監視カメラなどを通してあちこちに注意を払っていた近属。ミルコらに追いつかれてからは映像に目を配る余裕など失せているが、それでも
西側──逃走経路を切り拓く役目を与えたキメラの様子だ。
キメラこと
何を思って訊ねたのか近属には分からない。ただ僅かに裏切りを懸念した。
そしてはっきりと杞憂に終わった。
ヒーロー側はどうせ『気持ちは分かる』などと軽々しく応えたのだろう。墓穴である。キメラを刺激しただけだ。
そんな様子を聴いていて、だから近属は解放思想を語った。思想として受け入れられれば[
内容は偽りなく彼にとっての正義であり、また爆豪たちへの忌々しさにも嘘は無いが、キメラを懐柔し味方につけるという
(未熟な子供らの戦意を削げるかもという期待はあったし、実際ピンキーには一定の効果を発揮したが、これは主目的ではない)
もっとも、キメラは近属の言葉など半分以上スルーしていたのだが。
しかし別の言葉は届くこととなる。
近属やウラビティらの現在地から西へ二キロほど離れた荒れ地。そこに作られた不自然な窪地がキメラとツクヨミたちとの戦場だ。
戦闘中でも聴き取れるようにとの要らぬ気遣いで、大音量に固定され電源なども切れないようにされている。
キメラはすぐに通信機を放り捨て、怒りのままに子供らを蹂躙した。
ツクヨミたちにも近属の演説は聴こえている──意識を割く余裕があるかは別だが。
「イイぞ、お前やるじゃねえか。ガキにしては、なんて付けなくても大した頑丈さだ」
「グゥ……ガァァアア……!!」
「常闇ちゃ、ツクヨミ。どうか堪えて」
ここに立っているのは三人だけ。キメラ、ツクヨミ、フロッピー以外は戦線を離脱している。これは『全員であたるよりも暗闇を作って【
英断と呼ぶべきだろう。実際、キメラが積極的な殺意を抱いてすぐにジェボーダンは重傷を負わされたのだから。
グランドは地揺れによって地面を陥没させ、照明弾の光が届きにくい暗所を作ると、負傷したジェボーダンや他の一年生と共に『すぐに救援を連れて戻る、どうか耐えてくれ!』とこの場を離れた。
演説は空虚に響いている。
共に責任感の強い二人──特にフロッピーは普段ならば自責の念に駆られそうな内容だが、生命の危機がそれを許さなかった。
──ここへ来て、キメラが攻め手を緩めるまでは。
「さっきから何だよ、うるせえな」
「……アナタが捨てた通信機からの声よ。アナタの上司じゃないの」
「上司ではねえな」
キメラはようやくそれを言葉として認識した。雑音として無視していたが、愉しめそうな
「──ケッ」
耳に入ってもやはり共感は湧かなかった。
キメラからすれば近属の主張もまだまだ
だから──
──若い女の言葉にも嫌悪感は無い。それどころか「ウラビティ?」と呟いたフロッピーの様子から学生らしいと察して、近属の無様さを小気味良いと嗤うほど。
だがその先は違う。
キメラやフロッピーは『当事者の会』とやらを知らないが、話の流れから想像で補うことは容易い。
ウラビティは語る。たかが“個性”、所詮は“異能”。そんなもの
現状は使用を制限されている人の方が圧倒的に多数派だし、その多くは“個性”を使わぬままそこそこ幸せに生きている。
それが近属の無視する“世間”の実際。
もちろん不幸な人はいる。しかし“個性”を自由に使えれば解決だなんて単純な話ではない──『未解決の問題が残る(NOT All problem solved)』ではなく『一つも解決しない(NO problem solved)』だろう。
例えばカリナを支えた被身子と百のような、戸村家を支えた自分たちのような……『善意』としか要約できない
キメラは思い切り顔をしかめた。結局それは綺麗事としか思えない、フロッピーたちが訴えたのと同種の善性だったから。
一方、その綺麗事に勇気づけられる者もいる。
「その、通りだ……ッ! 聞いてくれ、強き者よ……!」
【黒影】に呑まれかけながら、今度はツクヨミが言い募った。
自分の母親はこの“個性”に似た
それでも普通の主婦として日常を送っているし、ご近所と井戸端会議に花を咲かせることも珍しくない。外見など、壁にする者もいれば気にしない者も山ほどいるのだと。
「少なくともオレは、お前の外見に野生的な力強さを見出すばかりだ。そしてその圧倒的な力も、お前を特別になどさせない……!」
「…………」
その言葉はある程度キメラに響いた──これまでの中では誰よりも。
耐え難いのは“個性”を制限される故の抑圧か? 少し違う。
“異形型”故の、外見差別による“地獄”か? 弱者の遠吠えなど苦にしていない。
生まれ持った“力”が周囲を圧倒する故の……逆差別、とでも言おうか。弱すぎる周りに合わせるべしとの
ツクヨミは力を示した。キメラを制圧するほどでないにせよ拮抗してみせた。少なくとも殴り合いが成立する。
小突いただけで死ぬようなことはないし、ツクヨミもまた容易く人を殺しうる。だからその言葉は比較的受け入れ易かったのだ。
それ以上に、何か小難しいことを考え始めたフロッピーとは違い、ツクヨミは言葉だけで済ませるつもりが無い。
「でもツクヨミ、それは力をコントロールできる人の理屈だわ。そこに欲求や衝動が紐づいてる人には他の悩みもあるじゃない」
「無論だフロッピー。オレもヤツもそこは同類。だから軽蔑はしない──ただあの力に、畏敬を抱く」
【黒影】の輪郭が縮み始めた。しかし暗闇故に膨れ上がった力は衰えていない。【黒影】自らそうしている風でもなく、むしろ嫌がるようにしながら、キメラから見れば矮躯と言える本体に吸い込まれていく。
何か、これまでとは違うことをしようとしている。
「なんだぁ……?」
「強き者よ、お前を
「あ?」
「……『言葉で言い聞かせるんじゃなくて、力で捻じ伏せる』だそうよ」*
「へっ、やってみろよ」
フロッピーの翻訳が挟まっても緊張感は弛まない。今この瞬間はツクヨミのプレッシャーがキメラを威圧していた。
「オレに
■十一月十五日
兵怜との訓練終了後、オレを含む何人かは彼女を取り囲んで質問責めにした。
しかし答えは持っていないそうだ。
「『覚醒』のコツなんて私に訊かれても……知りませんよ。あんなのは運です運」
……安全性に配慮した誤魔化しにも思えたが、だとしたらなおさら口を割るまい。納得はするが残念だ。オレだけでなく、強さに貪欲な
あの峻烈な
「ウェイの
「かもね。まぁ一応自然な電磁気学で説明できそうな現象だから、自覚して訓練すれば使いこなせるかもだけど」
「お話を聞いた限りではシンクロトロン放射光でしょう? 危険過ぎないでしょうか」
「「百(ちゃん)よりマシ」」
「ぁぅ…………」
──いつも通りの友愛ぶりからみて、これ以上は粘っても無駄だろう。
だからすっぱりと諦めた。大人しく引き下がろうと、した。
声をかけてきたのは兵怜の方だ。
「常闇くんについては、運が良ければヒントになるかも知れない憶測が一つだけ。根拠なし、効果不明、ついでにかなり不快な思いもするかも? それでも良ければお話ししますが」
「聞かせてくれ」
無論、オレに迷いは無かった。
渡我や八百万まで排して二人きりで向き合うのは初めてで、幾許か緊張もあった。ただしそうした理由はよく分かる。オレ個人の
「まず、いきなりちょっと訊きにくいことですけど。常闇くんのお母さんって……似てますか? はっきり言えば、【黒影】に似たお身体ではありませんか?」
「…………どこかで会ったことが?」
「いいえ推測です。イエスですね?」
「……あぁ。外見は、もしかすると性格も、母と【黒影】は近しいものがある」
「性格も!? そっちは予想してませんでした」
兵怜は質問の形を取ったが、今のは確認だ。見たこともない母の姿を、何らかの推論で正しく察していた。
「もう一つ。常闇くん、寝てる間も暗くすると【黒影】が暴れるって言ってましたよね」
「あぁ、夏合宿で話した通りだ。幼少期は随分と困らされた」
オレは就寝時、アイマスクを着けて周りに強い光を焚く。それが周りに漏れて迷惑をかけぬよう暗幕などを巡らせてあるので、部屋の内装はむしろ陰鬱な有り様だが。
そうせねば【黒影】が暴れることがある。オレが眠っている間は野放しも同然だから、光の封を施すのだ。
「ふむ。意識が無くても動くなら常闇くんには常駐型の中枢があるってこと。なのに首から上にだけ完結型中枢みたいな影響を受けている──」
「んん?」
オレが首を傾げたことで、怒涛のような早口ながら説明をしてくれた。
超常器官なるものの分類*について。オレ自身の特異性について。
そしてまた、
「くれぐれも勘違いしないでくださいね、ヒトキメラは生まれてくる確率が低いだけの『珍しい人』であって、化け物とか病人とかじゃありません。それと誰の意思でもなく、ただの偶然だと思います」
「ふむ、承知した。で、オレに誰の細胞が混じっていると?」
「一番有力な可能性は……常闇くんのお母さん由来でしょうね」
「母が……?」
「お母さんその人ではありません。体細胞の一つか二つがたまたま入っただけで、人格とか意思とかは別です」
母親と胎児の血流は、間に胎盤を挟んではいるものの繋がっている。そこから母親由来の体細胞が子の身体に混入し、そのまま生体の一部として定着するようなことが、稀ながらある*のだという。
そして更なる低確率をかけ合わせれば、混入した細胞に超常が秘められていることも。
兵怜が遠慮がちに語った“憶測”はこうだ。
母の細胞がオレに混入した。それは母を【鳥人】たらしめた超常中枢の欠片であり、この身をも作り変えようとした──母と似たような姿に。
しかしこちらにも自らの超常中枢があり、それは母体細胞からの干渉に抵抗したのだろう。顔面を除けばオレと母は似ても似つかぬ。
ただし原理的に言って、幼い中枢は弱い。成長を終えた大人の(強い)中枢を封じ込めるようなことはきっとできなかった。
だから母由来の【鳥人】を体外に押し出すことで自身を守り、同時に『それを制御するような超常』として成長したのではないか──と。
「つまり、オレ自身の“個性”は──」
「今はどっちも常闇くんのですよ。二つあると思ってください」
「ム、では……【
「だと思います。【黒影】と無言のコミュニケーション取れるのだって立派な超常現象ですから、それはきっと【繰手】の効果なんでしょう」
「ふむ……」
その推測が正しいか否か、実感は無かった。オレにとってはずっと【黒影】という一つの力だったからだ。
しかしそれを二つに分けても辻褄は合うし、そのように捉えなければできないことも……いやむしろ……。
──考え込んでいると、兵怜は申し訳無さそうに頭を下げた。
「すみません、根拠も何も無い上に、どう戦力に繋げたらいいかもあやふやで」
「兵怜が謝ることではないだろう」
確かに【繰手】の力は、高めれば高めるほど【黒影】を抑制し弱体化させるようにも思える。だがその二つを別個に考えるならば、戦力とはまた違った強さもあるのではないか?
「教えてくれ、可能性でいい。
【繰手】はオレ以外の“個性”にも作用すると思うか」
「…………出来てもおかしくはないです。ただ、それこそ【黒影】が野放しになっちゃうんじゃ……?」
蛙吹梅雨には憂いがあった。
カリナの肉慾を軽いものとは思えないし、“血狂い”マスキュラーの少年期の手記*なども
だから常闇踏陰から【繰手】の相談を受けた時は、期待と共に快諾した。【黒影】が彼の制御を離れても、その間は自分の歌声で大人しくさせてみせると。
それを踏まえて二十二日、ツクヨミは【繰手】でキメラを黙らせようとした──そこに潜む
ある程度は仕方のないことだ。直接に知る機会は無かった。
群訝山荘の西側に回った別働隊である彼らは、本隊最後尾に咲いた華を見ていないのだ。