■十三日・夕食後
「母からはどのくらい聞きましたか?」
「……旦那さんからもみっちり講義を受けた。“娘の実感は別として個性の性能面はほぼ全部話した”と」
「え、そこまで分かってて来てくれたならもう合意なのでは?」
「気が早い。マーサさんの言ってた通りか……」
「なんて言ってました?」
「“無理やりはないと思うが隙あらば同意を取り付けようとするから、断るならはっきり何度も拒み続けな”と。随分やんちゃしてきたみたいじゃないか」
「えっと、断られた覚えが無いのでやっぱり合意?」
「話を聞け」
夕食を共にした二人の色をそのまま継いだ三色の髪、身長とは不釣り合いにがっしりとした骨太の恵体。兵怜カリナはどう見てもマーサさんの娘だ。
だが性格的にはあまり似ていない──旦那さんの影響か?
目隠しと拘束を受けた絵面はバカみたいだが、下らない悪戯やからかいで言ってるわけじゃないのは信じてもいい。真剣ではあるんだろう。
それでも、それなら尚更。
「お前は、子供だ」
「年の差が気になりますか」
そうじゃない。この子は高校一年生、十六になったばかり。
「いいや、“差”以前だ。お前の年齢では」
マーサさんに言われた通りはっきりと拒んだ。そのつもりだった。
「……いえ、差でしょう?」
「なに?」
「だって私、もう十六です。結婚できる年齢ですし、資本があって手続きを踏めば会社の代表にだってなれる。商取引なら後見人は要りません」
「そういう話じゃ……」
言いかけて、他の四人からの視線に気付いた。『ではどういう話なのか』と。
……確かに年齢じゃなく年齢差ということになるのか? ──ただし、カリナの言うことに嘘が無ければだが。
あいにくとその手の法律には明るくないし、この十三年で変わってる可能性もある。念の為ポニーテールの子に問いかけて、会社の代表云々が嘘でないことを確かめさせてもらった。
「なんで百に訊くんですか!?」
「人徳の差ですわね」
「リナちゃんの口車が強すぎなんです」
「当然やんな?」
「よく本気でびっくりできるよね」
四人もの恋人たちから口々に言い返されて肩を落とすカリナだが、もちろん私も彼女たちと同意見。どうにかして私に頷かせようという意図を隠しもしないヤツの言葉なんて丸呑みにするわけがない。
目が覆われてて大声を出すわけでもないのになんでそんなに圧が強いんだか。
幸いコイツは圧倒的に少数派だ。理解しがたい五人での付き合いにも独占欲はあるようで、私を歓迎するような空気は無い──むしろカリナ以外が私に向ける目は『さっさと帰れ』に近いのだろう。それに乗っかればいい。
しかしその勢力図は容易く反転する。
「制度がそうなってるならお前だけの年齢は理由から外してもいい。
逆にそっちはどうなんだ、こんな
「えっそれ本気で言ってます!?」
今度は驚くカリナの方に四人がうんうんと頷いた。どっちの味方だよお前ら。
「百ちゃん、この人いくつなんです?」
「三六歳……のはずですが」
「「「
そうは見えない、と言いたいらしいが。見た目はどうであれ事実だ。
「あ、火伊那さんちょっと喜んでます? かわいい」
「大人をからかうんじゃない。第一お前なにも見えてないだろ」
「空気が少し緩んだので」
武術の達人のようなことを言う。目には見えない“殺気”とか“気配”としか表現できないような感覚は確かにあるし、場合によっては感情も──とまで言わずとも緊張感の度合いくらいなら──伝わることはあるが。
「お前こそ本当に十六か……?」
自分はこんな年頃からその境地に至っていただろうか? 考えるまでもなく否だ。
「てへ。よく疑われます」
「そうだろうよ。いや、本気で
呆れを言葉にしたことで気付いた。そうか、これが丁度いい理由か。
理屈ではないものの、だからこそ覆しようのない感情的な拒絶。私はそれを確かに抱いている。
「私はお前が赤ん坊の頃を知ってるんだぞ」
公安の中には火伊那とマーサの血縁関係を疑う声もあったが、実際のところ二人は他人である。少なくとも二人の知る限りでは遠縁ですらない。
ただかつては現在より女性ヒーローの数が少なく、その少数も人命救助などに偏っていた。ヴィランとの正面戦闘をゴリゴリにこなす女性ヒーローは数えるほどで(そしてそれをどうこう言う外野は数多く)、アイスエイジとレディ・ナガンが親しくなった背景にはそうした環境も無視できない。
もっとも、最初のきっかけは外見だったか。
『初めまして、今年デビューしましたレディ・ナガンです。……』
『よろしく、アイスエイジだ──なんだい?』
『いえ、その、ごめんなさい』
臨時チームアップのために自己紹介した際、ナガンは目の前の先輩をしげしげと眺めてしまったのだ。
『……気に病むことはないさ。あんたも色々言われてきたんだろ』
あっさりと察せられた。飲み込んだはずの、『私よりゴツい女性を初めて見た』という感想を。
同じ日の内に苦い記憶がもう一つある。
事件の後、アイスエイジが結婚間近だと知って本当に驚いたこと──驚いてしまったこと。
恥ずべきことだ。自身の体つきを卑下していないつもりで全肯定はできておらず、しかもその侮りを他人にまで当てはめたのである。『女性として愛されることなど難しいだろう』と。
兵怜マーサは結婚した。彼女が二五歳、筒美火伊那が十八歳の時である。
「私が
「あぁ……そういえば家で何回か見たかも、火伊那さんの写真」
そうなのか? 記念撮影なんかした覚えはないが。
「あぁいえ、写真といっても新聞の切り抜きみたいな。そういうことは
「母親の仲間に性欲を向けるなよ」
「理由になりますか? 恋人なら遠慮しますけど」
「おかしな方向にしっかりした倫理観だな……」
はっきり言ってやると周りもしみじみと噛み締めるように頷く。恋人たちからも頭おかしいって思われてるのか。少しは自分を省みろよ。
「とにかく私が無理なんだ。赤ん坊の頃を知ってる相手となんか付き合えない」
「えー、今の私は全然子供じゃないのに。あ、この身長だから疑ってます? じゃあ一度お試しで」
「脱ごうとするな試さないから」
いい加減にけりをつけたいのに本当にしつこい。それで少し話を盛ってしまう。
「こっちはお前のオムツを替えたこともあるんだぞ」
大嘘だ。オムツをしていただろう年頃に会ったことはあるが、ほんの少し抱かせてもらっただけで二度と抱きたくないと思った。
それほどに赤ん坊というやつは柔っこくて恐ろしく──それに、その頃から汚れ仕事も始まっていたから。血に濡れた手でマーサさんの大切な赤ん坊に触れるなんて、と。
しかし現実は罪に浸ることさえ許してくれない。なんてこった。
「大丈夫です火伊那さん。私も最近同級生のオムツを替えましたから」
「は?──は!?」
「それでもちゃんと恋人として性的な関係を結べてますからオムツくらい障害にはなりません。『むしろアガる』という人も世の中にはいるんですよ」
「いや待て、それはアレだよな? 大怪我をしたとかでやむなく」
「「プレイです」」
「風紀
「返す言葉もございません……」
後から省みればもうこの辺りからペースに乗せられていた──いや、何度思い返しても冷静ではいられない話だったと思うが。赤子でも高齢者でも怪我人でも無い相手にオムツってお前。
「おま、お前わかっているのか? 私はその──人殺し、なんだぞ」
「関係ないとは言いませんけどね、いやでもここでは関係ないのかな? 私だって似たようなことはやらかしてますから」
本人の言によれば“相手が並外れて強靭だったから死ななかっただけで普通は殺したも同然の行い”と“法的に殺人じゃないだけで倫理的には不作為の見殺し”。どちらも私は良く知らないことだが*軽々しく深堀りすることは憚られた。少なくとも口から出任せではないことは伝わってきたからだ。
そして速やかに話題をスライドされたからでもある。
「私がやったことを四人は良く知っていて、その上でこうして傍にいてくれる」
「そういう問題じゃないだろう!」
「でも結婚してる重犯罪者とか珍しくないですし。やっぱり罪なんて愛の障害には……あ、もしかして火伊那さん
「 お い 」
「大丈夫です安心して全部任せてください。処女を気持ちよく散らすことにかけては全員から五つ星評価もらってますから」
「自慢してんじゃねェよ!」
やりとりが段々と速くなっていく──いや、させられていたのだ。
八百万たち四人も誤解をしていた。この勢いで私の合意をもぎ取ろうとしているのだろう、と。(そうなっていても構わなかったのだろうが)カリナの本当の狙いはそこではなかったのに。
「どうしてもダメですか? あ、私の“技能”のこととかも聞いてますよね」
「なんだ今度は実利で釣る気か? そんなことで──」
「
「? 知ってたのか。しかしこの周りだけどうにかしても──っぐぁ!?」
……失言であったのは認めよう。渡我から抑えつけられたのもこちらの不覚、見事な捕縛術だと称えても良い。
だが私が八百万から言い含められたのは『昨夜以降のことを知らないカリナに外の様子を教えないで欲しい』というだけで、知っているなら隠す意味も……いや、見苦しい言い訳だな。
私はカリナのカマかけにひっかかった。それだけの無様な話だ。
「被身子、皆も責めないであげて。確認を取っただけでほとんど分かってたんだから」
「そんな……外の声、聴こえてたの……?」
「ううん全然」
しまった透を不安にさせてしまった。すぐに『“ほとんど分かってた”は大きく言い過ぎだった』と白状して頭を下げる。たった今、現在進行形で推理を確定させてるだけだ。
「火伊那さんが部屋に入ってくる時、多分“邪魔するよ”って二回言いましたよね。その一回目がほんの少し聴こえたのが最初のきっかけです」
「……遮音してたんだから当たり前だろ?」
「透の〔
条件を細かくすればするほど強固になるんだから、中から外の声だけ遮断すれば良いんだ。そうしておけばサイレンとか鳴ってもすぐ気付けるしね。
でもそうはなっていなかった。部屋と廊下の境目に張られている膜は、出ていく声も入ってくる
「お父さんもおかしかった。急用があってもあの状況なら、廊下から声かけて済ませる人だよ。それができないから仕切りを越えて部屋に入ってきたんだ」
しかもその理由は説明されなかった。単に外がうるさいだけなら言えば済むのに。
外の音を聴かせたくない──私にだけは。それが何なのかは色々想像してて、絞れたのはついさっきのこと。透も“
「デモ隊かなにかが雄英を囲んでるのかな。てことは昨夜の病院での件は一段落なんかついちゃいない──うん、透も百も『もう終わった』なんて嘘は一度も言ってないけどね。
……そんなに暗い顔しないでよ、私だってきっとそんな風に騙すし」
「お前もお前だ。騙す前提に疑問を持たないのか?」
「騙した方がマシな位に現実がヒドいんでしょう?
ほら被身子、いい加減どいてあげなって」
「……はいです」
しぶしぶと火伊那さんを解放する被身子。四人の空気はすっかりお通夜だ。私が暴いたせいでもあるけど……暴かないわけにも、ねぇ。
ここまで分かれば後はもう消去法だ。私が死にかけた時点で民間人の避難にはかなり終わりが見えてて、しかも病院にはトップヒーローが沢山いた。よっぽどじゃなければなんだって解決できたはず。
できてないならよっぽどが起こったってことで、あの状況での容疑者はただ一人。
「治崎は生きてるんだね? 恐れていたこと、オールマイトの力を手にしてしまった。
トップヒーローのチームは手痛い敗北を喫して、しかもそれが外にも知られちゃった……ってところかな」
この辺りは完全に後付けの推理になる──私の悪知恵に火伊那さんが引っかかった瞬間のみんなの反応が根拠だもの。
被身子は言動の物騒さとは違って物理的な暴力に訴えることは滅多にしないし、百やお茶子は諦めと共に泣きそうな気配。透だって一気に自責に突っ走るほど自己評価の低い性格ではない。
ただ後付けではあっても、事実にかなり近いところを言い当てはしたらしい。……ちょっとは外れてて欲しかったんだけどな。
「もう嘘は無しでよろしく。今日は十三日で間違いない? 学校は臨時休校? ていうか雄英は安全なのかな」
皆が頷く気配。拘束と目隠しを強引に剥ぎ取って時計を見ると午後八時……ギリギリセーフか。
急がなきゃいけない。今までそうでも今後が安全とは限らない──どころか、治崎は確実に襲ってくるのだから。
「急いで話したい人がいる。顔見て話したいからここに呼びたいんだけどいいかな。
百には説明を手伝って欲しい。【高速発動】することになるかもだから被身子と一緒に因子もお願い。
火伊那さん、改めて要請します。貴女の因子が必要です」
危機感と義務感で自らを律しつつ、火伊那さんと正面から目を合わせた。
──あ、なんか下手に言葉を弄するより
改めて眺めても二十代にしか見えないお姉さんがちょっと朱くなっている。かーわいい♡
「えっちなことは明日までお預けでお願いします」
「え、あぁ分かっ──こっちが待ち望んでるみたいな言い方をするな!」
「ごめんなさい。待ち遠しいのは私の方ですね♡」
やったぜこれで合意だ!
……二人の内の片方は、だけど。
“気が早い”とか“多数派に乗っかればいい”とか思ってる時点で断り