■十四日 午後
もうやだ怖い。昼食を挟んでの仕切り直し、正直言って逃げ出したいような気分だった。
一体何を聞かされるのか。或いは四人か五人がかりで襲われて『身体に教えてあげますよ』とか言われるのか。慣れるまでは一対一だって言ったくせにかぶりつきで見られてたの忘れちゃいねえからな。
「いやあの、そんなに期待されても」
「期待してねえよ!」
「失礼言い間違いです、そんなに硬くならなくても」
「……この妙な部屋で?」
食堂から戻ると、仮眠室には何らかの支度が行われていた。
壁際に並べられた椅子には不自然な間隔が空けられており、それぞれに座る渡我たちの手元にはスケッチブックと太いマジック。四人の対面にはカリナの横たわるソファベッドがあり、私の席はその隣らしい。……そのベッド、しばらく近付きたくないんだが。
ともかく、クイズ番組を意図した
「お遊びですよ。テーマトークというか」
「また胡乱なテーマじゃねえだろうな」
「胡乱て。んー、具体的にはなんでも良いんですけど、そうだなぁ……」
少し考えて、カリナはお題を提示する。
「エッグいこと訊くなお前……」
「あ、私一度ガチで死にかけてるのでそれに比べたら全然」
「やっぱりお前もおかしいわ」
「そこは否定するつもりも無いですね」
そんなことを言いながら、カリナは手元のメモにさらさらと予想を書いて見せてきた。
『被身子と透は迷わない。百は少し悩む。お茶子は不明、かなり悩むかも?
答えはお茶子以外が──』
四人が記入する順序、そして一斉にオープンされた内容。……カリナがはっきり書いた予想は全部当たっていた。
「はい、お茶子以外はお茶子と答えました」
「嘘やろ!?」
「お茶子さんは……“ヒミ様?”ですか」
「えー。お茶子ちゃんほどじゃないです」
やいやいと言い合う四人。私には誰の言葉を信じたものか分からない。
カリナが軽く謝る。
「正解とか無いですよ、四人がバラバラなのを見せたいだけです。
ただごめんなさい、思いつきで決めちゃったテーマが無駄に複雑でした」
これには四人も頷いた。さっきの問いは“一番悪い方へ”の辺りでブレが生じたという。
「お茶子ちゃん、『法律とかに反する』みたいな意味で考えたでしょう。それなら私を挙げるのは納得なのです」
「え、そういう質問じゃなかったん?」
「そう捉えたならお茶子の名前は挙げないでしょ。被身子も自分の名前書くんじゃない?」
「ですね」
あっさり頷くのはどうなんだ渡我。誰も咎めないのはどうなんだお前ら。
──それを言っても無駄らしいのは分かってきたぞ。
「じゃあ三人はどういう“悪い方”で答えたんだ?」
返ってきた三人の言葉はバラバラで、それでいて方向性は近い。渡我は「リナちゃんを蔑ろにすること」。これは『カリナが大切にする麗日を』という意味らしく、葉隠の「お茶子を雑に扱うこと」と同じだ。八百万も「ご自身の健康と安全」。
──てことは、なんだ。
「麗日は自傷とかに走るって?」
そうまとめると三人は頷き、本人も強い反論はしない。
「うーん否定したい。けどこの四人の中で誰が一番ってことなら……?」
「自傷というほどでなくとも、過食や拒食といった事態はありうるかと存じます」
「あう。あるかも」*
意外だ。そういう危なっかしさなら渡我の方が上と見ていた。
麗日はむしろ地に足の付いた感じさえあったんだが。本人も認めるならそういう傾向はあるのかもな。
「じゃあ仮にそうなったら、三人で麗日の面倒を見るのか?」
「「「いいえ」」」
「……見ないのかよ……」
苦笑しながらカリナが補足する。
「ホントごめんなさい、テーマ設定の失敗です。お茶子も自責に
シンプルにこう訊けば良かった、“私が記憶喪失になったら自分はどうするか、皆はどうすると思うか”って。この問いならぐっと分かり易くなると思います」
──確かに分かり易く可視化はされた。こいつ等のバラバラさが。
例えば八百万。
「わたくしはもちろん、カリナさんの記憶を戻すべく全力を尽くすでしょうね」
これには周りも同意。ただし。
「でも記憶失くしたリナリナを病院に監禁とかしそうなのはヤオモモ」
「記憶喪失カリナちゃんから『消えたくない』とか言われてもさほど気にせぇへんタイプよね、百ちゃんは」
「やると決めたら躊躇ゼロのヤベー子です」
「気にしますよ、そこまで仰います……?」
例えば渡我。
「記憶喪失の原因によりますけど」
「他人の関与はなしで。病気とか天災とか──天災だと地球が危ないわ、病気にしとこう」
「う〜〜んそれならどうしましょう。私どうするんでしょうね?」
原因が人ならそれを殺しかねない、と云う。
原因が星ならこれも殺しかねない、と云う。星の方が死ににくて安心だ、などと。
これが冗談なら不愉快極まりないが……どうもそうではない。八百万の剣呑な戦意は新参の私でも心を読めるほど雄弁だ。『仮にそうなれば渡我被身子は必ずそうする。他に選択肢は無い。止めるのも容易くない……が、止めてみせる』と。
お互いの暴走を止めるつもりは有るのか。ボーダーラインはかなりユルそうだが。
「キソリナちゃんに一番優しいのはガミさんじゃない?」
「? あ、“
え。
口に出すことは控えたが意外だった。
その穏当な対応を渡我がとることではなく(コイツはカリナ級に分からんと諦めた)、葉隠や麗日が“優しくない”対応をとるらしいことが。
渡我のリンゴ剥きが如何にカリナを驚かせるかといった会話が続く中、ちらちらと視線を送られていることに気付く。
──年長者の威厳なんてあったもんじゃない。随分と気遣ってくれるじゃないか。せめて素直に乗っておこう。
「葉隠と麗日はどうするんだ?」
気にはなるし。
……そんな気軽さで訊かなきゃ良かった。
「「洗脳?」」
「逮捕されてしまえ」
本人たちによれば『ちょっと露悪的に言っただけ』でカリナに言わせると『可愛らしい恋心と独占欲』らしいが。違うと思うぞ。
「記憶喪失の人間に『自分があなたの唯一の恋人』とか大嘘吹き込むのはライン越えじゃないのか……?」
「セーフとは言いませんけど、被身子と百が絶対に見過ごさないので……その嘘は『一時的な混乱の種』どまりです。それをどう扱うかはキソリナちゃんが決めることですね」
「お前までキソリナちゃん言うなよ」
「分かりやすいかなって。記憶なくすだけで人格というか価値基準が同じだって仮定すると……」
カリナがそこで言葉を切ると、洗脳二人組はくねくねと照れ始めた。渡我は最初からムスッとしていて、八百万は今まさに理解した様子で手を打ち眉根を寄せる。
「あぁ、なるほど。無理めな嘘でも言うだけ言っておいた方がカリナさんからの好感度を稼げると」*
「「それ」」
「お前らさぁ……」
それで好感度をプラスするカリナもカリナだし、積極的に狙う二人も二人である。
「案外、透とお茶子の行動って似通ってくるのかもね?」
「「……んー……」」
顔を見合わせ不満そうに唸りつつ、最終的には頷く葉隠と麗日。どう見ても良い意味での共通性ではない。
「でも行動だけだよ、私はキソリナちゃんのことで頭一杯になっちゃいそうだもん。お茶子はなんか色々考えて
「キソリナちゃんのことだけ考えるって記憶戻すのを諦めるみたいで──あ、できることも無いのは分かってんで? でもきっと、私はどっちかに割り切れんのやろなぁ」
割り切れないと悩む麗日。
寄り添うばかりでどうして良いか分からない渡我。
気持ちは分かるようで、それは弱さにも感じられて。
どうにかして記憶を戻そうとする八百万が最も共感できる──などと思ったが。
「ちなみさっきの“悪い方へ”ってやつ、『他の三人を軽んじる方向』に変えたらどう?」
悪戯っぽい笑みを浮かべたカリナの問いに、三人の視線は一人に集まった。
その一人は苦笑しつつ頷く。
「確かに、周りが見えず思い詰めてしまう側面は持っておりますわね」
あぁ、そういうことになるのか。お前も我道を進む点は同類なんだな、八百万。
少しは見えてきた。
記憶喪失“後”のカリナを言わば否定し、“前”のカリナだけ求めるのが八百万。
“前”を否定はしないにせよひとまず“後”に全振りする葉隠。
悪く言えばどっちつかずな麗日。
渡我は……なんだろうな、本人の意思を尊重するとも判断保留とも取れる。
そんな四人をカリナは心の底から肯定して──少なくとも深く理解している。
記憶喪失云々以外の仮定でも四人の選択はランダムに思えるほど一致せず、しかしカリナは外さない。私からネジの外れた仮定を出させてもらっても。台本があるわけではないらしい。
……流石に騙されない。最初のテーマ設定だけは計算づくだっただろう。適当な思いつきであんなにはっきり浮き彫りになるものか。
そうすることでカリナは『受容』を伝えている。
じゃあ私は?
人を殺したことさえカリナは受け入れた。世間が許さず私自身が赦さずとも、そんなこととは無関係に。
私の罪も──弱さも。
それをただ、受け入れてもらうだけで良いのか?
カリナの再適合とやらは夕食前に完了。そしてほんの試しの動きで私たち全員の目を振り切った。『思ったより良い感じ』じゃねえよ。軽いんだよ。
それに続き『これなら治崎は私一人で相手できるとして、ワープはどうしたもんか……』などと呟いたことで八百万の猛反発を受け(私もそうだが、治崎には成人を含む複数人で当たるものと思っていたようだ)、しかし一歩も引かずに『じゃあまずは百を安心させるね』とクラスメイトの蹂躙を決めてしまう。そういう問題か?
ともかくその集団模擬戦まで結論は保留になったらしい──ので、私は四人に頼んでカリナと二人にしてもらった。
エロいことをするつもりか、なんて
「殺したくなかった」
「殺すべきでもなかった」
「保身だ。逆らうのが怖かった」
「
「……はい」
「こんな私でも、未だに正しくありたいとは思ってるらしい。お前らを見てると余計にそう思う」
「えっ」
「大人が導いてやるべきだと考えずにはいられない」
「えっ!?」
「だがマトモな奴ほど理解不能すぎて匙を投げるだろう」
「待ってくれません!?」
「私みたいな外れ者にしかお前らの手綱は握れない──と。面倒だろうがそういうポーズで向き合わせて欲しい」
「え、あ。あー、そういう」
カリナは喜色満面に応じる。
「うーん、もちろん構いませんというか大歓迎ですけど。体面上は『
「ふふ。それもお前なりの
「なんかひどい修飾が」
「“ポーズ”ってのは外向きの意味じゃない。……特に十一日から今日までのことを思えば、世間サマの目なんざ気にするだけ馬鹿らしい」
「わーお吹っ切れた。良いと思います、あんな事件にもプラスの側面はあるんだなぁ」
「プラスと言えるかは謎だが……それで、どうだ?」
「? どうって?」
火伊那は気まずそうに求める。それを図々しいと恥じながら。
しかしそれが断られるとは案じていない。
「だから、その。“手綱”とか言っちまったが、若干偉そうなポーズで向き合うことを、
「もちろん年長者として敬う気持ちはありますよ──」
ふんわりと笑い合って。
シリアスの出番は終わった。
「──ベッドの上以外では」
「ベッドでの話をしてんだよ!!」
「そりゃ無理でしょう経験少ないんですから」
「ぐっ……! いやそれは本当のことだ、受けいれる。だがお前から良いようにされてるところを他の四人に見せるのは勘弁してくれないか」
「あー……それはちょっと申し訳なく思ってましたけど」
「“ちょっと”??」
「皆が本気で覗こうと思ったら防ぎようが。私はえっちで忙しいですし」
「そもそも覗くなよ……言うだけ無駄か……」
「こっそり見られる位なら見られてる自覚もある方が。それにレベルアップも速まりますよ?」
「レベルアップ……?」
「
「
「セクシャルテクニックの」
「だよな分かってた!」
セックスで
「そう言うからには
「あの四人が、独占欲だって無いわけじゃないのに決定的な対立に到らないのってなんでだと思います?」
「……まさか、“一人じゃ相手しきれないから”?」
「大正解♡ それだけじゃないですけどね」
五人で一塊の『恋人』という関係についてはまだピンと来ないが。
「なぁ訊くの怖いんだが、お前一人で四人の相手とかするのか……?」
「したことはあります」
「流石に四人が勝つんだよな?」
「セックスに勝ちも負けも無いですけど。『どっちが先に体力切れるか』って意味ならギリで私でした」
「ギリギリなのかよ」
「えっと確か、六月頃は私の独り勝ち。それから皆も頑張って、二学期の手前には私が劣勢だったかな? ……なんかインターン以降みんな忙しくて五人でできてないかも」*
「……それでいくと、五対一なら勝ち目が……」
「無理です。今日の『再適合』で私の体力は底なしになりました」
「もうヤだこいつ」
大袈裟にうんざりとしてみせる火伊那に、カリナは指を立てて講釈を垂れる。
「そんな時、雄英ではこう言うんですよ。“プルス──」
気は緩んでいた。正直には言えない言わないが良い気分だった。高揚もしていた。
まるで学生のように。『そんなことに校訓を持ち出すなよ』と。咎めるではなく、ただ
右肘から銃口が露出しかけた瞬間──、
「ダメですよー火伊那さん♡」
──どこかに向けられる間もなく、雷の疾さで中断された。
「っひゃ────!?!??」
火伊那の悲鳴は痛みによるものではない。
「こういう金属質な組織って、普段から痛くないし硬いとも冷たいとも思わないでしょ? 柔らかい側の接触面がね、
「なっらどうし、あひ、はひゃはは!?」
健康と安全に関することではあまりふざけないカリナが、恋人たちの体内に挿し入れても大丈夫だと判断した触手である。もちろんこれも再適合で飛躍的に性能が上がっており、火伊那自身も触れたことの無い秘部(※肘の内部)を蹂躙する様は繊細でありながら容赦の欠片もない。
「胼胝のお陰で普段は刺激を受けにくい。逆に言うとー? その下の神経はめちゃくちゃビンカンなのですねー」
「やめははあははは! ひゃう♡」
「…………」
「…………」
にんまりと嗤うカリナ。くすぐったさと性感は結びつきやすい。
目を逸らし身体ごと逃げようとする火伊那。もちろん叶わない。肘を深く曲げた状態で完全にホールドされ、すなわち敏感なクレバスの奥(※肘の内部)を隠すものが何も無いままに。
早口にもなろうというものである。怖い。
「分かった謝る、いや本当に恥ずかしい失態だ弾を込めてないとはいえツッコミで銃を見せるなんて」
「なら罰を受けないといけないのでは?」
「悪魔かお前?」
「冗談です、正直言うと嬉しいくらい。安心して気を抜いてくれたってことですから──」
「…………」
「──だからこれはご褒美または感謝の印」
「そんなこったろうと思っ──♡♡♡」
逃げ道など無いのであった。
カリナも強引さを自覚しながらやっている。
「普通ならありえないミスでトラウマとか発症したらしんどいでしょう。とりあえず余計なこと考えられないようにします」
「っ
「贖罪なんて分かんないですけど、火伊那さんの中で折り合いがつくことを私は祈ります。タルタロスの十三年と病院での作戦協力で、心の区切りがつくのか・つかないのか」
「た、のむから、まじめな、話なら」
ゼェゼェと息をする火伊那に優しく飲み物を手渡すカリナ。洗脳の手口に近い。
ようやく内部への触診を終え、呼吸を整える火伊那にかけたのは……深刻そうな声音の、楽観的な言葉。
「正直なところ、ひどく失礼な話ですが、そこまで心配はしてません」
「はっ、はっ…………私が、自分の罪をあっさり忘れてるって?」
「そうなんですか? 私に分かるのは、心の傷が身体にまでは及んでなさそうってこと位です」
睡眠は取れていて食欲もきちんとある。そして性感も良好だ。
「それ判断材料になるのか……?」
「なると思いますよ。疲れてるのに眠くないとか空きっ腹なのに食べたくないとか、生体維持系に響き始めると益々メンタルは崩れますから。そこに至ってないならよく食べてよく寝てよく眠ることで次第に良くなる──少なくとも悪くはなりにくい」
「よく寝てよく眠る」
「つまりその……全然的外れかも知れませんけれど……」
理解はまだまだ浅い。過去のことも性格的なことも。
ただ、罪と自覚した行いをあっさり忘れられる
「火伊那さんが『最後の一線』を守れたなら嬉しいし、それは誇るべきです」
「──おま、え……?」
知っていたのかと訊きかけて喉に詰まる。知っているはずはないし──実際にカリナは知らない──言い訳じみてしまうから。
十一日の暴露放送では前会長殺しだけが明かされた。動機についてはノータッチだという。
そう教えてくれたマーサも背景は知らない。直接のきっかけになった民間人の殺害指令を火伊那は誰にも明かしていないからだ。唯一公安の上層部だけは通信記録などから調べうるが、そこから漏れない限り掴みようがない。
にも関わらず、カリナは拾い上げる。
火伊那自身は『遅すぎる決断≒罪の一部』としか見做せないものを、輝かしい誇りの証として。
「『それだけは絶対にダメだ』ってとこだけは我を徹せたのかな──とっ」
細い腰を抱き寄せる。堪らない気持ちだった。幸せそうに見上げてくる瞳が気恥ずかしい。
──ただ、どうにもこの関係は。シリアスになりきれないところがあるらしい。
「なぁ、ちゃんと抱き締めたいから右腕を放してくれないか」
「もう少し楽しんでからです♡」
「後でまた開くから」
「さらっと大嘘つけるのは素敵ですが騙されてはあげられませんね。下手したら二度と私の前で銃身ださないでしょ? もう性感帯は把握したので大丈夫ですよ」
「全然大丈夫じゃない……」
※十五日の火伊那さんはほぼベッドから立ち上がれなかったようです。心配ですね。