【完結】愛慾のヒーローもどき   作:土屋 四方

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いい夫婦の日 〜もしくはハッピー・セカンド■■■■■
開戦(1/3)


 

 昔から寝坊ってやつとは縁が無かった。起きようと思った時刻になんとなく目が覚める。一応目覚ましもかけるけど。

 変な時間に仮眠をとった今回もいつも通りだ。

 私が起きたら被身子がぱかっと目を開けることも。しばらくは横になったまま、目と口だけがお目覚めなことも(身体を起こすには少し時間と気合いが要るらしい)。

 

「おはよです……」

「おはよう、でいいのかな?」

 

 時計は十一時を指している。お昼ではなく夜中、午後十一時。

 ベッドを降りて軽く伸びをしているとまずお茶子が起きて、ついで目覚ましの音で百が。透は……寝たふりでキス待ち。

 起きた順にみんなと()()口付けを交わす。悪い子の透は最後。

 

「うん、みんな健康だね」

「……あの、唾液の味でお分かりになるというのは本当なんですの?」

「「「信じてたの?」」」

 

 したいだけに決まってるでしょうに。

 でもまぁ、憤慨する百を宥めつつきゃいきゃいと身支度する私たちが、特に気負わずいつも通りのコンディションにあることは間違いない。

 

 今から三時間後、十一月二十二日の午前二時には、とうとう治崎たちへの大規模攻勢を始めるという時であっても。

 

 

 ──軽食や身支度を整えながら、この五日ほどを振り返る。『あれ? たかだか五日?』と感じられるほどの急ピッチで準備が整えられた間のことを。

 

 



 

 

 被身子が出ていった十六日の朝。

 校門からすぐのところで破落戸(ごろつき)に絡まれていて被身子に救けられた、大岩さんという男性の話から始めよう。

 

 彼はヴィランやスパイではなかった。嘘偽り無く避難のために雄英へやって来た。

 だけど火伊那さんは大岩さんの様子に『不自然なほど強い覚悟・使命感』を見て取ったらしい。

 それはある頼み事をされていたから。瀕死の男から命懸けで託されたそうだ。

 

 これがヒーローやヒーロー科の学生なら、『怪しい人物からよく分からんモノを受け取って避難先に持ち込むんじゃない』と叱られるところだけど……まぁ一般人なので仕方がない。話を聞く限り『瀕死の男』も大岩さんを救けた恩人らしいし。

 

 こうした経緯でそのメッセージは私に届いた。開封するには握り潰すしかなさそうだったからクシャッとなっちゃったけど。

 拳の中に紙が握られると、覚えのある血の匂いがうんと濃くなった──ビー玉みたいに【圧縮】されてた時よりも。

 

 

 

 その日の夕方、手紙にあったよりは早い時刻。指定されたよりは雄英から遠い場所。

 ごみごみと狭苦しいビルの隙間でその人を見つけた。

 

「なんだよ、そんなに再会が楽しみだったかお嬢ちゃん?」

 

 手紙ではMr.コンプレスと名乗っていたけど、私にとっては戸村リサイクルに分倍河原さんを連れてきたイケオジ奇術師(マジシャン)である。

 

「うわ……その怪我じゃビルの屋上なんて行けないんじゃ」

 

 そして重傷者だ。霑くんに壊された腕ではなく(そちらは治療を受けたっぽい)逆の腕が肘あたりで欠損しているし……いや、でも昨日今日の傷じゃなさそう。

 血の匂いは濃いけど新しくはない。一応の止血はできていて、でも古い包帯がそのまんまとか? ともかくちゃんとした治療ではありえない。それにこれは火傷だろうか、焦げた肉や膿んだ組織のキツい臭いも鼻を刺す。

 

「舐めんなよ、高えとこは怪盗のテリトリーだ。よりにもよってこんな地べたに来やがって」

「…………」

 

 大岩さんが悔しそうに『自分には手の施しようが』と嘆いたのも分かる。治療系の“個性”なしではちょっとどうしようもなく、そして恐らく命に関わる傷だ。

 

 私はそれを、当然放置はしたくない。

 ないのだけれど……動けない。

 

「──どうした嬢ちゃん、元気ねえな? 俺を拉致りに来たわけじゃねえのかい」

 

 拉致って言い方はともかく、問答無用で治療を受けさせたい誘惑は大きい。義務だとさえ思う。

 けれどこの人はそれを拒んでいる。

 

「……そうされたくないんでしょう?」

「そりゃな。死にたいわけでもねぇがヒーロー共に借りを作るなんざ御免だね。それ位なら生き様に殉じるさ」

「生き様、ですか……」

「俺は怪盗──いやンなことはいい。先に要件を済ませっちまおう」

 

 その口調に淀みはない。痛みや苦しみが無いはずないのに、洒落た伊達男のユーモラスなポーズを貫いている。

 意地だか矜持だか執念だか……あるいは命かを、絞りに絞りながら。手紙には“貴重な情報”とだけ書かれていたものの中身を彼は語る。

 

 

群訝山荘。そこがやつらの、かなりデカいアジトだ。中には──」

 

 

 私はじっと聞いていた。いや、止められなかったのだ。

 

 昨日までの私なら──つまり被身子が傍にいて傲慢であれた私なら──きっと彼の言う通り。命を賭けてという覚悟さえ度外視して救命を最優先したと思う。

 でも今はできない。この独善に自信が持てない。

 

 だからただ聞いて、黙ったまま聞き終えて。最後まで聞いた上で……うん。遅くはなったけどようやく、改めて決断できた。ここで死なせるのはやっぱりダメだと。

 

「これで、……はぁ、全部だ。覚えたか」

「えぇ、もちろん。でもごめんなさい、あなたを生かすことにしました」

「ァ?──ムグッ!?」

 

 舌を噛もうとしたので顎を掴んで阻止する。意識はまだ落とさない。納得してもらわなきゃ繰り返すだろうから。

 

「待ってください、さっきの情報は死に様としてあんまりにも……あんまりだと、思うんですよ」

 

 説明になってない言葉の意図を目で問うてきた。

 うん、死ぬこと自体が望みではないのだろう。はっきりは分からないけど誇りとかそういう類の話っぽい。

 

 敵であるはずのヒーローに重要な情報を伝えたヴィランが、だけど馴れ合うことはせずに治療を拒んで孤高に死ぬ──それはもちろん悲しいことだけど、同時にある種の美しさやエモさがあるのは分からなくもない。所々芝居がかった物言いをするエンターテイナーなイケオジはそれに殉じようというのだろう。

 でもそんなオジさんなら、現実の台無し加減も分かってくれるはずだ。

 

「あのね、今オジさんが必死な思いで伝えてくれた情報って──全部、もう知ってることだったんです

!?

「なんならオジさんが知らなそうな情報も入ってきてるんで」

!!??

 

 これで死ぬのは……ちょっとこう、シリアスな空気が残念すぎる。

 

 


 

 

 数時間前──つまりこの日の正午頃にあった被身子からの定期連絡で、群訝山荘をはじめとする異能解放軍の内部情報はすでに伝わってきていた。

 そこにはオジさんの話に無かったものも含まれる。被身子にそれらを伝えたのは組織の元トップだっていうから当たり前だけどね。

 

 当然、私たちはこれをざっと整理して*すぐに校長に持ち込んだ。真偽は定かじゃないものの、その鑑別を誰より速く正確にできるのが校長だったからだ。

 

「まさか特区の宣言初日からこんな特大ネタが転がり込んでくるとはネ……!!」

 

 そこからは速かった。夕方までには反攻計画の概要や真偽を確かめるべきポイントのリストができていて、更に私がオジさんを──もとい、(さこ)圧紘(あつひろ)さんを連れて来て裏取りに繋がる。

 

「あいつらは俺をコケにしやがった。俺自身が一杯食わせてやらにゃ気が済まん」

 

 このまま死んだのでは治崎たちに“一杯食わせる”のは四ツ橋さんになってしまう、だから手を貸す、と。

 その理屈は分かるような分からないような感じだけど、校長が心操くんと組んで念入りに尋問したんだから口先だけではなさそう──というか、行動でもそれを証明してくれた。

 

「ここに捕まってるヴィランも少しはいるだろ、リストとかあるか? 何人か味方につけてやんぜ」

 

 確かに今は警察が機能してないから、病院で捕まえたヴィランを含めて数十人が捕らえられている──実質的に拘禁していたわけだから本来の法律だと不法勾留になっちゃってたけど(だからって野放しにはできないし、彼らをちゃんと捕まえておくためにも特区宣言が必要だったのだ)。

 臨時の留置場に赴いて、迫さんは吠えた。煽った。……(そそのか)した。

 

「知った顔も知らねえ顔もいるが、腸煮えくり返ることを教えてやる。

 治崎と近属、あの連中はな? マグネを殺した。成功しても失敗してもどっちでもいいようなクソみてえな実験*で使い捨てたんだ。

 俺はよ、俺だってヒーローなんざ気に入らねえが。だがあんなイイ女を雑巾みてえに殺した奴らの方がよっぽどカスだぜ、違うか?」

 

 マグネ。そのヴィランネームには聞き覚えこそあるものの、どんな人物だったかはほとんど知らない。それでも確実なのは、その女性の死が数人のヴィランに深い悲しみと強い怒りを(もたら)したこと。その人たちは実際に、『手枷足枷をつけられたままでもいい、何か働かせろ』と言ってきたのだ。

 もちろん戦場に出すのは問題があり過ぎるし、一般人の目にも晒せないけれど。

 でも校長は大助かりだ。準備段階で、かつ人目に触れないところで、人手が大量に必要だったからね。

 

 こんな人材調達は迫さんにしかできなかっただろう。

 ……特にあの二人については、彼にとっても想定外だったみたいだし。

 

「あぁ君、君! 私はマグネという女性のことは知らないが、一つだけ聞かせてくれたまえ!」

「あぁ? なんだよオッサン」

「君は張間歐児の類縁かね?」

「──はぁ!?!?」

 

 ……? なんだか迫さんが大慌てで誤魔化してしまったので、私はこの辺りの事情をよく知らないのだけれど。

 ワイン病院の敷地沿いでカメラを回しながら侵入を図っていたところを私とお母さんが取っ捕まえた野次馬*二人組も働いてくれることになった。

 

「あぁ、貴方ジェントルチャンネルの──」

「おぉ! 君はリスナーかね小さなお嬢さん?」

「ジェントルってヴィランだったんですか?

おぅふ!?

 

 オモシロ迷惑系配信者(消される前に観れたらラッキー)みたいに認識してたのであんまりヴィランだと思ってなかった。

 それを口に出すのは迫さんが止めてくれたけれど。

 

「せっかくの労働力の心を折るなよ……プライド持ってやってる奴には即死だぜ今の」

「ご、ごめんなさい」

 

 ジェントル──飛田さんと、彼を必死で慰める相場さんにも。深々と頭を下げて大真面目に謝った。なのに返ってくるのはなんだか変な空気。

 

「──なんですか三人とも微妙な顔して」

「あのなぁ。ヒーローの卵がヴィランに易々と頭下げんなよ」

「えー」

 

 そういうのは好きじゃない。こちらがマズいことを言っちゃったんだから。

 

「なんか幼くなってねえか嬢ちゃん? 立場がねえっつーの。敵として扱われてえんだよ、少なくともオジサンはな」

「もちろん私もだとも!」

「ジェントルがそうなら私もだわ!」

「えー……?」

 

 敵として扱われたいってどういう欲求だろう? 分かるような分からないような。

 だってヒーローにとってのそれは捕縛一択だ。それを望むっていうのは──ありえないものを除外して残った可能性は、たった一つ。

 

「それは……手錠フェチとか移動牢(メイデン)嗜癖(フィリア)とかそういう?」

「「違う」」

 

 じゃあ分かんないや。

 相場さんはまんざらでもなさそうだけど。

 

*
そのままだと被身子フィルターがかかっているので、読みやすいレポートにまとめ直した。

*
林間合宿所に乱入してきた脳無の件。80話『塚内直正:ヒアリング』でマスキュラーが言及している。

*
145話『兵怜カリナ:バースデイ』。カリナはとっくに釈放されているものと思っていた。

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