A組みんなでの対リナリナ戦、私はしばらく積極的に動かなかった。動かなかったというか動けなかったというか、うーん。
言い訳とかじゃなく本当に、意図的な面も大きい。
理由の一つはヤオモモのお薬が明らかにヤバかったことだ。
今朝、リナリナはすっかりおピンクになった髪を少し切って配ってくれた。それをエクステみたいに私達一人一人の毛先に絡ませて、キュッと固めてくれたのだ。
……いや、今【透明化】を切ってるのはリナリナ相手だと意味ないからで、別に見せびらかしてるわけでは。ごにょごにょ。照れる。
と、とにかくこうして
って言ってもヤオモモの〔
きっと健康とかが多少は犠牲になる薬の効果時間、ヤオモモとリナリナがぶつかるのを邪魔するのもなんだかなーっていうのが一つ目。
あとはヤオモモの動機。リナリナを治崎と戦わせたくないってやつ。
そりゃ確かに心配だし、歓迎なんかとてもできないけど、かといって戦わせないのもどうかと思うんだよ。これほどの力を持っちゃって矢面に立たずにいたら絶対なんか背負い込むでしょ。斜に構えるようなこと言ったって抱えがちな人なんだから。
──と、ここまでは『動かなかった理由』。もうヤオモモは気絶して運ばれて行ったから動き出せば良い……んだけど。
それとは別に『動けなかった理由』もあって。なんかこう、雑念? 後悔?
ほんと大失敗だったな〜〜、試合直前に伝えたの。轟くんを混乱させちゃったっぽくて本当に申し訳ない。後でちゃんと謝らないと。
「……まず二人。残り十九人」
八百万は薬の力を借りて、上鳴は追い詰められての破れかぶれっぽかったが、二人とも兵怜のやつを確かに驚かせた。特に上鳴の、一瞬だけ放たれたレーザーみてえなのはかなりの深傷を負わせてたように思う。
「もう三回ドッキリしてるから今んとここっちの勝ちじゃない?」
「うーるーさーいー」
それに比べたらますます
八百万がオールマイトを引き合いに出したのは大げさでもなんでもなかった。速いなんて域を超えてやがる。しかも速いだけですらない。
狙って攻撃を当てられるイメージは持てず、範囲攻撃は周りを邪魔しちまうし、それを覚悟でぶつけたとしても大したダメージにはなりそうもねえ。
おまけに、試合直前に葉隠から言われたことも気になる。
『今鍛えるべきは
『左を鍛えればもしかしたら』。その予想も一応は話してくれて(かなり雑だったから後で改めて訊かねえと)実現できりゃすげえとは思う。
ただそれが当たってた場合……流石になんつーか。
いくらなんでもクソ親父が哀れ──なんて。
んなこと考えてる暇は無かったんだ。
ゾッと粟立つ肌が致命的な失敗を知らせる。
「試合中に考え事ですか?」
「ッ、──!?」
言葉に続き眼の前で弾ける
意識ごと吹き飛びそうな衝撃の中、それでも使い慣れた“個性”が瞬時に応え、足下から生えた氷が兵怜を捕らえる。
「……あ?」
思わず苛立ちの声が漏れた。効かねえにしても躱すくらいしやがれと。こんな苦し紛れ簡単に避けられただろう。
一瞬だけ湧いてきた吐き気が『氷漬けの兵怜』という組合せによるものだと自覚するより先に、そんな心配は完全な杞憂に終わる。
「「あっごめん轟くん!?」」
葉隠と麗日が大慌てで謝ってきた。何のことかと思ったら兵怜のやつ、呑気に「咄嗟のことで間違えました?」なんて言いながら氷を一口齧り取ると、残りを防具みたいに手足に集めやがった。
……なんだそれ知らねえぞ。氷の手甲で爆破を防がれた爆豪も吠える。
「ッ! ちゃんと説明しとけやクソポニテがぁァ!!」
「あぁ百の言い忘れね。たまによくある」
そう、八百万の話だと『兵怜に新技は無い』はずだ。『これまでも出来てたことのレベルが大幅に上がってる』、そういう説明だった。
アイスエイジの娘だし、氷の操作も前から少しは出来たってことか?*
「あれ、透もこれを言いに行ったわけじゃないんだ?」
「ホントごめん重ねてごめん!」
「ち──今は良い、それより氷は使うなってことだな? 炎まで操らねえだろうな」
「大丈夫! 高熱は
「おい待て流石にちゃんと教えろ」
わざわざ言い直した葉隠に慌てて問い返すと、これは兵怜が引き取った。
「大丈夫、『氷は無効』で合ってますよ。
一度異常な動作をした〔熱遷移〕は封印してますし、アレだって本来は自身の体内にしか作用しないんです──
「軽く言うことかよ……」
俺だけじゃなく、クラスのほとんどが暗い顔で動きを止めていた。
だってのにコイツ、なんて邪な笑い方しやがる。完全に
「……あは、みんな優しいですねぇ。でも必死さが足りない。見てくださいよこの爆豪の遠慮の無さ」
「死んだら心配してやるわダボがぁ!」
「そうだな兵怜に心配なんざいらねぇな!」
唯一手を止めずに攻撃を続けていた爆豪に切島が続いた。
刺々しさを増した【硬化】が兵怜の軽いジャブで大きく砕け散る──が、切島自身の突撃は止まらない。もう一度、今度は少し腰の入った蹴りを受けても再生成した鎧が弾け飛んだ他は大したダメージも無さそうに見える。
「──なるほど合理的。良いですね、
「八百万のパクリだし、初挑戦だから名前は無えけどな!」
自動車事故の衝撃から運転手を守るための
「ふむ。〔
「ソレ頂き! コイツは〔
「捨て身は真似しちゃダメでしょ」
切島はすげえな、応用が早いだけじゃなく技名までこんなあっさり決まるもんなのか。
……二人とも、今やることじゃねえ気はするが。
「勝負の最中だッろがクソボケ共!!!!」
「悪ぃ!」「ごめんごめん」
爆豪の
……速すぎてワケ分かんなかったが、背負い投げとか空気投げとかじゃなく、さっき常闇を投げたように──よりヤベえスピードで峰田にぶつけた。
「む、ミネタの新技はすぐ出せないのかな」
拍子抜けしたように呟く兵怜。二人まとめてリタイアに追い込んでおいて軽く言いやがる。
「ほらほら、皆も見てないで。爆豪もこれで新しいこと色々試してるんですよ」
「うっせぇ褒めんなバカにしとんのか!?」
「普通に褒めてるのに……私が強すぎるだけで」
血管の切れる音がした。
(すっかり聴き慣れちまってるけどそんなブチブチいって平気なもんだったか……?)
爆豪に関しちゃ血圧上がりまくってんだろうが、他は肩の力が抜けた奴も多かったらしい。
「あんだけ強いんなら普段できないこと試さなきゃ損だよね! よーしバクゴー
駆け出した芦戸は両手からの粘液を絨毯のように広げた。爆豪の片手爆破では破れず、慌てた貫通技でようやく酸塗れを免れて文句を言っている。
「な!? っこの、もうちょい
「自分で避けなさいな警告してくれたんだから」
……そう呟く兵怜が芦戸の真後ろにいることは、もう一々驚いてらんねえっつーか。
跳び上がる芦戸をフォローしようと全員で動き出し、兵怜はそれを悪い笑顔で迎える。
俺も壁を越えなきゃなんねえ。
それは分かりきってるのに──!!
試合直前に透が轟に話しかけたのは、機会を逃して伝えられていないことを思い出したから。
今鍛えるべきは
要約すればこれだけ。
轟は不可解に思ったし、透たちも最初は驚いた。
『荼毘vs.エンデヴァーの炎比べ』ならば負けてはいない。
一方『“
これを踏まえると鍛えるべきは氷と感じられるが……。
カリナはそもそも、左を『炎』とは呼んでいない。
病院の件から目覚めた後──また、冷の件を伝えるためにお茶子が部屋を出た後。
カリナはつらつらとこんな話をしていた。
「あ、エンデヴァーのこともお茶子に言っとけば良かった。でも雑に伝わるのも良くないか……んーまぁ今すぐって話でも……。
ん? んー……エンデヴァーの、うーん、もしかすると人生の否定、というか。
いや分かんないよ? 断定はできないけどね?
私が喰らった白い炎さ、そりゃもう凄い温度と熱量だったんだけど。逆にあの超高熱にしては被害が小さいんだよ。
私を貫いて二人に熱が向かうことは充分ありえたし、もっと広範囲が焼けてた可能性も──分かってる、荼毘を殺さずに筺だけ灼くつもりだったんだろうね。そのお陰で被害範囲が狭い。
その通りだと思う。高熱を生み出すだけじゃなくそれを制御してる──熱を
それがどうして人生の否定になるのか、透には分からない。
「エンデヴァーの努力の結果でしょ?」
「それはそう。そうなんだけどさー……。
身体の
うん、エンデヴァー自身によれば熱が籠もるのは『弱点で上限』らしい。
…………本人は、そう思ってる。
でもそれ、できないって確かめたのは誰だろう。何を根拠に言い切ったんだろ。
私はできそうって思ったよ、あのコントロールを目の当たりにして。
──ここからは私の、ただの仮説ね?」
前置きしてからカリナが続けたのは──なるほど人生の否定とも言える。
「その“個性”に元々、熱の操作に関して万能に近いポテンシャルがあったとして。
体温の排熱は難しいと感じたかも知れない。例えば冷めるほど超常器官の働きが鈍るとか考えたらありそうなことだよ、内臓って普通そうだし。
……苦労はしたと思う。制御も難しかったんじゃないかな。
【ヘルフレイム】なんて名付けられちゃう位だから」
カリナは太郎に
他方でその名付けを意識してしまう人はとても多い。その語感に影響されて、能力や性質を名前の方へと寄せてしまう逆転現象も懸念されている。
「地獄の炎、なんて言われたらさ。ましてあのストイックな性格だと。
自分が灼かれることを当然と思い込んで受け入れちゃってる可能性、あるんじゃないかなぁ。
ある時点でできないことが制御の未熟さなのか“個性”の本質なのかって、見分けはすんごい難しいよ。昔がそうでも、今の制御レベルMAXみたいな炎司さんを見たら……普通にできそうじゃない?
いやまぁ仮に“思い込み”だとしてもその影響はバカにできないし、ベテランもベテランだからなぁ。これまでだって試行錯誤はしただろうし、今さら気の持ちよう一つでどうこうは難しいかも。
──
透はそこまで説明していない。ただその左は体熱を『散らす』こともできるのではと早口に話しただけ。
そんなことができるのか? 轟は自分の左を【燃】だと思っていた。つまり炎・着火・発熱。
しかし──心当たりもある。
例えば仮免講習の二日目。講習の為に親子が離れた実家を荼毘が襲い、彼は父親と衝突した。宿泊施設の中だというのに危険なレベルの炎をぶつけたのだ。
なのに建物の被害が僅かだったのは父親が対処したから。対処といっても冷やせるわけもなく、熱に熱をぶつけても仕方がない──そう、“衝撃として散らした”と言っていた。カリナの憶測通り【熱操】とでも呼ぶべき力。
ならば排熱もという理屈は分かる。分かるが……意識してできるかは別問題。
「アドバイスなら分かるように言いやがれ!!」
「はい? なんのこと──あ、あー!? 透、なんかふわっとしたこと話したんだ!?」
「反省してるよごめんってばー!!」
カリナとしてはもっと言葉を選んで伝えたかったところである。そもそも憶測に基づくことや、身も蓋もない部分の誤魔化し方なども含めて。
しかしそうした気遣いは挟まれなかった。透たちにさえ明言は避けた本質が、既に伝わってしまっている。
轟の左≒炎司の力が排熱もこなせるとしたら──
──そんな指摘になってしまう。
もっと酷い解釈をすれば──カリナ本人にそんなつもりはないが轟の想像上では言いかねない──こうだ。
──いや、言っても聞いてもいない言葉など今はどうでもいい。
それより轟を
そのことを直接カリナと話す機会が
「……なぁ兵怜。
「へ? いえ、一度も顔見てませんけど」
「……そうか……」
「???」
自分も今の今まで考えなかったのだから偉そうなことは言えない。そもそも被害者のカリナは気にしていないようだ。『私が勝手に割り込んだんですし』などと言うだろう。
が、どんな事情であれ生命に関わる大怪我を負わせたのである。炎司もそのことを確実に認識していた。その上で、丸二日にわたって謝罪の一つもしていない。
間違いない。もう避けられない。
冬美が──冬美の容赦ない仕置きが(またしても)父を襲うことは。
病院でのことは細かく伝えていないから今は知らないだけで、気付いてしまった以上は隠せない末っ子である。最近は逆らうのが怖い。
轟のリタイア直前、彼は熱を操作する応用をほんの僅かに習得した。
──恐怖のお陰かは不明とする。
【
・切島鋭児郎
・峰田実
・轟焦凍 ──残り十六人
【ダメージ軽度〜中度】
・爆豪勝己 - 軽微なダメージの累積
・芦戸三奈 - 過剰な酸放出の反動
・瀬呂範太 - 特に描写はない。ドンマイ!
【目に見える成長】
・切島鋭児郎 -
(
・芦戸三奈 - 粘度の高い酸の膜
・轟焦凍 - 発熱ではない熱操作(微)
次回には残り人数がガクンと減っている見込み。