1. 嘘の中で嘘を暴く
ぐちゃぐちゃと。ぺろぺろと。
■十一月十三日(月曜)・午後
「ん……♡ っぐ♡」
「リナリナ!」「カリナちゃん」
どうやらお目覚めになられたようです。快感と痛みとがあるようですから、ここは前者を増して差し上げなくては。
「ひ、あ♥
と、お隣の被身子さんから止められてしまいました。まぁ確かに、今のカリナさんは胸に大穴が空いていますからね。
エンデヴァー氏の極光は心臓の大部分と片肺の全てを灼き尽くしたものと思われます。轟さんが運んできた時点では心臓と主要な血管は作り直されていましたが(創部は熱で塞がれ出血は僅かでした)、肋骨も内部組織もスカスカだった*のです。
わたくしと被身子さんがせっせと唾液を
「ふぃー……治っ、た♡ ちょ、二人ともぅん♡」
傷が塞がったならお説教……も必要ですが、今はもうしばらく続けておきましょう。
被身子さん、涙を塗り込むのはあまり──いえ、因子が含まれるかは不明でもお気持ちは分かりますわね。やっておしまいなさい。
「因子のストックだよ、大人しくして」
「縛る? 縛ろか?」
「お茶子は縄しまいなね。……え、それいつも持ってるの?」
やや狭いソファベッド。わたくしと被身子さんはカリナさんの
「さぁリナリナ、とりあえずどういうことか教えてくれる?」
「待っ、あぅ♡ 私も訊きたいこ──話しにくいんだけど!?」
そうは仰いますが、カリナさんから〔身体変造〕の因子が尽きている現状で悠長に話してなどいられません。補充しながら情報交換、これがたった一つの冴えたやり方ですわ。れろれれろ。
「太郎さんなら無事だよ、足首を軽くひねったくらい。患者さんとか病院の人に死者・重傷者なし。ICUの人は何人か危なかったみたいだけどもう病室に戻して万全の状態。私もガミさんもエンデヴァーには何もしてない。他に訊きたいことは?」
「──♡ ──っ♡♡!!?」
「ここは雄英の仮眠室ね。貸し切りだし防音もしてる」
カリナさんが余裕を取り戻すに従ってわたくし達の責めから容赦がなくなっていくわけで。そして今回ばかりは、正直なところわたくしも怒っているのです。
ヴィランを庇って大怪我──いえ、被身子さんによれば自殺同然のタイミングと火力だったとか。一体なぜ?
皆目見当もつきません。そんな自分が許せない。きっと被身子さん達も。
……原因は他にもありますしね。
「さぁ今度はリナリナの番だよ。なんであんなことしたの」
「話すから一端ストッ──」
「駄目だよお仕置きなんだから。どうしても無理なら【先物代謝】したら?」
「ちょ、なんてこと」
ここまでの透さんの言葉は、四人でよく相談して決めた台本に沿っています。つまりカリナさんの反応は折り込み済み。
蓄積の反動が時に危ういので、【先物代謝】は軽々しく使いません。それを知っている透さんがそんなことを言うなら『今はそれが許される時なんだ』と、つまり『事件はとりあえず一段落ついたってことか』と、カリナさんは解釈するでしょう。
──これはもちろん欺瞞です。四人がかりでカリナさんを騙している。
オールマイトの力を得てしまった脳無、ないし治崎のこと。トップヒーロー達の敗北と重い怪我──および
それを、今は知らせません。今すぐできることはありませんし。
知らせてしまえば、無茶な禁欲に走って痛い目を見るなどの可能性もなくはないので。
「……んぅ♡ うん喋れるけど、すごい変な気分。わぁ、お布団が盛り上がってるのえっちだね♡」
「こーら、リナリナ?」
憂いや涙を隠すために布団をかぶっていますが、何が起きたかは想像がつきます。上体を起こしたカリナさんは、つま先より遠くに見えるわたくしと被身子さんのお尻へ手を
「あー、もー、えっちに集中したい……じゃあ結論からズバッと済ますね」
「うん」
わたくし達も頷くように舌を上下に動かします。こう、左右から挟み込むようにして。*
「っ♡ はー、えっと。あの時、エンデヴァーと荼毘の間に立ちはだかったのはね。冷さんなんだよ」
流石の被身子さんも舌が止まりました。
聞き間違いでしょうか? いえはっきり言ってましたよ。そんなアイコンタクトを交わしつつ絶句。
「「「「…………」」」」
──今なんと仰いました!!??
十一日の夜。
ビルボードチャートの発表は六時から八時までの生中継。
多くの国民がリアルタイムで視聴するが、五人の関心度はさほど高くない。被身子よりは興味を持っているカリナでも……アイスエイジの居ないランキングなど。
そもそもA組の多くは一位がエンデヴァーに移ることを察していた。オールマイトの下手な誤魔化しと、ランキング関係の話題になるとぴたりと口を噤む轟の様子から。
おまけに、というかこれが最大の要因だが、十一月十一日はカリナの誕生日。『録画で観れば良くない?』という空気があり、透が『エンデヴァーのスピーチだけ聴きたいかも』と言ったのでなんとなくテレビを点けた、という流れ。
つまり途中から見始めた。お陰で気付きやすかった面もあるのだろう。
その時、画面全体の右半分には拘束された冷がいた。左半分にはパソコンのディスプレイと荼毘。
轟炎司の過去を暴露し終えた、丁度その辺り。
“根がひねくれている”と自称するカリナは色々な疑いを抱いた。
ディスプレイの映像が録画なのは明らかだが、では映像全体はリアルタイムなのだろうか?──騒然とするネットからの情報では間違いないらしい。カリナ達が観始めるより前、ディスプレイにこの時点のエンデヴァーが映されたから。
なるほど、じゃあそこは納得しよう。そこまではいいとしよう。
けれど、エンデヴァーと荼毘が言葉を交わした後。
マイクが拾いにくい角度からした治崎の声。彼がカメラマンなのか。直後に画面全体が背中だけ映したからそうなのだろう。
……その時ひねくれカリナは、同じことをもう一度疑った。
治崎の背中が全体を覆ったあの瞬間より後、つまり今観ているこの映像は、本当に
「治崎さ、拘束された人を隠すみたいに立ったんだよ。で、最後ぎりぎりまでそこにいた。エンデヴァーにも話を振ってたから音声はリアルタイムだったんだろうね。
でも映像は違うかも知れない。……治崎が横に一歩ずれた後は、椅子に遺された惨状からじゃ何も分からないし」
最初右側に映った人物は、目や口は塞がれていたが輪郭や髪は
しかし治崎の背中のタイミングで録画映像に差し替わっていたなら? 筺にされたのも別人ということになる。
「そう考えても筋は通る、やってやれないことはない……それだけだからさ。私だって冷さんが無事でいる可能性はすっごく低く見てたよ。ゼロじゃないけどほぼゼロだ、ぐらいにね」
だから誰にも伝えていない。むしろそんな
十二日の夜、外来棟の五階から遊歩道エリアを見下ろすまでは。
あまりの熱量に白に近い光を放つエンデヴァー、その少し前で尻餅をつく荼毘、そして──
「私も……あぁ、一瞬のことでちょっと記憶が、前後関係がアレだな。『冷さんを炎司さんに殺させるとかダメでしょ』みたいな理屈は、そこまで考えてから飛び出したわけじゃないし」
──二人の間に割って入ろうとする冷を、見た。
その後も補足的な憶測を幾つか話して……最後にカリナは、はっきりしていることだけを繰り返す。
「まぁ分かんないことも多いけどさ。【高速発動】の個性鑑別は間違いなく冷さんだって判断してる。どんな状態かは分からないけど……生きてた、よ。そこは間違いない」
「私、伝え──っと、あー、どうしよ」
轟一家に伝えようと立ち上がった透だが、逡巡と共に立ち止まる。
だから代わりにお茶子が立ち上がった。
「私行ってくるよ」
「あ、ごめんありがとう」
「ううん。私の分まで
「ひぇ……♡」
漏れ出した悲鳴は明らかに悦んでいた。カリナとて、レディ・ナガン──筒美火伊那のことで詰められるのは覚悟している。病院突入前は落ち着いて話などできなかったので。
そちらに気を取られてか、カリナは気づかない。透が“防音”のためにと〔
実際には逆向きのためでもある。塞いでいなければカリナの耳に届いてしまう──雄英を囲む暴徒の声が。
一段落などついていないことが、バレてしまう。
仮眠室を出たお茶子が(直接対面するまでに少し時間がかかったものの)炎司と焦凍に伝えた時のこと。
「な……冷、が……!?」
「カリ──* フィンガードは“個性”で人を見分けられます。顔が見えなくても間違いはない、と」
炎司は信じられないという反応だった。いや、きっと信じるのが恐ろしいのだ。希望を抱いて裏切られるなら最初から期待などしたくない。
手首から先を片方失いもう片方もほぼ炭の塊、顔面には荼毘による大火傷、全身は“フード”によってぼろぼろにされたエンデヴァーはベッドから動けず、弱気の虫が湧き易い状態でもある。
対して傍らの末子は力強く肯定した。
「親父、信じていいと思う。俺も納得がいった」
「焦凍?」
「妙だと思ってたんだ。下からせり上がって来た氷山」
あの時ショートは強烈な違和感を抱いた。規模の問題ではなく力の働き方として、『違う』感覚。
「俺の右は母さんのと同じ力なんだよな。冷やして凍らせる──逆に言えばそんだけだ。だがあの時、アイツは冷やしてなんかいなかった」
「冷やしていなかった……?」
「凍らせたんじゃなく、氷は
彼の感覚は正しい。実は遊歩道エリアには大量の断熱材が埋められており、その下には更に大量の氷が用意してあった。
二つ目の[冷却器]の素材は、冷とは遠縁にあたる人物──解放コード:外典。意志の力で近属の[政治家]をはね退けた若き解放戦士。
その“異能”である【氷操】は、純粋な冷却能力も無いではないが、その名の通り既に在る氷に対するテレキネシスが本領である(【半冷半燃】にも冷にもそんなことはできないし、彼女の力が冷却を主とするものでなければ炎司は個性婚の相手に選んでいない)。
とはいえ、まず外典の存在自体を知らない炎司らには確信が無い。だから疑問は当然に出る。百も同じ質問をして──
「それは……しかしそんなことをする理由が……」
「ここからはフィンガードの、“根拠の薄い憶測”ですが」
──カリナはこんな仮説で答えた。
証拠などない難癖のような仮定。
荼毘は冷を、炎司に
その為なら殺さず生かしておくのは当然。それでいて炎司には『冷はもう死んだ』と思わせるためのトリックだったと。
復讐にしても陰惨で焦凍は顔を顰めずにいられない。今度は炎司の方が納得感を得ていた。
「そうか、あれはそういう……ありえるな」
間に入ってきて死にかけたフィンガードには慌てつつ、息子の表情も正面から見た。悔悟と憎悪。その解釈には悩んでいたが。
『醜態を晒したことが怒りを新たにしたものとも考えたが──そもそも俺がどんな熱を発しようが、あんな風に
あの時点では荼毘に付き従うヴィランの一人としか考えていなかった。あれが子を護る親の献身なのか操られた結果なのか、見分けられるほどしっかり見ていない。
だが燈矢の表情は……カリナの『目論見を邪魔された』という解釈が実にしっくり来る。
「つまり……つまり……!!」
わなわなと、存在しない拳と固定された拳を握り締めんとする。萎えかけた身体に魂の奥底から力が巡った。
「親父……! そうだ、姉ちゃんにも!」
「待てぇ焦凍!」
「なん──いやでも、そうか……変に希望を持たせるのもな……」
部屋を飛び出そうとして止められた焦凍は不満気だが、すぐに一応の納得を示した。もちろん冷はなんとしても取り返すが、その時に昔のままの母親である保証など無いのだ。伝えるにしても慎重に言葉を選んでからが良いだろう。
──ただし、炎司の制止は少し違う理由から来るものだが。
「そうだ冬美もだ……焦凍よく考えろ、俺は冷の目の前で燈矢に炎を向けたんだぞ? もちろん殺す気はなく筺のみを
加えて冬美からも目の前にいたのに取り逃がしたと
三男は部屋を出ていった。その判断に納得しつつ、取り残されたお茶子は居心地が悪い。
伝えるべきは伝え終えたのだし、このまま無言で部屋を出るのが良いだろうか。自分は何も見聞きしていないという
それが最も波風の立たない選択肢だと理解しつつ、しかしそれを選ばない。
呆然とする炎司に
部屋を出て扉を閉める直前、お茶子はぽつりと言い置いた。
「ブローチ
「その件もあったぁぁああ!!!!」
次話は仮眠室の続き(お茶子が出ていった時点)から。