■十六日
太郎が緑谷親子に検査結果を伝えた小部屋。盗聴のおそれが無い密談部屋に、三人はひっそりと集まっていた。
……少なくとも二人は密やかだった。
「こンのバカタレがぁ!!」
「弁解のしようもございません……」
ただ一人の例外、十一月の晴天に雷を降らす小さな嵐。
オールマイトにとって恐怖と崇敬の象徴──グラントリノである。
四月の終わりに連絡を寄越した時の俊典の様子は、そりゃひでえもんだった。
あのクソ野郎が生きていた。今度は確実に倒した──いや、殺したってよ。ただし“生徒の犠牲の上に”なぁ……。
色々とヘマはこいたんだろう。だが俺だって鬼じゃねえ、叱るまでもなくけちょんけちょんに凹んでるやつ怒鳴りつけたって疲れるだけだしよ。
『ちっと深呼吸しとけや俊典。まずその生徒ってのは……つれえこと訊いちまうが、亡くなったのか』
『病院に救急搬送はされましたが、あれではとても……』
『アホタレェ! 生徒の無事を祈れ! 医者を信じろ! ったく、年寄りの体力ムダにさせやがって』
実際その生徒は息を吹き返したという。つーかアイスエイジの娘かよ、まんま親譲りじゃねえか。
ほんの一週間だか十日だか後には巨人と戦って立派に活躍したってんだからタフな嬢ちゃんだぜ。
──体育祭といえば、だ。
騎馬戦までで充分に分かった。俊典テメェ、随分ぬるいことやってたみてえじゃねえの。
とはいえ継承者の
『フルカウル、か。解決策を見出すまでの思考力、そっから実現までの突破力、どっちも悪かねえスピードだな。いっちょかかって来い、確かめてやる』
『……はい!』
ちょいと余裕が無さすぎるってな印象も受けたが、USJの件もあるし保須でもクラスメイトの家族が襲われたばかり。小僧の切迫感は成長のマイナスよりはプラスになってそうだった。向上心が自己否定になるほどひん曲がってもいねえ。
ちったぁ心配だが、傍で見てりゃいくら俊典でも気を配るだろ……と、これは俺の失敗だな後から思えば。
俺ぁいわゆるヒーローとは違う。小僧を迎えた事務所も開店休業状態よ。
あのクソの始末が済んで、俊典の次代にも気を揉む必要が無えと分かると──なんだ、気が抜けちまったんだな。
急に墓参りじみたことをしてみたり、志村の家のその後を探ってみたり──で、何ら手の届かねえ今更になって弧太朗一家の件を知っちまって。
……流石にな、あれは堪えたわ。柄にもなく後悔ってやつに沈んだ。
そんな
「──だからよ俊典。十一日の電波ジャックがあっても俺はあの土地に残った。老骨に鞭打ってパトロールに出て、事務所の周りだけでもと住人の安全を支えてきた。
……分かるよな、必要なら呼ばれると信じてたし、頼られねえ限りは任せようと託したからだ」
「ぐ……申し、訳……!!」
「おう、泣け泣け反省しろ」
床に正座で拳を握りしめる不肖の弟子を遠慮なく
「待って欲しいご老体。あの時の治崎の力を見た上でそう仰るのか」
「……ご老体呼ばわりは変な感じだぜ初代サマ。それに相手がどんだけ強いかなんて関係ねぇのさ」
「無茶だ。覚悟や信念の問題じゃない」
口を挟んできたのは死柄木与一と名乗った(見た目上は)青年。その言葉を信じるなら俺なんかよりよほどジジイだろうに。
いや、ヒーロー制度が始まる前の人間か。なら軽々しく“無茶”なんて言えちまうもんかね。妙なジェネレーションギャップだぜ全く。
「その無茶を体現するしかねえってのがこのアホタレの選択だ。負けた時の揺り戻しがどうなるかくらい、分かってなけりゃ“平和の象徴”なんざ名乗らせてねえ」
「すべて先生の仰る通りです初代。……
「そう、
与一とやらは驚きに目を瞠った。もちろん俊典は驚かない。『分かるな?』と目で問えば『もちろんです』と返ってくる。
志村のやつなんざ一体何度AFOに負けたんだって話だからな。死んでねえなら──たとえ死んでも──次は勝つ。そんだけだ。
だから、情けなくて仕方ねえのは負けたことじゃなく。
「小僧が大変なことになったのは十月だってな?* なんで呼ばなかった」
「……六代目以前について知る限りはすでに伺ったものと……」
「そういう話じゃねえだろう。いいんだよとりあえず呼びつけときゃあ。
てめえは歴代のこと調べてあちこち飛び回ってたんだろ? ──んでその間、小僧の親御さんは放ったらかしか」
「…………」
そうだろうな。そうだろうよ。
自らを“平和の象徴”と定義しちまったコイツは家族を持てず、またそんな危うさを志村も俺も諌められなかった。
つまりは俺の不始末だ。
「年寄りの出番だぜそりゃあ。土下座マシーンでもサンドバッグでも詫び腹*でも、なんでもやったっつうのに」
「そ、そのようなこと!?」
狼狽えるんじゃねえよ、こういうのは順番だ──と言いかけて危うく言葉を選び直す。
「……自分は優先度を間違わなかったと言い切れるか、俊典」
「っ──、いいえ……!!」
「そうだな、俺もだ。精々反省して次に活かそうぜ」
俊典は気付いてなさそうだが、流石にな。
どうも意図せず蘇っちまったらしい初代サマの前で、『死ぬのはジジイからが道理だ』なんて言うのは憚られたからよ。
初代サマと二人にさせてもらい、少しだけ話した。
「俊典も小僧も信じ切ってるが、二人ともバカ素直過ぎる。疑えるとしたら俺くれえだろう」
「疑われるのは構わない。けれど僕としても自己証明は難しいことだ」
「なにも裁判しようってんじゃねえさ。
……志村のことはどれくらい把握してる?」
「意識が今ほどはっきりしたのは八木くんに移ってからで……志村さんのことは『何度も繰り返し見た印象的な夢』という感覚が近い」
「夢。細けえトコははっきりしねえと」
「そう。そして出来事や理屈より、強い感情が多く伝わってきていた」
「…………」
感情。強い感情。
志村のことを知らない奴が知ってる振りをしてると仮定して……ボロが出そうなのは。
「継承の前後、志村は俊典にどういう印象を持ってた」
「…………ちょっと言葉にしづらい」
「はっきり言ってくれ」
「……呆れというか奇抜というか……“イカレてる”が近い、ような」
あぁ、まさに。あいつも言ってたな。*
当時から俊典は“象徴”を目指してた。夢物語ではなく本気で。あれが狂気でなくてなんだというのか。そこに乗っかった俺たちに理はあっても義はあったのか。
──やめよう、後悔なんざいつでもできる。
「じゃあ志村が継いだ頃はどうだ」
「毎回そうだけど、継承から
最初に受け取った彼女の感情は──」
実のところ俺は正解を知らない。本人からも訊けちゃいねえからだ。
……なんだか日記帳暴いてるような気分になってきたな。すまねえ、これっきりだからよ。
「──
「……あぁ……」
納得だ。言われてみればストンと来ちまった。
「決して彼女を悪く言うわけじゃないし、ヒーローとしての活動には本気で熱意を傾けていた。でもそれより前、ヒーローになると決めた段階は……きっとかなり後ろ向きな、消去法に近かったんじゃないかな。かなり憶測が入っているけど」
「いや、土台無茶な質問だ。真面目に答えてくれてありがとうよ」
「疑いは晴れたのかな?」
「“志村菜奈の盟友”を騙そうとしてるなら選ばねえだろう答えだ。積極的に疑う理由は消えたわな」
今の人間が
ずっと闇が深かったあの頃。家族や生活を守りたければヒーローになる
ヴィジランテ? 取り締まる奴が足りねえからそんな区分は有名無実。ヴィランに抗うならそれはヒーローと見做された。
ヴィラン? 当時ヴィランになるとはヤツに頭を垂れることと同義だ。安全なんざ一ミリも保証されないし、そういう恐怖は拡散され利用されてもいた。
もちろん戦わない市民は泣き寝入りするしかない立場だ。な? 実質一択だろ?
志村にしても八方塞がりだったと思うぜ。考えて選ぶ時間があってもなくても、最初から選択肢は無いも同然。
継がずに逃げるんじゃ危険に抗えない。
継いで戦えば家族を巻き込んでしまう。
継いで縁を切っても家族を傷付ける。
どれも選びたかなかっただろうさ。一番マシそうな道に踏み入れば後戻りはできず、そこを全力で駆けてはいても……きっと、明るい未来を描けてはいなかった。
AFOを倒せるのか。
あるいは倒せたとして家族に赦してもらえるのか。
特に後者には諦めに近いものがあり、それでも最期の瞬間まで脚を止めないことだけは確定していた。あれを倦怠と呼ぶのは実によく分かる。
──ただ、あぁ。あまりに的確すぎて。
あの飲み込めず認め難い感覚を知りながら、知った上で、的確な言語化をできちまう他人事じみた距離感。そこに『本物臭さ』を感じちまった。
異質だぜ。全く因果な立場だな。
■
「誰だ君は?」
「言われても仕方ないけど緑谷ですぅ!?」
いつものネタを交えつつ、小僧も含めて汗を流した。
汗っつーか、冷や汗と脂汗まできっちりプレゼントされちまったが。
「洒落にならんな嬢ちゃん。大人が不甲斐なくて申し訳なくならぁ」
「とてもありがたいです、本当に」
兵怜カリナ。
直接やってみて、こりゃ『学生だから』で遊ばせとくには惜しすぎると納得せざるを得ない。
図抜けた身体性能と“個性”の制御だけじゃなく、格闘技術も戦闘勘もハイレベルにまとまってる。ブラフの殺気もえげつなく陰惨で鋭い……この歳で命を賭けたことがある証拠だろうから、そこはちっと複雑だが。*
「その……どうでしょう? 昔のオールマイトと比べて、とか」
「良い意味での“洒落にならん”さ。一番研ぎ澄まされてた決戦前の俊典を仮想敵にしてもなお、嬢ちゃんは『勝ちきれないが負けもしない』だろう」
俺からの評価を、兵怜は素直に受け取らなかった。
「え。ぇーと……自信つけさせようとかで高評価くれてたり」
「んなことねえさ。あの頃の俊典でも嬢ちゃんを瞬殺ってのはかなり無理がある。そんなら倒れねえわけだろ」
ただでさえ厄介なこいつが怪我もスタミナ切れも無視できるとなると……。千日手になるんじゃねえの。
「それは、はい。なら安心かな……ありがとうございました」
深々と頭を下げてからメンバーを変えての訓練に戻る兵怜。
治崎の相手として立候補したって割には案外控えめなんだな。戦闘中とそれ以外で性格変わるタイプかね?
隣に座っとる小僧は大いに首を傾げとる*が……はぁ、教師の真似事もしてやるか。
「分からんか小僧。負けなければ良いようなあの物言いが」
「あ、その……はい、そっちも不思議です」
「? まぁいい。
兵怜が言っとるのは分担と信頼だ。『治崎以外は他の皆がなんとかしてくれるから、負けなければそれで勝ちだ』ってな」
「え? でも治崎を倒さなきゃ──」
「倒すさ。だがその為には治崎よりワープ使いが邪魔なのよ」
治崎に目と意識を奪われるのは無理もない。小僧をはじめ、学生ならそれで当たり前とも言える。
だが戦略としては兵怜の方針が堅実だ。まず治崎から
「消化試合? そっか、治崎だって食事や睡眠は必要だから……!」
「そういうこった。あとは
治崎という個の力は鮮烈だ。目を奪われ、個で抗するしかないと錯覚させられる──全く特大のブーメランだぜ。“象徴”に頼り切った
「丁度いい、こっちの戦力をまとめてくれるか」
「こっち、の…………」
「絶望的に思えても現実そのまんまに頼むぜ」
「──はい」
ヒーロー側の戦力、つうか病院の件でどれくらいのダメージを負ったのか。
俺はちゃんと把握してなかった。小僧から聞き取ったそれは……想定より悪い。
エンデヴァー。左手の手首から先は完全に焼失。右手は残ったもののほぼ動かず。その他は治療が間に合ったのと、再戦への気合は誰よりも熱いらしいが。
ホークス。病院への諜報が重く見られたか、両方の翼を根本からもがれた。残った羽毛はほんの十枚かそこらで、移動にも戦闘にも大幅な支障があるらしい。
ベストジーニスト。意識不明の絶対安静。
エッジショット。死亡──それよりなお悪いとは言うまいよ。*
ミルコ。両耳の喪失。本人は無傷と言い張っているらしい。
「クラストとシンリンカムイ……は、ごめんなさいちょっと後回しで」
「……おう」
ウォッシュは直接戦っていない。無傷。
ヨロイムシャは十三日に引退会見をして殺された。
リューキュウは片目の喪失。……本来はもっと深傷を負っていたものの、変身し直すことで眼球以外は再生したとのことだ。
「するってえとベストテンでまともに戦えるのは三人? 四人か? 厳しいな……」
「いえあの、クラストとシンリンカムイも」
エッジショットのことも言葉を濁さなかった小僧が言い淀んだんだ。その二人はとても戦えないのだろうと思ったが──これは完全な杞憂だった。
「あん? よっぽどの重傷だったんだろ」
「それはそうなんですが。あ、丁度きました」
パトロールの交代か何かで訓練場にやって来た二人は、そのまま兵怜との手合わせを開始する。
……あんぐりと口を開けちまったのは俺だけだから、どうも今が初めてではないようだ。
「クラストは両手両足。シンリンカムイは両足。回復不能だそうで……切断、されました」
「俺も歳か……?」
確かにクラストは全身どこからでも無数の盾を作れてたしその操作もできていた。シンリンカムイも中々難しい身体らしい。だからってなぁ?
「手加減は要らんぞフィンガード! 身体は軽く防御は小さく! 我天啓を得たり!」*
「クラストは開き直り過ぎでは!?」
なんだあの、なんだ? 空飛ぶ球体? 速くて硬くてやたらハイテンションな。生み出した【シールド】で身体を護りながら支え、ギュンギュン飛び回りながら感涙にむせぶクラスト。速さは大したモンだが。
「オレもそう思う!」
「シンリンカムイはもっと開き直って下さい」
「しかし女子高生を縛り付けるというのもな……」
「遠慮する方がセクハラ臭いですよ? ──あ、
「そういうんじゃないが!?」
シンリンカムイは切断面からの方が生長が速い、のか? 訓練場の床を埋め尽くすほどに根が広がり、その上を滑るような移動は二本脚で走るより明らかに速い。そもそもあそこまで大量の枝や根は使えてなかったはずだよな。
こう言っちゃなんだが、二人とも以前より強くなってねーかコレ?
いずれにせよ、嬢ちゃんはその両方を殴り砕き踏み裂いて蹂躙し、『任せうる自分』を演出することに余念がない。
……どうもああいうポジションには慣れてなさそうな気もするがね。
──ふむ。
治崎の力を踏まえると不釣り合いなほど、ここの空気は悪くない。折れてないどころか順調さすらある。
するってぇと俺は、俺の生徒をしゃんとさせなきゃなんめぇ。
「とーしーのーりぃー?」
「ヒィッ!?」
「大丈夫だよ八木くん。血を吐くくらいじゃ人間なかなか死なないものさ」*
「いいこと言うじゃねえの初代サマ」
いつも自分で言っとるだろオールマイト。
プルスウルトラさ、なぁ?