■〜十五日
十二日の内は距離を測りかねてたし時間も無かったけど、十三日以降はぼちぼちデクくんと話せている。
お互いにごめんね合戦になったり、それでも私はグチグチ言っちゃったり(これはとんでもない“個性”をぶん投げたオールマイトに対しての不満でもある)、デクくんはデクくんで親御さんや与一さんとの距離感に悩んでたり。
「引子さん、認めてくれたんやね」
「認めたっていうか、うん。クラスのみんながどんどん雄英に来て、僕を見てびっくりはしたけど──でも割とすぐに受け入れてくれた。それで考え直したって」
あー。カリナちゃんが縮んだのもあってかデクくんが伸びたのも『そういうこともあるか』位で流せる空気があるよね。それが得難い環境なのは確かだと思う。
「じゃあ改めてヒーロー目指すんよね? 辞めるとか言わん?」
「辞めない辞めない!──いやごめん、正直ちょっとは考えたけど」
「うん、態度に出とった」
「あう……」
十二日時点では引子さんがきっぱり反対しとったし、デクくんもそれを無視はできひんみたいやった。ほんまに辞めてまうかもって考えずにはおれんかったよ。
「でも母さんに心配かけたのは本当に反省してるんだ」
「与一さんにお説教されたんやっけ」
「すっっっごく」
「オールマイトとも話さなきゃみたいなこと言うてはったけど」
「そっちは……僕は同席してないけど。かなり絞られたみたい」
お、おおう。デクくんの様子からでもオールマイトの凹みっぷりが伺えるわ。
私は一対一で話したことなくて、なんとなく穏やかそうな印象やったけど。オールマイトをそんな風に叱れる人なんて滅多におらんもんなぁ。
きっと家族思いな人なんだ。引子さんをすっごく大切に敬ってる感じが端々からする。
ともかく引子さんは、デクくんがヒーローを目指すことを諦めまじりに飲み込んでくれたらしい。
「それでもやっぱり、今すぐ“撃退”中心に考えるのは悪い気がしてさ。動くとしても“救助”メインにしようと思う」
「この前の女の人、フラグ立ちそうやもんね」
「それで決めたわけじゃないからね!?」
分かっとる分かっとるよ。そっちのがまだしも引子さんに心配かけんからよね。うんうん。
その決断に文句は無い。カリナちゃんなら自分で決めろとか言いかねんけど。*
文句があるとしたら──デクくん、ちょっと
お互いに“個性”禁止ならまだ私が勝つけど、アリアリだと攻めきれない。堅牢!
■十五日
「やっぱり……通用しないわね……」
「いやいや結構厄介だよソレ。屋外ならもっとね」
「フォローありがと──」
【透明化】に近いレベルまで保護色迷彩を高めていた梅雨ががくりと意識を失い、回収ロボットに委ねられた。
「さて、残り七人。『隠し玉』があるなら出しやすくなったかな?」
何らかのアイデアがあっても十人以上の乱戦状態では試しにくいものもあるだろう、と。カリナの促しに最初に応えたのは──応えようとしたのは──飯田。
「爆豪くん、どうだい?」
「充分たまっちゃいるし……どうせ当たらねえから構わねえけどよ」
「ありがとう! 使いこなしてみせるさ!」
事前に頼んでいたようで、爆豪は渋々とコスチュームの手甲を外した。手榴弾を模した、彼の汗を蓄積するためのものだ。飯田はそれを自身の膝辺りに装着して──
「いくぞ!〔レシプロ・ニトロターボ〕!」
「流石にダメです」
──あまりに危険と判断され、やむなく挑戦前に強制退場させられた。リカバリーガールが居るとはいえ限度はある。
「今度は僕が失礼するよ☆」
ここまでにも様々な応用を見せてきた青山の【ネビルレーザー】。顔色は少し悪いものの以前よりは腹痛もマシだ。
「全開照射ですか」
「うん、まだ一度しか試してないけどね」
「危なそうなら止めますから、思い切りどうぞ」
カリナの感覚では、青山は腹部以外の全身にも超常器官が均一に分布している。それらが一斉に光を放つと本物の
「〔
──まさしく銀河。エネルギーのコントロールも申し分ない。
「お見事っ痛ぅぅ!」
〔ベクトル透過〕でわざわざ自分の足下へ落としたのは建物への被害を防ぐため……と同時に、青山の成果を目に見える形で受け止めるためでもあった。
顔面だけは両腕で覆ったものの、それ以外は避けもしなかったので全身にかなりのダメージを負っている。もちろんすぐ治すが。
ところで他の生徒と違いカリナはジャージ姿だった。その雄英ジャージは今の一撃でほぼ消し飛んでいる。
それだけの威力があった──というか、その下のスポーツウェアが(百による特別製とはいえ)無傷なことが不思議なほどだ。
……なにせ、ヒーロースーツでも耐えられていないのだから。
「露出はNG!」
「
明言は避けるがおおよそ通形のような状態だったので、既にフラフラな青山が殴り倒されたのもやむなしである。
「……ラスト五人。さて、そろそろ見せてくれる? 透の仕込みも済んだでしょ」
「う゛、バレてる」
「全部かは分かんないけど……視えにくいとこに隠してるっぽいのは分かるよ」
「ひーん! お茶子、上手く行かなかったらごめんね!」
「謝らんでよ透、私だって自信ないわ」
透とお茶子。この二人は連携技を試そうとしている。ほぼぶっつけで。
カリナは嬉しそうに笑う。全く知らないものを見られそうだと。
この日の早朝にカリナは恋人たちの髪を少し分けてもらい、逆に自らの桃色髪を渡してそれぞれの毛先に絡ませた。
新しい“技能”の効果──とは言い難い。そもそも効果の本筋はカリナ自身への著しい強化だ。
因子提供者の身体の一部をカリナが身に着けること、およびその効果。こちらはある程度予見できていたから、“技能”の副次効果と呼んでも良いだろう。
そして、副次効果の……そのまた副産物とでも言おうか。【自己再誕】が恋人たちから“技能”を得ると共に与え返すのだから、新技能でもそういったフィードバックがあるのではと期待して。
実際に試したところ、最も燃費の悪いお茶子は〔
──とても不満気に。補充の機会が減るとでも思ったらしい。
お茶子たちが組み手の最中に偶然気付いたのは……メイン効果の副次効果の副産物の、更なる応用。ほとんど抜け穴のようなものだ。
ここまで来ると流石にカリナの読みも振り切る、全く想定されない使い方。
「え、どゆこと?」
お茶子が透を背中におぶった。
透はお茶子の頬に頬を寄せた。
お互いの髪を触れ合わせる──いや、そこに絡ませたカリナの桃色を。
理屈を捏ねるならば、【無重力】と【透明化】が〔ベクトル透過〕を介して
なんであれ実際に、未知の超常は
二人の姿はかき消えた。周りからはお茶子のスーツや装備が浮かんで見える。カリナの目には二人とも視えているが。
二人の体重も消えた。透を背負っているはずのお茶子の動きは軽い。
そこには空気抵抗も無い。二人も今初めてそのことに気付き、〔ベクトル透過〕に近いことが出来ていると気付く。
──ということは。それが出来るならば。
「!──やるね二人とも。……うわ、ちょっと不味いかも」
二人はあらゆる電波ベクトルを素通りさせ始めた。
カリナは〔身体変造〕で紫外線などの不可視波長も視ていたが、こうなると二人の服やアイテムしか見えない──どうやら【透明化】対応の透のコスチュームも〔ベクトル透過〕には未対応らしい。
身に纏うものを気持ちよく迷わず脱ぎ捨てる二人。
そしてじりじりと、こわごわと動く。カリナの視線は……追ってこない。
ブラフなどではなく本当に全く視えていない。
カリナが同じことをすると(網膜に光を受けられないため)視力に大幅な制限を受けてしまう。しかし本家本元の透には当てはまらない。そしてその本家【透明化】による超常視力はお茶子にまで共有されている。
不可視。無音。無重。
殴る蹴るの衝撃もただ当てるだけではダメージになるまい。
『私が髪にかけてる硬化を解けば二人のジョイント自体を解除できそうだけど……無粋だよね』
確かに二人を引き離すのがイージーだ。が、今はただ勝てば良いシチュエーションではない。
かと言って負けるわけにもいかない。
カリナは一旦『鍛える』という考えを捨てた。
──その真剣さはカリナの魅力だと認めつつ、今のお茶子たちには有り難くない。考えてあったプランはおんぶまでなので。
髪と髪が離れると連結能力も即解除されることまでは試して分かっているが……脱衣は今この場での判断。割と行き当たりばったりだ。この先、カリナ相手に意味のある攻撃を加えられるかと言えば……難しい。
『ていうかカリナちゃん相手だとほとんど攻撃がなりたたんのよね』
腕力としても“個性”としても。切島や砂藤、上鳴や青山のようなことはできない。
透がひっそりと設置した〔不透膜〕も──今のお茶子には見えてこそいるけれど──補助がせいぜいだ。ただの足場ではなく微妙に弾性を付けるなど頑張ってはみたが、得られる加速は
だから打てる手は限られていて。
それは当然読まれていて。
読まれていることも分かっている。
〔
使い方と使い所が結果を分ける。
目を閉じて集中しているカリナ。
そのすぐ後ろを駆け抜けてみた。匂いは物質であってベクトルではないから、近付けば気取られる──かと思いきや反応は無い。即断即決。
『ここ!』『行こう!』
無言の調息。恋敵と連携して恋しい相手に挑みかかる。
攻め手は変則的な後ろ回し。風切り音すら立てない
並のヴィランなら悶絶する一撃だが……カリナは意図して小揺るぎもせずに耐えた。どこに〔浮重力系〕が仕掛けられているか分かったものではないからだ。
カリナ本人は動かない。代わりに指より速く繊細に閃く爪の束が、インパクトと同時に見えるほどの瞬発で踵を捕えた。
その裸足の踵。そこから分かること。
間を置かずに反応する。
「あぶな!」
「ぁうっ!──あー……ごめん透、あかんかったわ」
カリナは凄まじい速度で髪を伸ばし、その先端を硬化させただけ。そこに高速で突っ込む形になったお茶子は、跳ね返されないまでもそれ以上近付けず……とうとう尻もちをつく。
「どんまいどんまい。リナリナびびってたよ」
能力が解かれ、お茶子の姿が露わになった(透は自前の【透明化】を起動)。
「
男子二人の目は被身子がカバー。ほぼ平手打ちだったが目的は達成しているので誤差であろう。
「ありがと被身子、マント借りていいかな」
「……はいです」
預かった黒外套でお茶子の裸身を隠しつつ、カリナは二人を称賛する。
「本当にびっくりした。そんな使い道思いつかなかったし、最後も意外性あった!」
「苦し紛れだけどねー」
「プルスウルトラって言っとくとそれっぽいらしいよ? 効果は間違いなくあったんだから自慢していいと思う」
苦し紛れでも小細工でも、誰かが卑怯だ騙し討ちだと詰っても。創意工夫には違いない。
はっきり言ってしまうと、透の攻撃はほとんど脅威にならない。主に警戒すべきは〔浮重力系〕であり、(その効果範囲に透が含まれるとしても)発動できるのはお茶子だけ。
だからカリナに命中した蹴りもお茶子によるもの……と思わせておいて、実際には透だった。コスチュームを脱いだ辺りで背負う側と負われる側を入れ替えていたのだ。
──もちろん、欺く為に。自分に対してカウンターを打たせ、そこにお茶子が重ねる流れを期待して。
後ろ回し蹴りといっても空手の
カリナからのカウンターを空振りさせる意図と併せて、頭を離すことでお茶子の助走距離を稼ぐ狙いもあった。クラウチングスタートのような姿勢を取っていたお茶子は、カリナが動じず罠にもかからないと見るや「せめて一撃」と踏み込みながら自己加速し──で、止まりきれずに阻まれたわけだが。
「本当に焦ったんだよ。全く視えないしほとんど聴こえない、香りはどうしたって遅れる。要するにヒットした瞬間にやり返すしかないわけだから」
「お茶子のことばっちり分かってたじゃんか」
「それは読みだね。分かってたわけじゃなくて──」
お茶子が阻まれた理由は能力によるものではないと云う。今は二人とも因子切れでへばってしまっているが、あの瞬間はまだ〔ベクトル透過〕による不可知状態にあった──仮に因子切れが先ならばカリナの髪かお茶子のどちらかがもっとダメージを受けているはずだと。
「え、あのタイミングで? 読まれるようなことあった?」
「んっふふふふ」
「ま……まさかリナリナ……」
自慢気に微笑むカリナ。透は察してしまった。
目に見えず爪越しに感じ取れる
流石にカメラの前で足をぺろぺろするようなことこそなかったが……視線では双方の足をべろんべろんである。変態。
気に入らない。認めたくない。頼るなど冗談でも遠慮したかった。
……それでも、一人で挑むよりは勝率が高いと思われる。
「おいウスラデク。てめえどんくらい視えてる」
「だから見てないって!?」
「アホかそうじゃねェ! 兵怜の動きに決まってんだろがぁ!?」
もちろんお茶子の裸の話ではない。
この試合の中でカリナは全速を出していないが、それでもギアを上げた時──例えば三奈の酸粘液を躱した時など──には大半の生徒が完全に見失っていた。
学生ならば無理もないことだ。少なくはないプロが『目で追えても身体の反応は間に合わない』というしかない程の、治崎の脅威を想定した速度域なのだから。
視えて・反射が追いつき・瞬時に何かしらの対応を取れるような生徒はたった三人だけ。
被身子と爆豪と……緑谷である。
もっともこの三人でも、反射で追い縋るのが精一杯。それぞれの最高速は全く及ばない。攻防避、全ての速度が隔絶している。
──
爆豪はまずそれを飲み込んだ。決して易くはなかったが。
何故それが出来たか?
手がかりがあるからだ。三人の中で爆豪だけが持っている。
その超速機動の世界に踏み入るための、少なくとも挑むためのとっかかりを……
まだ試してはいない。爆豪自身が掴み取ったものではないから、そして単純に危険過ぎるから。しかし前者は大した問題ではなく、後者も抑えられる手段を見つけてしまった。
あの速度を認識できる緑谷が、狙った位置に的確な力を伝える【黒鞭】を高いレベルで使いこなしている……そこは認めざるを得ない。
これならば想定している危険の大部分をカバーできる。
組むのが最善。
葛藤を別にすれば。嫌悪とプライドを脇に置けば。
…………そして最終的に、爆豪は向上心を取った。
「手ぇ貸せデク。俺が使ってやらぁ」