的なものの──速くて正しい。

 とりあえず、捻じ折った腕をそのまま()めておけば治ろうにも治れないようだ。全盛期の己をも上回る筋力も壊れた状態では発揮できず、関節の構造自体は覆せないらしい。

 

「グ、ハハ、たのしいナァア」

「同意しかねる!」

「ェア? おかしい、オマエ」

 

 無事な方の腕を伸ばしてきた。逆にそれを強く引いてやると伸長が追い付かなくなる。

 振り払いもせず、今度は指を伸ばして掴もうとしてきた。狙いやすくなった指関節を連続で叩き割る。

 

 総じて“フード”は多彩で強力な“個性”を()()使()()()()()()()で、オールマイトは技術によって好きにさせない。

 オールフォーワンとの戦いで得た経験がこの上なく活きている。多数の“個性”を持てばそれぞれの訓練は疎かになるわけで、繊細なコントロールなどが伴わないのは自然な帰結。

 

 ──それを油断とは言うまい。

 “フード”の学習能力が異常なのである。

 むしろ極めてテクニカルな闘士だからこそ、()()()()()“ただ使っている”ように振る舞って()()()()()()

 

 その結果が、苦悶の表情で全身から蒸気を発する(マッスルフォームが解けかけの)オールマイトである。

 

「逃、が……すか……!」

「よわい、ナ……むぁ?」

 

 二人がもつれ合って激突し、壁を突き破って転がり込んだのは外来棟の最上階。

 そこに近属がいたのは偶然ではない。意味ははっきり伝わっていなかったものの、何かに呼ばれている気がした“フード”が意図的にここを目指したのだ。

 

 なお、近属が被身子や透達と対峙するタイミングに重なったのは偶然である。

 

「透ちゃん下がっ──マイト先生(センセ)!?」

「え、嘘……やだ、オールマイト……?」

 

 ヒーロー側もヴィラン側も、それぞれの感情と共にその名を口にする。

 額からの血が顔を汚していても、見たこともないほど険しい表情でも、濃い蒸気のせいで姿が見えにくかろうと、それがオールマイトであることに疑問の余地などない。

 

 その声に心底驚いたのが“フード”である。

 知識としてのみ持っていた『平和の象徴』はもっと強いと思っていた──()()()()だなんて信じられない。

 

「お前が……? イヤ、何かのまちがいダロウ……?」

『口調が、変わった?』

 

 オールマイトだけはその変化に気付いたが、考察は後回しだ。

 顔面をむんずと掴まれてずいと引っ張られる。単純な力では負けているから、細かな体重移動やフェイントなどによって抗おうとするも──そういった技術面でも勝っているとは言い難い。

 片腕でオールマイトを引きずりながら、“フード”は自分が飛び込んだ穴から外に躍り出る。【煙幕】で感じ取ったもう一人の強者、エンデヴァーに向かって。

 

 

◆(元)遊歩道

 

「ショート、傷口を(おお)えたなら走れ! それは命に関わる!」

「けど親父、単独行動は──」

「オールマイトと組んでアイツを倒す! 行け!」

 

 荼毘は既にいない。“レーザー”もだ。避難も大部分が完了した。戦いに支障はない。

 

「お前は……つよい、ヨナ?」

「赫灼!」

 

 再び焔をまとったものの、両手のコンディションは最悪だ。肘から先に皮膚は残っていない。指は思うように動かない。それでも炎熱は手足のように意思に従う。

 昨日までのナンバーワンを悠々と引きずってくる“フード”はまるで無防備だ。

 

「〔ヘルスパイダー〕!」

「む。ふ、ふふ」

 

 糸状の熱線が閃くと、太い腕がずんと落ちる。解放されたオールマイトはエンデヴァーの横に並び立つ──“フード”はやはり嬉しそうな反応を見せているが。

 

「バトルジャンキーというやつか」

「そうだね、それも強い相手を探してるようなことを言ってたよ」

「ならなぜ先に俺の方に()んのだ」

「私はハズレだったと」

「ふん、中々分かってるじゃないか」

「案外余裕あるね?」

 

 もちろんお互いに余裕など無いことは重々承知している。

 しかし目の前の災厄を倒さない選択肢などありえない。

 

 全盛期のオールマイトを優に上回るパワー。

 肉体の変形と【超再生】。

 飛行能力と【浮遊】。

 見ずともものを知る【危機感知】や【煙幕】。

 それらを的確に運用する技術や勝負勘。

 【オーバーホール】と【クロノスタシス】は未だ使っていないが使えない保証は無い。

 そもそも体内にどれだけの“筺”があるやら。

 

 それでも、いやだからこそ。

 勝たねばならない。倒さねばならない。

 

 ──命を奪ってでも。

 ──命を使ってでも。

 

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