【完結】愛慾のヒーローもどき   作:土屋 四方

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渡我被身子:オリジン(1/2)

 

 十六日、つまり独立特区の宣言がされる日の早朝、被身子は雄英を出て行った──相澤先生を含む見送り一行に、なんだか納得のいかない顔をしながら。

 もちろん先生だって納得とは程遠い感じだったけどね。少なくとも引き留めはせずに見送ってくれた。中にいる方がトラブルになりそうなのも否定できない(私も本人もそう思う)ところだし。

 

 ……ヴィジランテ、か。

 実際のところ、仮免はあくまで仮免だからなぁ。意図して正規ヒーローの監督を離れて、自分から事件に首を突っ込むようなら無免許と同じ──扱い上はヴィランにあたる。でも被身子はヴィジランテって言葉を使った。

 考えて選んだって感じではなかったけど……つまりそれだけ自然に、目に見えて手に届く範囲なら人助けとかをするってこと。

 

 仮に立場が逆で、私が被身子に追いつく力を欲していたなら、同じことが言えただろうか──いやぁ、無理だな。そういう状況に立ち会って結果的に身体が動くことならあるにせよ、事前に話してるだけの段階ではたぶん……困ってる他人のことが頭にも浮かばない。

 いや普段はそんなことないけどさ、そういうの考える余裕がある内は家出とか選択肢にならないから。

 

 反省すべきレベルで別離を重く捉えていたのは私の方。そして被身子は私が思ってたよりヒーローだった、と。

 そのことを……痛感させられた。

 

「リナリナ……」

「カリナちゃん、元気だして」

「うん?」

 

 二人の声に振り返ったら、透たち以外からも注目されていた。火伊那さんも相澤先生もなんですかその顔は。

 

「……ケロッとしやがって。渡我が出てったきりぴくりとも動かねぇから何かと」

「兵怜、お前のメンタルケアはこれまでより重い問題で……いや、どうも杞憂っぽいが」

 

 被身子を見送る背中がよっぽど深刻に見えていたらしい。火伊那さん達は透たちにどういうことかと視線を送り、二人はさっぱりと肩を竦めて問いをくれる。

 

「なんでじーっとして動かなかったの?」

「え、あぁ。被身子待ってるの

「「「!?!?」」」

 

 ぽろっと言ったら目茶苦茶不安にさせてしまった。そりゃそうか今でてったばっかだし。

 

「違う違う。あそこ曲がってすぐチンピラと遭遇したから。助けた人と一緒に戻ってき──ほら。

 おかえりー!

 

 雄英の制服でもジャージでもヒーローコスチュームでも問題があるから、避難物資として備蓄されてた飾り気のない上下にマフラーだけ巻いた装いだ。緊急用に幾つかのクダ(クダギツネのコスについてる、血を貯めておくボトル)は何本か隠し持ってるけど。

 

「た、ただいまではないですよー!? すごい気恥ずかしいですね……!」

 

 その肩に手をおいてフラフラと歩くのは身体もリュックも大きな男の人だったから慌てて支えにでた。遠くから逃げてきたのか、男性は肩で息をしながらロボットのスキャンを受けて──即担架で保健室行き。

 お礼とかどうでもいいので呼吸を整えて欲しい。けっこう怪我してるっぽいけど……まぁこっちはこっちで対処するとして。

 

 微妙に面倒なのが被身子の引きずってきたチンピラ共だ。

 

「先生、この人達どうしたらいいんです?」

「俺に訊くなよ答えづらいから」

「被身子はヒーローじゃないし先生は犯罪行為を()()()()目撃してない。それもあってここに収監するようなことはできない。つまり『元の場所に捨ててきなさい』──でいいですか? いいってさ」

 

 立場的に言いづらいことを分かりやすく通訳して無言の確認まで取ってるのになんだか睨まれてしまった。『そこまで口車まわるんなら渡我の手綱を取って家出自体をどうにかしろ』とか思ってるんだろうけどさ。無理です。

 

「はーい。じゃあ今度こそ、行ってきます!」

「……うん、気を付けてね、連絡忘れないでね、それから──」

「はいはいそれついさっきやったでしょ。行ってらっしゃいガミさん!」

 

 途中で透に遮られて、被身子にまで苦笑いされて。

 遠ざかる足音は──今度は何かを聴きつけることもなく、真っ直ぐに離れていく。

 

 ……行っちゃった。

 

「はー……私も頑張んなきゃな……」

「お茶子、しばらく休戦だよ」

「もちろん。チャンスやもんね、今度は私らに依存させたろ」

「やめてね???」

「お前らな……」

 

 溜め息と呆れを隠さない相澤先生がちょっとしたお小言をくれようとした、そのタイミングで。

 無言で一団を離れようとする火伊那さん。その視線は鋭い。

 

「あれ、火伊那さんも何か気付きました?」

「なんとなくだが……妙な感じがした」

「私も確信はありませんが、どこかにこっそり物を落とすようなことがあれば邪魔せずに場所だけ見ておいてください」

「割と具体的じゃねえか。分かった」

 

 足音を消してロボット担架の後を追う火伊那さん。

 なお相澤先生、そんな火伊那さんに勝手に敗北感を抱いてる模様。『無罪の一般人でもとりあえず疑いの目を向ける』みたいなところがあって、それでもさっきの男性は引っかからなかったらしい。

 

「……俺は特に違和感なかったが」

「私も匂いが記憶に掠っただけで。【ライフル】にその手の効果はないはず……何が引っかかったのか後で教えてもらおっと」

 

 




 

 

 あんな風に見送られてこうやって一人になるというのは……変な気分です。それこそ去年ミルコさんとこ行って以来でしょうか。

 あの後リナちゃんが記憶なくすほどへろへろになってたって話は本当にびっくりしましたが、知ってしまえば嬉しくて嬉しくて。いえ、喜んじゃダメですね。

 

 リナちゃんの似非(えせ)ごーまんキャラは私がそうさせてしまった結果。それは自惚れではなかったわけです。私だけでなくリナちゃんから見てもそうなのだと。

 そういう大人っぽさを脱ぎ捨てさせてただの十六歳に戻すには──強くなりすぎちゃったのがアレですが──ちょっと離れてちゃんとするしかないのです。

 

 今ここにある心細さはきっと私たち両方の心にあるのでしょう。

 つまりこの家出はリナちゃんを一時的にでも寂しくさせるもので──でも間違いなく私の意思で。

 それでも今すぐ取りやめにして帰りたくもあって。

 

 こんな気分を見越してのことなんですかね、百ちゃんが『おつかい』を頼んできたのは。私なりに真剣に悩んでのこと(のはず)なのにしれっと雑用頼んでくるのは……別に嫌ではありませんけど。

 それよりもお見送りに来てくれなかったのがちょっとイヤだなーって。そりゃ昨夜あんな風にまで愛されたら起き上がれないのも分かりますが、それだって百ちゃんの自業自得*ですし。

 ──私も帰ったら同じことしてもらいましょう、決めました。

 

 

 

 

 さて、おつかいは最初に片付けちゃいましょうか。

 丸四日ほど空けてしまっていた愛の巣。例のアパートです。

 

防犯機能が作動したようなのです。それはまぁ、こんな時ですし理解もできるのですが──

 

 百ちゃんの実家みたいなひろーい土地があるわけもなく、私たちも徒歩で通学してましたから、ご近所の人たちはここに雄英生が暮らしていると知っていたはずです。それが漏れたか拡められたか……攻撃を受けたことが不思議ではない、というのは納得しましょう。

 だからって。

 

「借金まるまる残ってる*のに……」

 

 呟きながら破壊された玄関へ侵入します。ここを傷物にしてくれやがった犯人はいずれ絶対に後悔させてやりましょう。監視カメラとかあったはずですし、泥だらけの足跡たくさん残ってますし。

 

「……あぁ……」

 

 玄関を上がってすぐ右手にはリナちゃんの衣装部屋が。土足の足跡が幾つも残り、半透明の衣装ケースがかなり減っています。

 まぁ一般的には子供サイズですし……子供を抱えて困ってる人だとか思うことにしましょうか。そうとでも考えないと殺意が止まらないので。

 キッチンからは保存食がごっそり消えていて、リビングからはお高い家具がすっからかん。まぁ納得ですね。

 

 上の階も見て回りました。三階の百ちゃんの部屋だけは防音性が高くて下からは無人との確信が持てずにいましたが、心配していたような潜伏者は居ないようです。

 

 ──地下に居ることは確定してますからね。もっと増えたらメンドいです。

 

地下、パニックルームの扉が内側からロックされました。ええ、出るにもパスワードが必要です。食料などは充分に備蓄がありますが傷病の可能性もございますから、様子見くらいはしておければと……それがヴィランだとしても。

 

 食べ物を探してとか安全を求めてとか、一般人が逃げ込んだ可能性も無くはないでしょう。普段はロックもかけていません。練習以外でロックするような機会もなかったですし。

 でも……なんか違いそうです。大きな金庫みたいな扉の外側は整然としています。

 

「えっと、これどうするんでしたっけ。もしもーし?」

 

 扉横の操作盤をうろ覚えでぽちぽち。何度か試すと小さな画面に中の様子が映し出されます。こっちの声も中に届いてるっぽいですね。

 ……言葉が返ってくるまで随分と待たされましたが。

 

『あなたは……ええと、フィンガードかしら……?』

「なんでフィンガードの名前が出るんです?」

『彼女を頼ってここに来た。呼んでもらえないかしら』

「ここに来ればフィンガードと会えると思ったんですか?」

『…………』

 

 ようやく返ってきた女の人の声。思いっきりクロ。

 リナちゃんが誰かにこの家を教えたとして、それをヒーロー名で言うわけありません。ここはプライベートですから。

 

 ただそうすると、室内にいるもう一人……横たわったまま動かない方の立場が気がかりなところ。

 

「そっちの男の人は? 人質です?」

『人質!? そんなわけないでしょう!』

「え、だってなんだか怪我してるみたいですし」

『これは私がやっ──たものもある、けど……くっ……!』

「いやそんな睨まれても」

 

 とにかく、女性ヴィランと手負いの男性ヴィランが一人ずつのようです。カメラ越しもまどろっこしいので、とりあえず扉開けちゃいましょうか。流石にここの暗証番号は何度も何度も覚えさせられましたから。

 

 



 

 

 パニックルーム内に居たのは二人。

 怪我をしてベッドに横たわったままの四ツ橋力也、そして被身子との応対を担っていた気月置歳である。

 

 花畑と外典は“筺”に貶められ、近属によって解放軍の主戦力を根こそぎ横取りされ、また四ツ橋もそうなる直前だった。気月が【地雷】化した小物を最大数(四ツ橋にもダメージになることを承知で)バラ撒いて命からがら逃げ延びたのだ。

 敗軍の将とも言える。

 

「で、用件は?」

「別にあなたでも構わないわ、力也さんを救けてくれるなら」

「救けてって……うわぁ」

 

 気月はまず四ツ橋への治療を求めた。

 応急処置の心得がないようで、横たえられた四ツ橋はまるでミイラ男だ──大怪我でというよりコスプレじみていて。

 

「一回全部外します。熱もあるし息も荒い……化膿してそうなので」

「あなたちゃんとできるんでしょうね」

 

 本心から四ツ橋を心配しての言葉らしいが、被身子はもう相手にしなかった。百やカリナほどには上手くできなくても現状より悪くはならない。

 解くのも面倒な包帯をジョキジョキと切っていくと、痛みか痒みかで四ツ橋が呻く。

 

「う……気月くん……か?」

「喋れるなら気分を教えてください。熱っぽさは? 食欲とかは?」

 

 麻痺や言葉のもつれなどは取り敢えず見られない。氏名年齢なども答えられる。ただ熱が四〇度を超えており、朦朧とするのも無理はなかった。

 氷枕だけでは追いつかない。脇の下と内腿にも保冷剤を追加して、改めて包帯を取り除き傷の消毒などを行っていく。

 

『色んな傷……大勢に襲われた感じですね。それと火傷が二種類。深いのはほんの一部ですが軽いのは全身……これも別々の人が?

 うーん致命傷こそないもののヒーローに負わされた怪我っぽくもないような……?』

 

 二人が一般市民であるとは既に考えていない被身子。

 ヴィランであるならヒーローに襲われるのは道理だがそんな風でもない。ならば内輪揉めということになるが……。

 

 四ツ橋の身を案じる気月はあれこれと細かく口を挟んだが、その殆どは黙殺された。

 怒り心頭のようだが彼女は喜ぶべきである。被身子が思考に集中して聞き流していなければきっと血を見ていたから。

 

 実際にはそうなる前に四ツ橋の頭が冴えてきたようで、これは危ないと被身子との会話を引き取った。慧眼である。

 

「君は……いや、まずは礼を言う。治療をありがとう」

「応急処置だけです。頭と首は無傷に見えますが素人判断なので、病院に──行きそうにないですね」

「厄介な連中に追われていてね」

「…………」

 

 被害者であるようなポーズはほぼ無意味だ。後ろ暗いところが無いなら徒歩圏内にある雄英に逃げ込めば良いのだから。

 嘘、誤魔化し、欺瞞──それを察していながら被身子の態度には敵意が無い。玄関を壊したのは二人ではないと見ているし、ここの医療品が使われる位なら許容範囲だ。

 

 それもあって四ツ橋は交渉を願いでる。ただし第一声は断られる前提のもの。

 

「頭は冴えてきたが……身体は動かしづらいな。応急処置以上の治療をできるようにも聞こえたが、そういう“個性”だったりするのかい?」

 

 四ツ橋も気月も知っている。被身子の“個性”は【変身】で、そんなことはできな──

 

「……う〜ん……」

「む?」「え?」

 

──できない、はずなのだが。

 

「……完全には治らないでしょうけどマシにはなるはずです。ただ何かしらの見返りは欲しいですね」

「……それはもちろん、構わないが」

 

 四ツ橋としては願ったり叶ったり。治療は期待しておらず、見返りは──見返りを渡したくて言い出したことだ。

 

「あとやり方とか隠したいので、目隠しとか拘束とか受けてもらいますよ」

「いいだろう、どうせ現状でも動けないんだ」

「力也さん!?」

「腹を決め給えよ気月くん。この子がその気になれば我々は一方的に殺される。その位の戦力差だ──今はね」

 

 言葉に詰まる気月。そもそも戦闘を専門としない彼女には相手の戦力を推し量ることもできていない。

 被身子からすれば概ね妥当な評価だと頷けるところだ。付け加えるなら四ツ橋が万全だろうと負ける気はしないが。

 

「じゃあちょっと縛ったりしますね?」

「あぁ。抵抗する気は無いが受け入れよう」

「待っ、ちょっと待ちなさい渡我被身子! その前に説明なさい!」

「気月くん」

 

 四ツ橋からややうんざりとした声をかけられても気月は引き下がらなかった。

 戦力比がどうであれ、それとは全くの無関係に、この点だけは譲れないのである。元々()()()()には触れないつもりだったが、使われるとなればそうもいかない。

 

「なんでこの部屋こんなにアダルトグッズが充実しまくってるのよ!? しかもその、SとかMとか寄りだし!」

「んんん?」

 

 流石の四ツ橋も虚を突かれて妙な声が漏れる。朦朧としていて備蓄品の確認などは任せきりだったのだ。

 そして被身子もこれまでで一番弱腰になる。流石に自覚くらいはあるので。

 

「ほら、こういう部屋って十日とか二週間とか籠もりっきりになる想定らしいじゃないですか」

「それはそうね、だから?」

「…………必要じゃないですか?」

「そんなわけないわよねぇ?」

 

 流石に言い返せなかった。

 そもそもソレ等を持ち込んだのも必要とするのもお茶子である。ただし今となっては被身子も荒縄をすっかり使い慣れており、縛るのも解くのもこれが一番楽になっているのだから同類と言われても仕方がない。

 

『なんで初めてのプチ家出でこんな恥ずかしい思いさせられてるんですかね。お茶子ちゃん、やりたいことに素直でかぁいいのは間違いないんですが時々困ります。

 アレが“(じぶん)がある”ってこと──いやいや違いますねこの路線はやめときましょう』

 

 際どいところで踏み留まりながら、被身子は二人の目隠しと緊糹(きんばk)……拘束を済ませた。

 

手慣れ過ぎでしょう!?

「あんまりうるさいとギャグボール追加しますよ」

「? ……なんでお笑い(ギャグ)?」

 

 心底から不思議そうに問い返されて、被身子は心にダメージを負った。ギャグと言われて口枷(くちかせ)のことだと分かるのはその道の人間だけである。自身もかつては戸惑ったはずなのに、無意識に慣らされていたらしい。

 とりあえず腹いせとして二人ともに球状の枷*を噛ませ、目隠しなどがズレていないことを確かめてから持ち出したクダに手を伸ばす。

 

 ひとまずは治療だ。先のことは後で考えるとしよう。

 

*
十五日の訓練でブースト薬的なものを使った件

*
68話。勝手に用意した物件という認識の百に請求の意思はないが、被身子とカリナの中では借金になっている。

*
被身子はこれを『典型的な口枷』だと勘違いしているが、SM用品なので着用者を黙らせる効果はいまいちで、唾液を飲み込みづらくさせる造りになっている。我慢すれば呼吸がしづらく、我慢をやめれば口からだらだらと垂らすことになって自尊心が傷つくという代物。





 被身子の明日はどっちだ。

(次話は後編ではなく別の話を挟みます)
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