ツクヨミ達がキメラと激突する少し前、山荘内の近属は地下の指令室を棄てた。惨めさに歯噛みしつつも退避を始めたのだ。
「畜生、屈辱だ……!」
ロボットに自身を運ばせて西側の通用口を目指しながら、タブレットで多数のカメラ映像を確認して部下たちに指示を飛ばしていく。
奇襲を受けたとはいえ、戦況はそう悪くない──館内全体を平均して見れば、だが。
解放軍の中でも腕利きが揃っている上、彼らの多くは“能幹筺”持ちだ。あちこちで発生した局所的な戦闘の中には『あと五分もあればヒーローを打倒せしめるだろう場所』が幾つもある。
あるのだが……たった一つの例外が問題だ。
他のヒーローを壁にしてでも最速で侵攻して近属を狙ってくる小隊に関しては、認めたくないが快進撃と言わざるを得ない。
「内部構造まで把握されている……あの夜に四ツ橋と気月を殺せていれば。忌々しい──!」*
四ツ橋にとって群訝山荘の構造など秘する意味が無くなったからか、彼はヒーロー側にありったけの情報を提供している。
被身子に『チェンジ』と言われたからではない、はずだ。たぶん。
近属の分断策もある程度は奏功しているものの、折り悪く非常に厄介な仮免ヒーローがミルコと合流してしまった。
間取りが分かっている屋内という
「ミルコとコイツは放置できん……だが……」
戦力比としては簡単な計算なのだ。
今すぐ治崎が山荘に戻り館内のヒーローを蹂躙すればそれで終わる。あとは謎の急成長を遂げたフィンガードを数で囲んで圧殺すればいい。
しかしそれは筋が違う。治崎は部下ではないのだから。目の前にまでやって来た復讐対象を捨て置いて護衛に戻れなどと……荼毘に『エンデヴァーを赦せ』と言うようなものだ。
──想像するだけで若干の怖気を感じるほどの地雷である。そんなことを命じようものなら彼らの暴虐はむしろ近属に向けられかねない。
だからこれまでは部下を指揮し──その大部分は筺で扇動した者たちだが──自身を守らせてきた。
それで足りないとなれば、後はもう。
「私が自ら動くしかない、か。騙し討ちの形を取ればどうにか……」
走る。走る。今の内にワープ使いの近属を捕まえるために。
お屋敷の地図は事前に頭に叩き込んだ。道を塞ぐヴィランは他の小隊がどんどん引き受けてくれとる。
マンダレイからの【テレパス】も定期的に届くから、治崎がカリナちゃんのとこにいるのも間違いない。
障害は少ない──何なら味方に一番びっくりさせられたくらいだ。
「良くない知らせなんだよね!」
「ひゃあ!?
急いでたっぽいから仕方ないけど、足下から急に生えてこないで欲しい。かなり心臓に悪い。
「ごめんごめんウラビティ! 一人で地下に先行してみたけど、どうも逃げられたっぽいんだ!」
ミルコは面倒臭そうに舌打ち。クラストに隊を分けるかと相談し始めたところで、少し前に分かれた何人かが追いついてきた。
その内に一人にルミリオンは声を弾ませる。
「ナイスタイミングだぜサンイーター! ロボットの音とか探せるかい!」
「分かった、やってみよう」
ワイン病院にはたくさん配置されていたけど、今の局面だとロボット兵は時間稼ぎにも力不足。それがまとまって動いているところがあれば【人形】を使う近属の周りだろうって読みだ。
サンイーターはウサミミを生やしてあちこちに向けると──別にミルコから顔背けなくても兎肉の恨みとか無いと思いますよ?──すぐに特徴的な音を聴き取ったらしい。
「一階西の搬入口に向かっ──」
ただ、ほんのしばらく脚を止めとったせいでヴィランたちにも集合の時間を与えてしまったのか。タイミングを合わせて大勢で襲いかかってきた。
「──うあ!?」
「安心しろサンイーター! しかし数が多い……ミルコ、我々は後で追いつく!」
「っしゃあ! 行くぞウラビティ、ルミリオンお前もこっち来い!」
「「はい!」」
クラストとミルコが即座に方針を決めて、私たちは三人で“搬入口”を目指す。
状況は悪くない、はずだ。逃げるならそっちだろうって読みでフロッピーやツクヨミが先回りしとるのも西方面やし。
──後から思えば、この時の私は。
近属友保という人のことを、“ワープ使い”としか見ていなかったのだろう。
普通のお家で言うなら勝手口ってことになるんかな。正面の玄関やのうて裏っかわの出入り口。
これだけ大きいお屋敷になると食べ物とかもトラックで運んでくるようになるから、“搬入口”はかなり広々としている。
たぶん、そこに駆け込んだのはほとんど同時だった。私たち三人──私とミルコとルミリオンの方がちょっと遅かっただけで。
「ええい、さっさと開かんか──ちっ、もう来たのか!?」
「逃げんなゴラァ!!」
問答無用。ミルコが矢のように駆け出し、ルミリオンはコンクリートの床に沈む。
私は全力で走ってもこの二人には少し遅れてしまうから、ワイヤーを伸ばして近属を守るロボットを削りにかかる。
戦力的にはミルコだけでも鎧袖一触なんやけどね。爆弾や毒ガスを抱えてるかも知れないとか色々考えるとほんの少しは時間を取られるから、手伝うに越したことはない。
「ち、く、しょぉぉおお!!」
吠えた近属による【人形】の操作もあって、ロボットとしてはびっくりするほど滑らかで力強い動きをする。それでも排除が済んだ時点でシャッターは膝の高さを越えたかどうか。
地面に這いつくばれば通れなくはないけど逃がすわけない──つまり、追い詰めた。
近属の正面からはミルコの右脚が、斜め後方からはルミリオンの右拳が、挟み込むように襲いかかる。
私だけは二歩ほど引いた位置。泥に沈もうとしたら即〔
……そのはずなのに。
「ご、は……っ!」
「テメェ、何しやが、った」
「ぐ、ぐ、ゔぅぅ」
何が起きたのか分からんかった。近属だけじゃなく、三人が三人とも呻き声を上げて倒れたり蹲ったりするなんて。
ううん、それどころか。こちらの方が明らかに重いダメージを負っているのだ。
「ミルコ!? ルミリオン!」
泡を食ってアイテムポーチから止血帯を取り出す。激しく噴き出した鮮血の量は命に関わるものだ。ぱっと見だと傷が深いのはミルコの方──
「こっちはいい、手当てならルミリオンからしてやれ!」
──だったんだけど、
言われた通りルミリオンに駆け寄る。拳というか手首あたりからの出血は傷の様子が見えないほどだ。それを詳しく確かめるより前に両手も使って高く跳ぶ、
「ウラ、ビティ」
激痛に震えるルミリオンの短い言葉、そこに込められたニュアンスと、私より高くを──仰向けに倒れて苦しむ近属の真上を──見上げる視線。一瞬だけ悩んで治療を後回しにする。ほんの数秒、ミルコの蹴り下ろしがヒットする瞬間をよく見てからにしようと。
落下中のミルコは私たちの注視を褒めるように笑った気がした。
「ッシャァァアア!!」
本家本元、元祖〔
彼は際どいところでそれを受け止めた。音からして両腕の骨は折れたっぽいけど頭は揺らせてない。
そしてミルコの左脚は……繋がっている。繋がってはいるけど、脛には
何がその傷を作ったのかはやっぱり視えなかった。でもミルコは二度目で確信を得たらしい。
「てンめぇ、そいつは、その“個性”は──!!」
叫ばれた名前はもちろん知っている。でもあの人の“個性”でどうやってそんなことが?
そんな考えがまとまるより、当たり前やけどミルコの蹴撃はずっと速い。〔月墜蹴〕を受け止められた時点でその反動を逆回転に利用してる。一旦手足をコンパクトに畳むことで回転速度を上げると、初撃で切り離された右脚の断面を近属の腹に突き刺──、
「……〔
──突き刺そうとして、失敗した。
今の一撃を近属は防ぎきった。逆にミルコの右脚は更に短くされてしまっている。
今度は何が起きたのかはっきり視えた。名前をはっきり出されたから、もう隠すのを止めたのだろう。
「ぬ、ぐ……はぁ、はぁ……」
荒い息を吐きながら立ち上がる近属が漆黒を
視線の先のミルコは、さすがに血を失い過ぎて動けそうにない。次いでこちらへ──ルミリオンに向き直ったので、私は間に立ち塞がって睨みつけた。
かかってくるようなら、どんな攻撃を受けながらだって絶対に【無重力】をかけてみせる。そうすれば泥に沈み込めなくなって、少し経てば後ろからクラストやサンイーターが追いついてくるだろうから。
表情はもう
「救急キットだけ……置いて、すぐ追うんだウラビティ」
痛みを堪えるルミリオンに従うべきなのは分かるし、そうするつもり。ただ少しだけ時間がほしい。彼の怪我だって軽くはないんだから。
「でもルミリオン、これ……!!」
ミルコと違って切断はされてない。繋がってはいる。でも出血量はもしかするとミルコより多い位だからせめて──、
「止血とかはミルコとお互いにやる、だから!」
──止血くらいはさせてという言葉を先取りされた私は……結局はすぐ言われた通りにした。
近属が想像とは違う方法でシャッターをくぐろうとしていたからだ。
ぶち破るとか押し上げるとかして拡げてから通るものと思いきや、彼は再び仰向けに身体を倒す。そして手足は動かさないまま、地面を滑るように進みだした。
「なんやソレ!?」
思わず叫びながら救急キットを放り置き、スライディングでシャッターをくぐる。屋外では、暗闇に融けるような黒の巨体が人体構造を無視してぬるりと立ち上がったところ。
……なるほど、さっきのも『立ち上がりながら鎧を纏った』わけじゃなかったのか。『ダメージを負って動かしづらい身体を、鎧を纏うことで起こした』んだ。
さっきミルコが叫んだヒーローの名前は、ヨロイムシャ。
筋肉の塊みたいな彼女の脚が切断され【透過】に守られるはずのルミリオンが傷つけられたのは、脚や拳があるその位置に黒い武者鎧が生成されたからだ──ヨロイムシャの“個性”、というか“能幹筺”によって。
つまり近属は、【具足】で創り出した黒い武者鎧を【人形】で操ることで、筋肉に頼らず動いてるってこと。
彼にこんなことができるのも私の隣にミルコやクラストがいないのも、想定はしてへんかった。
だけど諦めるはずがない。諦められるわけもない。
そもそも諦める理由なんかあらへんし。
私はまだ、一人きりってわけでもないんだから。