『(カリナは)割り切った
戸村リサイクルが襲撃され雄英高校まで逃げ込んだ時のこと。
最終的には霙理も霧も無傷なまま、治崎はワープで撤退した。
あの瞬間、泥に沈んでいく治崎の瞳が忘れられない。霧がみる限り、アレは文字通り『何があっても諦めない』レベルの狂熱だ。
執着だけで実力が伴わなければそれまでだが、治崎は雄英の防衛線を易々突破しうる力を得てしまった。
治崎がその気になれば自分たちは死ぬしかない。
それを防ぐためにできることなど……霧には何一つ思いつけずにいる。
■十三日・午後八時半過ぎ
緊急会議ー!
議題は『アメリカナンバーワンヒーローから肉体関係のお誘いを受けた件』。
「リナちゃん……」
「いや無いから。そんな泣きそうな顔しなくたってとーぜん断るよ」
──閉会!
スターアンドストライプ……キャスリーンさん達を追い出してもピリッピリに尖ってた空気が少し緩む。
同時に疑問めいたものを浮かべる辺り、本当にみんな私のことを見てくれてるなぁ。
「【自己再誕】さんはなんだって?」
「かなり好み。ざっくり
「【ライフル】との掛け合わせは如何です?」
「まじヤバ。いや火伊那さんと合わせたら大抵ヤバだけど」
透と百からの鋭い質問に正直に──ちょびっとだけ控えめに──答えたら、お茶子は懐からバラ鞭を取り出した。待ってそれいつも持ち歩いて……は今更だとしても、今のは褒めるところじゃないかな!? 自制心的な意味で!
「我慢してくれたんですね。ありがとです」
「わーい。……いやごめん、皆のために我慢したとは言いにくいかも」
被身子だけは「そんなのなんだっていいです」とぐりぐり撫で撫でしてくれるけど。
正直キャスリーンさんとのコミュニケーションは……あんまり後味の良いものではなかった。
「おい、開けて平気か?」
ノックから間を置いてそろりと覗いてきたのは火伊那さん。隣室で待ってもらっていたのだ。
彼女は不思議そうに首を傾げながら入ってきた。
「何か変です?」
「もっと血みどろの修羅場やってるかと」
「はい!?」
「お前のこと気に入ったみたいだからな」
廊下でもレイオーバーだのナイトフライトだの言ってたそうで。明け透けというか、日本人にはスラング通じないと思ってんのかも。
「いやお断りしますよ?」
「は!?」
なお火伊那さんにはガチで驚かれた。『お前どうしちまったんだ』ぐらいの勢いで。
不思議に思うのは分かるんだよ。
「年齢は……マーサさんと同じ位か?* でもそんなのお前は問題にしないよな」
はい。
「体格や画風にしたって、
そうですね。
「じゃあ“個性”か?」
「いえ、そちらは問題なし……どころかプラス評価のようですわよ」
「性格に難あり?」
「私には地雷です」
「あー、ガミさんが怒るのも納得なぐらい強引ではあったけど……押しの強さはリナリナも人のこと言えないよね」
透のやや厳しめな目がクセになってきた気がする。内容にも言い返せないし。
「断る理由なさそうだが」
「…………」
まぁ、ねぇ。仰る通りです。
火伊那さんは責めるつもりなんか無さそうだけどへんにょりしてしまう。あんまり堂々と言える答えではない。
「……政治的に面倒臭すぎるんで……」
「「「あー……」」」
なんだろ、お父さんが最大限ボカして伝えたのかなぁ。キャスリーンさんは分かってない様子だった──私と
もちろん劣化版じゃ大したことはできない。でもアメリカさんからは確かめようがないし、何よりどんな“個性”なのかという推測には巨大過ぎる手がかりだ。
「受けちゃったら最終的に向こうに連れてかれかねなくて……多分そんな狙いは無くて個人的な好意っぽかったけど。
だからこんな理由で断るのは不誠実な気もしてて……むぅ」
「カリナちゃんのマイルール的にはアウトなんやね」
「グレーゾーンかな。気持ちには気持ちで向き合いたいよ、断るにしたって」
「本心では断れないと仰っていませんか……?」
「だって美人さんだったじゃん!」
お茶子たちとやいやい話していたら、一人遠巻きに見ていた火伊那さんは何故かぽかーんとしている。
「どうしました?」
「いや──大人だか子供だか分からん奴だと、呆れてた」
「?」
年齢不相応に大人びているとは良く言われる(キャスリーンさん達も私を子供とは見てなかった)。でも逆はほとんどない。
「子供じみたこと言っちゃいましたかね」
「子供っつーか
言いながら、火伊那さんは大きな手で私の頭を撫でてくれる。子供を見る時の、微笑ましさを湛えた慈しみ。私にはあんまり向けられないもの。
──でも、肝心の発言がなぁ。
「相手の好意に身体で応える必要はねぇだろう。食事するなり連絡先交換するなり、“セックスする”と“お断りする”以外で丁度いいとこを探せば良いじゃないか」
お姉さん
被身子も同感なようで、火伊那さんの手を私の頭から押し退けながら言う。
「何をすっとぼけたこと。あの人はリナちゃんの身体目当てで、食事も連絡先も求めてませんよ」
「から──その性欲ど真ん中っぷりが学生臭いと」
「いやぁ、実際ワンナイト狙いですよあの感じ」
「ワ……」
あ、言葉だけで照れちゃった。さっきの“セックスする”も不自然にならないよう目一杯頑張ってる感じでしたもんね。
「“好意”とか丸無視するあっちを『おサルさん臭い』としたら、
「被身子ー! その言い方はきっと伝わらないし誤解される!」
「あれっ?」
本当に悪気は無かったみたいでそこは良かったけど、それ火伊那さん結構気にしてるっぽいんだから!
「あの、筒美さん? 信じられないかも知れませんが被身子さんは言葉が足りないだけでして──」
主に百から言外の意図を伝える(火伊那さんは早くも私より百を信頼してるっぽい。正しい)。
被身子の暴言には『だからさっさと破ってもらえ』が省略されてて、つまり私に抱かれることをはっきり容認した言葉だったのだと。
──その背景には『キャスリーンさんよりマシ』的な判断があった可能性もある。でも受容を示したのは確かだし、被身子が率先してそうしたのは褒めてあげたい位……なんだけどね。言い回しは身内向け過ぎたかなー。
解説されても腹に据えかねたのだろう、火伊那さんは被身子と応酬を始める。
「処女じゃないことがそんなに偉いのか……?」
「偉いわけないです。拘ってるのは
「処女なのはともかくこじらせた処女コンプレックスがみっともないと」
「自覚あるんじゃないですか」
「自覚だけで乗り越えられると思うなよ開き直りツートップの片割れめ」
う、うーん止めるべきかどうしたもんか。火伊那さん案外ポンコツというか繊細そうなので、自分から強気に食って掛かってても本当はギリギリかも知れない。その辺の見極めは──被身子も被身子なりに探り探りしてるっぽいけど──まだまだ暗中模索だ。
だからちょっと話を逸らすというかクールダウンさせようかな、というところで。
「ところで
「麗日……!?」
あぁ、またしても『お前は常識人だと信じてたのに』の被害者が。
お茶子のこれが空気を読んだ気遣いなのか、それとも何も考えてない素の慾望なのかは永遠の謎である。
キャスリーンさんの電撃訪問やらその後の諸々で九時近くになってしまった。
こちらから呼びつけていた人達との話し合いはたっぷり時間をかけたいので、悪いけど日を改めさせてもらおう。
だから今夜のところ火伊那さんとのえっちは無し。彼女の因子だけ取り込んで我慢するとか絶対に危険なので、相手が誰であれ後に回って頂く。
「ごめんなさい、ここで寝られると我慢する自信が無いので……」
「私がお前と寝たがってるような言い方をやめろったら」
つれないなぁ。攻略しがいがある。
「寝床はあるんですよね?」
「マーサさんは職員寮に部屋を借りてるとさ。そっちで──ん?」
火伊那さんは途中で言葉を飲んだ。私たちが一斉にぎょっとしたからだ。
「やめといた方が良いですよ思い切りお邪魔なので」
「邪魔?──あ、旦那さんも同室なのか?」
「ご夫婦ならそうかと」
話しながらたぷたぷとメッセージを送ってみる。すぐに返事があって、やっぱり同室らしい。更に続けて──
──笑える。この“断りきれなかった”が“今夜はお楽しみなんだろ”を意味するのは明らかだ。
「マーサさぁん!?」
「まぁまぁ。病院の件もあって二人もイチャつきたいはずですし」
結局大急ぎで手配してもらって、寮の別の部屋に滑り込んだそうな。
■十四日・朝食後
はっきり約束したわけでもないのに自分から仮眠室に*合流してくれた火伊那さんに朝からテンションうなぎ登り。
「おはようございます火伊那さん♡」
「うわ……視線がいやらしい……」
だってやけに石鹸の匂いが強くて『念入りに身支度してきた』感がはっきりしてるし、それでいて微妙〜〜に
さて真面目な話だ(火伊那さんからは『急に真面目になるな』って怒られたけど。段々真面目になれと……?)。
昨夜のキャスリーンさんは確かに五分じゃ出て行かず、お願いしても執拗に私を口説いてきたけれど、それでも一時間とか居座ったわけじゃない。
被身子が追い出した後すぐ本来の話し合いを始めることもできた。
ただそれを避けたのだ──警戒ゆえに。
アメリカの軍人さんの中に、ラグドールみたいなサーチ能力者が居ないとは限らないと。
そんな人の視界に万が一にも入れるわけにはいかないから。
「こんな状況を想定してたわけじゃありませんが……隠してて本当に良かった。仮に何らかの文書に残ってしまっていたら、アメリカは私なんかよりずっと強く霙理ちゃんを求めたはずです」
「…………」
「や、恩を売るつもりとかないですよ? 隠すのに一番我慢したのは霙理ちゃんで、一番気を揉んだのは霧さんでしょうし」
霧さんの表情はひどく硬い。石のように冷たい。
どんな言い方をしても恩着せがましさや脅しっぽさが出てしまうので無理もなく──あぁ、治崎に対する恐怖も大きいのか。
同感だ。いずれ必ず来る。
だから備えなきゃいけない。
まずはっきり約束しておく。
私は霙理ちゃんに指一本触れない。私の唾液を溶いた水を飲んでもらうのと、霙理ちゃんの唾液を少し貰いたいだけ。私の素肌にどこか触れてもらえれば挿入自体は誰かに任せても大丈夫だし、気になるようなら目隠しとかもしてくれていい。
え、これでちゃんと因子を貰える保証?
記憶には無いけど実例がある*んで。
「そしてこのお願いは一度っきりです。以後も別のお願いをすることにはなりますが、そちらは全く性的なことではありません」
今、当の霙理ちゃんは隣の部屋で待ってもらっている。被身子はあの子のこと気に入ってるし火伊那さんも子供好きそうな気配だから退屈はしないだろう。
で、
「霙理にリスクは」
「身体的にはゼロです。私の唾液を飲むというのは恐らく一種の認証で、量は本当に微量で構わないので。影響を及ぼせるほどのものは何も与えません」
私から“技能”由来の体液を返すのであれば、被身子たちのように定期的な精密検査を受けてもらうところ。
でも霙理ちゃん相手にそれをするつもりはないからその心配も無し。
「身体以外はなんかあんのかよ」
「……情報的なリスクは、ゼロではありません。私は『
「大丈夫なんだろうな」
心配なのは当たり前だな、と思いながら。疲れの見える霧さんに代わり霑くんが前に出てくるのはちょっと感動の光景だ。立派になったねぇ。
「確実とは約束できません。
私も『
「は? そこでも隠してたのか?」
霑くんは疑い丸出しに視線をズラした。その先で百は深々と頷く。
「はい、今もわたくし達は霙理さんの“個性”を存じ上げません。カリナさんの態度からよほどのものだろうとは察せられますが……実態は全く」
「『秘密の重さ』までは仕方が無いとして、『秘密の中身』は誰にも話してません。被身子にも百にも、両親にも──夏の件みたいにね」*
単に『言わない』という秘匿。
だけど因子を貰えた場合は……私が劣化版【巻戻し】を使ったら百たちには即バレる。消去法的に霙理ちゃんの力だって。
「なので霙理ちゃんから因子を貰っても、その事は秘密です。この場から外には漏らせない」
「それだと霙理はリスクが増えるだけだろ」
「“増える”は否定しませんが“だけ”でもないですよ」
「ァア?」
劣化個性は“技能”とは別枠みたいで、どこまでできるかははっきりしない。
エンデヴァーの手、相澤先生の目、オールマイトや緑谷くんの“個性”……は流石に無理だろうけど。その辺を戻せれば治崎への勝ち目は高められる。
それは霙理ちゃんの安全に寄与するし──あと情報面もね。
「霙理ちゃんが不用意に使っちゃったとして。私がやったことにできるかも知れない」
「お前、ホンットそーゆーのばっかりな」
「そうしてでも守りたい秘密でしょ?」
「……そうだけどよ……」
自惚れが過ぎるかも知れないけれど。
多くを背負わされてしまったキャスリーンさんの重苦しさに、未来の自分を幻視した。
【自己再誕】はそこまで大層な“個性”じゃない──なかった。これまでは。
でも【ライフル】と【巻戻し】で得られる力を使いこなせたら……。一介のヒーローでは居られなくなるかもなぁ。めんどくさ。
はっきり言って積極的には背負いたくない重荷だ。好き好んで引き受ける方がヤバいって思う。ただ……私が背負う分には比較的マシなんじゃないかな、とも。
オールマイトほどには孤高じゃないし。
霙理ちゃんよりは子供じゃないから。
そんなことを考えてたら、青白い顔で押し黙っていた霧さんがよく分からないことを訊いてきた。
「何故です? 何故、そこまでして」
「えっと? 嘘偽り無く霙理ちゃん可愛さですが」
ろくに考えずに返した本音は──空気を弛ませることには失敗。
「命に関わるのに? いえ、国の命運といっても大袈裟ではないでしょうに」
どうも霧さんは死の淵を覗いたままでいるらしい。なるほどお互い言葉が足りなかったか。
霧さんは理知的な人だ。治崎の力も客観的に評価できているだろう。
その結果、諦めてるんだね。
もうどうしようもないって。
──悔しいけれど、ヒーローへの不信はこちらの力不足だ。覆したければ勝つしかない。
でもヒーロー以外はどうなのかな。
「ちょっと霑くん、何か言うことないんですか。『治崎なんか俺がやっつけてやる』とか」
「殺して良いならやっ──」
「霑」「霑くん」
遮る言葉が霧さんと被った。
「じゃあ『俺が守ってやるよ』とか」
「そういう“個性”じゃねえのは知ってんだろ」
ん、まー、うん。確かに【崩壊】の応用性は高くない。思いっきり攻撃偏重。
「第一守るのはテメーらの仕事だろうが」
「
「俺が安心感ってキャラかよ……霧?」
俯いていた霧さんの顔が弾かれたように上がった。戦慄いて耳を疑っている。
「今、なんと」
「霧さん達を守るのはヒーローの仕事。そう言いました」
「軽々しく!──、っ?」
口から出任せの大言壮語と思ったのだろう。というか『治崎相手にはあがくだけ無駄』みたく諦めてたら何を言われたってそう聞こえちゃう。
でも霧さん、貴女は私の表情を読めるでしょう? 私の
「私は諦めてません。ヒーローだからじゃなく、具体的な足掛かりに踏み出してるから」
これはもちろん霙理ちゃんの因子をもらえる前提の話だし、『適合』まで済ませた上で慣熟訓練をやる時間も欲しいけど。
「今は無理でも、三日後の私なら──」
自殺の趣味はないし、ヴィランの好きにさせていられるほど世を達観もしていない。
というか、むしろ。
お父さんの件、轟家の件、青山さんの件、筺にされた人にはもちろん、そのご遺族や被害者……霧さんや霙理ちゃん、引子さんや
……改めて振り返ると普通にムカツいてきた。落とし前はつけさせよう。
拳を握る。強く硬く、人を殴る形に。
「──
「「…………」」
絶句する霧さんと霑くん。
ただそれは勝利宣言めいた部分への驚きではなかったらしい。
霑くんが心底呆れたように溢す。
「お前さぁ……今のは“ぶっ潰す”じゃなくて“守ってやる”とか言う流れだろうが。脳までゴリラかよ」*
「なんてこと言うんですかそれにぶっ潰せば守ることにもなるんだから一石二鳥でしょ!?」
全く霑くんはこんな言葉尻を捕まえて。
「あら。カリナさんったら素で言い間違えましたのね」
──百も解説しなくていいから! あと透もその録画あとで編集させて!
というわけで次なる“技能”は
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