具足ヒーロー・ヨロイムシャ。
彼はワイン病院に参戦せず、更には最速で引退を発表したせいで全面的に支持を失っている。今や軽蔑している者も多いだろう。
但しそれはごく最近の話。彼には根強いファンが多かった。
まず事実として、高齢になってもトップテンに居座り続けたのは偶然でも裏工作でもない。純粋に実績である。
例えば『一ヶ月あたりの事件解決数』でいえばエンデヴァーなどに及ばないが、『これまでの累計解決件数』なら勝敗は逆だ。キャリアが長いおかげではあるし、解決してきた事件が平均的にやや小粒なことも否めないが、それでもオールマイト以前から長く地道に活動してきた彼は堅実さで信頼されていた。
そして人気の理由がもう一つ。
ヨロイムシャの“個性”、【具足】である。
華々しく強い“個性”だから、ではない。むしろその逆。
地味で不便な“個性”であり、にも関わらず活動を続けていたことが『いぶし銀』などの評価と敬意を集めていた。
【具足】にできることは多くない。自らの身体に纏った状態の武者鎧を無から生み出すこと、それを消すこと、部分的に展開・解除すること──以上。
防御面のメリットこそ大きいが、しっかりと重量があるため機動性に難があり、兜や
増強系のようなパワーはない。鎧の下の筋骨はただただトレーニングの成果だ。
クラストのように鎧を独立して動かすこともできない。空中戦などは参加不能。
絶対防御と呼べるほどの鎧でもない。破壊されたことも数多く、彼自身『現れたり消えたりする以外はただの鋼』と卑下したこともある。
彼も(晩節を汚しこそすれ)英雄には違いあるまい。数十年を戦い抜いてきた武器が、さして強力ではない──口さがない者に言わせれば“
……ただしそれは“個性”としての評価。
“能幹筺”としてのそれは、近属が使うのであれば──
【
通信機器と併せて使ってきたのは『遠くの・多くの』対象を操るためだ。逆に『近くの・特定の』モノであれば操作は容易で強力になる。
だから
近属は自分の身体じゃなく、【具足】で創り出した黒い武者鎧の方を【人形】で動かしてるんだろう。
それは推測できたけど、その走力はかなり予想を超えとった。
「速っ!?」
思わず驚いて、シャッターをくぐったところに取り残されてしまった。飯田くんのレシプロほどではないにしても、それに迫るスピードだ。
仕方がない、カードを切ろう。
〔
「ぬぉっ! 貴様いつの間に──」
なんとか転倒は避けたものの思い切り体勢を崩した近属。こうしてやれば必ず追撃がくるはずだ。
「──ッヌグァ!?」
……期待通り半分、期待外れ半分。近属は突然苦しみだして頭を押さえ、よろめき……うん、膝もついたけど。気絶まではしていない。
LRAD、つまり爆豪くんたち*の砲撃だ。
全力なら人の意識くらい余裕でかっ飛ばせるはずなんやけどな……? 爆豪くんのことだから、脚を止めた近属に今も追い打ちを連発しとるはずやし。
起きてられるわけない──のに、今も必死で耳を塞いで藻掻いている。そんなんじゃ防げないにせよ抵抗をやめてはいない。
何かある。その原因はすぐ明らかになった。
近属は私に背を向けているのに、目があったのだ。
注意深く見ている内に兜が脱げて(脱いだのかも。中に反響しそうな感じだし)、それで露わになった異形が無関係なわけない。
“個性”の中枢であり“筺”の中身にもなる後脳。近属はその部分が大きく盛り上がっている。病気とかでできる
「脳無!?」
叫びながら自己加速。背中に触れて【無重力】をかけようとしたけど、あの目玉に見られたせいか停める前に大きく距離を取られてしまった。
うう……〔浮重力系〕はいざって時の防御にも使えるし、泥ワープの瞬間を狙い打つためにもここで使い果たすのはちょっと……仕方なく加速を解いて温存する。一瞬とはいえ無駄遣いしてもうた。
あの後頭部を見れば(脳無の異常な再生力を考えると)爆音で気絶させるのはたぶん難しい。
そう判断してくれたのだろう。樹の上から爆豪くんと
「逃さねえよクソロン毛」
「大人しくして!」
「二人とも、直接攻撃は避けて。ミルコとルミリオンが打撃の瞬間にやられた」
近属は……まぁ、それはそうよね。諦めて捕まったりはしてくれんみたい。足に絡んだワイヤーを強引に振り解き、私とピンキーとの間を抜け出そうとする。
「〔アシッドヴェール〕!」
「効かん!!」
兜と面を作り直し、黒武者は酸の膜を突っきった。ジュウジュウと音はするけど中までは届いてないだろう。
私はその正面に立ち塞がる。人体に特有の力みや呼吸が無いから合気術をかけにくそうだけど、殴り飛ばされるならそれでも良いんだ。【無重力】さえ入れられれば。
その狙いを察しているのかどうなのか、近属は私を避けた。進路を変えた。つまり……減速した。
もうそれで充分、彼は追いつける。
「逃さねえつったろがアァン!?」
「ぬぐぅっ!?」
私とピンキーは爆豪くんに合わせて位置を変え、再び近属を取り囲む。
三人がかりなら封じ込めることはできそうだ。【酸】や【爆破】で鎧を壊してしまえば──あ、一ヶ所壊せたけどすぐに作り直されてもうた。この硬い防御を破りきるのは難しいってことかな。
でも近属の側も私たちを、特に爆豪くんを打倒する力は無さそうに見える。
だから、だろうか。
それか彼が逃げようとしとる西方面──フロッピーやツクヨミがいるはずの辺りから、とんでもなく盛大で激しい戦闘音が続いとるせいかも知れん。
近属の口撃が始まったのは。
「爆豪勝己、芦戸三奈……
「「……ハァ?」」
二人とも嫌そうな声で応えた。それはそうだろう、ヴィランのお世話になった覚えなんてない。
広い意味でなら、身の回りにFeelGood.Incが関わった製品はあったやろけど……そんなことで『よりにもよって』なんて言われてもなぁ。
「テキトーなこと喋る前にブッ殺す」
「……ふふ、その反応。話されたくないか爆豪よ。幼い日のことだ、恥じることはなかろう?」
「黙れコラァ!」
だけどどうやら爆豪くんには心当たりがあるっぽい。
……ごめん、正直ちょっと気になる。だからって攻撃の手を緩めたりはせぇへんけど、やっぱり近属の防御は硬くて今一歩のところで確保に至れなかった。
だから彼の言葉は、爆音の合間を縫うように続く。
「我々は異能解放軍。その解放はずっと以前から実践してきた。
爆豪、貴様は幼稚園にいる時【爆破】に目覚めたそうだな」
「黙りやがれぇぇェ!!」
「それを貴様は
「「誰それ!?」」
ピンキーと声が揃った。普通なら嘘に決まってると蹴っ飛ばす内容だ。
でも爆豪くん自身の反応は今のが実話だと言っている。
「あンのババァ、あちこちで触れ回ってんじゃねーだろなァ……!!」
「ひどいことを言う。私がそれを知ってるのは単に、貴様が親に連れられてやって来た
「!……てめーら、そんなトコまで」
そういえば百ちゃんやホークスがすっごく大きな組織だって話してたっけ──ん? “訓練施設”? ……あ。近属の話を信じられる根拠がもう一つあった。
「私その映像観たわ」*
「ァァン!?」
「顔はモザイクで音声もカットされとったけどどー見ても爆豪くんやった。他の子らは声も入っとったし」
「あー、爆豪だもんね」
「ね」
ピンキーと頷き合っていたら爆発が一層激しくなった。照れ隠しかな。
「そう、貴様は目覚めたばかりの【爆破】を恐れ、それを訓練で乗り越えた。
ならば『無免許での個性使用禁止』など馬鹿げたことだ。我々が貴様に解放の場を用意してやった、そのお陰で今の貴様があるんだろうが!」
「…………」
頷けるわけもない。けれど否定は──難しい。
子供たちに自身の“個性”を肯定してもらう、また他人の“個性”も過剰に恐れなくて良いと分かってもらう、そんな機会がもしも無かったら……考えたくもない。あの日一緒に過ごした
「爆豪は珍しいことにその一度きりだったが……芦戸三奈、貴様は幾度も関わっている。小学校に上がる前は半ば引きこもりだったろう」
「そんな、そんなことない! 全然記憶にな──」
「記憶などそんなものさ。通っていた幼稚園の名前は? 所属していた組は? 教師か級友、一人でも顔と名前が思い浮かぶか?」
「──な、そ、だって」
「出てこないだろうさ、ほとんど通っていないのだから。両親はひどく心配していたが……その憂いを払い、貴様にも早い段階での社会復帰を促した」
「……アンタらが、それをやったって言うの」
「我々の一部が、だ」
カリナちゃんやヒミ様を通して聞いた話ではある。二人のご両親は子供の“個性”に悩んで、同じ悩みを抱える親たちとの繋がりを求めた。
「『“個性”で差別される当事者の会』……」
「ほう? 麗日家の名前はデータベースに無いが知っていたか」
そっか、だから蝠鼠ちゃんは恩返しのために協力しちゃったんだ。その会はずっと前から活動してて表向きは社会奉仕団体だったから、デクくんのお母さんも頼ってしまった。
ひどい話だ。でも近属にその自覚は無い。それどころかどんどんと言葉に熱がこもっていく。
「爆豪も芦戸も我々が解放したのだ。
我々の施設で解放を得て、お陰で健やかに育ち──そのくせ長じればヒーローなどという加害側に回る!
縛り、抑圧。
つまりカリナちゃんにセックスを禁じたら。*
とっても盛り上がる。じゃなくて。
ほんの何日かでもすっごい辛そうなのは丸見えやった。……そっか、だからカリナちゃんは私らのどんな慾でも否定はしないのかも。
「貴様らは
だが珍しくもない……数の上では多数派と言っていい。忘れてしまうのだろうさ、幼い日の地獄など。
だから、そう──、我々が決起したのは、
恩知らずだのなんだのはまだ、苦々しく聞きつつも言い返さなかったピンキー。だけど解放軍がテロを起こした理由などと名指しされれば流石に黙っていられない。
「なんでよ! ルールが気に入らないからテロって、そんなのナシに決まってるじゃん!!」
「──貴様」
返ってきたのは……より
「己を顧みろ
我々とて期待はしたとも。『抑圧の被害者を地道に救っていけば、その者らが緩やかに社会を変えてくれる』と。そんな理想が叶っていればテロなど必要なかった。
だが貴様らは、現に今、
『テロはいけない、少しずつ世の中を良くする』というあるべき理想を、甘っちょろいだけで実現性のない幻想に堕さしめたのは、他ならぬ貴様らだろうが……!!」
「な……っ!?」
……苦し紛れの自己弁護、とは違う気がする。
近属にとってこれは正義の戦いであるらしい。誤魔化しではなく、個性差別を断ち切るために避けられない──他の手では実現できなかった──理想への道。
「だから我々は方針を変えた。
被害者に対症療法を施すのではなく抑圧そのものを断たなければ、今と未来に苦しむ子らは救われん。
異能を解放する。
ヒーロー制度を含めあらゆる抑圧を叩き潰す。
“かつての貴様ら”を救ってやろうと言うのだ。邪魔をするなクソガキ共め」
「…………」
ピンキーは言い返せずに黙ってしまった。それどころか少し俯いて戦意まで萎えちゃいそう。
それはかなり、困る。近属に逃げられかねない。
普段なら勝手に景気よく吠えてくれる爆豪くんからも反論は無かった。無言で戦闘に集中してくれとるのは頼もしいけど、それだとピンキーがついて来れんって。
えー、じゃあ消去法で私か。
まだ樹の上に隠れてるだろうグレープジュースは近属に対する伏せ札だし、何より喋らせるとろくなこと言わなそうだし。
苦手やなぁこういうの。
でもしょーがない、傲慢モードのカリナちゃんを真似てみよう。
「……世間知らずの
カリナ
「お茶子の中の私、