【完結】愛慾のヒーローもどき   作:土屋 四方

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 久々の女子不在回。


ヒーロー症候群

 

 街に武装した違法自警団が溢れようと、『では自分もそうしよう』と思う者ばかりではない。自身を守る力を持たない者は寄る辺を求め、雄英高校は彼らの避難所になっている。

 ……なし崩し的に。

 保護は積極的に行う。遵法精神を持った市民であり、また外には確かな危険があるのだから。それ自体は構わない。根津たちの悩みを複雑にするのは国の対応──正確には対応が無いこと。

 せめて『これまでと何も変わらない。無免許での“個性”使用もサポートアイテムの携行も違法である』と公式に発表してくれれば多少は違うものを。その原則を貫きつつ最大の難題に集中できただろうに。

 

 現実には様々な悩みが邪魔をする。

 つまりいつも通りだ。

 あれこれを捌きつつ難題──治崎への対処も考えるしかない。

 

 

 治崎廻。

 彼が今後どう動くか。

 

 かつて起こした単独での襲撃事件から、戸村家に強い怨恨を抱いていることは明らかだ。

 現場に居た者なら治崎のターゲットは戸村霧だと察したかも知れない。

 また根津などは霧も何らかの罪を犯したらしいと気づいている。*

 しかし戸村霧がかつて黒霧と呼ばれた当人であることは、限られた者しか知らぬ秘密だった。霑と霙理、カリナと治崎。

 

 そこに根津をはじめとする数名が加わった。

 誰かから開示されたわけではなく、ある手がかりに基づく推理によって。

 

 

■十五日・午前

 

 

「昨日のスターアンドストライプとの初接触以降、治崎はこうして【煙幕】で顔や両手を隠すようになったのサ。

 相澤くんのように見ることで発動する“個性”への対策といった側面も無くはないにせよ……恐怖を煽る狙いもあるよネ。その意味でのメインターゲットは、恐らく霧くんだ」

 

 黒霧の姿を見たことがあれば、治崎のそれはすぐ連想する程度に似ている。他ならぬ当人が見れば『お前の罪は消えちゃいない』『俺は決して忘れない』という宣告にしか見えないだろう。

 ……実際、その姿がネット等に流れ始めてから霧の精神状態は目に見えて悪化している。

 

「長え。何が言いたい」

「改めて協力を要請するのサ、戸村霑くん──ヴィラン名・死柄木弔。その罪を論うつもりも、そんな余裕も無いのでネ」*

 

 以前のように護衛をつけて校長室で向き合っているのではない。他の避難民とは離れた場所に確保された生活スペースで、霧と霙理はすぐ隣の部屋にいる。そこに根津の方から訪ねたのだ(移動のためにサポートロボットに乗ってきたが護衛戦力にはとてもならない)。

 疑り深い霑も一応は悪意の無さを認めた。だからといって積極的に協力したくもないが。

 

「協力だぁ? 戦えってんじゃねーよな」

「もちろん。治崎の行動予測についてだヨ」

 

 アレは必ず攻めてくる。その点に疑問の余地は無い。ならば予測することと言えば。

 

「……タイミングか」

「その通り。そもそも、何故まだ来ないのだろう? 以前には足りなかった力も十二日の夜に充分なものを得た。その慣らし運転だって終わってるはずなのに」

「そりゃ遊んでんだろ」

「あれほどの怨みを後回しにして?」

 

 この点は根津にもある程度なら想像がつく。しかし霑ほどの断言はできない。

 

「分かってねーな。恨んでるから遊んでる。すぐには終わらせない」

「怖がらせるため、かな」

「それもあるし……他にもあるだろ。()()()()()

「うーん……済まないけれど『知らない』ようには見えないんだ。僕やヒーロー達には分からない何かが、君には見えている。そんな風に感じるんだが?」

「あ? あー……あぁ」

 

 苛立ち、思案を経て……納得に至る。

 霑はカリナ達と接する中で『恵まれた連中』の眼が如何に()()()()()()()()()を把握した。実例の百、共感者の被身子、通訳のカリナとが揃っていたから。

 

「俺は治崎のことなんざ知らねえし知りたくもねえが──()()()()()()()()()()()()()()。てめーらがズレてんのはそこだ」

「……なる、ほど……?」

「なんつったか、言うだろ。“幸福なガキなんざだいたい似たようなもんだ”とか」

「あぁ……“しかし不幸はそれぞれに異なった不幸である”、か」*

「それだ。だから治崎の考えなんざヤツにしか分かんねえ」

 

 頷く霑に、根津は同情しかけてしまう。

 なんということだろう、つまり不幸とはただ不幸なだけでなく、常に孤独と抱き合わせだという。

 分かち合える(カテゴライズできる)不幸など、無い。

 それは彼らにとって分かりきった前提で、自分たちが見落としがちな陥穽だ。すぐに『人と人との繋がりを』などと、持てる者の傲慢を論じてしまう──悪意と善意の両方に浴したはずの根津でさえ。

 

 いや、その反省は今すべきことではない。目の前の問題だ。『分からない』では困る。

 

「……()()()()、だ。治崎の行動を先読みしたい。叶うなら遅らせる方にコントロールしたい」

「……そりゃ、そうだがよ……」

 

 今度は霑の方が分からない。困難と不可能を前に“それでも”と抗えるその思考。

 ……カリナが“霙理ちゃん可愛い!”としか言語化しない動機。役立たずな通訳である。

 

「順番に行こう。治崎は黒霧の姿を模した。これは現に霧さんを脅かしているけど、──そんなに睨まなくても漏らしやしないさ。そもそもここに電子機器の類は無い」

 

 根津の言葉は事実だ。一般に流通している家電等にどこまで近属の悪意が潜んでいるか分からないため、戸村家の生活スペースなど限られた空間からは電子機器が完全に排除された。

 

(他にはカリナ達が過ごす仮眠室や、太郎が緑谷一家と話した小部屋がこれにあたる)

 

 ヒーロー達には分析や検査を経て最低限の通信器などが再配備されるが、ともかくこの部屋では電気的な盗聴のリスクはない。

 今のこの会話も。霧の様子も。

 

「これは治崎にとって物足りないんじゃないカナ」

「物足りない? あぁ、霧が怯えるとこを見たがるだろうってか」

「そう。もちろん個人差はあるんだろうが」

「…………」

 

 霑は考える。

 根津の論理(ロジック)とは違う、カリナの数理(パズル)とも違う、悪意と害意に基づく憶測。治崎について知っていることを──正確にはこれまで見てきた治崎の悪性を──並べ立てて。

 

「アイツは相手がどうなろうと構わねえ……のはヴィランなら普通か。その後の反応みたいなもんも含めて、どうでもいいんじゃねえの」

「反応というと……痛みとか苦しみといったリアクションのことかい?」

「そうだ」

 

 例えば戸村リサイクルからここへ駆け込むまでの間。治崎は行く手を阻むヒーロー(時に居合わせただけの一般人)を数多く殺傷したが、それらには目もくれなかった。

 

 霑ならば違っただろう。

 “痛みとか苦しみといったリアクション”を少しは味わったはずだ。

 

 路傍の石の如く黙殺した治崎の場合、カリナと交わした言葉にしても──

 

治崎! あなた()()を開発するために霙理ちゃんを!?

 

──あれだって、どうせ知られているならばと恐怖や怒りを煽るための会話だった。

 

ハ、ハハ! なるほど未歳根博士の娘か。なら無下にはできない、感謝の一つくらいは言っておこう。

『超常生理学総覧』。あの本の()()()で、あの本の()()だよ。

 

 激昂したカリナが襲い掛かり死にかけた(エンデヴァーの支援が間に合わなければ死んでいた)ことを思えば、挑発自体は目的ではない。怒らせることで楽に殺す。

 逆に言えば──

 

さほど聡くはなかったようだな。

 

──カリナが堪えていても別に構わなかったのだろう。どちらでもいいのだ、治崎にとっては。

 

「自分がやると決めたことをやる、つーのか。そりゃ霧の反応に興味が無くはねえだろう。知る手段があれば──それで仮に全然怖がらずにケロッとしてたら──やり方を変えるとかはあるかもな」

「偽報か……でもそこで怒りに任せて襲ってくる可能性もあるわけだ」

「当然ある。ほらみろ、予測なんかできやしねえ」

 

 白けたように霑は嘲る。しかし根津は全く違う所感だった。

 

 

『やはりここに来て、彼と話してみて良かった。

 “自分がやると決めたことをやる”、“知る手段があるなら内容次第”、それはつまり()()()()()()。分からないことは分からないなりに最善を尽くす。

 つまり治崎は自身の振る舞いが霧さんを恐怖させることをとりあえずは期待している……()() うん、こっちの方がやりようは……』

 

 

「おい?」

「ああ失礼、考えをまとめていたのサ。君の意見も聞かせて欲しい」

「無駄だっつーの」

「なに、一般論だヨ。『霧さんが期待や希望を抱くことを治崎は望まない』──これは正しいかな?」

「あん?」

 

 ここに来る前の根津ならイエスの一択だった。ヴィランが他人を恐怖させて愉しむのはまだ理解できるから。“期待や希望”によってそれが減じることは喜ばないだろうと──決めつけた。

 しかしそうとは限らないのだ。事実、霑も即答する。

 

「ンなもん()()()()()だろ」

「同意しよう。希望を抱いても構わないケースはあるネ。……例えばどんな時だろう?」

 

 『期待や希望を示せば恐怖は薄れる』? なんたる傲慢。それは救われる者の発想だ。

 

「例えば? ぁー、『お花畑な夢物語』」

「的確な言語化だネ。素晴らしい」

「……教師(づら)はやめろ」

「おっと、済まない謝るよ」

 

 何らかの地雷を踏んだらしいと引き下がりながら考えを進める。

 そう、希望はただ(﹅﹅)希望であるだけ(﹅﹅)ではほぼ(﹅﹅)無意味。

 

 象徴と呼ばれたオールマイトも最初から希望を示したわけではない。圧倒的な力を以て実際に危難を遠ざけ続けた。すなわち恐怖を拭ったことで実証的に希望に成ったという順序がある。

 実績という証が伴う内は良い。例えばある時のある地域にオールマイトがいなくても、彼の掲げた希望(きょこう)はそこのヴィランをも萎縮させ、実際的な意味を果たしていた。

 しかしそれも過去のこと。今はどんな希望も画餅となろう。

 

 いくら写実的でも餅の絵で腹は膨れない。張りぼての希望は恐怖を拭わない。

 良くて忘れさせるだけ。

 いや、多くの場合はむしろ絶望を深める一方。

 

 

 ──()()()使()()()

 

 

 そういった希望であれば治崎は歓迎するはずだ。確実に霧を苦しめるから。

 そしてあの超級の暴力から見れば──既にトップヒーローの集団を退けているのだから──こちらがどんな希望を抱こうが鼻で笑い飛ばせる。

 

「これなら時間は稼げる。治崎が愉しむ数日程度なら」

「マジかよヒーロー。で? 稼いだら?」

「……今夜までには改めて連絡するよ」

 

 


 

 

 この日の午後、カリナとA組の模擬戦が行われた。

 その力に驚かされたのはオールマイトやエンデヴァーを含む大人たち全員。予め意図や見通しを聞かされていた相澤や根津も、これほどとは──本当に単独で治崎に相対するつもりだとは──思っていなかったから。

 もちろん学生にやらせることかという逡巡はある。ただこれについては太郎からの一声が全てを台無しにした。

 

「積極的にはやらないと思いますが、あの子が雄英を飛び出して単独行動を始めたら捕まえられませんよね?」

 

 それはそう。そして太郎も示唆する通り、カリナは状況次第でやりかねない──絶対やる。相澤は頭痛や胃痛を覚えながら強く太鼓判を捺した。

 そもそも治崎とのマッチアップ自体が自薦なのだ。“私が一番適任だ”と。それを自信過剰と諌められる大人は居ない。

 

 せめて一人では戦わせない位……無力を噛み締めはしても任せきりになどできるものか。

 しかし直接的な戦闘に関することだから、根津は黙って別の視座に立つ。

 

 

『最も困難なカード、治崎に対する抑えは目処が立ったと考える……ことにしよう。問題はあるだろうけど戦闘やサポートは専門家に任せるしかない。幸いなことに大人たちが最も発奮する状況だし──狙ってこうした兵怜くんなら周りを使うはずだ。

 だけど彼女がどんなに強くても戦略的勝利には足りない。最低でも奴らの本拠地か近属の所在を掴まなければ。

 それさえ叶えば……戦いの形にはなる。

 となると後は知るための時間が必要か』

 

 

 この日の夜、根津はある重大な決定を下した。

 教員や一部生徒にはその時点で通達、翌十六日の朝にネットなどを通じて公表。

 

 それは一般人から見てさえ楽観的な理想論だった。治崎にすれば滑稽の極みである。こんなものが希望になると信じているのか。不快や嘲りを通り越してひたすら嗤えてくる。

 

『ならばその仮初めの希望に酔っているがいい』

 

 ──つまるところ根津の意図通り。

 霧の恐怖と絶望を深めるだろう方向へ舵を切ることで、雄英に貴重な時間を与えた。

 

 

 

 敵の本拠地またはその手がかり。

 それさえあれば【ハイスペック】が作戦を見出してみせよう。これならばイケるという可能性、すなわち期待や希望を。

 その作戦が必ず/高確率で成功するとの確証までは──もちろんあるに越したことはないが──諦めるしかない。

 

 根津が示せるとすれば単なる可能性だ。

 これこれの条件を達成すれば勝てる。そういう最低ライン。

 今ある戦力で達成できる条件なのか? 分からない。できると言ったところで信じうる証拠など揃えられまい。そんな時間は無い。情報も足りない。

 

 ただの(﹅﹅﹅)希望的観測。

 達成できれば勝てるというだけ(﹅﹅)

 ほぼ(﹅﹅)無意味な皮算用。

 

 ──霑は首を傾げていた。治崎もそうだろう。

 彼らは完全に(﹅﹅﹅)無意味だと冷笑する──それは決して無ではないことを知らないのだ。

 

 ヒーローは知っている。

 どこから聴こえたかも分からない微かな生存者の声がどれほど自分を奮い立たせるかを。『たすけて』と聞き取れた時に立ち上がれなかったためしなど無いことを。『ありがとう』の一言で傷が全快する……いや全快はしないが……あらゆる苦痛が吹き飛ぶことを。

 居場所・現状・助ける方法、分からないことだらけの無明の中、ただ(﹅﹅)『冷の生存』という情報だけ(﹅﹅)で、エンデヴァーとショートがどれほど力を得たことか。

 

 きっと彼ら(ヴィラン)は分かっていない。

 どんなに困難だろうと、勝利条件(みち)があると示されるならヒーローの賦活剤になるということを。

 『どうにもならない』と思っている間は絶対に突破できないような難関を、ここさえ抜ければ『どうにかなる』と認識するだけで『どうにかする』。

 

 

 それが(ヒーロー)

 (けつい)志し(よっ)(ひと)(ささ)える者たち。

 

*
131話「悔やみて改めず」

*
『正門の破壊とか不法侵入とか、そこまで大した犯罪じゃないしネ! 言わないけど!』

*
(霑の引用はAFOからの受け売りで不正確だが)アンナ・カレーニナの法則と呼ばれるもの。

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