食堂での騒ぎが収まった後、私は保健室に連れてこられた。そんなに心配要らないよと思いながらも断らなかったのは、大事なお話があると分かってたから。
ベッドサイドには八百万さん一人だけ。リカバリーガールにも少しだけ席を外してもらった。
王子様──兵怜さんの恋人は渡我さんだと思ってたけど、八百万さんだったのかな? それとも八百万さん
「はっきり訊いてしまいますけれど、」
「はい! 兵怜さんのこと好きになっちゃいましたゴメンナサイ!」
「…………それはお友達として、」
「いいえ! ラブの方で!」
即答すると、八百万さんは額に手をやって頭を振った。外国の映画なら『オゥマイガッ』とか言いそうな感じ。
……こんなに堂々と言うことじゃなかったかな。
「そう、そうですわよね……」
「あの、ごめんなさい浮かれちゃって」
「謝ることではありませんわ。ですがそれなら、お伝えしておくことがあります。他言はしないで下さいませ」
あ、これ思ったより真面目な話だ。恋人としてのポジション争いとか、そういう浮ついた感じが全然しない。
私のことは視えてないはずなのにまっすぐぶつかってくる視線を受け止めるには少しだけ覚悟が必要で、でも逃げるなんて絶対にイヤで。その気持ちに従って姿勢を正すと、これはきっと長い付き合いになるなと直感した。
だから私から、ガンガン距離を詰めていこう。
「……分かった。教えて、ヤオモモ」
「ヤ…………えぇ、よろしくお願いします、透さん」
────
葉隠透の身体には翼や複製腕のような特別な器官はついていないが、【透明化】は異形型個性に分類されている。
このタイプは出生時から既に“個性”が発現しているため、彼女は自分の顔さえ見たことがない。
幸いだったのは、両親も揃って同じ“個性”を持っている点。生活上の困りやすいこと、精神的に苦しいこと、またそれらの乗り越え方。
両親は愛情深く透に伝えた──必要だと知っていたから。
目に見えない対象を愛するというのは、実のところ難しい。空気のように存在を意識しづらいせいだ。これは自分自身でさえ例外ではない。備えるべき適切な自己愛が、育ちづらい。
だから両親は頻繁にスキンシップを取るし、自分の身体に触れて撫でるような習慣を付けさせた。それが無ければ透は文字通り自分を見失っていたかも知れない。
それでも──あるいはそれ故に、自分の顔を見てみたいという思いはずっとあった。
【超音波】や【熱感知】などの“個性”を持つ知人に自分がどんな風に見えるかと訊ねて回っては、おおまかなシルエットしか分からないと言われて肩を落としたことが幾度あったか。その度に仕方がないと振り切ってきたものの、願いが消えたことはない。
『無駄じゃないよ、本当に大怪我だったかも知れないんだから。大したことなくて良かった』
その言葉と共に、カリナの瞳に宿っていた不思議な光が薄れていった。透を視ていたという“個性”が解除されつつあるのだろう。
それでも透は喜びに震えた。寂しく思う余裕もない。
カリナと目が合っている。間違いなく。透が目を見開いて動けずにいると、『ん?』と問うように何度か瞬く。
生まれて初めて眼と眼で通じた。家族と話す時でさえ、互いの頬に手を触れて表情を伝え合いながら話すのだ。それもなくただ見つめ合うだけで実感できる優しい気遣い。
深く、甘く、夢のような初体験。いつか憧れた王子様を重ねてしまう。
そこにはかなりの理想化があったけれど、透は現実を知っても──
────
「兵怜さんが私をえっちな目で見てた?」
「信じられないかも知れませんが──」
ヤオモモが言うには。
彼女の“個性”を使うにはえっちな触れ合いが必須で。そのせいでソレをしたいという欲求が常にあって──ヤオモモと渡我さんはそれに応えている。私はその好みに合っているとかで、怪我を診てくれる最中も兵怜さんは必死で我慢してたんだって。
あの優しい視線でさえ、気遣ってたのも嘘じゃないにせよ、私を抱き締めようとする両手をヤオモモ達が抑え込んでいた、らしい。
「えっちなって、その、どういう……」
「最低条件は二つ。一つは相手──透さんが、カリナさんの体組織を飲み込むこと。これは唾液などでクリアできます」
「だ、だえき」
それってアレじゃん、ちゅーじゃん? いやそんな可愛い感じじゃなくて、もっとアダルトでディープなやつじゃん?
……ヤオモモも恥かしそうだから詳しくは聞かずにおくけど。このおっぱい美人さんも、兵怜さんのテクでとろとろにされてるってこと?
「──なんですの?」
「ううん。もう一つは?」
おかしいな、私の表情なんか見られてるはずないのに想像を見抜かれた気がする──嬉しい。
「もう一つは、逆に透さんの唾液などをカリナさんが取り込むのですが……」
「? それって同時に達成できるんじゃ」
「こちらは口ではダメなのです」
言いにくそうに、ヤオモモが声を落とした。
私のだえきを。■■に。いれる。どこって? たちつてと?
………………ちつ?
なんとなくキラキラしていた妄想キスシーンが全部吹き飛んで、よく分からないモザイクの塊になってしまった。
「…………ふぁ!? え、そん、なの。変態さんでは!??」
変な声が漏れる──そんな私に冷たい目が向けられていた。
「そういった反応をカリナさんにもぶつけますか?」
「──あ、ちが、待って」
言われてみれば分かる。言われなきゃ思いもしなかった。
だからこの場に兵怜さん本人が居ないんだ。こうやって説明してくれてるんだ。
心無い
「それと、一方的なのは恥ずかしいとかでカリナさんも同じことをしてきます」
「──っ!??」
慌てて自分の口を押さえて、声は出さずに済んだ。正直『無理無理むりむり恥ずかしいよそんなの!!』とか叫びかけたけど、必要なことなんでしょ? それを受け入れなきゃ──無個性みたいなもの、ってことでしょ……。あの人が耐えていることを、私が『恥ずかしいことだ』なんて拒むのは、いやだ。
だから、息も止まりそうなくらい必死で無言を貫いたのに。
「…………ふふふ」
なんかお腹抱えて(でもお上品に)笑いだした。この子こんなキャラだったんだ?
「……ヤオモモ? え、今の冗談だった?」
「いいえ、誓って本当のことです。ですが最後のはカリナさんの趣味で、“個性”の条件としては全く不要です」
「趣味なの!?」
「ご本人は、変態と言われようが一切否定しませんわね。仮に否定してもわたくしが却下しますし」
目がマジだ。ヤオモモの言葉にはこれまで沢山恥ずかしいことをされてきた人に特有の“確信”が宿っている──いや分かんないけど。微妙に
「それでも?」
……ヤオモモはそこで言葉を切った。こっちを見て──目線は微妙に合ってないけど、誤魔化しを許さず問うてくる。
ここまで聞いたことを踏まえて、それでもなお、兵怜さんの傍に寄り添うつもりかと。
意志と覚悟を、問われている。
それでも──本人が否定せず、実際に変態ちっくな好みを持っているとしても──そういう言葉を投げかけられて傷付かないかと言えばまた別だ。
想像してみよう。
ううん、想像っていうより……思い出す、だけで良い。
【透明化】は泥棒し放題の“個性”だと言われたことがある。内緒話をする時は周りに葉隠がいないか気を付けろと聴こえよがしに囁かれたこともある。そんなことしてないのに──私が
泥棒? やろうと思えばできるね。
盗み聞き? 私に気付かないで勝手に始めるからこそこそ離れてあげてたよ。
けれど、彼らの言葉も間違ってはいない。本当のことだ。
『本当のこと』ってやつは否定できないし無視もしづらい。
そういうのって結構しんどいんだ。たまにムカムカしてる時とかに言われると、そんなら本当にやっちゃおっかな〜なんて誘惑を感じることも──まぁ、無いとは言えないから。実際にやっちゃったことはないけど、その度に意思の強さを試されてるみたいなもの。普通の平和な日常生活だっていうのにね。
誘惑はある。意思の弱いところもある。でもやらないって決めてる。
そんな欲求自体から目を逸してる方が楽なのに、心ない事実は何度でも私に決断を迫るんだ。
私はそれがつらい──というのは少し違って。
「……うん。私はね、ヤオモモ」
「はい」
もし何処かに、透明なことでできる悪戯をなんでも仕掛けて良い相手がいるなら、やり過ぎって位に絡んでしまうと思う。ていうかお母さん達の馴れ初めがそんな感じだし。
こんなの良くない願望なのは分かってる。でも
できることなら、思う存分に悪戯した後で捕まって、『透明なことを利用してこんなことをするなんて悪い奴だ』と叱ってもらいたい。私が
普通の意味では『視て』もらえない私だから、代償行為として求めた『観られ方』はこういう──多分かなり重い──
「兵怜さんがどんなことをしたがっても、なんでもさせてあげる。それでね──」
怒られるかも知れないけど、これって共通点な気がするんだ。えっちなことしなきゃ使えない“個性”なんて、そんなのオープンに語るには危な過ぎる。(仕方の無いことだけど)覆い隠され、透明化されて、誰にも視てもらえない。
──なら私は、それをきちんと見つめてあげたい。
「──『この変態め!!』って罵ってあげることにするよ」
「………………ご説明を」
すっごく頭が痛そうなヤオモモに分かってもらうために、頑張って頑張って説明した。
なのに最終的には匙を投げられた。
「なるべくそのまま伝えますわ……カリナさんと被身子さんならあっさり分かってしまいそうな気がしますし」
「分かってもらえるなら良いんじゃない?」
「ツッコミが足りないんですのよ」
「なら私が入れば安心だね!」
一緒にツッコミ頑張ろうね、ヤオモモ!
カ「自分をツッコミだと思ってるの可愛いよね」
被「たまのやらかしが大きいんですよね……」
次話AFO、その後USJ。原作崩壊の刻、迫る。