原作ではカッコいいヒーロー面しか描かれなかったので、私人としての側面は創作。
子供がどんな“個性”を持って産まれてくるか。
これは多くの親の関心事だが、実際のところ偶然の要素が非常に大きい。望みを叶える方法はほぼ存在しない。
数少ない例外にあたる個性婚も方向性を選べる程度で、望んだ通りにならないことは轟家を見ての通りである。
中でも特に不可能とされるのが遺伝による変化の排除──つまり親世代と
両親が極めて近しい“個性”を持っていれば(葉隠透のように)変化量が
例えば移動と戦闘だけでなく救助や諜報にまで使える【剛翼】。使い手に拠る部分も大きいが“個性”の汎用性も高い。
世代交代は平均的には“個性”を強める方向に働くから、ホークスに子が生まれればより速く飛べるかも知れない。より鋭敏な盗聴ができるかも。
が、同時に何らかの苦手を負うだろう。いずれかの特性に偏ることで、【剛翼】には出来ていた何かが出来なくなる見込みは小さくない。
公安はこの変化を無くせないものかと願い、カリナにその可能性を見ていた。*
あるいは、国の外交戦略にまで影響を及ぼす【
──もっとも、その事情はホークスとはかなり異なるが。
校長室での会談は一時休息を挟むこととなった。太郎たちが娘の“個性”について『本人の了解なしには何一つ話せない』と突っぱね続け、またそのカリナが仮眠室で目覚めたらしいと連絡が入ったからだ。
スター達は戦闘機を駐めた
「よく頑張ったなキティ」
「
スターの本名はキャスリーン・ベイト。キャシーやケイティから更に詰まってキティと愛称されることもあるにはあるが、四二歳にはあまり一般的ではない。
ただしパイロットチームは彼女を甘やかすと決めている。キャスリーンも開き直って甘えるから兄などと呼んでいる。あまりに重いものを背負わされた英雄のためのメンタルケアだ。
「その子に『不変の遺伝』ができるにせよできないにせよ、俺ァ腹が立って仕方なかったぜ。キティにそんなことを言わせちまう無力がもどかしい」
「ありがとう。でも国の言い分も分かるから」
「お前は“良い子”すぎるんだよ」
「ふふ」
改めて言葉にすることはない──愛国者の扱いとしてはあまりに
合衆国は【新秩序】が今以上に強化されることを恐れているのだ。首輪のかけようがなくなってしまうと。
そのくせ失いたくもないから、『強化はされず同等の力を持つ次世代』とその確保手段を模索している。
ただし大きな期待ではない。会長のアイデアからして『できたらいいな』レベルの話であり、全体から言えばサブプラン。
“能幹筺”の方が(合衆国にとっては)本筋だ。
「仮に
「こらこら軍人。博士とその娘次第だけど、現時点ではもちろん持ち帰るさ」
「……分かってんだろう? 奴らは
「分かっていても、だ」
「…………」
今のアメリカが筺とそのテクノロジーを手に入れたら?
もちろん表向きは対ヴィラン兵器として運用されるだろう。国と民を守る契約の聖櫃のように。
しかし同時に
彼女が日本に向かい治崎を倒すと決めたのは間違いなく個人的な私情だ。そこに公益──少なくとも国はそう主張するもの──を後付けされた。しかしその公益は、可愛い可愛い妹分の個を
男は明るい笑顔と下らないジョークで場を和ませながら、内心で怒りを滾らせる。
『人並みの家庭を諦めることは、ヒーローにも軍人にもままあることだ。しかし今回のミッションは、仔猫を縛る鎖を仔猫自身に調達させるようなもんじゃねえか……』
このやるせなさはパイロットチームに共通のもの。
だからキャスリーンが何らかの対象に個人としての喜びを見いだした場合、どうにかして手に入れようとする──それが入手困難なモノであれ、あるいはモノでなくとも。
■十四日・朝
但しあちらの陣営にはワープという非常に厄介な力がありアジトも割れていない。まずは何処かでことを起こすまで──大人しくしているとは考えにくい──待つことになる。
そしてパイロットたちは昨夜の不満を引きずっていた。
『それにしてもなんだったんだ、あのリトルガールは』
『ニンジャ? クノイチ? クビキリ?』
『なんにせよティーンに出せる殺気じゃなかったぜ……』
数秒後には出撃しているかも知れないタイミングで、それでも無線が軽口で溢れるのはいつものことだ。
スターは苦笑いと共に嗜める。
「まぁまぁ落ち着いてよお兄ちゃん達。あっちの都合も聞かずにいきなり会わせてもらっておいて、その時間を勝手に延ばした私が悪い。ヒミコが怒るのは当たり前さ」
小休止の後、太郎からは【自己再誕】の概要*と『不変の遺伝など恐らくできないだろう』との見解を聞いた。
それはむしろ朗報だ。気の進まないことを強いる意味も消える。
ならばカリナとの間に国家の思惑などは入りこまない。だから個人として『ちょっと会って挨拶だけしたい』と願った。ひとつにはマーサの外見から想像しての、もうひとつはこんな場に名前が挙げられてしまうような稀少な“個性”の持ち主としての……共感や善意のような感情に基づいて。
実際に顔を合わせたのは昨夜の午後八時、ちょうど火伊那が陥落した頃。カリナにとっては『もう片方』を呼び出す隙間のタイミングだったので、五分だけならと了承され──そしてスターはその制限を破ってしまった。最終的に護衛共々被身子に追い出されるまで居座ったのである。
何故かといえば、
『随分とカリナが気に入ったんだな?』
「そりゃあもう! あんなに小さくて可愛らしいのに思いっきり抱き締めても壊れそうにないのがいいね!」
『キティは可愛い子が好きだもんなぁ』
スターは──というよりキャスリーンは──小児性愛者ではない。同時にカリナの実年齢を激しく誤認している。
確かにカリナの顔立ちは幼く感じたが、それはほぼ全ての日本人がそう。顔を合わせた中での例外はマーサくらいだ。
ならば受け答えから年齢を推し量ることになるわけで……どう考えてもミドルティーンのそれではなかった。なんなら学習環境の違いから『社会人になってから学び直してるクチだね』ぐらいの誤解が生じている。正真正銘の十六歳(それも三日目)なのに。
つまり──ムラッと来た。
(なお、スターが若い頃から
即座に敵意を向けてきた周りの少女らも小気味良い。もちろん強引にどうこうするつもりはないが、カリナさえ同意すれば邪魔はしないであろう距離感は好ましく好都合だ。
「
『
古い言葉を引用しながら仲間と笑い合う。
治崎がどこかに現れたとの連絡が入り発進シーケンスに入っても、まだまだ緊張するには早すぎだ。
「昨夜は堅い雰囲気だったが、ありゃあかなりの好き者に違いない。目下の心配事──チサキをやっつけた上で割り切った
ヒュウ、と囃す口笛と共に盛り上がる戦友たち。
『なら景気よく片付けねぇとなぁ』
『場所はどうする?
『シートが邪魔だな』
『緊急脱出すればシートごと押し出されるんじゃなかったか?』
『『『それだ』』』
それだじゃないが。
こんなでも彼らは実戦で脱出装置を使ったことがない猛者揃い。ごく短い声掛けと共に、五機の戦闘機が次々と発進してゆく。
──向かうはもちろん治崎が現れた場所。
大阪である。
大阪といえばBMIヒーロー・ファットガムの地元だが、彼は不在。十二日の夜にワイン病院での人質救出作戦に参加して重傷を負ったため、十四日朝の時点ではまだ雄英高校で休息を強いられている。
それは決してヒーローとしての落ち度ではないはずだが……。
「──ここらのヒーローは何をしている?」
ヴィランの返り血に濡れたまま治崎が訊ねた。
「あ、あ……おらん、どっか行ってもうたんや! こんな時やっちゅうのに!」
最初に答えた一般市民は──あるいはサクラか──ヒーローの不在を
隣接する地区の下位ヒーローも動いてはいるのだ。単体戦力に劣る彼らは離れた場所で集合してから現場に行くつもりでおり、治崎には一歩先んじられたに過ぎない。
しかしその遅れのせいでますます行きにくくなってしまった。ただでさえ悪夢のような強敵がいる上、今行けば市民からブーイングを浴びるのは自分達の方である。
もう少し戦力が揃うのを待とうという慎重論を──それは明らかに言い訳だが──責められようか。何を選んでも市民からの信頼を更に損なう方にしか作用しない状況にあって、『急用ができた』などといってチームを抜けてしまわないだけでも必死の抵抗だ。
なんであれ大阪周辺のヒーローはすぐに動けず、故に。
最初の一撃をぶち込んだのは星条旗だった。
〔これより大気は〕
〔この拳を延長する形に〕
〔硬化する!〕
戦闘機としては低空にあたる地上一〇〇メートルを亜音速で接近し、更に【新秩序】が握り硬めた不可視の拳。
「ッ──ごふ!?」
【危機感知】は間違いなく発動した。ただし鋼鉄のような拳(の延長)で殴られたのとほぼ同時に。避ける暇などなく、治崎は弾き飛ばされる。
〔これより本機の弾丸は〕
〔決して人を傷つけない!〕
しがみついていた戦闘機の弾倉に触れながら“個性”を発動、同時にその射線に飛び出して『撃ってもらう』。弾丸の速度で治崎を追い越し、また流れ弾でも被害が出ないように。
「──っまさか!」
「そうさ! 私が来た!」
吹き飛ばされて舞う治崎、その真下にて地を踏み締めるスター。
〔大気は拳の百倍に!〕
極めて高い汎用性を誇る【新秩序】。特に無生物に対する法則の付与は多彩で強力だ。かち上げられた巨大な拳は硬く速いだけでなく目にも見えない。
更に付け加えれば──
「ッグ……〔分解〕は無理か……!!」
「誰が空気を
──相手に触れられることのリスクも避けられる。仮に治崎の分解が効いていても、それはあくまで硬化した大気に過ぎないのだから。
しかしスターがその拳を天へと振り切ると、治崎もその上空で静止し……落下を始めた。自動車でも雲の高さまで吹き飛ばすほどの力だったはずなのに。
宙を泳ぐように背中の黒腕を勢い良く開いたこと。加えて【浮遊】による機動制御。それだけで運動エネルギーを殺しきってみせたのだ。
そして重力に従いながら地上を睨む。視線はぶつかり、治崎なりの戦闘勘が違和感と最適解を弾き出していく。
上空から降る機銃掃射の雨。汚らわしさに舌打ちしながら空を蹴って真下へ加速した。
「……難儀だな病人は」
「掃射やめ! 〔これよりこの地は!〕」
どうせあんな礫で治崎をやれるとは思っていない。スターは足下に触れてルールを付与してから飛び退くも、治崎は【浮遊】によってその影響を逃れてしまう。
「あっさり踏むほど間抜けじゃない。〔触れた者を上空に跳ね上げる〕か?」
「(Shit──)」
地面から、ひいては民間人から引き離す。スター達の第一目標はそれだ。
二発目の拳でそれを達成できていれば戦闘機隊は即座に強力なミサイルを撃ち込むはずだった。しかし想定の高さまで昇って来なかったために再照準が一瞬遅れた。
それは仕方が無い。しかしあの御大層なミサイルではなく機銃を撃ってきたのは?
地表に近すぎて被害を出しかねないから、なのだろう。すなわち治崎に言わせれば病んでいるせいだ。
「やりづらいんだろ? 大変だなヒーロー。理解に苦しむ」
「ちゃんと理解できないって言いなよ、強がってないでさ」
「そうか。はっきり言おう、貴様らを見ていると吐き気が止まらん」
【浮遊】は、継承による強化分を含めてもさほど速度は出せない(どちらかというと一点に静止することに本領を発揮する)。しかし治崎の背中側はほぼ“フード”のそれ。
地を蹴らずとも凄まじい加速を見せて攻めに転じた。
〔大気硬化・サイズ二倍!〕
自身を基準とするのはイメージのし易さから。同時に防御面でのメリットも大きい。硬化した大気を破壊しない限り本体は安全という点で。
そして治崎の突撃は──勢いを利用した全力の拳とはいえ、たった二発でそれをやってのけた。
「なっ──!?」
堪らず距離を取ろうとするスター。前のめりに追い縋ってくる様子からして治崎は離されたくないのだろう。
腰の入っていないジャブを無理やり連撃に差し込んでみれば、こちらからヒットさせた場合の大気までは破壊されない。しかし体重を乗せた殴る/蹴るは容易く防御をこじ開けてくる。時には一撃で砕かれることもあった。
パワーだけで言えばおかしくはないのだ。オールマイトの力(カリナが〔マイト〕と仮称したもの)は半分以上が治崎に渡り、また“フード”だけでも全盛期オールマイトの半分は優に超えていたのだから。
しかしその剛力があっても普通はできない。
理由は単純、見えないからだ。殴るべきものの位置が分からなくては力が散ってしまう。
だから治崎は見えるように工夫している。接触から間もないというのに。
「(黒い煙──やるねぇ!)」
やっていることは単純そのもの。身体に【煙幕】を纏わせて殴りつける。その黒は硬化範囲に入れないらしい。つまり目印になる。
……と言っても、これで範囲を視認できるのはインパクトの直前だ。理屈は単純でもどんな反応速度と格闘センスがあればこんなことを即座に実現できるというのか。
──スターの経験上でもトップクラスの強者と認めるしかない。
脅威度を上方修正しつつ、治崎に触れられることだけは断固として防ぎながら無線へ問いかける。
「周りの民間人は何やってる!? どうしてさっさと逃げない!」
『悪いニュースだスター』
パイロット達は地上を見下ろしているだけなので細かくは把握できないが、スターが全力を出せない程の近さで数名が観戦を続けているのは分かる。
最初は余りにも平和ボケしているのかと思った(数日前の日本ならそうだった可能性も高い)が、どうやら違う。彼らは漫然とカメラなどを向けているのではなくはっきりした意図を持って、相談しながら動いている。
後で広めるために撮影する者。仲間を呼ぶために走る者。自衛のために──という名目で──集められた違法なサポートアイテムを運んで来る者。
その敵意の先は明らかに……。
『そいつら星条旗にも見覚えが無いらしい』
「嘘だろ傷つくねぇ!?」
国旗はともかく、日本の民間人で海外のヒーローまで知っているのは
何より今の日本で治崎に正面から敵対できる者などほぼ皆無。媚びたい者の方がずっと多いくらいだ。
『威嚇射撃で散らすか?』
「──くっそ……!」
〔これより大気は〕
〔私の体重を支える〕
宙を足場にして息を整える。
治崎は追ってこない──下手に地面を離れれば掬い上げられて火力支援の的にされると分かっているのだろう。
彼の周囲に集った者たちを“民間人”と呼べるかはグレーゾーンである。治崎の一味がそう装っているだけかも知れないし、そうでなくても彼らの視線は上空のスターにばかり向けられているのだから。
今のところは実際に何かしてきたわけではないので戦闘機での威嚇はやり過ぎにしても、殴って気絶させる位なら躊躇うべき状況ではない。ここがアメリカならとうにそうしているが……。
「……今の日本じゃ将来に禍根を遺しかねない。一時撤退だ」
『──了解した』
スターアンドストライプと治崎の初戦はこうして幕を下ろした。
敗北と評すべきだろう。
今後の治崎は今回以上に民間人を利用するに違いない。また空へ打ち上げられることにも明確な警戒心を持たせてしまった。
それに引き換えヒーロー側が得たものといえば……ある推測の信憑性が高まった程度。
「あれだけ動ければ戦闘機に囲まれたって対処できる。地上での積極性と比べると警戒度がちぐはぐだ。“空中だとワープできない”って推測はきっと当たってる」
小さ過ぎる一歩。治崎攻略に役立つか否かも分からない。それでもこつこつと積み上げる。
組織の目的、残存戦力、内紛要素の有無……何よりも本拠地のこと。治崎と直接戦う以外にもやるべきことは山積みだ。
小さな前進が止むことはない。
ヒーローがヒーローである限り。
次話はカリナの話。
火伊那の“個性”と混合されるのは……?