【完結】愛慾のヒーローもどき   作:土屋 四方

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俯瞰戦況・六ヶ所

 

 薬物が引き起こした轟冷の暴走は決して看過できないものだった。感情的にはもちろん、単純な危険度においても。轟家の面々とアイスエイジは冷に注意を引かれ、その結果──

 

『今だやれぇ!!』

 

──合図で展開した泥は目論見通りに()()()()を飲み込んだ。荼毘ともう一人を他から隔離したのだ。実はそれほど距離は離れていないが、山の北側にワープさせた。

 

 依頼を果たした近属は轟小隊への注視を一旦外し、全体に目を配る。

 

 

 山荘を出た治崎は南進し、戸村一家を護る小隊だけを狙う。他のヒーローは──これを止めようとはしない。やはり意図して引き付けているようだ。

 

「まさか本当に正面から対抗できると? ……チッ」

 

 複数のノートパソコンと更に多いスクリーン。近属は忙しなく目と手を動かしながら舌打ちした。外の戦況ではなく別拠点での話だ。

 拠点の床に撒かれた液体は、そこに展開しようとした泥をばらばらに散らしてしまった。言うなれば界面活性剤のような働きをするらしい。時間をかければ道は開けそうだが──その液体以前の問題がある。

 

「くそ、当然カメラも潰されるか……いかんな」

 

 摸造脳無をばら撒いていた頃よりは格段に使い勝手を増しているものの、このワープには(ヒーロー側には知られていない)大きな制約がある。転移元と転移先、両方の地点を目視していなければ使えないのだ。カメラ越しでもリアルタイムなら構わないが。

 遠隔地への/からのワープ地点に人型のロボットを配置していたのはその為であり、治崎とスターアンドストライプの戦いを観ていた協力者にカメラを向けさせたのも同じ理由。

 

 そして『目標地点とカメラの距離』が正確性に直結してしまう。

 例えば荼毘ともう一人を飛ばした先にカメラは無い。使ったのは空中のドローンからの遠景映像だ。その結果は無視できないものだった。

 

「ぬぅ、三〇〇メートルも目標ポイントからズレたか。とすると……」

 

 高度と角度と三角比から、狙った地点までの距離をざっと計算して──忌々しさに歯が(きし)る。

 試したことはないが、衛星カメラからの映像ではランダムワープ同然になってしまう計算だ。ワープ自体はできても安全確保という意味では使い物にならない。博打が過ぎる。

 

 つまり、ワープによる退避は安全と言えなくなった。

 治崎が負けるとは思わないが彼は一人しかおらず、現にヒーロー集団はじりじりと山荘近くまで迫っている。ワープ以外の安全な脱出経路を確保しなければならない。

 もちろんそれは兵隊の仕事だ。近属はトランシーバー越しに命じる。

 

「お待ちかねの仕事だ。西側の山道にヒーロー共の伏兵がいる可能性が高い。これを排除して安全を確保しろ」

『俺はてめえに(くだ)ったわけじゃ──チッ、分かった分かった。行ってやらぁ』

 

 相手は解放軍の同志ではない。治崎の暴力に惹かれて九州の支部を襲ったために荼毘に制圧された*(はぐ)れ者だ。

 従順さは皆無だが戦闘能力は高いので無理やり従わせている──こちらは(コンプレス)と違い、爆弾を埋め込むことで。

 

「そう不満そうにするな、暴れたかったのだろう」

『歯応えのある相手がいるのか』

「ほとんどの相手は物足りんだろう──貴様の、(こん)の力量では」

 

 【キメラ】こと今鳥獣郎(ちょうじゅうろう)*

 狼に似た頭部、鳥類もとい恐竜を思わせる手足や尾、その全身を覆う分厚い筋肉。

 その戦闘力は極めて高い。存分に暴れてもらいたいものだ。

 

 



 

 

【挿絵表示】

 

 



 

 

■A地点(兵怜カリナ)

 

 

 山荘から飛んできた蒼い炎が頭上を通り過ぎ、エンデヴァー達の頭上に巨大な氷の華を咲かせた──そこまでは、見た。

 冷さんが大変なことになってるのは明らかだ。思わず脚を止めそうになったのは私だけじゃない。

 

 でも実際には止まらなかったしすぐに前を向いた。あそこのことは轟家とお母さんに任せると決めてあるのだから。下手に近くにいるとどちらにとっても邪魔になるので、距離を取るべく山荘へと北進。

 もうバレちゃったからコソコソしないし、照明弾もバンバン打ち上げて一気に距離を詰めるフェーズだ。

 

 ちなみに霧さんと霑くんは白い濃霧(雲?)でできた可動(ゴン)台座(ドラ)みたいなものに乗っている。正確に言うと紐のついた板を“個性”で包んで浮かしてもらい(落下防止の手すりとかも作ってもらって)、その紐を引っ張って移動させてる感じ。

 これならほとんど揺れないから、今のところ霙理ちゃんはおねむである。抱っこ紐を装備しているのは霑くんだ。

 

 と、そんな余裕が続くわけはない。

 まだ五〇〇メートル以上先にある山荘の正面扉に治崎の姿が見えたと思ったら、以前の私なら反応できない超スピードで一気に迫ってくる。

 標的はやっぱり霧さんで、それはこちらの想定通り。

 

 もちろんやらせはしない。突き出された腕を手刀で叩き落とす。

 

「──っ、む?」

 

 治崎は不思議そうに一旦距離を取り、偶然(まぐれ)かを確かめるように大きく迂回した。

 嫌がらせでマンダレイに伸ばされた片腕を弾き上げて。流れるように霧さんを狙う逆腕は肘から巻き取りつつ。

 圧縮された時間の中で、治崎の驚愕が見て取れた気がした。もう遅い。こちらを甘く見た雑な攻めはしっかり咎めさせてもらう。

 強く地を踏んで全身を回しながら背中でぶつかる──いわゆる鉄山(てつざん)(こう)。まぁこの身長差だと治崎のお腹辺りを打つことになるんだけど、それは重心を捉えやすいってことだ。

 

「っな、お前……?」

 

 不思議そうな反応をされた。今のは治崎が自分で退がったわけじゃない。私が押し飛ばしたんだ。あの剛力に正面から身体をぶつけることで。

 ……というか、今の靠だって切島くん辺りにぶつけたら山荘まで吹っ飛んでいくレベルだったんだけど。十メートルかそこらで踏み留まらないで欲しい。

 

 ともかくこれで治崎の油断も薄れるだろう。ここからが本番だ。

 

「まさか博士も能幹筺(カートリッジ)を?」

「んなわけないで──っ! (あっぶ)な」

 

 私が嫌がる発言、それに答えた刹那で仕掛けてきた──そうか、これは対話じゃないんだな? こちらが崩れるなら幸いって、ただその程度の悪意だけで投げられた言葉。

 治崎は、なんというか……相澤先生には怒られるかもだけど合理的だ。『復讐に囚われて頭がプッツンしちゃってる人』みたいな見方は完全に的外れだと感じる。こうして拳を打ち合わせれば余計に。

 

「チ、鬱陶しい……邪魔をするんじゃない!!」

「するに決まってる」

 

 被身子や爆豪みたいな閃きとセンス頼りの戦い方とは違う。私がお母さんから習った、人体構造と物理法則を踏まえて効率を追求した武の術理がそこにあった。

 証拠に私と噛み合っている。流派みたいなのは全くの別モノだけど、そんなのを越えて共通する理合(りあい)ってやつがある──例えばあの黒い腕だ。彼はあまり使ってこない。

 

 ワイン病院で融合した脳無の腕が肩の後ろ辺りから生えていて、今の治崎は四ツ腕である。そのまんまじゃなく少し細くしてあるのは重さ(ウェイト)調整の結果だろう。

 多腕って凄く強そうに思えるし、絞め技や関節技ならその通りなんだけど、実は打撃戦だと使いづらい。人の脚は二本しか無いしね。下手に四本で乱打する方がバランスを崩してしまう。

 治崎は黒い腕で殴りかかってこない。代わりに掴みかかってくる。合理だ。

 

 ほとんど攻撃せず防御に専念してる私が、それでも偶に掴まれてはいるんだから本数が脅威なのは否定できない。まぁその度にそこを自切して作り直してるから実質無効だけど。

 そしたら治崎から「狂ってやがる……!」とか言われるのマジで納得いかない。いや自分でも頭おかしいとは思うけどね? そっちだって似たようなことしてたくせに。

 

「クソガキめ……」

「どうも」

 

 自ら離れて区切りを入れる治崎。そのまま周りをぐるりと睥睨する。

 山荘南側の平原はすっかり戦場だ。ヒーローとヴィランがあちこちで集団戦を繰り広げている。私たちの周りだけはぽっかりとした空間──どっちも巻き添えは嫌だもんね。

 

 

 今の内に後ろ手でハンドサインを送る。すぐにマンダレイが全体に【テレパス】で通達。

 

〈こちらマンダレイ、状態グリーン。フィンガードは無傷、現状の戦闘を継続可能〉

 

 今のところ役目は果たせている。霧さんの心音はかなりストレスがかかってて心配だけど……霙理ちゃんはまだ寝息を立てているほどだ。ゆっくりお眠り。

 

 

 とはいえ……治崎も全力じゃないんだろうなコレ。手加減とかは無いにせよ、使ってない手札はまだまだあるはずだ。

 

 ──それはこっちもだけどね?

 

 



 

 

■B地点(麗日お茶子)

 

 

 マンダレイから届いた〈状態グリーン〉というメッセージは、轟くんとこ以外の本拠班にとっては『今の内にどんどん進んで近属(ワープ)を押さえろ』って意味。

 

 その先頭を行く小隊の一人が私っていうのはなんだか変な気分だ。私より強い人なんか沢山おるのに。

 

「なんだどうした歯応えねぇぞテメェらぁ!」

 

 最前で竜巻みたいに暴れるミルコ。攻撃のことしか考えてないような荒々しさだ。俊敏ではあるけど隙も多いその動きに、食らいつけるヴィランは──おらんってことはなくて。おるにはおるんよ。ここ、敵の本拠地やし。

 ただ、小学生サイズの球体がぎゅんぎゅん飛び回ってミルコを護っとるだけで。

 

「ミルコ! 信頼は嬉しいが防御を捨て過ぎではないか!?」

「んだよぉ適材適所だろクラスト」

 

 ランキング六位、(シールド)ヒーローのクラストが両手両足を喪ったことは大っきなショックやった……はずなんやけどねぇ。本人がすっかり吹き飛ばしてもうた。

 

 こんな人達と比べたら私なんか──とか思わずにおれんけど。でも〔浮重(フロート)力系(フレーム)〕の自己加速があれば相手に触ることは絶対できるし、【無重力】を入れてしまえば泥に沈むこともできなくなるだろうって想定で、一種の“切り札”としてここの所属になった。

 

 ここまでの私はほとんど後をついて走ってるだけ。近くにいる別の隊も、強敵が現れたら『ここは俺達に任せてミルコ達は先へ行け!』とサポートしてくれる予定なんだけど、そこまでしなくてもどんどん山荘に迫れている。

 

 そんな私達が、いよいよ山荘の正面扉に手をかけようと──正確には蹴り破ろうとした時。再びマンダレイからの【テレパス】が届いた。

 

警告! 治崎ロスト、どこかへワープしたわ!

 

「戻れミルコ! ウラビティ、下手に動くなよ」

「はい!」

 

 治崎がカリナちゃんの前から姿を消したという。私達はすぐに足を止めて全周警戒と防御に移行する。どこから治崎が出てくるか分かったもんやないから。

 もちろん周りからヴィランがいなくなったわけじゃない。こっちが進むも戻るもしにくくなったのはあっちからしたら好機。

 

「今だ潰せえ!」

「やれるもんならやってみろコラァ!」

 

 地面に泥が湧いたらすぐに〔浮重力系〕を使うつもりで視線を走らせる。

 自分だけで死角をゼロにはできんから周りとカバーしあいつつ、同時に半包囲を仕掛けてくるヴィラン達を撃退するのはかなり忙しい。

 

 『次の瞬間には治崎が真後ろや足下に現れて、為す術もなく殺されるんじゃないか』。そういう恐怖はみんなが持っていて……ていうか、出発前に校長先生もはっきり言いよった。

 

彼とはマトモに戦っちゃいけないのサ。フィンガード以外は遭遇即退避だ。

接敵してしまったら、そして狙われてしまったら。もちろん生存最優先だけど、難しいかも知れない。仮に致命傷を負わされるようなことがあれば……命が絶えるまで一秒でも長く時間を稼いで欲しいのサ。

こんなヒドい頼みをするしかない、彼はそういう相手だ。

 

 そういうミッションだから、私にはここに来ない選択もあった──そして自分の意思でここにいる。

 だからって(こわ)ない言うたら嘘。治崎の居場所が分かっていない状況はそれだけでストレスだ。

 けどそんなストレスは二分かそこらしか続かなかった。

 

〈こちらマンダレイ。目の前に戻ってきたわ、各隊は前進を再開──〉

 

 カリナちゃんのとこに戻ったらしい。なら言われるまでもなく前に進むところ……なんやけど。

 微かに、でも確かに、マンダレイが漏らすべきでないことを漏らした。洸汰くんもいるから心配になるのは仕方がない。

 

──雄英に()()()()が!?

 

 体育災の“巨人”を指してるのは誰だって分かる。確かタルタロス近くの()()に特別収容施設を作って、拘束したままそこに沈めてある*って話だったけど……治崎はそこを襲って巨人を解放したってことか。

 マンダレイは直後に撤回のメッセージも送ってきた。色々と察した正規ヒーロー達は一瞬迷っただけですぐに切り替えたみたい。実際、今ここにいる以上は慌てて退却するより攻め落とす方が先決だ。

 私だってそれ位わかる──けど、周りには心配をかけてしまった。

 

「ウラビティ、行けるか?」

「行けるかじゃねえ行くんだよ。前向けウラビティ」

「あっ全然問題ないです! 行けます!」

「……強がっても誰も得しねえぞ、心配なら心配って言うだけ言っとけ。それでも仕事はしてもらうんだからよ」

「いえ、強がりとかでは──」

 

 クラストとミルコの、近くにいる別のチームの、気遣わしげな視線が集まっている。

 ……学生で仮免の私がそう思われるのは無理もない。

 でも本当に心配なんてしとらんのよね。必要無いから

 

「──大丈夫、安全ですよ雄英は」

「大丈夫って……ん、安全?」

「はい。むしろ心配事を挙げるとしたら──」

 

 これも嘘だとか誤解されてまうかも知れんし、普通に考えたら空気の読めない冗談みたいに聞こえるかもだけど……本当のこと言うしかない。きっとカリナちゃんも同じやろし。

 

「──()()()()()死んでしまわないか。そっちのが心配ですね、私は」

「……マジで言ってんだな?」

「大マジです。なので心配要りません、進みましょう!」

 

*
179話『治崎廻:ブリーフィング』

*
劇場版『ヒーローズ:ライジング』より

*
生存に必要最低限の酸素は供給していたが、常に酸欠状態に置くことで意識と身体の両方を縛っていた。

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