十月上旬、預けてあった“黒脳無”の内の二体をMr.コンプレスから回収した*時のこと。
黒脳無はいずれも制御不能を理由に預けられていたわけで、戒めから解き放たれれば治崎らに襲いかからない理由はない。
もちろんその場で鎮圧されたし、十一月の時点ではどちらも支配下に収まっている。ただしその
片方──後にヒーロー達が“レーザー”と仮称する個体については、解放思想に染まりきった狂信者を制御機械や薬物と共に埋め込む(〔融合〕させる)ことでコントロールした。
もう片方については治崎らも“フード”と呼んだが、こちらにそうした処置は
ドクターの管理下にある頃から戦闘経験を積まされていた“フード”にはある程度の自我が根付いており、その闘犬じみた餓えが治崎を強者と認めたのである。
『まるで旦那にじゃれつくでけー犬だな』
『犬は人を殺そうとしないだろ……』
認めたが故にカジュアルに闘いを挑んだ──挑み続けた。そして同じ理由で従った。力を得るためなら〔融合〕の踏み台にされることも否は無い。自分は敗者だと分かっているから。
治崎は面倒そうにしつつも『適当な人間と融合させたところでコイツの自我に負けるだろう』と予測して好きにさせた……という理由は半分後付けである。そこにはちょっとしたセンチメンタリズムもあった。
荼毘が“じゃれつく犬”と評した“フード”のありようはどうにも懐かしい。今や遠き
生前の“フード”も乱波と同じく地下闘技場で闘っていたことなど治崎は知る由もないが、力のみを信奉するその価値観との付き合いは慣れたもの。
そのような心性がほとんど維持されたまま“フード”は再誕した。
だから今、ヒーロー達の力にも期待を抱いている。
病院にいた
オールマイトもエンデヴァーも万全からは程遠く、他のヒーローも(ホークスを筆頭に)病院攻略の疲労が重い。それでもここには新トップテンが八人も*揃っているのだ。
しかし“フード”の余裕は崩れない。
ヒーローの猛攻を受けて幾度となく手脚を破壊され再生しても、自分からは殺気を伴わない反撃ばかり。
『遊んでいる』。
『これが誰かに負けるところを想像できない』。
少なくとも傍目にはそのようにしか見えなかった。
トップヒーローの内心はそう
ミルコの体術を盗んだ。リューキュウの翼を真似た。あらゆるヒーローの手の内を学んだ。
勝てない……とまでは言わずとも、無策で挑むのは悪手か。そんな考えはどうしても生じてしまう。
そんな弱気を感じ取ったか、単に手の内を見切って落胆したのか。内心は定かではないが“フード”は攻勢に転じた。
あとはもう、それはきっと──
想定外の隠し玉があったわけではないのに。事前の会議で具体的に教えられたのに。体型の変化など他の能力や“レーザー”の砲撃と比べれば可愛いもので、むしろ【オーバーホール】も“筺”も使っていないのに。ヴィラン側から“フード”への支援なども無かったのに。
──にも関わらず、それはどう言い繕っても。
一方的な蹂躙だった。
■十一月十二日・午後七時三六分
“フード”は悲しかった。ひどく空しい。
「弱イ。ナんてことだ、なンてざまだ」
罵り嘲る言葉にさえ誰も応えてこない。
攻めに転じた頃からその肉体は緩やかな崩壊を始めている。巨大すぎる力*に肉体が耐えきれないのだ。【超再生】が無ければもう終わっているし、遊び過ぎたこの状態で致命傷を受ければあっさり死ぬ可能性もある──だというのに。
無傷のヒーローは一人もいない。
軽傷の範囲に留まる者さえ、いない。
彼らは彼らなりに力を振り絞ったようだが、それでこの体たらく。
もう自分には誰かと『戦う』ことなど出来ないということか。蟻を踏み潰す愉悦ももう飽きてしまった。
つまらない。意味もない。
ならばいっそのこと──
治崎と“フード”の〔融合〕は途上かつ半端な状態で
だが治崎を死の淵に留め置くことはできた。体内に治崎の身体を(物理的に)【格納】*し、格納物を好きな位置へ吐き出すように酸素を送り込むことで。
今も治崎の大脳はまだ生きている。
身体を動かす機能が欠けているだけでそれ以外は万全だ。そこさえ何かで
──
病院から北西へ数百メートル。
レディ・ナガンはオールマイトが襲われた時点から(狙撃位置を読まれかけたので)大きく移動して、再度スコープを覗いている。
ヒーロー達が蹂躙される様子も質の悪いフィクションを見ているようだったが、今はもっとおぞましい。
「な、んだ……あれは……」
軽く地を蹴って外来棟七階の近属達に合流するや、“フード”は胸元から治崎の上半身を取り出した。目を見開いたまま力無く項垂れるのをナガンは横合いから見ている。
しかしその後頭部──彼女の銃弾が破壊した辺り──に“フード”の頭頂部(?)が突き刺さると、脳無の肉体が中枢神経に変異するにつれて治崎の身体は大きく痙攣し……やがてゆっくりとまたたいた。
腹の底から震えのくる危機感。
アレを起こしてはいけない。
しかし──僅かにも曲がらない。
撃てば死ぬ。
馬鹿な、どれだけ離れていると。
はっきりしているのは治崎に意識があること。
そして──
「…………俺も初手からの狙撃は予想外だった。面倒をかけたようだな」
「“フード”ではなく治崎だな? 記憶はどうだ」
「恐らく問題はないさ、スケさん」
「ぅおい」
──そんな会話の片手間に、エッジショットが解体され“筺”にされたこと。
ナガンは吐き気を堪えながら必死で唇を読み続ける。
「……“筺”造りは時間を停める必要があったはずだが?」
「これまでは俺が遅かったから出来なかったが」
細い棒状のそれを
熟練しなければ使いにくいためすぐに抜き去ったが、紛れもなく【紙肢】の効果だ。
「この身体の速さなら間に合うようだ。それにこの前髪は……もう飾りだしな」
「【クロノスタシス】が?」
「これは元々“フード”に同期させる予定も無かった。あいつが
話しながら、治崎はその身体を大きく変容させる。全てを歪め組み替える力により、四つ腕の鬼人とでも言うべき姿に落ち着いた。
他にも
「映像は」
「撮っていたとも。リアルタイムで流せないのが残念なほどだ」*
「録画か……なら少しインパクトを足すか?」
「あれば有り難い」
「分かった」
何の気負いも無い会話。そこらで軽食でも買ってくるような気楽さで飛び降り、満身創痍のヒーロー達と向き合う。
「オールマイト、その姿だと困るんだが」
「……SHIT、勝手なことを言う」
マッスルフォームはとうの昔に解けていた。今の姿では……例えばその首を持ち帰ったところで『オールマイトを倒し殺した証』とは見做されまい。
であれば“見せ首”として最も適しているのは?
ボッ、と焔を掻き消す風音が先にあって。
遅れてくる衝撃波と共に、手刀を振り切った体勢の治崎に気付く。
知覚を置き去りにする超速はまるでオールマイトのそれだ。
が、それを最も見てきたのもエンデヴァーである。一か八かで大きく仰け反り、首刈りの致命は辛うじて避けた。
更にこの時、治崎の方も少々速度を扱いかねたらしい。僅かな隙に野生のウサギが喰らいつく。
「〔
フェイントなどではなく本当に身体が流れていたし、そうでなくともミルコのやることだ。対処しづらいところを狙い撃ちにしたその攻撃は実際に入った。今や唯一の弱点かも知れない生身の頭部を、鍛えようの無い脳を、的確に揺らすはずの一撃が。
しかし治崎の……もといその
それだけではない。「危ない奴だな」などと呟く治崎の腕──肩から生えた自前の腕には──
「貴っ、様……返せ、それを返せェ!!」
「ほう、本心から大切にしていたか。ならばこれも使えそうだな」
──エンデヴァーの胸元に輝いていたはずのブローチ。彼が手放すはずがないと世間から良く知られているもの。
二つの戦利品を手に、治崎はぐるりと見回した。
オールマイト……別人。ホークス……羽根だけでは猛禽のものと見分けがつかない。ジーニスト……やはり彼のものと一目瞭然ではない。*
こうしてみると死体以外での撃破証明というのは案外難しい。ひとまず満足して治崎は近属の元に戻った。
一団はまとめて泥に沈んで消える。
幕切れとしてはあまりにも呆気ない。
──残されたのは落魄の重傷者ばかり。とどめさえ刺して行かなかった。
何故か? 一つには市民からの
トップヒーローの力は大きく
屈辱。無力感。恐怖。責任感。
意味もなく叫びたくなるようで、しかし誰一人、それを絞り出すことすら出来ない。
同日夜、トップヒーロー達が蹂躙される動画が公開されてしまった。これぞ
オールマイトとエンデヴァーのタッグが“フード”と戦い始めた辺りから、近属は撮影を始めていた。つまりそれは──
──マッスルフォームが解ける瞬間も余すことなく明らかに。隠している余裕など無かった。
自らを守れるのは自らのみ。
その恐怖こそ新たな支配者。世々限りなく人心を激化させる。
かくて解放は来たれり。“異能”を
暗黒の時代である。
(次話から章が変わります)