【完結】愛慾のヒーローもどき   作:土屋 四方

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 一話の中であちこちへ飛ぶのは今話までの予定です。


死に瀕する者たち・三ヶ所

 

■荼毘

 

 

 危険な任務の真っ最中、それも凶悪なヴィランと一対一という危険な状況にされたのに、堪えきれずゲホゲホと()せてしまう。空間を越える泥から放り出さて口周りを拭うのは──

 

「ち、(きった)ねえな……!」

「あぁ、気持ち悪いよな。そういえばヒーロー側で体験したのお前が初めてなんじゃね? ()()()()

 

──エンデヴァーの末息子だった。

 彼は大いに戸惑いながら応える。

 

()…………燈矢(にい)

「へえ? そっちで呼ぶのか」

 

 親しげで愉快そうな台詞と声音だが、荼毘の表情は虚ろに凪いだままだ。“燈矢”と呼んだことが怒りを招いたのかどうなのか、ショートには分からない。

 そして他にも分からないことだらけだ。

 

「ここは──なんか特別な場所なのか」

「おいおい、訊きゃあ教えてもらえると思ってんなよ」

 

 例えば現在地。実はワープ元からそこまで遠くには来ていない。山荘の更に北側、尾根を一つ越えた辺りにいる。

 じっと耳を澄ませれば戦場の騒がしさも(風向き次第では)届くかも知れない距離。もしくは暗闇に目が慣れたなら南側の山向こうに照明弾の不自然な光が見えただろう位置。

 しかし残念ながらショートにそんな余裕は無かった。目の前の蒼い燐光で瞳孔が閉じてもいる。

 

 例えば動機。なぜ他ならぬショートなのか。

 

「──正直言って意外だ。俺を狙ってくるなんて」

「そうか? どの辺が?」

「ろくに話したことも無えだろ」

「恨まれる筋合いも無えって?」

「それは分かんねえけど……っ!」

「こんくらいは避けるか」

 

 言葉を交わす間も荼毘の【蒼炎】が絶えることはない。それは捕らえるでも痛めつけるでもなく、明らかに殺すつもりの攻撃だ。

 

「俺がこう生まれて、親父に目ぇかけられて、だから殺すのか。逆恨みだろ」

「あぁ? 勝手な思い込みも腹立つな……なら教えてやる」

 

 堪らず問い返せば、はぐらかすことは止めたらしい。焔撃は絶え間なく続いているが。

 

「恨んじゃいない──こう言っちゃなんだが、お前は『俺の家族』つーより『復讐(エンデ)対象(ヴァー)の家族』だ。俺ン中ではな」

「それは……まぁ分かる。正直お互い様だ」

 

 二人の間に個人的な接点は乏しい。同じ家に暮らしていたはずなのに、父親によって隔離されていたから。

 だからワイン病院では、荼毘はショートに半ば無関心だった。怒りも恨みもエンデヴァーに向いていて、その添え物を見るような態度。

 それはまだ理解できた。納得がいった。逆に現状が分からない。

 

「俺を殺して親父を苦しめようってんなら随分とやり方を変えたんだな」

「誰だって上手くいきそうになきゃそうするだろ。ましてヴィランに一貫性とか求めてんのか?」

「……そっちからすりゃ上手くいってたんじゃねえのかよ」

 

 ショートが初めて怒りを滲ませた。間近で見ていた家族からすれば、夏雄の時も冷の時も目に見えて苦しんでいたから。

 それらは荼毘も歓迎した。悦びはした──が、足りない。まるで足りていない。

 

「俺はあのクソを()()()()てえのさ。十一日の電波ジャックでぽっきり折れてくれりゃあ良かったんだがよ。のうのうとヒーロー続けやがって……だからお前が死ぬのもアイツのせいだぜ、精々恨みな」

「…………」

 

 例えば冷を惨たらしく殺すことで。あるいはそこに冬美を加えることで。

 エンデヴァーは折れるだろうか。膝をつき立ち上がれなくなるだろうか。

 荼毘の──燈矢の知るかつての父なら無理()()()。精神的にはむしろ脆いという洞察は間違って()()()()()

 しかし今のエンデヴァーは折れない。折れそうにないと荼毘は見ている。

 

 それはつまり──、

 

「…………くそダセえ」

「あ?」

「カッコ悪いっつってんだ、ショボ兄貴」

 

──『負けを認めた』ということだ。『エンデヴァーの意志と意地を砕くことを諦めた』とも言える。

 だから後継にあたるショートを殺すことで、エンデヴァーが遺そうとする未来を()とうとしている──当の父親を()つのではなく。

 

 ショートのそれは同族嫌悪に近い。兄の欲するものが、かつて自分のやろうとしていた“完全否定”のように迂遠で独り善がりな復讐に思えたのだ。

 

「“むしろその炎で、焼き殺してしまえばいいのに”。真っ直ぐ親父に向けるなら、俺だって夏(にい)だって──八割殺しくらいまでなら手伝ったかも知れねえのによ」

「……へぇ……?」

 

 その言葉に、荼毘は。

 自らの心に浮かんできたものに驚いた。

 

 怒りではない。無感動でもない。

 ショートから“ダサい”“カッコ悪い”“ショボい”と酷評されて……荼毘は初めて目の前の相手に『弟』を感じている。兄がそうするように、『ヘボなところは見せられない』という気骨が心に芯を(とお)した。

 

 決めたことを貫徹する──つまり、なんとしてもショートを殺すと。

 

 

 格段に勢いを増した炎。自らを焚べる荼毘。

 ショートは改めて厳しい戦況に歯噛みする。

 

 

 当たり前だが殺されるわけにはいかない。殺すわけにもいかない。同時に自死も阻止する。

 その総てをたった一人で。

 

 可能なのかと問いたくなるほど困難な目標だ。ただ山荘攻めに比べれば分かりやすい。ショートも覚悟を決めた。

 

「とっ捕まえてやる。燈矢兄も親父と並んで説教されちまえ……!」

「…………」

 

 荼毘の表情は不動のまま。

 くだらない・興味がない・つまらない──そのようにしか見えない。(うろ)のような瞳の奥に兄としての歪んだ自尊心が蠢いているなど、ショートは想像もできずにいる。

 

 ただ確実なのは、荼毘が自らの身を全く顧みていないこと。

 このままでは遠からず【蒼炎】に呑まれてしまうだろう──ショートが護ってやらなければ

 

 



 

 

■轟冷

 

 

 荼毘によって投下された冷の振る舞いは暴走そのものだった。理性が感じられない。感情さえ窺えない。絶望的なほど、無慈悲なほどに。

 異常活性された超常器官が全ての身体機能を支配してしまっているのだ。呼吸器も循環器も例外なく、ただ超常現象を起こすためだけに消耗されている。

 それは氷の大輪を模っており、地面に落着すると同時に根を張るように四方へ氷の蔦を伸ばしていく。

 

冷!

 

 本来なら荼毘をマークするはずのエンデヴァーが一瞬注意を逸らしたことを責めるのは酷というものだろう。冷を保護するのはアイスエイジの担当だったが、薔薇の花弁のように重なった氷の中心には炎熱なくして手が出ないのだから。

 荼毘はこの致命的な隙を狙い撃ちにした。

 

(あぶ)ね──」

「えっ? 焦凍、焦凍ー!?

どうしたショート、報告をしろ!

 

 振り向く余裕の無いエンデヴァー。やや要領を得ない冬美の早口で事態を把握する。泥の中に荼毘とショートが飲み込まれたという。

 

「ショートを狙った……!? アイスエイジ!」

「冬美さんは任せな! だけどショートは……!」

 

 冬美の護衛はアイスエイジが引き継いだ。冷と【氷河期】の相性を考えれば妥当だろう。

 

 荼毘の相手は……ショートに委ねられてしまったということ。もちろん大いに不安だが、かといってどこに飛ばされたかすら不明だ。

 ──そしてそれ以上に、今はこちらも余裕がない。

 

「ぬ、う……!?」

「エンデヴァー! あんな出力じゃ冷さんの身体が保たない!」

「分かっている! しかし──!!」

 

 冷の身体は幾層にもなった氷に包まれている。既にエンデヴァーの炎を正面から浴びながら、それでも氷の花弁は減っていかない。

 地面に突き刺さった部分は根のように地下を侵食しているらしく、迫り上がってくる霜は地表をうねらせ引き裂いていく。

 

 無駄であっても夫と娘は喉を枯らして叫んだ。そうせずにいられなかった。

 このままでは死ぬ。“個性”の過剰行使か、あるいは耐性を越えての凍死か、もしくは足下の霜柱が砕けて一帯が崩落するか。

 それに冷却の出力や指向性もまるで安定しないから、『氷を融かしつつ冷を焼き殺さない程度の炎熱』に調節することも極めて難しい。加減を誤っても今の冷は自衛すらしないだろう。

 

 期せずして状況は相似していた。

 このままでは“個性”に呑まれる──エンデヴァーが護ってやらなければ

 

 



 

 

■“異形”の少年少女(こどもたち)

 

 

 群訝山荘から徒歩や車両で脱出するなら、地形的に南か西しかない。そこから近属が読んだ通り、南側の本隊とは別に西側にもヒーローの別働隊が迂回していた。

 そんな彼らに竜獣(キメラ)が襲いかかる──圧倒的な暴虐によって。

 

 

 確かに別働隊は本隊より少数だし、戦力などの理由から仮免(がくせい)ヒーローの比率も高い。

 しかしだからといって、たった一人のヴィランによる遠距離からの初撃で蹂躙されるなど……全くの想定外だった。

 

「チッ。歯応えなんざありゃしねえ」

『学生も余さず狩っておけよ』

「うるせえ。言われんでも分かってる」

 

 山間(やまあい)の荒れた平野を見下ろす林に潜んでいた一団は、キメラの口から放たれた熱線により半壊。戦える状態を保っているのは学生ばかりである。

 彼らは正規ヒーローに庇われた。熱線や炎や倒壊する木々から遠ざけられ、優先的に水を浴びせられ、致命的な火の海と化すことが避けられないとなると木立ちの外──北側にぶん投げられた。

 燃えるもののない荒れ地に降り立ちながら、フロッピーは炎獄に向けて叫ぶ。

 

マニュアル! Mt.レディ!

「落ち着けフロッピー!」

 

 ツクヨミは他の学生らの着地を【黒影】で助けながら彼女を(たしな)めた。非情ではあっても英断だ。当然ながらキメラは彼らを視認しているのだから。

 広く油断なく睨みつける冷たい視線。言葉も交渉も通じそうにない。学生たちの一部は気圧されて腰が引けそうになった。

 しかし決然と声をあげるグランド(傑物学園二年・真堂(よう))に勇気づけられる。

 

「敵の足を止める! 時間を稼ぐぞ、戦闘が得意じゃないヤツは救助や連絡を!」

「「「了解!」」」

 

 別働隊の一部である学生組を更に分けるのは愚策にも思えるし、恋人であるタートルネック(同・中瓶(たたみ))を救助に振り向けることで強敵から遠ざけようという私情もゼロではなかったかも知れない。

 しかし──いずれにせよ、半端な実力でキメラの前に立つのは自殺行為だ。

 

「せいあっ!」

「〔オクトブロー〕!」

 

 マインズ(一年B組・庄田二連撃)もテンタコルも、本隊よりは一枚劣るというだけで決して弱くはない。グランドが瞬間的な地揺れを起こしてキメラの体勢を崩すと、果敢に距離を詰めてそれぞれの技をクリーンヒットさせてもいる。

 それらを意に介さぬ相手のフィジカルが異常なだけで。

 

「──ぬりぃよ」

「「ぐぅあっ!?」」

 

 弾き飛ばされた二人に代わり、ツクヨミとジェボーダン(同・宍田獣郎太)が前に出る。彼らは戦力だけの評価なら本隊もありえたが、山荘内では実力を発揮しにくい為に別働隊にいるパワーファイターだ。

 

「「ぬおおおお!!」」

「おうおう、イキの良いガキもいるじゃねえか」

 

 大きさ・重さ・腕力。分かりやすい『力』を正面からぶつける二人をグランドがサポートすることでギリギリの均衡が成立する。

 

 ところが……フロッピーは動けていない。迷いに囚われて。

 

 炎の海へと戻りたい誘惑がある。自分たちを逃がすために身体を張った大人が取り残されているはずだ。怪我人も複数でていた。

 しかし彼らは無力な要救助者ではないし、また彼女の舌や粘液は乾燥に弱い。寒冷地よりはマシだが火事場でも役に立ちにくいのだ。

 

 ならば今はここでキメラの対処に加勢すべき。近接戦は厳しくともツクヨミたちを介して毒液を塗りつけるなどやれることはある。

 その理屈は筋が通っている。自分でも反論が思い浮かばない。

 

 そのはずなのに心に絡みつく、躊躇。

 フロッピーにはひどく哀しいものに見えるのだ。キメラの瞳や表情が、まるで“救けを求める”ように。

 思い余って希望に縋るような問いを──

 

「ねぇアナタ、無理やり戦わされてるんじゃないの?」

「お? 良く分かったな」

 

──キメラはあっさり肯定した。

 

 

 事実、彼は体内に爆弾を埋め込まれている。従っているのは命惜しさだ。

 フロッピーが想像するような哀しい因果とはまるで噛み合わない。続いた言葉も根本的なすれ違いを露わにする。

 

「ならお願い。きっと力になるから、どうかヴィランなんかに堕ちないで」

「……あぁん?」

 

 この女子学生は爆弾の話などしていないらしい。かといって命乞いではなく、一時的な休戦の申し出でもなさそうだ。

 周りの全員が戦いの手を止め、キメラの答えを待っている。その様子から考えても……過去すべてについて言っているのだろう。

 

 つまり──異形差別故にヴィランに堕ちた者に対して『人の善意をもう一度信じろ』と言っている。

 カエルの少女が。多腕の少年が。黒い化け物を従える少年と、獣そのものと化した少年も。

 

 彼らの視線に含まれる憐れみや同情は腹立たしい。しかし善意ではあるのだろう。それを認められないほど幼くはない。

 ただしその善意は隔絶を埋めるどころか浮き彫りにするばかりだ。

 

「それは、何か? “異形型”同士だから気持ちは分かるって?」

 

 フロッピーとテンタコルは確かな応えを返さなかったが、他の二人ははっきり頷いた。

 ──頷いて、しまった。【黒影】以外はほぼ人間の典型を残したツクヨミと、獣化形態と解除状態を使い分けられるジェボーダンが。

 

 

 キメラの容姿は戦闘の本気度によって多少変わるものの、どんなに脱力しようと人間(むこせい)のそれに近付くことはない。

 

 元々治崎に興味があっただけで、解放思想なんぞに興味は無かった。近属のことも気に食わない。忠誠など真っ平ごめんだ。

 

 それでも──このガキ共よりは()()()()()()()()

 

 

「「「!?」」」

「離れろ一年坊ッ!!」

 

 突然の怖気に全員が身を強張らせ、グランド以外は言葉も出なかったが、まだキメラは何もしていない。ただ目つきが変わった。

 強制されたものではない意思が宿ったのだ。こいつ等を殺したい、という。

 

 護ってくれる者はいない。自らを助けるしかない。

 ──ただ一人、()()()()()()()()()と言えなくもないが。

 


 

【挿絵表示】

 




 ここまでは時間を短く区切って各所の様子を描きました。
 次話は山荘内+西側(画像B隊E隊)の戦いを追う予定です。

(書く内容は決まっていますが見せる順序は悩んでいるので予定は未定です)
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