■訓練場Ω
模擬戦の開始まで約一分。
以前より少しだけ細く、比べ物にならないほど力強くなった身体を念入りにストレッチしながら皆の様子を伺う。
いつだったかお茶子が“カリナちゃん&ヒミ様vs.残り二〇人!”みたいな冗談*を言ってたけど、それより更に偏った私
円陣に囲うのではなく一塊になってるのは……多分あれ、具体的な作戦とかは無いな。でも闘志は間違いなくある。
被身子は爆豪と、お茶子は緑谷くんと、透は轟くんと、何事か話している。轟くんについてだけは内容のあたりがつくけど他はさっぱりだ。
でもそれで良い。あえて聴くつもりも無い。
……お父さんが病院に囚われてると分かった直後、あの状況を新しい“技能”でどうにかできないかとぐるぐる悩んだ苦い記憶。
それは透と被身子に
いやだって、仮に私が一人で治崎を上回れてもそれだけじゃ勝てないんだよね。間違いなくワープで逃げられちゃうからさ。
で、考えを改めた。
相手は組織だ。こっちも組織的にやるしかない。だったらもう、開き直ってあくどい感じでやっちゃおうかなーと。嫌われ役とか苦にならない方だし。
「みんなが今までのまんまなら、今の私は三分以内に
本当は三分を大幅に切る自信もあるけど、まぁともかく。
怒りとか挑戦心とか恐れとか、色んな視線が向けられる。でも不信や疑いが無い辺り、百がよほど上手に
「で、それだとちょっと不都合がありまして……最初の三分間はみんなのしごきタイムです。“個性”の覚醒とか起こると良いですよね、被身子が【透明化】できるようになったみたいに。【もぎもぎ】がどこにでも盗撮カメラ隠しやすくなったみたいに」
「オイラの扱いぃ!!」
「あは、ごめん冗談です」
もちろん覚醒なんて狙って起こせるもんじゃないから起きたらラッキー程度に考えつつ。それはそれとして圧をかけて損は無い。
みんなが強くなってくれたら私も楽だし、みんなだって強くなりたいはずだし。
私の隣に立ち、治崎個人との局所的な勝率を上げる役割を担えるとしたら被身子くらいだ。
でも現時点の被身子じゃまだ足りない──三分後にはどうなってるかな? 被身子については(気持ちや考えはともかく成長についてとなると)どんな予想も当たる気がしない。
ワープ封じはお茶子に……もしかしたら爆豪にも期待している。お茶子はともかく無免許の爆豪は、ここで大人達を納得させるだけの成長を見せなきゃ後方待機にされちゃうぞ。
敵の追加戦力──把握できてない脳無とか──が出てきたら透に任せる。透はまぁ、うん。今のままでもさほど心配してないけど。
(荼毘? 彼は轟家に任せるというか、口出しはまだしも手出しまでしたら逆に怒られちゃうでしょ。だから丸投げとしか考えてない)
ともかく私は、皆に度肝を抜かれることを期待している。昨日までは──ここ数日会ってなかったから、厳密に言うと
その上で、正面からそれに勝つ。
──そうして見せれば、百を苛む不安も少しは和らぐかなと思ってさ。
なんてことを考えてた、試合開始の直前。ロボットがカウントダウンを始めた頃。
〈十秒前。九、八、七──〉
誰よりも先に私の度肝を抜いてくれたのは……他でもない、百だった。
「は? 待って百それ
「リカバリーガールの分析と許可は受けております」*
懐から取り出され、止める間もなく百自身に挿し込まれた
〈ウソじゃないよ。今日この場に限り一本だけならと、渋々許可を出した。ぎりぎり合法だしね〉
ロボットのスピーカーから補足の声。百のゴリ押しっぽいのは分かったけど、だからってぎりぎりなものなんて許可しないで欲しかったなぁもう!
「子供じみた情なのは自覚しております。それでもこれがわたくしの本心ですから」
「──ありがと、愛してるよ百」
「わたくしもです」
普段の数倍の速度を発揮して、百を鉄塊の内側に隠してしまう【創造】。
──
それはまるで西洋甲冑だった。しかし実態は鎧よりも有人操作ロボットの方が近いかも知れない。その全高は三メートルを越えている。
頭も含めた全身が覆われて百の素肌は全く見えない。それは【創造】が使えないことを意味せず、それどころか創ったものを見せずに溜め込んでおいて必要なタイミングで一気に使えるということ。
〈──二、一。試合開始!!〉
「参ります!」
開戦の狼煙は鋼の剛腕。機械的なアクチュエータに過大な電流が流れ、拳は電光と焦げ臭さを残して吶喊した。
カリナは軽々とそれを弾いてしまう。対する百は早くも鎧の片腕を失った──ただし計画通りに。最初からこのように、使い捨てては換装するつもりで殴っている。普段の【創造】では絶対に追い付かない量と速度だ。
「百、気持ちは嬉しいけど後でキツいお仕置きだから」
「覚悟の上ですわ!」
切島と砂藤が距離を詰め(同時に綺麗なカウンターを受けて意識を揺さぶられ)、半歩引いた百は常闇に
「承知!」
「
舞い上がる常闇に掴まってカリナの頭上を取ったのは青山。降り注ぐのは当然──
「〔☆
「うぇっ!?」
──【ネビルレーザー】、
順調に度肝を抜かれたカリナ。〔ベクトル透過〕によってダメージは免れたものの、捻じ曲げて切島らにぶつけることには失敗する。
また、ダメージは免れようともカリナは光を見た。瞳孔は閉じ切っている。暗いものは見通しにくいはず。
「【黒影】!」
《オォォオ!!》
銛など知らぬと距離を詰めて闇の帳で覆い込む。その狙い通りカリナの目には【黒影】が黒い塊にしか見えず、翼腕がどう構えられているかが不明瞭だ。
「惜しい」
「ぬぐ!?」
もっとも劣化版【透明化】による超感覚と嗅覚を欺けるわけではない。カリナは常闇本体の胸倉を掴み、【黒影】ごと百の大鎧へと投げつける。
……流石に手加減はした(本気で投げれば常闇程度の重量は音速を優に超えるため。常人なら加速度だけで死ぬ)。
そのため投擲から着弾には僅かな間が生じる。
圧縮された時間。カリナは〔
【黒影】の一部が流星のように尾を引いて──それが飛んで行った後も、そこに黒い帯のようなものが残っている。
両膝をつくような姿勢になった甲冑の肩には常闇から何かを受け取った上鳴。ならば常闇の置き土産は導電線と考えられる……か?
「えっこれホントに咄嗟の連携なの?」
「鎧の背中に書いてあったんだ、ゼェェイ!」
瞬電轟雷。投げ飛ばされながら常闇が引いた道を奔る電流は、直撃すれば人の命をも奪いうるレベル。もっとも今は直撃コースではないし、そもそも今のカリナに電撃は効かないが。
「は!? ノーダメ!?」
「ごめんね電気無効なの」
自然と抵抗の低い方へ流れる電流は〔ベクトル透過〕的には極めて負担の少ない『素直な相手』である。
「万策尽きたー!!」
頭を抱えて嘆く上鳴の足下で、西洋甲冑が裏返るように形を変える。
それは筒型の大砲。鎧の質量はほとんどを砲弾に回したかのような、冗談の如き
『キレると怖いタイプだとは思ってたけどさぁ……!』
鎧は今や巨大な兵器。電撃を溜め込んで発射の準備を整えたようで、しかしまだその瞬間を待っている。
──ここまでの間も、被身子や爆豪らが黙って見ているわけではない。ナイフ、ワイヤー、〔
そこに百は巨大な砲弾を撃ち込もうというのだ。
敵──対戦相手にあたるクラスメイト達のことも、カリナが守らなければ大怪我を負いかねない。
今の百ならそれ位やるだろうと判断し、カリナは最優先の対応を決める。
〔身体変造〕を
これらを組み合わせた異次元の加速力はまさしくオールマイトに比肩するもので、周囲の認識も追撃も容易く置き去りにした。
しかし百はタイミングをセンサー制御に委ねていたので、カリナが砲に向かうのとほぼ同時に発射。
砲弾と、それをただ避けるわけにはいかないカリナ。双方のベクトルは完全に逆向きだから相対速度は互いの足し算になる。
『──流石に
カリナの内心からは早くも余裕が失せつつあった。しかし身体的にはまだまだ対処可能なレベル。
有り余る筋力で殴り返──さない。
物理的には可能だし、そうすれば対処は一瞬で済むが……二つの理由から実行はできない。
一つは弾頭に十文字の亀裂があるから。前面から衝撃を加えると恐らく弾殻が開いて厄介なことが起きるのだろう(カリナが気付いたせいで不発に終わったが、広範囲に金属片を撒き散らして“護らせる”ギミックだった)。
もう一つは極めて危険なことに、百が
〔身体変造〕で髪の一部を急速に伸ばしながら、砲弾の真下を潜り抜けるようにスライディング。すれ違いざまに爪刃を閃かせ、(セルフ)囚われの百を弾体から引きずり出す。
それをカリナが抱き留めてしまうとえげつない加速度で大怪我をさせてしまうので──罠である可能性も高いので──、あえての放置。床に尻もちをついて滑ることで時間をかけて減速してもらう。
同時に劣化版【ライフル】を発動。ライフルといってもカリナに出来るのは髪を樹脂状に変質させるだけだが、その硬さと粘着力を使って砲弾に上向きの力をかける。無人になったそれに遠慮は無用だ。
──この瞬間のことを上鳴電気の視点から見ると。
電撃無効と聞いてショックを受けていたら足下から砲弾が発射され、直後にガクンと軌道を変えた。カリナがアッパーのように殴り上げたものと考えて再攻撃の構えを取るが、そこに居たのは百。
カリナはどこに? 訝しむと同時に目の前に仁王立ちされた。笑顔ながらに強い敵意が上鳴を襲う。
(一連の攻撃は膨大な電力を消費するもので、そこには彼の電撃も少なからず利用された。八つ当たりなのは分かっていても『百を危ない目に遭わせた』的な怒りが無くもない)
『えっオレ何かしちまっ、
やべ、死──!?』
その臨死感はカリナが意図したものだ。わざと怯えさせている。
だから大袈裟なものではないのだが……だからといって。
「う、うぁぁああ!!」
「──」
上鳴は無我夢中で銃を象った指を向けた。
しかしそこから放つ電撃をどれほど強くしても、指向性を高められても、電流である限り抵抗値と大地の誘引には逆らえない。
……彼はそんな理屈を考えたわけではないが。実際に放たれたのは電撃とは別物だ。
自由電子レーザー。
「ホントに覚醒しちゃうんかい!」
「ウェイッ!!?」
カリナは慌てて意識を奪った。アホになるだけでは済まない可能性があったからだ。うっすらとは期待していてもこんなにあっさり壁を越えるとは思わなかったのである。
なおシンクロトロン放射光だろうと〔ベクトル透過〕で素通しすればノーダメージには出来た。ただそれをすると後方の
──とはいえもちろん、〔身体変造〕で即座に完治させたが。
「……まず二人。残り十九人」
「もう三回ドッキリしてるから今んとここっちの勝ちじゃない?」
「うーるーさーいー」
【
・八百万百 - 体力と脂肪分の枯渇
・上鳴電気
【ダメージ軽度〜中度】
・切島鋭児郎
・砂藤力道
・常闇踏陰
【
・八百万百 - 愛の爆走
・青山優雅 - “個性”の応用
・上鳴電気 - “個性”の覚醒*
【カリナの状況】
・体力:〔身体変造〕により満タン
・負傷:〔身体変造〕により完治
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※上鳴みたいな見せ場を全員分ご用意できるわけではありません。予めご了承くださいまし。