【完結】愛慾のヒーローもどき   作:土屋 四方

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※挿絵あり(地図のようなもの)


開戦(3/3)

 

 荼毘を知る者からすると意外なことに、彼はしばしば夜警(みはり)を担っている。双眼鏡とトランシーバーを携えて山荘の屋上で過ごすだけだが、それでも『メンドいからパス』などと言いそうなタイプなのに。

 

 動機の半分は根拠の無い憶測。ヒーロー達はどうにかして仕掛けてくるだろうと、ある意味では信頼し期待しているから。

 もう半分は密かな訓練のため。

 

 【蒼炎】はその見た目通り、父親の炎とは少々違った特性を持っている。手元を離れた熱をコントロールすることはほとんどできない。その代わりと言うべきか、【ヘルフレイム】にはできないことができた。

 距離を隔てた熱源に対する感知能力である。

 アイスエイジが氷霧をまいて熱源を探すように──彼女ほど厳密な個人識別*はできないが、それでも見分けられる相手はいる。

 長く怨み続けた憎い父・エンデヴァー。その後ろから来る極めて特徴的な体温はショート。夜闇と木陰に紛れようと間違いようがない。

 

 トランシーバーに敵襲を伝える。

 その声には隠すつもりもない喜悦が溢れていた。

 

 

『起きろスケさん、ヒーロー共が団体さんでおでましだぜ』

 

 寝入り端だった近属は飛び起きて確認をとった。同時に複数の拠点から救難要請が入ってくる──やはりヒーローによる襲撃を受けていると。

 早々に陥落した拠点の監視カメラ映像につないでみれば、ヒーロー達はなんらかのドロリとした液体を床という床にぶち撒けている。粘度は高く、扉など何らかの仕切りがあるだけで流れてはいかないようだ。

 ──あからさまなワープ封じ。効果のほどは後で確かめるにせよ、計画された攻撃なのは確実だ。

 

「監視チームは何をしていた!?」

「地下道でも掘ったんだろ、過ぎたことを喚くな」

「簡単に言うなよ治崎! ……いや、その通りではあるが」

 

 冷静とは言えないながら近属は対処を行う。荼毘に距離と位置を問い、山荘の南方一キロ強との答えを得ると、まずはヒーロー達の姿を捉えるべく自動制御のドローンを発進させた。

 治崎からすると少しばかり拙速だ。

 

「あ、おい」

「なんだ?」

「いや……もう飛ばしてしまったものは仕方ないが」

 

 山荘から複数のドローンが一斉に飛び立つ。ヒーローがそれを見逃すはずもない──こちらが気付いたことを報せてしまった形だ。あちらは夜闇に紛れることをやめ、山荘への進撃速度を上げてくる。

 

「しまっ……!!」

『スケさんやらかしたなぁ』

「うるさい! 過ぎた話だろうが!」

 

 あえて狼狽してみせることで誘い込むような策は使えなくなったが、それだけと言えばそれだけだ。そもそもそんな策を弄する必要があるかも疑問だが。

 

「構わん、どうせ情報は必要だ。お前もだろ荼毘」

『まぁなぁ』

 

 そもそも相手の正確な位置が分からなければ困る──ここでは主に、荼毘が。

 

『取引と行こうぜ()()()()。俺のおかげで逸早く奇襲に気付けた。だから一度だけ俺の為にワープを使え』

「ぬ……いや、功は認めるがそんな約束はできん」

『あんたの避難を邪魔はしねえさ。この後すぐ──そうだな、先頭のヒーローが山荘に入るより前ならどうだ』

「…………分かった、一度だけだ。距離もあまり期待するなよ」

『山の北側にでも送ってくれりゃいいさ』

 

 ターゲットやタイミングを確かめる内、ドローンがヒーローの姿を捉えた。

 映像が出ると──近属や解放軍の幹部たちは危うく悲鳴をあげそうになる。空気さえ軋みを上げて粘度と温度を増したような、重苦しい殺気にあてられて。

 

「ほう……?」

「…………治崎のターゲットに間違いないか?」

「あぁ。しかしこう来るとは、少し驚きだな」

 

 屋上にも映像を回してやると荼毘も驚きつつ歓んでいる。

 こちらへ迫りくる集団の中には、あろうことか民間人が混じっていたのだ。

 

「狙いは分かるが……いや、むしろ奴らにはこれしか選択肢が無いか?」

「ワープの力を見せすぎたか」

「そうとも言える。だが俺たちには大したデメリットにならんだろう」

 

 顔を確認できる民間人は三名。

 戸村霑、戸村霧、そして轟冬美。

 治崎および荼毘のターゲットと目される面々だ。このことから考えると、霑が背負っている布団のようなものも子供の頭を守る防災頭巾なのだろう。

 

 


 

 

 治崎が驚きを覗かせた通り、戦場に非戦闘員を連れ出すなど言うまでもなく非常識だ。それぞれの方法でできる限り防御を固め機動力も補っているようだが、こちらがその気になればあっさり殺せる。

 ただ──治崎と近属という非常識に対応するならこれしかない。そもそも“その気になればあっさり殺せる”点はどこにいようと大差ないのだ。治崎を抑えうる手札が二枚以上あるなら安全な場所に匿って攻守を分担もできたが、そんな前提は完全に無いものねだりなのだから。

 エンデヴァーにしても息子の狂気は読みきれなかった。自分やショートを無視して冬美を狙う可能性が捨てきれず、となれば目の届く範囲に置くしかないと苦渋の決断をしたわけだ。

 

「そもそも俺を抑えられるのかという話だが……このピンク髪は博士の娘だったか」

「ああ、髪色以外の人相は一致している。背後の戸村を守る陣形らしい。周りはファットガム、マンダレイ、インゲニウ──いや、弟の方か?」

「ふん……?」

 

 カリナのことははっきり記憶している。博士との血縁関係も、学生としては異質な類の強さも。いや、知った順序は逆か。

 十月に戸村リサイクルを襲った際、単純に『鬱陶しい』と思わされた。回復能力に優れるだけでなく基礎を修めた体術は隙が少ない。そして何より傷と痛みを怖れないあのしつこさ。

 

『最速で殺しにかかったとして……あの時点の俺ではしばらく粘られただろう。その程度にはしぶとかった。だが今なら? あの顔ぶれで護れるつもりか?』

 

 一種の釣りであることは丸見えだ。非常に多くのヒーローが雪崩のように迫る中、その二組の小隊は明らかに周りから距離を置かれている。事前に役割分担を共有したと見える動きだ。

 

 治崎はカリナの小隊を狙うよう仕向けられている。狙わない理由もないが。

 

 同じことは轟一家にも言えた。

 エンデヴァー、アイスエイジ、ショート。この三人が中央の冬美を囲んだ陣形。荼毘が他を襲う可能性など無い。治崎と近属でもそう断じる。

 

「ずいぶんと目立つ餌だ。ありがちなのは裏からの挟撃あたりか」

「南側に目を引くためだと?──いや、山側の監視網は正常だ。ドローンによる空撮も今のところは……」

「お前は警戒しておくに越したことはないだろうよ」

 

 

【挿絵表示】

 

 

 様々な推測を巡らせるが、治崎たちは〔再適合〕後のカリナを知らない。だからどうしても的外れになってしまう。結局は『治崎をどうするつもりなのか』で躓くからだ。

 例えばコスチュームの違いに気付いても──

 

「む、フィンガードのコスチュームが違うな。あれはクダギツネ……【変身】能力者のものだ」

「では本物がどこかにいると」

「或いはな。……それで治崎(おまえ)を倒せるとも思えんが」

 

──極端に言えば『だからどうした』という話。

 何らかの(はかりごと)はあるのだろうが、いかに不意をつこうと罠を張ろうとこの怪物をどうにかできるのか?

 例えば仮に、一時雄英を離れた被身子がアメリカに渡ってデヴィット・シールドなどと会っていたならば……未知の技術やアイテムは警戒に値するだろう。しかしそんな事実は存在しない。彼女はほぼ実家と雄英を行き来しただけだ。

 

「……考えていても始まらん、俺は出る」

「分かった、こちらはひとまず守りを固めよう」

 

 

 そうして治崎が部屋を去るのとほぼ同時。

 最初に打って出た兇人はヒーローと接触した。

 

『準備いいか?』

「いつでも」

 

 空から急降下しつつ、無線機越しに荼毘が叫ぶ。

 

『今だやれぇ!!』

 

 



 

 

 ほんの少し時間を戻す。近属の放ったドローンがヒーロー達の姿を捉えた辺りまで。

 

 その映像を観た荼毘は引き攣るように一頻り(わら)うと、()()()()を背負ってロープで固定した。近属とは最終確認のやり取りを一言二言。

 そして屋上を蹴る。【蒼炎】の噴射で空を駆け、有象無象の集団を飛び越えてしまおうというのだ。

 

 ──荼毘は既に標的は定めている。『大集団の中で轟小隊に』ではなく『轟小隊にいる()()()()()に』。

 

 

 他方、ヒーロー側からすると。

 夜空を迫り来る蒼い炎は見落としようがなく、更に目視以外の情報を叫ぶ者が一人。

 

「荼毘だけじゃない、冷さんも一緒だ!」

 

 氷壁ヒーロー・アイスエイジ。彼女が轟親子に同道しているのは冷を保護するためだ。広域温度探知ならば冷の居場所は突き止め易い──実際には探知するまでもなく向こうから連れてきたが。

 驚きはある。しかしこの展開も全くの想定外ではない。

 

 ──ヒーローの役割分担も決まっている。

 轟小隊以外は荼毘を無視して山荘へひた走った。彼らについては荼毘側とエンデヴァー側の意図が噛み合ったと言えるだろう。

 しかし他はそうもいかない。

 

『俺の目の前で殺すか、俺やショートに殺させるか、あるいは冷を操って俺たちを襲わせるか? いずれにせよ俺は!』

 

 エンデヴァーの受け持ちは荼毘だ。天を睨み目と意識を集中する。

 冷のことはアイスエイジに任せてある。居場所を探るにせよ保護するにせよ、あるいは冷が操られるなどで強引なやり方になるにせよ、氷結系“個性”なら逃がしたり殺したりのリスクは低い。

 ショートは冬美の護衛だ。気を抜けば拐われる……そういうことをしかねない相手に思える。

 付け焼き刃ながらフォーメーションは確認してきた。

 

 

 しかし彼らの前提は覆される。

 

 

 エンデヴァー達の上空に到達した荼毘は、ホバリングしながら背負って来た()()のロープを解いた。

 それは薬物を使って意識朦朧にしてある冷その人だ。荼毘にとって価値ある人質ではなくなった。だからなんの躊躇もなく高空から落とせるし、着せてあるパワードスーツの隠しスイッチも押せた。

 ……押してしまった、というべきか。

 

「返すぜエンデヴァー。毒と爆弾たっぷり詰めてなァ……!」

 

 スーツから内側の着用者へと突き刺さる注射針、そして注がれるとびきりの悪意──“個性”の出力を強化し、その裏にある個性因子を狂化する強化(ブースト)()撃発(トリガー)のカクテル。

 敵の戦力には数えられていなかった冷が、

 

ァ、ア!? ァァアアア!!

「まさか、冷!?」

 

覆る。冷の血に潜む氷叢の力は生半可なものではない。悲鳴と共に生まれた巨大な氷華は当然ながら重力に引かれ、エンデヴァー達を押し潰さんと落下する。

 覆した。三人が三人とも虚を突かれ、冷または冬美を救けることに意識を割かれる僅かな時間。荼毘はこれを有効に活用した。目的を果たすため──すなわち、ターゲットと自身(だび)とを二人だけで孤立させるために。

 

 地面に激突するような勢いで氷華を追い越しながら無線機に叫ぶ。

 

「今だやれぇ!!」

 

*
第2話でカリナの位置を特定している。

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