【完結】愛慾のヒーローもどき   作:土屋 四方

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 ろくでもない独自設定回。


秘すべき闇が多すぎる

 

 十一日(シエのひ)の夜以降、雄英高校は臨時での連絡や情報公開を幾つも行っている。

 

 

◆十一月十一日((Sat.)

 

 最初はもちろん緑谷引子による告発について。

 根津校長は内容を大筋で認めると共に、録画されたのが少し前であり現在はこの頃より情報公開が進んでいるなどの事実を補足。またこの件は雄英でも一部の人間しか知らされていないため、責任者である自分以外は責めないで欲しいとも言い添えた。

 もちろん炎上はしたがそれはそれだ。どんな発信をしようが避けられないし、すぐにそれどころではなくなっていく。

 

 同日の深夜にはマスコミ等への注意喚起を生徒に向けて送信。一部で強引なインタビューが問題になったためだ。

 

『学校が迷惑をかけて申し訳なく思う。何も知らないのだから答えようが無いのは当然で、しつこければつきまとい事案として警察への通報も検討して欲しいのサ。

 縮こまる必要は無い。君たちは何も悪くないんだからネ』

 

 多くの雄英生は励まされた。

 しかしその後も緊張感は高まる一方で──。

 

 

◆十一月十二日((Sun.)

 

 翌日の早朝にはワイン病院の件を受けて自宅待機を推奨するに至る。『ヒーロー』全般、あるいは『雄英生』といった属性に対する理不尽なヘイトの高まりが無視できないレベルに達したからだ。

 

 カリナ達はこのメールより前にワイン病院の周りにおり、その後も完全に黙殺。緑谷家で出久・与一・引子と合流して高校へ向かった。

 

 爆豪はこれを読んだ上でワイン病院に向かったため雄英に呼び出された──いや、本当の目的は出久の本人証明だったが。

 

 常闇と障子は自宅待機に危険を感じたため学校に避難してきた形。

 実はこの層が、他学年・他科を含めると結構な数にのぼる。朝の連絡には確かにそれを許す言葉も入れてあったものの、実際に避難してくる生徒の数は根津の予測を上回った──それだけ身の危険を感じる生徒が多くいたということ。

 この日の夕刻には当面の『登校自由化』──翌日から登校しなくてもお咎め無し──を決定。更に夜には病院の顛末を受けて『避難を除く登校の自粛』を通達した。

 

 

 もちろんこれは学校として半端なあり方で、あくまで一時的な措置、なのだが──。

 

 

◆十一月十三日((Mon.))〜十五日((Wed.)

 

 十三日には首相官邸とヨロイムシャの件、翌十四日にはスターアンドストライプの敗走……悪いニュースばかり続く。

 もどかしく思いながら半端な体制を続けざるを得なかったのは、政府が旗幟を鮮明にしないため。当然であるはずの『無免許での個性使用や武装は違法である』すら明言されない。治崎を(おそ)れてのことだろうと理解はするが、その曖昧さがますます市民の武装化を進めた側面もある。

 国会の一部*に『ヒーロー公安委員会の()()』という動きまで見られたのも大きい。レディ・ナガンの件を思えば何らかの懲罰や組織見直しはあって然るべきだが、解体では治崎らに膝を屈することになってしまう。

 

 生徒や保護者からの問い合わせが相次ぐ中、雄英はぎりぎりまで国の対応を待った。

 

 待って、待って、待ち続けた──限界までは。

 

 


 

 十四日の午後以降も治崎は各地に現れ、ヴィランやヒーローを狩って回る。その暴虐を止められる者は居ない。逃れられる者すら少ない。

 あるケースではヒーローが治崎より先にヴィランを捕らえた。そして治崎からヴィランを護るために身体を張った。そこにスターが乱入してヒーローを助けたものの……ヴィランの命までは拾えていない。

 

 暴力と恐怖による支配は広がりと深みを増していく。

 




 

 

■十一月十四日

 

 

「最初にお詫びしておきます。私も出久くんのことは知っていて貴女に隠していました。また娘からも色々と失礼があったそうで……申し訳ございません」

「いえ、それはもう……それより検査の結果を教えてくれますか」

「承知しました」

 

 雄英高校の、普段は化学準備室として使われている一室。太郎はここで幾つかの検査を行った。

 

 ──ワイン病院に近付くことは自粛している。入院患者やその家族に『雄英が隠していた何かとそれを奪いに来たヴィランとのいざこざに巻き込まれた』との認識が広まっており、それも完全な間違いとは言い難いからだ。

(カリナが雄英の仮眠室にいたのも、〔身体変造〕で治せることに加えこのことが影響している)

 

 そうした理由でありあわせの機器を用いたが、幸いここは国内最高峰の設備を誇る。最低限のチェックは行えた。

 数人分の、体組織サンプルについて。

 

 

◆出久について

 

「結論から……と言いたいところですが、すぱっと言い切れるような結論は出せませんでした。

 まずはそうですね、失礼ですが『キメラ』や『嵌合(かんごう)体』という言葉をご存知でしょうか。あ、この二つはほぼ同じ意味です」

 

 引子と出久は首を傾げた。唯一反応したのは与一である(太郎の後ろにいるマーサも知ってはいるが無言──話に加わるつもりがない)。

 

「フィクションでは複数の生き物が雑ざった怪物を指すことが多いけど……現実では接ぎ木とかでしたか」

「ん、んー。接ぎ木をキメラと呼ぶことには少々問題がありますが──」

 

 学術的な定義を詰めるときりが無い。細かな例外を省いて、後の説明に繋がる範囲のみを太郎は説明する。

 

「普通一人の人間はどの部位から細胞サンプルをとっても遺伝子は同じです。

 ところがヒトキメラは、一部の細胞が他と違う遺伝子を持っている」

 

 引子の表情がみるみる曇った。悪い想像が膨らんでいるらしい。

 

「……出久がそれだと?」

()()()

 これまで使えなかった【黒鞭】を使えることからそう疑って調べましたが、違いました」

 

 拍子抜けという反応。ほっとしつつ『ならなぜ説明したのか』と。

 とはいえ太郎も困っている。

 

「字面がどうであれヒトキメラは怪物などではありません。稀にですが存在しますし、遺伝子を調べない限りキメラでない人との見分けもつかない。健康や寿命の面でとりたてて不利とも限らない。

 ですから、こう言ってはなんですが、キメラ化していた方が話は簡単だったんです」

「???」

 

 引子は首を傾げるが、出久と与一には通じたようだ。

 

「原因……ですか?」

「万縄くんなり僕なり、出久くんとは違う細胞が見つかればそれが【黒鞭】を使っていると考えられる。でもそうではなかった」

「仰る通りです」

 

 つまり、出久に【黒鞭】を使える理由が分からない。

 

「細胞自体に異常は全く見られませんでした。無個性の人間として当たり前の、欠けているものも余計なものも──例えば染色体が増えているとかも無い、健康な細胞です。

 お父上のサンプルが無いので一致度などは出せませんが、引子さんとの親子関係にも否定的な要因はありません」

 

 出久が幼い頃に指摘された足趾(そくし)関節の特徴も変わっていない。身体的な所見だけから言えば無個性と診断されるだろう。

 

「次に、話は変わりますが肉体年齢について」

末端小粒(テロメア)というやつかな」

「まぁ、はい。それに関連して」

そっか、急成長の代償として短くなってる可能性も……ブツブツブツブツ……

 

 細胞分裂の限界や寿命を司るとされ、与一と出久もそのような理解を持っていたモノ。ただしそう単純でもない。

 

「テロメアの長さでその人の年齢や余命を推し量るというのは、原理的に──出久くんに限らずどんな人についてでも──無理があります。よほどのご高齢なら別ですが」

「え、そうなんですか?」

「そうなんです。テロメアが充分に長くても分裂が止まる細胞はありますしね。

 ですからここでのご報告は、『全体的な細胞老化の兆候は見られない』に留まります。七十代や八十代とは考えにくいが二十代でも四十代でもありうる、と」

 

 つまりは始めに伝えた通りだ。

 はっきりした結論は無い。

 

「二代目が加速させた結果、なのかな……」

「その推測は充分に有力ですね。

 今できるのは年に一度か二度の精密検査をお勧めする位です。現段階では何の異常も見当たりません」

 

 

◆与一について

 

「はて、そうすると僕はどうなんだろう。出久くんの状況を説明できるような異常が見つかることを期待してたんだけど」

 

 与一は悩ましげに眉を寄せる。ただし表情は太郎の方がずっと厳しい。

 

「あなたも……いえ、まず最優先でこれだけ言わせてください。

 あなたの体組織は、ヴィラン──特に脳無と呼ばれる改人を造り出したような危険人物にとって()()()()です。可能な限り爪や抜け毛などを残さないようにして頂きたい」

「……丸坊主にした方が?」

「お嫌でなければ。切ったり剃ったりしたモノは残さず焼却を」

 

 戸惑いは覚えつつ、与一は素直に頷いた。外見などより知るべきことがある。

 

「出久くんとの関係は」

「赤の他人です。もちろん引子さんとも。そしてこちら──」

 

 言いながら太郎が示した小袋にはコシのある金髪。

 

「──八木さんから提供されたサンプルとも全く一致しない。

 はっきり言いましょう。その細胞は与一さんご自身のものである可能性が極めて高い。他に考えにくい」

「え、僕の? もう大昔だろうに──」

 

 比較対象となるサンプルも無いのになぜ与一のものと推測されるのか。そう問おうとするも太郎は言葉を被せてくる。

 

「あなたの記憶と精神がここにあるのに肉体があっては変ですか? 無い方が理屈に合わないでしょう」

「……そう言われるとそうだけれど……」

 

 訊いてくれるなという剣幕を受けて言葉に詰まる与一。

 代わって出久が言葉を継ぐ。狂った研究者に渡すなとはどういう意味かと。

 これに太郎は──ぐっとしばらく悩んでから──首を横に振った。

 

「……伝えるメリットが思いつきません。リスクしかないので秘匿します」

「えっ」

「どうしてもというならご本人には伝えますが」

「出久くんのことは聞かせてもらったんだ。それじゃ釣り合わない」

「ならば与一さんにも伝えません。

 毛髪などをきちんと処分すること、特定の病院以外にはかからないこと……それさえ守って頂けるなら」

 

 


 

 

 不満そうな出久を宥め、与一はそこで切り上げた。既に余生のようなものと考えており自身への関心が薄いのである。

 

 部屋には太郎とマーサだけが残され、そして太郎は大きな溜め息をこぼす。

 飲み込もうと決めはしたが簡単ではない。

 

「マーサさん、聞いてくれるかい?」

「もちろん。あたしじゃ誰かに漏らすほど理解できないしね」

「そうでもないと思うけど」

 

 防諜は予め念入りに済ませている。それでも声を潜めて、太郎は所感を溢した。

 

 

「……あんな、子供の考えたフィクションみたいな人体が実在するなんて……」

 

 

 ──教科書などには『受精卵には“個性”が無い』と書いてある。これは間違いではないが不正確で、卵細胞または精細胞から超常を受け継ぐ可能性は決して否定できない。

 ただし誕生にまでは至らない。人間としての形を成す前に歪み、どこかで破綻(おわり)を迎える。

 結果として『受精卵には無かった“個性”が成長の過程で芽生えてくる』という説明が真になる。つまり()()()()()人の体の中には超常(Paranormal)器官(Organs)天然(Natural)器官(Organs)*とが混在するということ。

 

 ──確実に、だと思っていた。例外の生誕確率はあまりにも低いために机上の空論だろうと。

 しかし実例を目にしてしまった。あの身体には、無個性の人間とは逆に、()()()()()()()

 

()()()()()()()()()()()()()()。良く産まれて来れた*ものだ。あんな細胞がそうそう存在するわけがない」

「だから“他に考えにくい”なんだね」

「うん。そしてあれなら理屈は通る──逆かな? 単一の細胞が超常によって周りと同期する……それなら奇跡じみた低確率も……。うん、うん……」

 

 太郎の言葉は自身に向けられている。マーサに理解させることではなく精神的に区切りをつけることが目的なので。

 

 

 ヒトに限らず、動物の初期胚は均質な塊だ。この段階ではいずれの細胞も(ひと)しく、どこが頭脳になるとか筋肉になるとか決まってはいない。

 では何によって分化するかといえば遺伝子ではなく(そもそも遺伝子は同一)、大きな決定因は位置である。母体の胎盤と接している側が頭になり、その逆が尾/脚といった具合に。

 

 例えば胎児の指先にある細胞に着目してみる。

 この細胞がその形(ゆびさき)になったのは遺伝子にそう書かれていたからではない。未成熟な脳からそのような指令が来たわけでもない。

 体幹に近い部位から順に役割分担が決まっていき、隣の細胞が指になったのに合わせて変容しただけ。比喩的に言えば『空気を読んで』。あるいは『長いものに巻かれて』。

 

 個々の細胞の動きを決定づける要素は微視的(ミクロ)で、指先になった細胞は肘や肩の様子など知らない──知る必要もない。*

 身体の大部分はこんな風に分化する(一部の臓器は脳などからホルモン放射を受けないと成熟しないが)。

 

 対して超常器官は“長いものに巻かれない”。巻かれていたら天然器官になるのが自然な帰結だ。

 かと言って全体を把握できるわけもないから、受精卵そのものや発生直後に超常が芽生えてしまうと“空気を読まずに”全体の崩壊という結果を招く──幾億年の進化を経て成立した精妙なバランスをめちゃくちゃにしてしまうのだろう。

 

 与一はそうなっていない。天然器官を持たないにも関わらず人として生育・出生している。

 このことを踏まえると『生体に同調して全体(マクロ)を把握するような力』だと考えられ──だとすれば、出久が“繭”にいた頃からずっと疑問だった“歴代”についても筋が通ってしまう

 

「……うわぁ……」

「太郎さん?」

「いや、うーん、これはなんとも……?」

 

 断定はできない。かなりの部分が想像だが……。

 

 与一の超常は他人の身体に入っても排除されない。『免疫から攻撃はされるが耐えている』? それとも『免疫から敵視はされるが攻撃は受けない』? いや、先の推論を踏まえれば『免疫から敵視自体をされていない』と考えられる。

 与一の細胞は()()()()。侵入対象の特性を学習し写し取る──免疫からも異物と見なされないレベルで。その学習範囲が部分(ミクロ)ではなく全体(マクロ)なら、歴代の“個性”も当然に含まれよう。だって“個性”は身体機能なのだから。

 その学習内容は……恐らく()()()()()。全細胞が同じ情報量を持つのでなければ、今の与一が生前の記憶を有するはずがないから。

 

 それはまるで、率直に言えば──もちろんマーサ相手に言葉を選ぶ必要はない。

 

()()()()()()()()“個性”だなぁと思って」

 

 



 

 

 寄生生物。

 全くの偶然ながら、与一の兄はかつて“個性”全般に同じ比喩を使った。

 

 与一の力は【自己再誕】や【変身】のような衝動を伴わない。『次代に継がなければ』という想いは歴代継承者の義によるものであって『宿主を操る』ような要素はゼロだ。

 宿主の意思で次代に渡さなければそこで途絶えるのだから、寄生虫の喩えで言うなら貧弱な生存戦略と言える。

 

 しかしこの兄は『(パワー)をストックする個性』のつもりで『肉体を作れる個性』を与えてしまった。

 今や弟の“個性”は不滅にもなりうる。宿主の生体特性を学び取り込みながら、自らは傷つくこともなく強化に強化を重ねて人から人へ渡り歩く。

 

 それはまるで──幸い与一(もちぬし)にそんなつもりは全く無いけれども──『オール・フォー・ワン』。全ての他人は自分の糧だと言わんばかりの性能ではないか。

 

*
党首の花畑は行方不明ながら心求党は健在である。今は実質的に近属の傀儡。

*
89話『見えない地雷』

*
生前の与一が『病弱』だった原因か。

*
胚発生の初期段階では各細胞が自身のことで手一杯なせいか、遺伝子が違っていようと問題ないケースがある。その場合はヒトキメラとして健康に育つだろう。




 次話、新カリナ。
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