「よっ、委員長!」
「おめでとうです、百ちゃん」
私も被身子も役職や肩書きには興味が薄い。それより仲を深めることに時間を使いたいし、嬉しそうにはにかむ百を愛でていたい。
「ありがとうございます。精一杯つとめますわ」
戦闘面で私や被身子に半歩劣るとはいえ、百の成績だってトップ層だ。反対する人なんているわけもなく、学級委員は百で決定。
ちなみに私にも同じ数の票が集まってたけど、そもそも立候補してないので辞退して同率三位の中から天哉くんを副委員長に推した。何事もやりたい人がやるのが良いと思う。
事件が起こったのはお昼休み。食堂でご飯を食べていると、突然の警報が鳴り響いた。
「侵入者……?」
「おい、避難するぞ!」
上級生の様子を見るに、訓練とか良くあるトラブルとかではないらしい。そのせいもあってか、ヒーロー科よりずっと数が多い普通科・経営科・サポート科の人波がちょっとしたパニックを引き起こす。
私達はそれに呑み込まれないよう距離を取ろうとしたのだが──
「あ痛っ!」
「! 葉隠さん!」
悲鳴がした方に反射的に手を伸ばすと、とすんと体重がかかってきた。どんと来い、こっちは鍛えてるんだ。
「大丈──葉隠さん!?」
制服を着てるとはいえ透明な人体を受け止めるというのは、視覚から勢いが読みにくくて少し戸惑ったけど──それより慌てたのは、彼女の頭を支えた手に伝わる感触だった。
ふわふわとウェーブした髪の毛と。
そのどちらも全く目には見えない。
「ちょ……葉隠さん、返事してください、何処の怪我か分かります?」
「え?──あ。頭、打っちゃ──?」
舌は回ってるけど意識レベルが低い? 貧血? そんなに大出血なのか?
「まずい……!?」
「葉隠ケガしたの!?」
「そうみたいですけど、見えないんじゃリナちゃんだって──」
「ケロ。落ち着いて、まずは人波から離しましょう」
「そうですわね。カリナさん、頭と首はしっかり支えられていますか?」
耳郎さんや梅雨ちゃんとも協力して、慎重に葉隠さんを隅に動かす。
「みんな、ごめん……」
「謝らないで。少し触るよ」
首の周りに触れるとうなじ辺りまで血が垂れて来てるものの、ブラウスの襟の感触は僅かに湿ってる程度。ぐっしょりなんて濡れ方にはなってないから、一瞬頭を過ぎったほどの大惨事ではないのだろう。
でも見えないんじゃこれ以上どうしようも──あ。
見えるようにしちゃえばいいのか。
見えたら見えたで危ないかもだけど。
「被身子、百。私の肩とか抑えといて」
「分かりましたぁ」
「……仕方ありませんわね」
深く考えずその通りにしてくれる被身子と、溜め息混じりに察してくれる百に感謝しつつ──〔身体変造〕で自身の眼を改造する。
人の網膜は赤外線や紫外線を視れるようにできていないし、視細胞の造りは複雑だから爪を伸ばすほど簡単にはいかない。でも可能だ。
昆虫や蜘蛛には紫外線を見る種が多くいるし、蛇のピット器官は赤外線センサー。いつだったか犬耳を生やして以来、見た目だけじゃなく感覚も近付けられたら便利だと思って練習してきた。匂いと音を優先してきたけど、不可視光の知覚も全くの初めてではない。
葉隠さんが可視光線以外も全部そのまま透過してるならどうしようもなかったけど……幸い、紫外線で視るとぼんやりと輪郭が浮かんだ。さらに視細胞を造り変えて、対応する光の波長を短い方へ短い方へとずらして、ずらして。やがてその姿がはっきりしてくる。
その視え方は普段とは全然違うし、モノクロ写真のように色がない──はずだ。色調の区別までしてる余裕は無いんだから。
なのにその姿は輝くようで。
「うわすっっっごい美少女」
「カリナさん、怪我の具合は」
「あっはい」
百が冷静で助かる。ちょっと怖いけどその位でないと私の欲は暴れかねない。
いつか予想した通り、私の“個性”が求める強さは麗日さんや轟くんと同レベル──いやもっと……? しかも【無重力】との相性が良い、と直感した。してしまった。
意識的に【先物代謝】を活性化させて欲求を先送りする。落ち着け私。
葉隠さんの頭を慎重に梅雨ちゃんに預けて、彼女の頭上側に回る。
「葉隠さん、傷口の近く触るけど見るだけだから」
「うん……え、見る?」
「動かないでね」
激カワなお顔から頑張って意識を逸らし、傷がありそうな旋毛の辺りだけを注視する。彼女の可愛さに惑わされない為であっマジ良い匂い。
いや駄目だしゃっきりしろ。
「被身子さん、カリナさんの頬を抓ってあげましょう」
「はぁい」
「た
ぎちぎちと抓られて割と本気で痛いけど、その位でないとダメだった。麗日さんが近くにいないからまだマシだけど、同時に視界に入れちゃ危ないな。気を付けよう。
出血は頭頂部の近く、やや後ろ寄りから。そっと髪の毛をかき分けると小さな傷口が露になった。
「んー、横長な……引っ掻き傷、だね。後ろを通った誰かの肘とか腕時計とか、硬くて尖った物が掠ったみたいに見える。少なくとも深くはないし、力の向き的に骨も問題なさそう。もちろん検査とかは受けてほしいけど」
皆がそれぞれに安堵の息をこぼす。それに誰より戸惑ったのは本人だった。顎を上げて私を見上げてくる。
「え、何どういう状況? 兵怜さん私が見えてるの?」
「動いちゃダメ。あと、見えるのは今だけだよ」
彼女の容体がはっきりしたらすぐ眼は戻すつもりだ。性衝動もしんどいし、普段の可視光がほとんど見えてないのも怖い。片目だけにしとけば良かった。
葉隠さんには“個性”で一時的に視ているだけだと雑に説明──したら、すっごく喜ばれた。
「私のこと見える人なんて初めて!」
「元気なのは良いけど貧血気味なんだから無理しないで」
「それは平気! 頭打つ前からだから」
「? あー……」
怪我の直後にひどく朦朧としたような返事だったのは、生理由来の貧血だったらしい。それでも大人しくしてて欲しいんだけど、まぁ安心材料かな。
ところでその数日間って『したく』なる人も多いらしいね! 私はいつもだけど! 今もだけど!
「ごめんね、無駄に慌てさせちゃったね」
「無駄じゃないよ、本当に大怪我だったかも知れないんだから。大したことなくて良かった」
はきはき喋れてるみたいなので、その様子をよく確認してからゆっくり眼を元に戻す。葉隠さんの姿が朧に薄れていく。
ふぅー……性衝動としてはこれで一息つけるはずだけど、今度から麗日さんの方はあんまり見ないようにしないとな……。
ところで、葉隠さんからじぃっと見詰められている気がする。改造中の私の瞳って正面からはどんな風に見えてるんだろ。どんどん色が変わってるとか?
「…………」
「葉隠さん?」
「あっ、その」
はて? 葉隠さんの様子がおかしい。もう輪郭くらいしか見えてないけど、さっきから微動だにしてないような。
「どこか痛むの?」
「いいえ、大丈夫です──王子様」
「んんんん???」
なんて?
なんで被身子達は私を睨むのかな??
悲しいお知らせですが『葉隠透』タグが追加されるのはもうちょっとだけ先のお話となります。寒い季節ですので服を着たままお待ち下さい。
次話、『フォーリン』。