不慣れながらに自信満々の言葉を弄したウラビティは、どうにか最低限の目標を達成していた。
「ただ一緒くたに“個性”だけ解禁したってなんも解決せんやろ。当事者の会もそんなことはしよらん」
「……そうだ、そうだよね。私も爆豪も、子供の頃に解禁なんかされてないや」
つまりピンキーは再び顔を上げている。
近属は僅かたりとも自説を曲げていないが、彼を言い負かすことはウラビティにとって二の次だ。
もっとも、それはそれとして個人的な怒りはある。
「幸運な多数派の言い分だな。他に救われようのない一部の声を無視している」
「
近属は当事者の会を通じて
「『差別に苦しむ子供の為』、なんて。そんなのただの大義名分やんか」
キツく睨みつけてぶつけたその言葉は──響かない。
この時の近属は意識を西に向けている。詳しくは分からないがキメラは攻撃をやめつつあるようだ。まだ
だからあるスイッチを押した。
冷と同じ
これで
ことが済めば、または近属にまで牙を剥くようなら、その時は別のスイッチを押すだけ。終わらせることは容易い。
それまでは……
「フム。『子供の犠牲の上に正義など成り立たない』と、そう言うのだな」
「当ったり前や。どんだけ正しいって言われたって──」
「含蓄のある言葉だな。流石、オールマイトを犠牲にし続けた社会の勝ち組は言うことが違う」
「ッ! 今テメェらが騙し転がしたガキとオールマイト一緒にしやがったかぁ!? バカにすんじゃねェ!」
「子供だからと下に見るなよ爆轟勝己。蝠鼠油々が後悔に沈んでいるとしても、それはオールマイトと同じ自己決定の結果だ。誰も強制などしていない」
水掛け論──いや、単なる時間稼ぎだ。
ぽつり、と水滴が頬を打つ。降り出した雨がどんどんと強くなってゆく。
確かに騙して利用した。それは罪だ。近属にはその自覚がある。
そして、だから蔑む。無自覚を。
オールマイトを犠牲にした社会、子供らはそこに生まれただけだが、『彼を利用などしていない』と自分たちを免責するなら別だ。罪を罪と認めない者の言葉を近属は決して認めない。
「■んの……■■ナード以下のドブカス■■野郎がァ……!」
急速に強まり、ざんざんと喧しいほどになった雨音。下劣な暴言は半ば掻き消されつつ耳に届いたが、心の表面を素通りするだけ。
……今さら、だ。
逃げ切る算段は立った。治崎の心配はしていない。
しかし解放軍のダメージは極めて大きい。再起は図れるにせよ……
怒りなどとうに振り切れている。今さら侮辱程度で腹が立つものか。雷鳴ごときで肝が冷えるものか。
──
ヒーロー共の血がどれだけ流れようと、近属の心が痛むことはない。
時刻は深夜であり、人工の灯りからも遠い僻地だ。だからヒーロー側は戦闘に従事しない支援部隊を配している。離れた位置から山荘上空に照明弾を打ち上げ続け、視界を確保しているのだ。
そのせいで、気付くのが遅れた。
「ん、雨か──うお、強いぞ」
サポート科の三年生や教師からなる支援部隊はあっという間に濡れ鼠。照明弾より高い上空で雨雲が成長していたらしい。
もっとも、山の天気は変わりやすいもの。多少の雨なら気にも留めない。
何より今は状況が状況だ。どれほどひどい雨だろうと作戦を中断する理由には不充分。
「この照明弾、雨は平気でしたよね」
「発光は問題ない。滞空時間は短くなるから打ち上げ間隔を縮めて対応するぞ。……しかし、これはひどいな」
会話にも支障が出始めるほどの雨音。更に空は断続的な稲光まで放ち始めた。
「念の為だ、土砂災害などにも備えておこう──」
この突然の雷雨は自然なものではない。
大きく三つの原因がある。
キメラが別働隊に仕掛けた先制攻撃による、山荘西側の山火事が──その上昇気流が──順序でいうと二番目だ。
最初の原因を語るには少しばかり時間を巻き戻さねばならない。
治崎がタルタロスでギガントマキアを解放してフィンガードの前に戻った頃。
ミルコやウラビティといった最前線が山荘に踏み入る頃。
本隊最後尾、荼毘が冷を投下した地点では。
「グ──、ハァ、ハァ……!」
「お父さん、お願い無理しないで!」
荒い息を吐く
冷さんは気を失って……うん、ここで診る限りだと命は拾えそうだ。健康とも言えないが、これ以上の深い部分は太郎さんの領分である。
暴走状態が比較的すぐに鎮圧されたのは良いことに違いない──冷さんの健康面では。
だけど炎司は。さっきの
「冷さんもアンタも、すぐ病院行きだ。
一体どんな無茶をした?」
初めて見る白い焔は間違いなく冷さんを飲み込んだのに、彼女の身体にはほとんど火傷が無い。
対して炎司は……自分の熱で
さっきからせめてもと冷やしちゃいるが……熱だけが原因で
「……お前は、冷と冬美を頼む……!」
「聞きなよ人の話を」
文句をつけながらも考え直す、ないし諦める。言っても無駄だ。この
とはいえ手がかり不足は如何ともし難い。
「ショートがどこへ連れ去られたかも分からないのに? それともアンタ探せるのかい。
無茶したいってんならせめて質問に答えな」
「……探せはしない。頼む、見つけてくれ」
「そこはこっち頼りってわけだ。探してはいるけどね」
全くこの男は……そりゃ確かにショートも荼毘も体温は独特で見分けやすい。探知圏内にいれば一発で分かるだろう。自慢じゃないが射程はそれなりに広い。
だけどあのワープは、摸造脳無の件を考えると破格だ。あそこまでの馬鹿げた規模には太刀打ちできない。
今まさに山荘周辺を探しちゃあいる。ただしこの探知は氷霧を介するから、そんなに速くは広げられないし風や地形の影響も大きい。周りより高い風上に陣取れれば効率よくばら撒けるんだが……今は冷さんや冬美さんの護衛もある。
(カリナが──フィンガードが、血煙と肉片を散らしながら再生を繰り返して治崎と相対する様子も感知できてしまった。マンダレイを通じて『問題なし』を伝えて来てる以上は意識して無視せにゃならんが)
あたしに言えたのは『
誓って手を抜いたりはしちゃいないが、結局これは、轟家の問題ってやつなんだろう。
「マー、サ、さん……!」
「冷さん。意識が戻って良かった、だが喋らない方がいい」
「わたし、聴いた、の」
身体を横たえているのに頭はぐらぐら視線もふらふら、呂律も怪しく朦朧として、それでも冷さんは絞り出した。
荼毘が誰かに移動先の相談をしていた、と。
か細くもはっきりと伝えて、冷さんはぱたりと意識を失った。無茶をする……。
「エンデヴァー、聞いてただろうね。行くんならあたしは手伝えないよ」
「無論、だ。冷と冬美を頼む」
「任された」
止めてくれと睨んで来る冬美さんには悪いけど……炎司の意識まで奪っちまうとあたし一人で三人を護りながら後退することになる。安全を確保できない。
逆に、行くならさっさと済ませるべきだ。本来なら炎司は
「……アレ、か? ここからほぼ真北、すこしだけ東。山荘を越えてすぐの空に妙な気流がある。地表までは冷気が届いてないが」
「感謝する。ではな冬美、母さんと帰りを待っていろ」
「お父さ──!! ……行っちゃった……」
ともあれ、冷さんを背負いながら撤退を促す。
「冬美さん、歩けるかい」
「あ、はい」
冬美さんはしゃきしゃきと歩いてくれた。強い人だ。助かる。
そしてその強さは、あたしと似たような懸念に行き着いたのかも知れない。
「……あの、マーサさんはさっきの白いやつご存知ですか」
「ごめんよ、あたしも知らない」
そう、あの焔が鍵だ。
もちろん三人で生還してくれるのが最善だ。そうなれば良いと思う。祈ってる。
だけど──厳しい。どうも狂気に足を踏み入れてたっぽい荼毘を、殺さずに止めるなんてどうすりゃいいんだか。少なくともあたしの知ってる限りの手札では、ショートと手を組んでなお手詰まりを感じる。
それを可能にするものがあるとしたらあの白焔だろう。
冷さんに火傷を負わせることなく速やかに意識を奪った。同時に暴走状態の“個性”も停止させた。
……この二つはイコールじゃない。特に後者は、普通じゃない。
つまりアレは他の効果を伴った超常の一種なのだろう。
同じことを荼毘に対してもできるなら、制圧がぐっと楽になるのは間違いない。
……だからって、素直にそれを望むのは難しいが。
「お父さん、焦凍、燈矢……!!」
冬美さんは無心に脚を動かしながらそればかり繰り返している。
普段ならもっと冷さんの様子を気にしたかも知れない。だけどさっきの炎司を見たらね……。
白い焔が包んだのは冷さんなのに、
燃えていたのは炎司だった。
ワケが分からないが、結果から言えばそんな表現にならざるを得ない。ありゃ一体なんだ?
ダメだね、太郎さんやカリナなら仮説くらいは立てられるかも知れないが。あたしにはよく分からん。
分かることと言えば。
仮に荼毘を含む三人が生還できたとして、炎司は何かを──たった今の惨状から更に重ねて──何かを喪っている可能性が高い、というぐらい。
「……死ぬんじゃないよ、炎司……」
ショートと荼毘。
一対一の死闘を演じていた二人は、一瞬それが誰かを疑った。
状況から見てエンデヴァーでしかありえないのに。
赫灼の尾を曳いて飛来した後の着陸が、半ば墜落するような無様なものだったから。
見慣れたヒーロースーツはサイズがまるで合っていないから。
炎系“個性”の持ち主が、身体を張って命知らずなコスプレでもしているのか──そんなありそうもない解釈が浮かぶくらい、エンデヴァーには見えなかったのだ。
「親、父……?」
「待たせたなショート。いや、二人とも。冷は生きているぞ」
声はそれほど変わっていない。本人だ。外見を別にすれば。
あまりにも激変し、元の面影を残していないその有り様は──欠片も喜ばしくないが、端的に伝えられる比喩が存在している。
「なんだよソレ、お前まるで……」
「まるで……
「は、はは」
二人の息子が紡いだ言葉にエンデヴァーは笑った。これまでなら複雑な想いを生んだだろう言い方だが、今はただ可笑しい。
強く逞しかったあのオールマイトと比べられたわけではないのだ。ワイン病院で暴かれた、あの骨と皮のようだと言われている。
実に全くその通り。反論など無い。
「俺のことなどどうでもいいだろう」
息がしづらい。言葉がもどかしい。
それでも炎は意志に従ってくれている。だからなんの問題も無い。
時間をかけて呼吸を整えて、一言だけ声を張った。
「帰るぞ、燈矢」
「っ──クソがァ……!!」