『渡我被身子:オリジン(1/2)』の続きです。
むーん、やっぱり【変身】で“個性”まで再現するのは難しいです。透ちゃんやお茶子ちゃんならちょっとの血液でも何分かは維持できるのに、リカバリーおばあちゃんはほんの数秒しか保ちませんでした。
直じゃなく布越しに口をつけたのもあって【癒し】の効果はイマイチですが……まぁ全快させる義理はありませんね。
「おお……?」
「力也さん!?」
浅い火傷に新しい皮膚ができたことは感染症予防には大きいはずです。特に狙いをつけなければヤバい傷から塞がるらしいので、脳とかに致命傷が無さそうとも考えられます。
【変身】を解いて、肩とかがズレていた服をきちんと直して、鏡でもチェックして、と。
「終わりました。目隠しとか外していきますね」
そしたら何だか思ってた以上に感謝されてしまって。
今のは“私の力”ではない──いやどうなんですかね?
ともかく四ツ橋さんは勢い良く『欲しがるだろう情報』とやらを話してくれた……のですが。
「え、もしかして今のが『見返り』ですか?」
「おいおい我々の機密情報だぞ、充分だろう?」
何を自信満々に言ってるんですかねこのオジサンは。
「足りる足りないじゃなくて、こっちで選ぶのが筋でしょう。チェンジで」
「「チェンジ!?」」
「訊きたいことが別にあるので」
だってそもそも、この人が『いのーかいほーぐん』とやらのトップだったことさえ、本当かどうかは謎です。確かめようも信用もありません。
だけどこの人が大人で、沢山の部下を抱えていたことは事実でしょう。デトネラット社社長って顔写真はネットでも出てきましたし。
「いわゆる自分探しの最中なんですよ。これまで自分ってやつがなくて、でもナルハヤでそれをビシッとしたいのです。こんな相談を部下の人から受けたら、社長さんなんて答えます?」
「ふむ…………」
横からぴーちくぱーちく文句も挟まりましたが、四ツ橋さんは真面目に考えてくれています。
そして彼の言葉は、私にとって大きなヒントになりました。
「そうだね、私の実体験から言えるのは──“
「……力也さん……」
「責務は自ら選び取った。だが力には油断があったのだろう。部下の裏切りに考慮が甘かったのさ」
おぉ、頼れる大人って感じです。私はぽんと手を打ちました。
「なるほど全然思いつきませんでした。実家に行って親に会ってみましょう」
「「ちゃんと聞いてた??」」
何故かぶちぶち文句を言われましたが、私一人で考えてたら『親』ってキーワード自体でてきませんから。割と感謝しています。
それに親にオリジンを求めることは決して的外れではありません。
だって少なくとも私の“個性”は、いくら突然変異といったって、親の血と無関係ではないはずですから……たぶん。
流石に電車の運転手さんとかもお仕事どころではない感じになってきたみたいです。
自警団だかヴィランだか分かんない集団が駅を占拠して、やたら高い運賃をとって人やモノを運んだりはしてるみたいですけど……うーん世紀末。
徒歩で移動するしかありません。それにコンビニやらスーパーやらが略奪にあってるところを頻繁に見かけてしまって(まあ
実家に着いたのは家出三日目、十八日の早朝でした。
幸い、外から見た限り襲われたりはしていません。去年の体育祭のことなんて誰も覚えてませんよね、よかったよかった。*
玄関の鍵は──良かった、換えられてはいません。周りに人目がないことを確かめてからサッと入ってサッと閉じます。
そしたら居間からガサリと物音が……次いで引きつるような誰何が。
「ひっ──!? だ、誰……?」
「あ、お母さん? ただいまです」
「ただ、え? 被身子なの?」
「はい。やけに早起きですね、まだ五時ですよ」
割と遠慮なく上がり込んでしまってから、そりゃ怖がらせもするかと気づいた次第で。
見ればお母さんは随分とやつれて震えていました。ヘルメット、上着、室内なのに靴。……すぐ逃げられるように、ですか。
「交代でどちらかは起きてるようにしてるの。さっきまでお父さんが番をしてくれてたから」
「あー……なんか、不甲斐なくてゴメンナサイ」
「被身子が謝ることじゃないでしょう。あぁほら、靴は履いちゃって構わないから。泥とか気にせず楽になさい、ね?」
「はぁい」
リナちゃん達と暮らすアパートよりずっと狭くて、ごみごみと物に溢れていて、あんまり良い思い出は無い──そんな風に思っていた場所ですが。
楽にしろと言われて腰を下ろしたのは幼い頃からの定位置でした。しかも空いていたわけではなく、置かれていた避難用バッグをわざわざ(ほとんど無意識に)退かしてから、そこに座ったのです。三つ子の魂百までとかそういうヤツでしょうか。
「あなた一人なの? カリナさん達は?」
「今はちょっと、色々あって一人です」
「あなたが悪くても悪くなくても、とりあえず謝ってみたら解決することってあるわよ?」
「ケンカしたわけじゃないですぅー」
懐かしいマグカップで出てきたトマトジュースに口を付けながら、改めてお母さんを見遣ります。たぶん、私が悪いことをしてリナちゃんに叱られたとか思ってますね。
(大抵は当たってるとはいえ)そういう決めつけとか。私に対する恐れとか。私の側が抱く嫌悪とか。
今も在る、みたいです。薄れはしても消えてはいない。仮に消えても忘れはしません。
──それでも事実として、この人はお母さんなのです。
「お母さん達の“個性”のこと、訊きたくて」
「……あぁ、えぇ……そうね。話さなくてはいけないことだわ。わざわざ足を運ばせて、ごめんなさいね」
「? いえ、そんな重い話をしにきたつもりは」
「……カリナさんから聞いて来たわけじゃないの?」
なんのことです???
普通に“個性”を詳しく聞いて、【変身】もそっち方向に伸ばしたらイイ感じにならないかと思っただけですけど?
「
中学生の頃のカリナさん、私達への当たりが時々辛辣だったのよ。恨んではいないわ、当然だったと今は思ってる。それに大切なことを教えてもくれたから。
本を二冊贈られてね──カリナさんは“押し付けた”とか言うのかしら。片方は太郎さんの本、もう片方はこっち。ノンフィクションだけどちょっと物語風というか、難しい“個性”を持って生まれた人の逸話集。
『血を吸いたがる位なんだって言うんですか、血さえ吸わせとけば被身子はすっごくいい子ですよ』って……言われた時は少し腹も立ったけど。これを読んでみればなるほどと頷くしかない。……だから、なかなか読み進められずにいたわ。
」
差し出された本をパラパラと捲ると、漫画のようなページと文字ばかりのページが交互になっている。とりあえず漫画部分に幾つか目を通せば……被身子も顔を顰めざるを得ない。
どうしろというのか。
文明と共に生きる限り誘惑は避けられないし、またその欲は最初から満たしようが無い。
どうしろというのか。
超常が引き起こす肉慾を、それも双方が同じ慾を抱いてしまったら、精神力で自制するなど不可能だと被身子は思う。
あるいは、その慾は本当に女性を苛んでいたのだろうか? 周りだけが踊らされて、それを糊塗するために──可能性の話をしても仕方がないが。
確かにこれらと比べるなら被身子の吸血欲求など可愛いものと言える──自主的かつ継続的な血液提供者さえいれば。
『そんなお人好しは滅多にいない』といった捨て鉢な感想は過去のものだ。A組の面々が『“個性”を鎮めるために血を下さい』と頼まれたなら、緊急時でない限りは普通に応じるだろう。見知らぬ他人からであってさえ。
『梅雨ちゃんや三奈ちゃんなら血液に毒や酸が混じってないかとか、むしろこっちの心配してきますよね』
そんなことを考える被身子の様子を、母親は喜ばしく見守った。信じられる相手が増えたのだと。
──ただ、罪の話はまだ始まってもいない。
「ただこの本に、カリナさんの手書きの付箋が一枚だけ挟まっててね」
「え、どこどこどこですか」
「慌てないの。無くさないようにこっちにとってあるから」
本が入っていたカバーから取り出されたラミネート。コピー用紙とそこに貼った付箋がまとめて封じられている。
付箋にあるのは被身子にとって見慣れた筆跡だ。
ページ数は台紙代わりのコピー用紙に記してある。もちろんすぐにそこを開くと──巻末の付録にあたる部分だ。
「…………文字ばっかりで頭に入りません」
「あなた勉強どうしてるの……」
成績についてはカリナと百が請け負ってくれている。『一番苦手な科目でも平均点ちょっと上ぐらいをキープ』と聞かされてきたが、本が読めないのに大丈夫なのか?
「どうも計算系は手を動かさないと」
「まぁ、それはそうね。でも暗記モノは?」
「得意ですよ。リナちゃんが音読してくれたら一発で完璧なので」
事実である。暗記さえしておけばどうにかなる類の問題ならば被身子の正答率は百に並ぶほどだ。
だとしても、そんなことを自慢気に言われた親としては頭痛を覚えるが。
大恩人に迷惑をかけているという意味でも──今また、読み上げざるを得ないという意味でも。
「ここに……書いてあるのはね。『子供の“個性”は
「……生まれつきじゃないんです?」
「それだけではない……かも知れない。そういうことらしいわ」
以下は太郎やカリナにとっても未確定な仮説である。証明はできないが否定もできない、そういう類の。
カリナの【自己再誕】を例に取ると、二人はこれを『有中枢・完結
ほぼ全ての超常中枢は、新生児が母親の胎内にいる内に身体を変容させ終えて活動を停止する──だから『完結型』。
数少ない例外の一人が透だ。彼女の中枢は生後も休まず働き続ける『常駐型』。
カリナは恐らく完結型だったと──そうなろうとしたと、思われる。
子宮に宿った超常中枢はカリナの身体に何らかの変異を及ぼそうとした。それはマーサの胎内にいる頃からの話だ。
最初は良かっただろう。しかし途中で躓くことになる。何故ならヒトの生殖器は胎児期〜乳幼児期には完成しない。生後十年前後を隔てて第二次性徴(≒思春期)を迎え、その後ようやく成熟する。狭間の十年はホルモンも血液も栄養も(性徴期ほど多くは)子宮に届かず──比喩的な表現になるが、カリナの中枢は『飢えた』。
(学術的にはともかくカリナ的には大変しっくりくる比喩である)
中枢が当初創ろうとした“個性”がどんなものだったかは不明だが、十四歳以降のカリナが実際に使ってきた【自己再誕】とはかなり別物だった可能性が高い。
恐らくこれは、飢えた中枢がどうにか強引に成立させた
“個性”は原則として属人的なものだ。【変身】のように他人の血液を必要とする“個性”ならままあるものだが、『体液提供者の意思』なんて発動条件を含むものは太郎もちょっと記憶にない。
少なくとも二人の“個性”持ちが同意しなければ超常現象をほとんど起こせない【自己再誕】は、言わば『常識外れに微力』なのだ。*
──恐らくは、飢えたせいで。
被身子の前で母親が読み上げる本に【自己再誕】のことは載っていない。
しかし最も重要な核心だけは共通している。
“個性”を決めるのは生まれついての遺伝要因だけではない。
例えば栄養状態が悪ければ“個性”自体が発現しないかも知れない。あるいは中枢が別の道を探してねじ曲がった“個性”に辿り着くかも知れない。
それによれば、【変身】は?
「…………お母さんの、“個性”って」
「忘れちゃった?」
「……【
「そう。私はこれを制御できてなくて、あなたに触れるのが怖くなった。あなたにもそれを悟らせてしまった。それも酷いことだったと思ってる。
でも、赤ん坊の頃はあなたを直接抱いていたのよ。色んなことを……良いことも悪いことも、感じながら」
「──待ってください、それは、そうとは限らないじゃ──」
「そうねその通り。
私があなたの“個性”を【変身】にしてしまった可能性は、ゼロじゃない」
「そん……なぁ……?」